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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝9:精霊の歌、高らかに
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【5】メイド試験

 エリオットとの待ち合わせ場所は、王都の〈雷鳴の魔術師〉像の前だった。

 〈雷鳴の魔術師〉は国に貢献した大英雄なので国中に像が作られており、実を言うと王都だけでも三つはある。

 その中でも一際立派な物が、王都中央公園の大広場にある石像だった。

 エリオットとの待ち合わせ場所に指名されたのも、この像の前だ。

 モニカが到着した時、エリオットは腕組みをして石像を見上げていた。ベンジャミンの姿は見当たらない。


「ハ、ハワード様……お、お待たせ、しました」


 モニカがボソボソと声をかけると、エリオットは石像からモニカに視線を移し、そして意外そうに垂れ目を丸くする。


「……その女は?」


 その女、と言ってエリオットが見ているのはモニカの背後で旅行鞄を手に佇む、金髪の美しいメイド。


「わたくしこの度、皆様のお世話をさせていただくことになりました、エヴァレット家メイド長のリンと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 そう言って、ルイス・ミラーの契約精霊リィンズベルフィードは丁寧にお辞儀をした。



 * * *



「同期殿の出張に、リンを同行させてほしいのです」


 七賢人会議の後、ルイスがモニカに切り出したのが、この一言だった。

 ルイスの契約精霊であるリンには第二王子護衛任務で世話になっているし、モニカとしてもリンが嫌なわけではない。

 ただルイスが突然そんなことを言いだした理由が分からず、モニカは戸惑った。


「リンさんを、ですか? えっと、どうして急に……」

「私がリンと契約を交わしてから、早数年。そろそろあのポンコツ駄メイドにも、人間として最低限の常識が備わった頃……なので、リンが人間らしく振る舞えているか試験をしようかと思いまして」


 そもそも契約精霊が、人間らしく振る舞わなくてはいけないかと言うと、そうでもない。

 シリルと契約しているアッシェルピケのように、イタチなどの動物の姿でいれば良いだけのことだ。

 モニカはリンが鳥に化けているところを何度も見ている。


「あのぅ……そもそも、なんでルイスさんは、リンさんにメイドをさせてるんです、か?」

「それを本人が望んでいるからです」

「…………へっ?」


 モニカは心の底から驚いた。

 ルイスのことだから「私の契約精霊になるからには、奉仕して然るべきでしょう」とかなんとか言って、リンをメイドとしてこき使っているのだと密かに思っていたのだ。


「ルイスさんが、メイドをしろって言ったわけじゃないんです、か?」


 ルイスの笑みが深くなった。

 表情こそニコニコしているが、片眼鏡の奥の目はちょっと物騒にギラついている。


「何故どいつもこいつも私のことを、精霊を不当に酷使する極悪奴隷商人みたいに言うんでしょうねぇぇぇ?」

「え、えっと……えぇっとぉぉぉ……」


 そこまでは言っていないが、まぁまぁ似たようなことを思っていたので、モニカは目を泳がせた。

 ルイスは「同期殿の心無い言葉にとても傷つきました」と言わんばかりの悲しげな顔でため息をつき、片眼鏡を指で押さえながら言う。


「リンがメイドをしているのは、本人がそれを望んだからです。そもそもアレが私と契約をしたのは、『王都でメイドをしたいから』という理由なのですよ」


 予想外の理由に、モニカは目と口をポカンと丸くした。

 精霊は魔力濃度の高い場所でしか生きられない。それこそ王都で暮らすなら、人間と契約を交わす必要がある。

 それも属性が同じで、かつ契約術式を結べるだけの実力と魔力がある魔術師と。

 氷の上位精霊であるアッシェルピケは一方的にシリルと契約を結んだが、あれは例外中の例外だ。シリルぐらい魔力に耐性のある人間でなかったら、命を落とすこともあり得る。


「リンは王都でメイドがしたかった。私は戦力が欲しかった。互いに利益があるからこそ、私とリンは契約を交わしたのです」

「リ、リンさんは、なんで、王都でメイドなんて……」

「その辺のアホらしい事情は、本人に聞いてください」


 ルイスは語るのも馬鹿らしいとばかりに投げやりな口調で言い、咳払いをして真面目な顔を取り繕う。


「今回、同期殿の任務に人間のメイドとして付き添い、最後まで正体がバレることなくメイドとしての仕事を全うできたら、試験に合格。リンにはそう伝えてあります」

「あのぅ、何故、わたしの任務に……」


 そんなの自分の出張に付き添わせれば良いだけの話ではないか。

 遠回しにそう告げるモニカに、ルイスはすまし顔で言った。


「今回、貴女が赴くのはレーンフィールドだそうですね? あそこはかつてリンが暮らしていた土地です。リンを連れていけば、まぁまぁ役に立つと思いますよ」


 気の弱いモニカにルイスのゴリ押しを断れるはずもない。

 かくしてモニカはルイスに押し切られる形で、頼みごとを引き受けることになったのである。

 第二王子護衛任務の時の二の舞であった。



 * * *



 エリオットは完全に胡散臭いものを見るような目でリンを見て、低い声で言う


「滞在中の使用人なら、こちらで手配する。わざわざ連れてくる必要はない」


 だから帰れ、と遠回しに言っているのだ。

 だが、リンがその程度で怯むはずもなかった。

 あの暴言の魔術師の契約精霊にとって、エリオットの嫌味などそよ風以下なのだろう。多分、何も感じていない。


「わたくしが同行するのには、理由があります」

「へぇ? どんな理由だ?」

「〈沈黙の魔女〉殿は、わたくしがいないと一人で眠れないほどの寂しがりやなのです」


 突然の大嘘にモニカが絶句していると、リンは首を捻ってモニカを見た。


「──という設定をたった今考えました」

「なんで言っちゃったんですか!?」


 思わず声をあげるモニカに、リンは無表情で詰め寄る。


「この設定で、ご協力願えますか?」

「む、無理があると思いますぅぅぅ……」

「残念です」


 これっぽっちも残念では無さそうな口調で言うリンを、エリオットはいよいよ冷ややかな目で睨み始めた。

 身分階級至上主義の彼にとって、リンの態度は目に余るのだろう。

 エリオットはリンの姿を一瞥して、苦々しげに吐き捨てる。


「そもそも、なんだその格好は?」

「伝統的なメイド服。わたくしの信念の形です」


 ちょっと理解に困る解答に、エリオットはフンと鼻を鳴らした。


「主人の外出に同行するメイドは、外出着って相場が決まってるだろ。その服は外出のお供に相応しくないって言ってるんだ」


 言われてみれば、イザベル付きの侍女であるアガサも、イザベルの外出の際はメイド服ではなく、落ち着いた色のドレスを着ていた気がする。

 リンはこれっぽっちも驚いていない顔で「なんと」と呟き、顎に指を添えて、なにやら考え込むような仕草をした。


「今まで特に指摘されなかったので気づきませんでした。それでは相応しい服に着替えて参ります」


 そう言ってリンは近くにある木の裏側に引っ込む。

 エリオットがギョッとした顔で声をあげた。


「おいっ、まさかそんなところで着替えるつもりかっ!?」

「お待たせいたしました」


 僅か二秒で木の陰から出てきたリンは、いつものメイド服ではなく、ダークグリーンの地味なドレスを身につけていた。

 驚異の早着替えに、エリオットは口をパクパクさせて言葉を失っている。

 リンはさも当然のような口調で言った。


「早着替えは有能なメイド長の嗜みでございます。なお置いていかれても、有能なメイド長のわたくしは飛んで……ではなく、走って追いかけますので悪しからず」


 はたしてリンは、自分が精霊であることを隠そうという気があるのだろうか。

 頭を抱えるモニカに、エリオットが引きつった顔で言う。


「おい、子リス。君んところのメイドはどういう教育を受けてるんだ」


 〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー式の教育です。とも言えず、モニカは俯き指をこねた。



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