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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝7:帝国の銀月姫
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【終】大人の社会勉強(実践編)

 〈沈黙の魔女〉の押しかけ弟子である、アイザック・ウォーカーは、サザンドールで留守番をしている間、ウィルディアヌが送ってきた仕事を片付けつつ、魔術の個人研究を進めている。

 その合間に家を掃除したり、食事を作ってネロと食べたり。まぁ、大体そんな感じで静かに過ごしているのだが、最近はそこに新しい日課が一つ増えた。


「ウォーカーよ、準備は良いな」

「えぇ、いつでも」


 サザンドールのとある空き地で、アイザックは模擬戦用の剣を腰に下げ、アントニーと対峙していた。

 アントニーが手にしているのは剣の柄だ。刃は無い。だが、アントニーが短く詠唱をすると、剣の柄がピキパキと硬質な音をたて、氷の刃が伸びた。

 ランドール王国騎士団でよく見かける、魔法剣と呼ばれる技術だ。一応刃は潰してあるが、振り下ろされれば相応に痛い。


「さて、それでは……ゆくぞっ!」


 アントニーの喉がコォッと音を立てる。次の瞬間、アントニーは勢いよく切り込んできた。

 先程まで気さくに笑っていたとは思えないほどの気迫に、アイザックは気圧されることなく冷静に氷の刃を受ける。

 相手が雷や炎の魔法剣なら、そもそも受けた時点でダメージを受けかねないのだが、今はあくまで、普通の剣が相手であることを想定した訓練だった。


(まともに打ち合えば、力の差は歴然。下手をすると手首がやられる。かわしても良いけれど……)


 アイザックは己の背後を意識し、アントニーの剣を受け流そうとした。

 だが、アントニーも簡単には受け流させてはくれない。


「っえぇいっ!」


 裂帛の気合と共に、アントニーが剣を横に薙ぎ払った。

 大きな振りに、アントニーの胴がガラ空きになる。飛び込んで攻撃を仕掛けたいところだが、これは罠だ。

 アイザックが距離を空けると、アントニーはニィと凶悪な顔で笑った。


「今のはチャンスではなかったか、ウォーカーよ?」

「相討ちでは、意味がないので」

「気づいていたか。ならば、これでどうだ……っ!」


 アントニーが再び斬りかかる。後ろに下がってかわしたいところだが、これ以上は下がれない。

 アイザックはあえて踏み込み、アントニーの剣を受け流しつつ、喉を狙った。だが、手首に予想以上の負荷がかかる。受け流しに失敗したアイザックの首に、アントニーが氷の刃を突きつけた。


「勝負ありだな」

「……えぇ」


 アイザックはふぅっと息を吐き、痛む手首を軽く撫でる。

 アントニーは僅かに削られた氷の刃を見て、感心したように呟いた。


「やはり良い腕だな、ウォーカーよ」

「貴方には、到底敵いません」

「謙遜するな。何度か剣を交わせば分かる。お前は、後ろにいる誰かを守ることを想定して、動いていただろう」


 アイザックは手首を撫でる手を止め、少しだけ目を見開いてアントニーを見た。


(気づかれたか)


 幼少期、アイザックが初めて教わった剣は、フェリクス殿下の護衛としての剣──背後にいる、フェリクス殿下を守ることを想定した剣だった。

 だから、敵を自分の方に引きつけすぎたり、受け流した攻撃が背後に向かってはいけない。たとえ勝利しても、背後にいる守るべき人が傷ついたら意味が無いからだ。

 フェリクスの死後、顔を作り替えたアイザックは、その剣の癖を全て直した。

 第二王子フェリクス・アーク・リディルに必要なのは、敵に勝利するための剣だ。

 目の前に立ち塞がる敵を全て切り捨て、圧倒的な才能と力を誇示する。次期国王に相応しい王者の剣。

 実際、それは上手くいっていた。周囲の人々は、フェリクス殿下の剣の腕前を口々に称賛した。

 だが、その王子としての剣を、アイザックは昔のやり方に直そうとしている。

 勝つための剣ではなく、守るための剣に。

 アントニーとの修行は、そのためのものだった。


「すみません。手を抜いていたわけではないのですが」


 アントニーには剣の修行に付き合ってほしいと頼んだだけで、自分の事情は語っていない。

 だが、アントニーは気を悪くするでもなく、豪快に笑った。


「気にするな。俺の剣とお前の剣は、目的が違う。俺は先陣を切り、敵の陣営を切り崩すための剣。お前は背後にいる大切な誰かを守るための剣。そこに貴賤も優劣もない」


 アントニーは大雑把で、人の話を聞いてくれない困った人物だが、剣士としては一流だ。やはり、従軍経験者なのだろう。

 アイザックがそんなことを考えていると、アントニーがふと思い出したような顔で言った。


「時にウォーカーよ。お前はもしかして、右目を負傷していた時期があったのではないか?」


 一瞬、心臓が跳ねた。反射的に持ち上がった右手が、前髪に触れる。

 右目を隠すように前髪をいじるのは、子どもの頃の癖だった。フェリクスと入れ替わった時に、直した癖だ。


「……どうして、そのように?」

「お前は恐ろしく反射神経が良いのだが、右からの攻撃だけ、ほんの僅かに遅れがあるのだ。観察していて気づいたのだが、お前は右側の物を左目で先に見る癖がある。だから、右目を負傷していた時期があるのかと」


 アイザックは愕然とした。

 今まで、そんなことを指摘した人物は誰もいなかったのだ。それこそ、剣の修行をつけてくれた騎士団の人間だって、誰も気づかなかった。

 この短期間で気づいた、アントニーが異常なのだ。


「……ご指摘、感謝します。まだまだ直す癖がありそうだ」


 そう言ってアイザックは剣を構え直す。

 アントニーもまた、ニィと笑って剣を構えた。


「かく言う俺も、最近はすっかり体が鈍っていてな! 今日は存分に付き合ってもらうぞ、ウォーカーよ!」



 * * *



 アイザック・ウォーカーと剣を交えながら、アントニー・ヴィンケルは密かに舌を巻いていた。

 この若さで、これだけの剣の使い手は、彼が所属しているランドール王国騎士団でもそうはいない。正直、自分の隊に欲しい才能である。

 背後に誰かを庇って戦うということは、それだけ動きが制限される。その上で、ここまでアントニーに食らいついているのだ。


(……やはり、ミシェルが言っていた通りか)


『ウォーカー君は、身分のある人の従者だと思う』


 数日前の飲み会の後、アントニーの弟、ミシェルはそう言った。

 ミシェルは諜報活動を専門とする部隊に所属している人間だ。それ故、観察眼に非常に優れている。

 飲み会の席でも、ミシェルは場違いに華やかな顔立ちをしたあの青年のことを、ずっと観察していたのだ。


『ウォーカー君さ、食事の時、まず最初に全ての料理に均等に口をつけたんだよね』

『それって、別に珍しいことじゃないよね?』


 犬と戯れていたテオドールがおっとり言うと、ミシェルはゆるゆると首を横に振った。


『最初の一口は少なめに。すぐには咀嚼せず舌に乗せて、痺れがでないか確かめてた。次の料理に口をつけるまでに、少し間が空いてたのも、一口目で体に異変が出ないかを確認するためだと思う。毒見をする癖がついてるんだよ』


 毒見をする癖がついている人間なんて、余程の貴人か、或いはその貴人に付き従う従者のどちらかだ。


『あと、ウォーカー君、常に周囲に神経張り巡らせてるんだよね。俺がちょっとビックリさせようと思って、死角からこっそり近づいた時も、気づいてたっぽいし。あれは一般人にできる技術じゃないでしょ。多分、かなり良い身分の人の護衛とか従者とか、そういうお仕事してるんじゃない?』

『なるほど。ウォーカーは、〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット嬢の従者で護衛というわけか』


 ランドール王国騎士団の逃亡者であるサミュエル・スロースを捕らえる際の騒動で、アントニーはリディル王国七賢人が一人〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットが、あの小さな少女であることを知った。

 なお、その小さな少女は、弟の未来の嫁であり、つまりアントニーにとって未来の妹である。


『つまり、ウォーカーは俺達の未来の妹の護衛なのだな! ならば、我々にとって、ウォーカーは弟も同然! モニカ嬢がロベルトに嫁ぐ時は、ウォーカーも我が家で温かく迎え入れようではないか!』


 なお、彼らは先日の飲み会で、くだんのウォーカー青年が辛い恋をしていることを知っている。その相手が、彼が尽くして仕えるべき相手であることも。

 それなのに彼らは、ウォーカー青年が恋焦がれる人物が、〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットであるという可能性を、これっぽっちも考えていなかった。

 これはもう、アイザック・ウォーカーという青年が、場違いなほど顔が良すぎるのがいけない。

 あれだけ顔が良くて、色気のある男なのだ。きっと、懸想する相手は年上の美人──それも、元上司とか元女主人とか、そういう感じの関係に違いないと、彼らは思い込んでいたのである。


 ついでに言うと、次男のミシェルはサミュエル・スロースの店で、モニカを連れて行ったシリル・アシュリーを目撃している。だが、ミシェルはシリルのことを「きっと銀髪の彼は、モニカ嬢の保護者か、七賢人の同僚さんなんだね!」と認識していた。

 何故ならミシェルにとって、〈沈黙の魔女〉は弟の嫁で、自分達の妹になることが、決定事項なのである。

 並外れた観察力と洞察力を持ちながら、弟が絡むと色々と残念なことになるのが、ランドール王国騎士団の名物騎士、ヴィンケル兄弟であった。



 * * *



 アントニーと剣の修行を終えたアイザックは、食事に誘われたが、丁重に辞退した。

 ツェツィーリア姫の護衛任務で王都に行っていたモニカが、そろそろ帰ってくる頃なのだ。

 アイザックは毎日掃除をきちんとしているけれど、それでも、モニカが帰ってくるのなら、念入りに掃除をしたいし、温かい食事を用意しておきたい。


(モニカが好きな白身魚のソテーは必ず作るとして……木の実の焼き菓子も欲しいな。あとは、コーヒー豆を買い足して……)


 好きな女の子に振り向いて貰うためには、己を磨くのみ──とは、アントニーの言だが、胃袋を掴むというのも、非常に重要だとアイザックは思うのだ。

 この半年を振り返ると、モニカよりもネロの胃袋を掴んでいるような気がしないでもないが。

 いつか、モニカに「アイクのご飯が一番です」と言ってもらうのが、アイザックのささやかな目標である。

 買い物の算段をしつつ、モニカの家に戻ると、家の中からバタバタと音がした。

 ネロがネズミでも追いかけているのだろうか、と思いつつ扉を開けると、珍しくエプロンをつけたモニカが、何故かギョッとしたような顔でアイザックを見た。


「アイク!?」

「おかえり、モニカ。予定より早かったんだね」

「わっ、わっ、待って。あと五分! 座って待っててください!」

「……うん?」


 戸惑うアイザックをよそに、モニカはエプロンのポケットからメモを取り出して、じぃっと睨む。


「えっと、お掃除……は、全然するところが無かったから良しとして……お風呂は沸かした。寝具も新しくした。お酒は冷やして、あとは食事を温め直すだけ……極小火炎魔術は前に失敗したから、オーブンで弱火でじっくり……」


 僕のお師匠様が、新婚のお嫁さんのように可愛らしいことをしているぞ。とアイザックは声に出さずに胸の内で呟いた。

 そうこうしている間に、モニカは台所に小走りで駆け込む。アイザックはのんびりと追いかけて、台所を覗きこんだ。

 モニカは魔術の実験中のような真剣さでオーブンを見ていた。オーブンの中に入っているのは、塊肉だ。スパイスと果物を使ったタレに漬け込んだ物なのだろう。オーブンからは食欲をそそる良い匂いがする。


「モニカ。タレに漬けた肉は焦げやすいから、もう少し火から離した方がいいよ」

「わっ、分かりましたっ」


 モニカは見ていて不安になるほど慎重な手つきで肉の位置を動かし、額の汗を拭う。真剣だ。

 どうやら、モニカは秒単位で温め直す時間を調整しているらしい。さっきから、時計の秒針とオーブンを交互に見ては、「あと百八十秒……」などとブツブツ言っている。

 だが、あと百八十秒焼いたら確実に表面が焦げると、料理に慣れたアイザックは判断した。


「そろそろ火を止めていいと思うよ。あとは、余熱で充分に温まる」

「よ、余熱……そんな、高等技術が……」

「うん、火を止めるだけだから」


 アイザックの指示通りにモニカはオーブンの火を消し、深々と息を吐く。魔術の研究で、ひと山越えた時と同じ顔だった。

 かと思いきや、モニカはハッと顔を上げてアイザックを見る。


「ご、ごめんなさい。まだ、お帰りなさいって言ってなかったですね。お帰りなさい、アイク!」

「うん、ただいま。そういうモニカも、王都から戻ったばかりだろう? 後は僕がやるから……」


 アイザックがそう言うと、モニカはブンブンと首を横に振り、姿勢を正して咳払いをする。

 コホン、という咳払いは場の空気を仕切り直すためのものだろうが、悲しいことに、これっぽっちも様になっていなかった。


「あのですね。これは、アイクの師匠としての、言葉なのですが」

「うん、どうしたのかな。マイマスター?」

「最近のアイク、ちょっと、元気が無かった、です」


 少しだけギクリとした。

 帝国の人間と接触し、モニカが過去に黒獅子皇と交わした約束を知ったアイザックは、動揺を隠しきれていなかったらしい。

 舌の奥から込み上げてくる苦々しい想いを噛み締めていると、モニカは大真面目な顔で言う。


「きっと、アイクは領地とサザンドールの往復で、疲れてるんです。だから、ゆっくり休んでください。お風呂、沸かしてあります。お布団も新しいのをビシッと綺麗に敷きました。お酒も冷やしたし、お食事も余熱が終われば、バッチリです。だから、えっと……」


 必死に言葉を探すような顔をしていたモニカは、言うべきことを思い出したかのように、パッと顔を上げた。


「わたしにできることがあったら、いつでもお申しつけください、ね!」



 * * *



 それは、ツェツィーリア姫を労るライオネルの気遣いを、モニカなりに再現したものだった。

 悩みを抱えている物憂げなツェツィーリアに、ライオネルは無理やり問いただすようなことはせず、彼女を労った。

 だからこそ、ツェツィーリアもライオネルに全てを打ち明けようと思えたのだろう。

 モニカは最近のアイザックが、何か悩みを抱えていることに気づいている。できることなら、話してほしいし、頼ってほしい。

 けれど、そのためには、無理矢理問いただすようなやり方では駄目だと思うのだ。

 アイザックを労り、その上で、彼から話をしやすい環境を作りたい。ライオネルがツェツィーリアをそっと労ったように。

 そこでモニカは帰り道にダドリー精肉店に寄り道をし、アイザックが好きそうな塊肉を買ってきたのである。

 お風呂も沸かしたし、布団も綺麗に敷いた。これで、アイザックがゆっくり休める環境は整った。


(あとは、えっと……そうだ。ライオネル殿下が言ってたこと!)


 モニカはさながら決め台詞のように、熱のこもった口調で告げる。


「わたしにできることがあったら、いつでもお申しつけください、ね!」


 決まった。我ながら完璧だ。

 モニカが密かに拳を握りしめていると、アイザックはクツクツと喉を鳴らし、眉を下げて笑った。


「それじゃあ、一つ甘えても良いかな?」

「どうぞ!」


 意気込むモニカの前で、アイザックはソファに腰掛けると、自分の横をトントンと叩いた。どうやら、隣に座れということらしい。

 お邪魔します、と一声かけてモニカが隣に腰掛けると、アイザックはほんの少しだけモニカにもたれた。もたれると言っても、本当に肩が少し触れる程度だ。


「君の話が聞きたい。王都でどんなことがあったか、教えてくれるかい?」

「あっ、はいっ、えっとですね……」


 モニカは身振り手振りを交えつつ、この数週間経験したことを話した。

 勿論、ツェツィーリア姫が鏡に拒まれた部分は話せないけれど、その代わり、オルブライト家にお邪魔したこと、ツェツィーリアと一緒にお茶をしたこと、カリーナという友達ができて、可愛い木彫りを貰ったことなど。話したいことは沢山あった。

 誰かに自分の経験を話して聞かせるなんて、今までの自分には考えられなかったけれど、モニカはこの数週間の出来事を、アイザックに話したくて仕方なかったのだ。


「それでですね。ツェツィーリア様が……」


 モニカにしては珍しく雄弁に話し続けていると、次第に瞼が重くなってきた。

 王都から戻って早々に、風呂の準備やら何やらをしたせいで、モニカはすっかり疲れきっていたのだ。

 最初はアイザックが軽くもたれていたのに、今はモニカがアイザックの肩にもたれて、コクリコクリと舟を漕いでいる。

 今、自分は大人の気遣いを実践中なのだ。頼りになる格好良い師匠が、ここで寝るわけにはいかない……と必死に瞼を擦るも、モニカの頭はズルズルと下に傾いていく。


「おやすみ、マイマスター」


 意識を失う直前、頬に柔らかな何かが触れた気がした。



 * * *



 王都での話をしている内に、モニカはウトウトし始めた。傾いた小さな体をアイザックは慎重にずらして、自身の膝の上にモニカの頭を載せる。

 アイザックはふと、子ども時代、隣の家に住んでいた少年のことを思い出した。

 アイザックより幾らか年上のその少年は、アイザックのことを弟分扱いしていて、学校で教わったばかりのことを、それはもう得意げに披露してくれたものだった。

 今日のモニカが、まさにそれだ。つまりは、覚えたばかりのことを実践したがっている子どもである。

 お申しつけください、だなんて、普段のモニカからは出てこない言葉だ。


(王都で、何か覚えてきたんだろうなぁ)


 きっと、お風呂も寝具も食事も、モニカなりに一生懸命考えて用意してくれたのだろう。その拙い気遣いが、嬉しい。

 ここに用意されたものは全て、自分のために用意されたものだ。


(ならば、ここにいる君のことも……今だけは独り占めさせてくれないかい?)


 ──なんてずるいことを考えていたら、窓から黒猫姿のネロがヒョッコリ姿を現した。どうやら、肉を温める匂いにつられたらしい。


「おっ、なんだ。帰ってたのか、キラキラ」

「ネロ、ちょっとこっちに来てくれるかな?」

「おぅ?」


 ネロはソファの肘掛けに飛び乗り、アイザックとその膝で微睡むモニカを交互に見る。

 モニカは、もうそろそろ完全に寝てしまいそうだった。

 そのあどけない顔を見つめ、アイザックは切なげに目を細める。

 以前の自分なら、いたずらにキスの一つもできたのに、今はとてもできる気がしない。そんなことをしたら、きっと色々と我慢できなくなる。

 だから、アイザックはネロを抱き上げて、その前足でモニカの頬をフニッと押した。


「おやすみ、マイマスター」


 スゥスゥという規則正しい寝息が聞こえる。どうやら、完全に寝てしまったらしい。

 アイザックは寂しげに笑いながら、ネロの前足でモニカの頬をフニフニと押した。


「おい、オレ様は何をやらされてんだ?」

「色々と複雑なんだ。察しておくれ」

「なんのこっちゃ」


 ネロが呆れたように目を細めてアイザックを見上げる。

 アイザックはネロを肘掛けに下ろした。


「実は悩みがあるんだ…………ネロ先輩」

「おう、なんでも訊け」


 先輩呼びに気を良くする黒猫に、アイザックはポツリと訊ねた。


「どうしたら、モニカの一番になれると思う?」

「お前、モニカの一番になりたいのか? そりゃ無理だな。諦めろ」


 キッパリ断言されて鼻白むアイザックに、ネロはフフンと鼻を鳴らす。


「なんてったって、モニカが一番好きなのはオレ様だからな!」

「…………」

「オレ様、最強可愛いからな! 悔しければ、お前も猫に……」


 アイザックはニッコリ微笑み、ネロの尻尾を、心を込めて丁寧に逆撫でする。

 驚いた黒竜は飛び上がり、「ほんぎゃらぶっぼー!」と叫んで床を転げ回った。



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