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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝8:識者の証明
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【14】謎のお方(高貴)

 その日、ローズバーグ邸の庭園(という名の野菜畑)でカブの収穫をしていたラウルは、友人が訪ねてきたと使用人から聞いて、野良着と麦わら帽子という格好のままルンルンと本邸に向かった。

 客人はまだ本邸の中に入れず、入り口で待たせているという。

 事前連絡の無い客であったので、本邸に通すべきか、ラウルが個人的に使っている離れに通すべきか、使用人も判断に困ったのだろう。

 ローズバーグ家の当主はラウルだが、諸々の実権を握っているのはラウルのおばあ様達だ。もし、客人を本邸の応接に通したら、確実におばあ様達の耳に入る。

 そうなったら、友達と楽しく遊ぶどころではなくなってしまうので、使用人の判断は正しかった。

 花壇の角を曲がったラウルは、扉の前に佇む一行に「やぁ!」と爽やかな笑顔で片手を振る。


「シリル、モニカ! それにクローディアも。久しぶりだなぁ! それと、えーとそっちの人は……」


 客人は四人。シリル、モニカ、クローディア、そして帽子を目深に被り、眼鏡をかけた黒髪の男である。

 念入りに変装をし、襟巻きで口元を隠しているが、ラウルはそれなりに式典に参加しているので、当然に彼の顔を覚えていた。


「えーっと、殿下って呼んじゃまずいよな?」


 ラウルは第二王子をめぐる騒動の真実を知っているし、くだんの彼がモニカの弟子になったという話も少しだけ聞いている。

 だが、〈殿下〉と話したことはあれど、〈モニカの弟子〉と話をしたことはない。


「……〈謎の人〉とか呼べばいい?」


 〈謎の人〉──我ながら良いネーミングである。

 ミステリアスな感じがいいよな! とラウルが自画自賛していると、シリルが渋い顔で言った。


「そこはもっと高貴さを出して、〈謎のお方〉と呼ぶべきではないか?」

「アイザック・ウォーカーだ。よろしく」


 シリルを押しのけて〈謎のお方〉改め、アイザックが片手を差し出す。

 ラウルはその手を力強く握り返した。


「そっか! よろしくな、アイザック!」


 ラウルは握った手をブンブンと振ると、今度はクローディアを見る。

 ラウルはハイオーン侯爵邸に出入りしているので、クローディアともそれなりに面識があった。


「やぁ、クローディア! 久しぶり!」

「………………」

「メイウッド男爵の息子さんに嫁いだんだって? いやぁ、おめでたいなぁ! あっ、野菜持っていってくれよ! 丁度、カブの収穫をしてたところなんだ!」

「……お兄様。用事はいいの?」


 クローディアは気怠げに首を捻ってシリルを見る。

 クローディアに話を振られたシリルは、むぅっと唇を引き結び、なにやら難しい顔になった。

 そんなシリルの横では、モニカも眉を下げてオロオロしている。


「二人ともそんな顔してどうしたんだ? 腹でも痛いのか? トイレ使う?」


 ローズバーグ邸は古い建物だが、少し前に内部を修繕したので、トイレもそこそこ綺麗なのだ。王宮には負けるけれども自慢のトイレである。

 ラウルが個人的に使っている離れにもトイレはあるのだが、どうせなら二人には綺麗な本邸のトイレを見せてやりたい……とラウルが真剣にトイレ事情について考えていると、シリルが深刻な顔で言った。


「ラウル、お前に頼みがある」

「うん、トイレの案内なら任せてくれよ!」

「私と決闘してくれ」


 シリルは真剣だった。そしてラウルは、シリルが冗談の下手な人間であることを知っている。

 ラウルが目を点にしていると、シリルはいそいそと鞄から手紙らしき物を取り出し、ラウルに差し出した。


「果たし状も書いてきたんだ。受け取ってくれ」

「……なんで?」


 友達が遊びに来てくれてルンルンしていたら、何故か決闘を申し込まれて、果たし状までもらってしまった。訳が分からない。

 ラウルが困惑していると、クローディアが人を喰らう魔女のように邪悪に笑った。


「まぁ、すごいわお兄様。他人を困惑させることに定評のあるこの男を逆に困惑させるなんて、誰にでもできることじゃないわよ」


 クローディアは暗い愉悦の笑みを浮かべているが、事情を説明してくれる気はないらしい。

 モニカはあうあうと口を動かしているが、うろたえすぎて殆ど言葉になっていない。

 仕方なくラウルは、アイザックを見た。


「なぁ、何がどうなってるのか、事情を教えてくれないか、〈謎の人〉」

「アイザック・ウォーカー」

「うん、ごめんな。事情を教えてくれよ、アイザック」



 * * *



 立ち話もなんだからと言ってラウルは、モニカ達をローズバーグ邸の離れに案内してくれた。

 離れは本邸から五分ほど歩いた所にある二階建ての屋敷で、ラウルとメリッサが研究室代わりに使っているらしい。

 ローズバーグ邸は本邸も離れも、よく言えば趣きのある、率直に言えば古い屋敷だ。

 屋敷の装飾も家具も一つ一つが年代物で、ローズバーグ家の歴史を感じさせた。


「右半分の部屋が姉ちゃん、左半分がオレ、中央の食事部屋は共同スペースなんだ」


 そう言ってラウルはモニカ達を中央の食事部屋に案内し、戸棚を漁って焼き菓子を引っ張り出す。

 室内は雑然としていた。戸棚の戸は開きっぱなしで、そこに薬品の瓶と美容薬と干からびた草やキノコが雑多に放り込まれている。

 中には最近流行りの華やかな柄の食器もあった。あれはおそらく、メリッサの私物なのだろう。


「今日は、メリッサお姉さんはお留守ですか?」


 モニカが訊ねると、ラウルは薬草茶を煮出しながら頷く。


「あぁ、姉ちゃんなら、王都に芝居観に行ってるよ。最近、お気に入りの劇団の若手俳優に入れ込んでてさ」

「そうですか……」


 ちょっぴり残念ではあるが、メリッサが今日も元気そうで何よりである。

 ラウルは菓子棚から干し葡萄を挟んだ焼き菓子を取り出し、皿に並べながら言った。


「それで、なんでオレとシリルが決闘する流れになっちゃったんだ?」


 本当に、どうしてそんな流れになってしまったのだろう、とモニカも思う。

 シリルは革手袋をした手をギュッと握り、苦悶の表情で口を開いた。


「古代魔導具〈識守の鍵〉に認めてもらうための試練なんだ」

「〈識守の鍵〉? あぁ、アスカルド図書館禁書室の! そっかぁ、シリルもいよいよハイオーン侯爵に一人前って認められたんだな! それにしても、古代魔導具に与えられた試練! なんかカッコイイな!」


 決闘を申し込まれた男は、友人の活躍をニコニコと喜んでいた。朗らかである。

 それにしても、〈識守の鍵〉と聞いてすぐにピンときたのは流石だった。

 モニカは干し葡萄の焼き菓子を齧りながら呟く。


「ラウル様、詳しいです、ね」

「アスカルド図書館には、子どもの頃から、おばあ様によく連れて行ってもらったんだ。アスカルド図書館学会の役員にも、おばあ様とかおばあ様とかおばあ様とかが名を連ねてるんだぜ!」

「……えぇと?」


 ローズバーグ家ではラウルやメリッサの「おばあ様」が実権を握っているのは、少しだけ聞いたことがある。だが、モニカはこの「おばあ様」の実態や、家族構成までは知らない。

 突然登場した複数人のおばあ様にモニカが困惑していると、シリルが口を挟んだ。


「アビゲイル・ローズバーグ夫人、ポーリーナ・ローズバーグ夫人、ラモーナ・ローズバーグ夫人か」

「そうそう! よく覚えてるな、シリル!」


 ラウルが手を叩き、シリルが「当然だ」と鼻を鳴らす。


「オレんち、婆さんがすごく多いんだ。三代目〈茨の魔女〉がオレのひいばあさんで、もう亡くなってるんだけど……このひいばあさんが三人姉妹で、残りの二人はまだ存命。あと、それぞれの娘である婆さんが四人いる」


 三代目〈茨の魔女〉は三つ子の三姉妹の長女だったという。

 現在ローズバーグ家を取り仕切っているのは、この三姉妹の次女と三女らしい。


「子どもの頃は、誰と誰が姉妹で親子か全然分かんなくてさぁ。ひいばあさん達なんて三つ子だから、同じ顔が三つなんだぜ? オレから見たら皆ばあさんだから、とりあえず全員おばあ様って呼んでるんだ。複数人いる時はアビゲイルおばあ様、ポーリーナおばあ様、って呼び分けてるけど」

「な、なるほど……」


 確かに同じ家に曽祖叔母、大叔母、祖母がいたら、色々と紛らわしいかもしれない。

 モニカにはあまりピンとこない話だが、大家族も色々と大変なのだろう。


「えーっと、話が逸れちまったな。それで、〈識守の鍵〉がシリルの決闘相手にオレを指名したって? ……なんでだろ?」

「それは本人に直接聞いてくれ」


 そう言ってシリルは右手の革手袋を外す。露わになった右手の中指で、〈識守の鍵〉ソフォクレスが虹色めいた色に輝いた。


『むむ? むむむ? ここはどこであるか?』


 サザンドールからローズバーグ邸に至るまでの道中、殆ど革手袋で隠されていた〈識守の鍵ソフォクレス〉は、戸惑うような声をあげた。

 シリルは無言で右手を持ち上げ、宝玉部分をラウルの方に向ける。

 ラウルは満面の笑顔で片手を持ち上げた。


「やぁ!」

『……? なんであるか、この男は?』

「五代目〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグさ! よろしくな!」


 指輪が相手でも、実に爽やかな挨拶であった。白い歯が眩しい。

 〈識守の鍵〉は、困惑するように数秒ほど黙り、うめき声を漏らす。


『〈茨の魔女〉? 貴様が? ……お、お、男ではないかぁ──っ!? そんな……そんな……』


 〈識守の鍵〉はその声に深い、深い絶望を滲ませていた。


『当代の〈茨の魔女〉は、初代によく似ていると聞いたから、ボインボインのものすごい美女かと……』

「人の指で品の無い発言をするな」


 シリルは手の甲を下に向けて、指輪の宝玉部分をテーブルに叩きつけた。いよいよ遠慮が無くなってきている。

 そのやりとりを見ていたアイザックが、頬杖をつきながら小声で呟いた。


「薄々察していたけれど……彼、だいぶ知識が偏っているね?」


 彼とは〈識守の鍵〉のことを言っているのだろう。

 アイザックの呟きに、クローディアが呆れを隠さない顔をする。


「……そうよ。〈識守〉を名乗っていても、知識が古いのよ。知っていることは、アスカルド図書館の本に書かれていることだけ」


 なるほど、とモニカは納得した。

 だから〈識守の鍵〉は、七賢人であるモニカや、王族であるアイザックの顔を知らないのだ。

 なにせアイザックなど、あれほどシリルに殿下殿下と呼ばれているのにパイ職人扱いである。

 〈殿下〉というあだ名のパイ職人とでも思っているのだろうか。そうしたらモニカはパイ職人の師匠になってしまう。

 モニカがそんなことを考えていると、クローディアが〈識守の鍵〉にも届くぐらいの声量で言った。


「つまりは、博識ぶった傍迷惑な老人なのよ……それで、この茶番はいつになったら終わるのかしら?」


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