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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝7:帝国の銀月姫
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【6】黄金の騎士は尻に敷かれたい

 帝国近衛騎士団第二部隊所属のアインハルト・ベルガーは、今年で二十六歳になる長身の美丈夫であった。

 濃い金髪に彫りの深い気品ある顔立ち。顔良し、家柄良し、剣の腕良しの彼のことを、帝国のご婦人方は〈黄金の騎士〉と呼んで慕っている。

 そんな彼は、今回、栄えあるツェツィーリア姫の護衛任務に抜擢され、リディル王国訪問に同行していた。

 今日の彼が担当するのは滞在先のアウザーホーン宮殿内、ツェツィーリア姫の部屋に続く廊下の警備である。

 華やかな宮殿に見劣りしない美貌のアインハルトは、キリリとした顔で姿勢良く廊下に立ち、麗しの姫君の警備に務めていた。

 その姿は、ご婦人方を虜にする黄金の騎士に相応しい、堂々たる佇まいである。


「…………ふむ」


 黄金の騎士アインハルト・ベルガーは油断なく周囲を見回すと、隣に立つ後輩のキルヒナーに耳打ちした。


「おい、キルヒナー」

「はい、どうされました。ベルガー殿」

「リディル王国は美人が多くて良いな」

「…………」


 キルヒナーが白い目で見てもなんのその。

 アインハルトは敵情視察で得た情報を語るかのように、真剣な面持ちで言った。


「さっき、すごい美人の侍女がいたんだ。眼鏡をかけた長身の美人だ。横顔が一瞬見えただけだけど、あれは眼鏡外したら、かなり化けるタイプと見た」


 アインハルトより一つ年下の生真面目なキルヒナーは、その顔に呆れを滲ませ、横目でアインハルトを睨む。


「……少し前までいれ込んでた、第三王子付きの美人秘書官殿はどうしたんですか」

「聞いて悲しめ。今回、第三王子は城に召致されてないんだ。当然、かの美人秘書官殿も来られない。俺は悲しみのあまり酒の席で床を転げ回って、一緒に飲んでた辺境伯殿にゴミを見るような目で見られた」

「…………」


 くだんの辺境伯ヘンリック・ブランケの「陛下に処刑されればいいのに」という声は割と本気だった。

 全く色気のない奴らめ、とアインハルトは小声で毒づく。

 今回の護衛対象であるツェツィーリア姫も確かに美人なのだが、アインハルトの好みではなかった。

 アインハルトの好みは、目に力のある、気の強そうな女である。


「あの超絶美人のブリジット嬢に会えないのは残念だが、まだ希望はある! 今回、ツェツィーリア様の護衛に、七賢人から若い娘が来るらしい! その名も〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットちゃん、十九歳!」


 かの〈沈黙の魔女〉の名声は、隣国であるシュバルガルト帝国にも届いている。

 弱冠十五歳で七賢人に就任し、黒竜と呪竜を撃退した若き英雄。黒獅子皇も彼女には一目置いているのだとか。


「俺の予想だと、モニカ・エヴァレットちゃんは黒髪で長身で切れ長の目のクールビューティだな。ツンとすましてて、言い寄る男をゴミを見るような目で見る感じの」

「もしかして、ゴミ扱いされるのがお好きなんですか」


 まさにゴミを見るような目で見てくるキルヒナーに、アインハルトはチッチッチと舌を鳴らして指を振った。


「強気な女を俺に夢中にさせるのが良いんだよ……と言いながら、実は尻に敷かれたい男心! 分かるだろう、キルヒナー!」

「分かりません」

「…………あ、あのぅ」


 か細い声は、少し離れた場所から聞こえた。見れば、廊下の角から小柄な女の子が半身を覗かせて、モジモジしている。

 薄茶の髪を編んでまとめた素朴な顔立ちの少女だ。年齢は十六か十七ぐらいだろうか。

 紺色のローブを身につけていて、手には杖を持っているから、きっと宮殿付きの魔術師なのだろう。年齢から察するに見習い魔術師といったところか。

 アインハルトは計算し尽くした動きで前髪をかき上げ、みんなの憧れの近衛兵に相応しい爽やかさで、少女に笑いかけた。


「やぁ、お嬢さん。誰かのお使いかな?」

「……あの……えっと、ツェツィーリア様の身支度が終わったと聞いたので……」


 ツェツィーリア姫の身支度が終わったことと、この少女がここにやって来たことが、どう関係するのだろう。とアインハルトは首を捻った。

 この後、ツェツィーリア姫の元には、七賢人が一人〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット魔法伯が謁見に来るはずである。


「ははーん、そうか、君は〈沈黙の魔女〉殿のお弟子さんだな? お師匠様に、ツェツィーリア様の機嫌を伺ってくるように言われたんだろう」

「え」

「『帝国の女は気性が荒い』と言うし、高貴な方が機嫌が悪い時に謁見すると、碌なことにならないからな。だが、安心するがいい。ツェツィーリア様は月明かりのように穏やかで心優しい姫君だ。私はあの方が癇癪を起こしたところなど、一度も見たことがない」

「は、はぁ……」


 少女は相槌を打つと、何か言いたそうに口をもごもごさせ、アインハルトをチラチラと見る。

 きっとこの内気そうな少女は、素敵な近衛兵隊のお兄さんの名前を知りたくて、モジモジしているのだろう。

 アインハルトはうんうんと頷き、その端麗な顔にとびきり親切なお兄さんの笑顔を浮かべた。


「私は人呼んで〈黄金の騎士〉アインハルト・ベルガー。こっちは後輩のキルヒナーだ」

「あのっ、えっと……っ、わたし……」


 少女は廊下の角に半身を隠して恥ずかしそうに指をこねていたが、やがて覚悟を決めたように姿を見せる。

 近くで見ると想像以上に小柄な少女だった。だが、身につけているローブと杖は一級品である。

 特に、身の丈ほどの長さの杖は装飾が非常に豪華だった──そういえば、リディル王国では杖の長さで魔術師の格が決まるのではなかっただろうか?


「〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットです………………クールビューティじゃなくて、ごめんなさい」


 アインハルトは思わず「うぉう」と呻いた。

 どうやら彼女は、アインハルトとキルヒナーの会話を聞いてしまったらしい。

 七賢人と言えば、リディル王国では国王陛下の相談役である。その七賢人に好き放題言ってしまったのだ。これは首が飛んでも文句を言えない。

 やっちまった、と呟くアインハルトに、キルヒナーが白い目を向けた。


「良かったですね。隊長にゴミ扱いしてもらえますよ」

「参ったな。隊長殿は俺の好みじゃない」


 キルヒナーに小声で返し、アインハルトは〈沈黙の魔女〉に、これでもかというぐらい豪華絢爛な笑顔を向けた。

 窮地の時は、笑顔でゴリ押すに限る──というのが、アインハルトの経験則である。


「〈沈黙の魔女〉殿。先程の我々のやりとりは帝国ジョークというやつです。できれば、私の上司には内緒に……」

「あのっ、お気になさらず……七賢人っぽくないって、よく言われるので……」


 〈沈黙の魔女〉は本当に気にしていない様子で、パタパタと手を振った。

 良い子である。良い子なのだが、七賢人という肩書きには首を捻らざるをえない。


(本当にこの小さな少女が、二大邪竜を撃退したのか? ……噂に尾鰭と背鰭が付いたパターンだろ、これ)


 耳にした噂に疑念を抱きつつ、アインハルトは芝居がかった仕草で胸に手を当て、感極まったような声を上げた。


「おぉ、小さな女神よ。貴女は私の救世主だ。おかげで隊長殿に叱られずに済む」

「えっと、謁見……」

「ご案内します。こちらへ」


 アインハルトが先導すると、〈沈黙の魔女〉はスーハーと小さく深呼吸をし、キュッと唇を引き締めて背筋を伸ばす。

 それがなんだか、初めての発表会に挑む子どもに見えて、こんな小さな娘が護衛で大丈夫なのか、とアインハルトは密かに不安を覚えた。



 * * *



 護衛対象であるツェツィーリア姫との謁見。

 この時のために、モニカはオルブライト邸で何度も何度も挨拶の練習をしていた。

 室内に入ったモニカは杖を足元に下ろし、頭を垂れる。


「七賢人が一人、〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットです。遠いところ、ようこそお越しくださいました。ツェツィーリア様」


 噛まずに挨拶ができた。第一段階はクリアである。

 問題はこの後だ。ツェツィーリア姫がお喋り好きな姫君で、あれこれ話を振られたらどう返すか──これも事前に、ラウルやレイ、フリーダ達と知恵を絞って、会話パターンをあれこれ考えてきたのだ。


(えっと、お花が見たいと言われたら、ラウル様がお勧めしてた新しい品種を植えた花壇にご案内して、お買い物がしたいと言われたら、近衛兵団長さんにご相談して……)


 事前に用意した内容を頭の中で反芻していると、サラサラと衣擦れの音が聞こえた。


「初めまして、〈沈黙の魔女〉様。ツェツィーリア・シャルロッテ・フェーべ・ベルシュヴァイク・クレヴィングです……どうぞ、顔をお上げください」


 硝子の鈴を震わせたような、繊細で可憐な声だ。

 モニカは言われた通りに頭を上げる。

 モニカの前に立つツェツィーリア姫は、真っ直ぐな銀髪の、折れそうに細い華奢な姫君で、声の印象そのままの儚げな雰囲気があった。身につけているのは、レースが美しい薄紫のドレスだ。

 似合っていないわけではないのだが、若い女性が好む色合いやデザインと比べて、だいぶ落ち着いて見える。


(この方が……黒獅子皇の妹姫……)


 生命力に満ち溢れすぎて人の器に収まっていないような兄とは、まるで正反対の姫君である。

 ツェツィーリアはスカートの裾をつまんで優雅に一礼した。


「〈沈黙の魔女〉様。これからしばらくの間、お世話になります」

「は、はいっ」

「…………」

「…………」


 会話が途切れてしまった。ちょっと気まずい。

 モニカは失礼にならない程度に、前髪の下からこっそりとツェツィーリア姫を観察する。

 ツェツィーリア姫もまた、なんとなく気まずそうに俯いていた。どうやら、あまりお喋りな性格ではないらしい。

 高貴な身分の姫君に、必要も無いのにあれこれ話しかけるわけにもいかない。

 ツェツィーリア姫が黙りこめば、当然モニカも沈黙を保つしかないのだ。


「…………」

「…………」


 この後、二人は移動の時間になるまで、ひたすら気まずい空気を共有し続けるのだった。


黄金の騎士アインハルト・ベルガーは「外伝3【おまけ】ヴァルムベルクにて」に登場した、ブランケ兄妹大好きお兄さんです。

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