81日目 危険魔法生物学:インキュバスの生態について
81日目
ギルの腕に雷の紋様が。マジカッコいい!
ギルを起こして食堂へ。いつも通りのマッスルな筋肉にカッコよく刻まれた雷の紋様に、男子みんなが目を輝かせまくっていた。『なにそれかっけぇ!』、『すげえイカすじゃん!』などなど、称賛の言葉を浴びせまくる。ティキータのゼクトも『雷魔法を練習すれば俺もできるかなぁ……っ!』って目をキラキラさせていたし、アエルノのラフォイドルでさえ『……ちっ、認めてやるよ』って遠回しにギルを褒めていた。
ただ、当のギルは『こいつはあくまでアクセサリーなんだよなぁ……。褒めるなら筋肉にしてくれよ……』って不満そう。本来浴びるべき注目を雷の紋様が全てかっさらってしまったことにちょっとした憤りを隠せないらしい。
『男の子って、本当によくわからない生き物ね』、『よくわからないんじゃなくて、一様にアホなだけよ』ってバルトのシャンテちゃんとアエルノのロベリアちゃんは話していた。どうやら女の子にはこの魅力がわからないらしい。人生の四割くらい損していると思う。
さて、そんな感じで朝食をとっていたところ(ギルはもちろん『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。ジャガイモを食う度に雷の紋様が輝いてちょうカッコよかった)、『…今日の授業、男子だけ今すぐ来い』ってグレイベル先生が食堂にやってきた。
グレイベル先生がこの時間に食堂に来るなんて珍しい……っていうか、どこかで聞いたようなパターン。『…女子はいつもより遅れて来い』とも告げられる。既視感バリバリで逆に不安を覚えたよね。
ともあれ、言われた通りグレイベル先生に続いていつもの場所へと向かう。なーんか妙に甘ったるくて気持ちの悪い匂いがするな……なんて思っていたら。
そこには、ある意味地獄絵図が広がっていた。
『ふぅん……?』とばかりにため息をつく優男。
『へぇ……?』とばかりに首の後ろを押さえる優男。
『ふむ……?』とばかりに顎に手を当てる優男。
古今東西、あらゆる場所からかき集めたんじゃねーかって感じの優男の集団がそこにいた。一応全員イケメンではあったけれど……なんというか、男に嫌われるタイプのイケメンばかりで、少なくとも俺は連中を見た瞬間に『うるせえギルぶつけんぞ』って言っちゃったよね。
もちろん、他のルマルマも同様。わざとらしいくらいのイケメンに『不法侵入してんじゃねえぞゴラァ!』、『失せろ』、『揃いも揃って首痛めてんじゃねーぞ』って敵意を隠そうともしない。
ジオルドは親指で首を掻っ切るジェスチャーをしていたし、クーラスもペッ! って唾を吐く。フィルラドはサムズアップの形で親指を下に下げ、おこちゃまポポルでさえもイケメン集団にメンチを切りまくっていたよ。
ギル? 『俺のライトニングサンダーマッスル筋肉インパクトが……唸っちゃうぜェ……?』ってマッスルポーズをとって威嚇していたよ。雷の紋様がバチバチしててちょうカッコよかった。
さて、俺たちが親切にも忠告をしてやったというのに、あろうことかあのクソ野郎の集団ども……近くにいたピアナ先生にモーションをかけまくっていやがった。マジぶっ飛ばすぞクソが。
そのクソの集団はなれなれしくもピアナ先生の手を握ろうとしたり、肩を抱こうとしたりする。優しいピアナ先生が苦笑いしつつ壁際へと退避したら、なんかどんっ! って手で壁をついてピアナ先生を逃げられないように囲みやがった。
それを見て、俺たち全員ブチ切れたのは書くまでもない。生きて学園の敷地から出られると思うんじゃねーぞって心の底から思ったよ。
『先生が立場上出来ないのなら、僕たちがやります。……なに、先生が少しトイレで席を外している間、たまたま不幸な事故が起きてしまったってだけですよ』って言いつつ杖を構え、遠慮なく魔法をぶっ放そうと魔力を練り上げる。
が、『…気持ちはわかるが、やめてくれ』ってグレイベル先生に止められてしまった。マジ理不尽。
どうやらこいつら、今日の授業で扱うインキュバスだったらしい。インキュバスってのは要はサキュバスの男ヴァージョンであり、サキュバスのように女の子を誑かし、その生気を糧にして生きる魔物なんだとか。
『…故に、こいつらは女受けをする姿をしている……が、正直俺には何がいいのかさっぱりわからん。…授業以外では近づきたくない人種だな』ってグレイベル先生は言っていた。ちゃんとした証明とかはないんだけど、インキュバスって男に嫌われる傾向が非常に強いんだって。
とりあえず、グレイベル先生が教えてくれたインキュバスの特徴を以下に記す。
……あ、ピアナ先生にモーションをかけていたインキュバスは、ピアナ先生にこっぴどく股間を蹴り上げられていたことをここに記しておく。ご丁寧にも植物魔法で金剛仙人掌を足に纏ってからの一撃。『いい加減しつこいし、実習として誑かしていいのは生徒だけっ! 先生相手に失礼過ぎるでしょ!』とのこと。ざまーみろ。
・インキュバスは悪魔の一種である。男のサキュバスとでも呼ぶべき魔物であり、その特性も概ねサキュバスに準拠する。サキュバス同様、正確には淫魔と夢魔の二種類に分けることが出来るが、サキュバスに比べて夢魔の割合が少ないことが知られている。…とりあえずインキュバスはクソだって覚えておけ。
・インキュバスは女性を性的に魅了する。魅了に伴い生じる女性の気持ちの高まりや魔力の高まり、あるいは純粋な性的快楽感を糧として生きているため、往々にして女性好みの外観をしていることが多い。そのため、インキュバスの顔を確認することでその時の女性の流行を知ることが出来る。…流行りに合わせて顔を変えるって根性が気に食わねえ。
・インキュバスはターゲットを定めると、その対象にマーキングを施すことが知られている。やり方は個体によって様々だが、手の甲や頬など、わかりやすい位置にキスをすることで行うケースが多い。これは獲物がどこにいても追跡できるようにするほか、他の夢魔にこれは自分の獲物だと知らしめることで、獲物を奪い合うことなく上手に【長持ち】させるためだと考えられている。…オレ様気取りの奴を見ていると吐き気がする。何様だってんだよ。
・インキュバスに誑かされた女性は知らず知らずのうちに生気を吸い取られ、どんどんと体が衰弱していく。やがては普通の生活を送ることが難しくなるほど衰弱するが、インキュバスと会っている時だけは幸福感によりこの症状が大幅に緩和されるため、最終的に女性の方からインキュバスに会いたがるようになる。…やり口が汚い。さすがインキュバス汚い。
・魅了された女性(特に魔法的抵抗力のない女性)を説得によってインキュバスから引き離すことは容易ではない。物理的手段によるインキュバスの排除が困難な場合、なんとかしてインキュバスのマーキングを見つけて落とすことが出来ればある程度の時間稼ぎになるが、これはあくまで対症療法であるため、根本の解決には至らない。…もうコメントするのも嫌になってきた。
・確実な対処方法として、女性にニンニクやニラ、脂っこいもの等を数日にわたってさりげなく食べさせ続けるといった方法が知られている。これにより女性の体臭や口臭が酷くなるため、生気を吸い取ろうとキス(およびぞれに準ずる行為)をしてくるインキュバス(の主に精神面)に致命的なダメージを与えることが出来る。これが成功した場合、インキュバスは二度と現れなくなるが、女性(の主に精神面)にも致命的なダメージが入る。…仮にも恋人なら、それぐらいで音をあげるんじゃねえ。
・インキュバスのマーキングを魔法的手段を用いて男に写し、マーキングによって誘われたインキュバスに男の方からキス(あるいはそれに準ずる行為)をすることが出来れば、インキュバス(の主に精神面)に致命的なダメージを与えることが出来る。これが成功した場合、インキュバスは二度と現れなくなるが、男性(の主に精神面)にも致命的なダメージが入る。…こっちにまで迷惑をかけてくるとか、本当に腹立たしい。
・十数匹に一匹の割合で男でも問題なくイケるインキュバスがいることが知られている。
・…あとはだいたい想像通りだ。正直俺もこいつらのことを真面目に詳しく語りたくない。そういう特性だとわかってはいるが、見ていてイライラする。
・魔物は敵。慈悲は無い。…問答無用でぶっ殺せ。
・…婦女子の敵だ。俺はこういうクソ野郎が大嫌いだ。容赦なくやってよろしい。
いつになくグレイベル先生が饒舌であり、そして言葉の端々に刺々しいものが混じっていてたいそうビビる。どうやらグレイベル先生クラスであっても、インキュバスに対するあの何とも言えない嫌悪感は拭い去れないものらしい。
『サキュバスも女の子から嫌われる傾向にあるんだけど……インキュバスの嫌われ方ってちょっと違うんだよねー』ってピアナ先生はコメントしていた。
たぶん、女の子が女の子を嫌う理由って【嫉妬】がその根本にあると思うんだけど、男が男を嫌う理由……ひいては、男に嫌われる男の特徴って【そいつがただのクズ野郎だから】って一言に帰結するからだと思う。そりゃあ、嫌われ方が同じになるわけがない。
ともあれ、説明が終わったところで早速実践。前回の女子と同様、ルマルマ男子は先生たちと一緒に物陰に隠れ、女子たちがあのクソ集団と遭遇する瞬間を待つ。
ややあってから、ルマルマ寮の方から女子たちがやってきた。インキュバスのクソ共はここぞとばかりに首を押さえたり、流し目なんかをしたりしてアピールをしまくる。吐き気を催すような甘い香りがより一層強くなり、なんかめちゃくちゃ気分が悪くなった。
何とも理解しがたいことに、インキュバスを見たルマルマ女子の何人かが『わぁ……っ!』、『うっひょう……!』って声をあげた。マジで意味が解らねえ。
その声を聴いて調子に乗ったのか、クソのインキュバス集団は自信ありげに女子たちに近づいていく。すんげえわざとらしいクソみたいな仕草をしつつ、クソみたいな表情をして、そしてクソみたいな王子様気取りに女子たちの手を取ろうとした。
……あんな強引なやり方が女子の流行なのだろうか? 傲慢で偉そうなクソにしか俺には見えなかったんだけど。腹立たしい以外の何物でもなかったっていう。
で、そろそろ我慢できないからライトニングサンダーマッスル筋肉インパクトでもぶっ放してやろうかな……って思っていたところ、本日の頑張ったで賞を授与すべき出来事が。
『ルァァァァァッ!』ってガチ威嚇。スッパァァァァァンッ! って感じの猛烈なビンタ。『ふーッ! ふーッ! ふーッ!』って容赦のない連続攻撃。
ちゃっぴぃが片っ端からインキュバスどもをブチのめしにかかっていた。そりゃもうびっくりするくらいにぼっこぼこ。執拗に連中の顔面を狙って、ビンタしたりひっかいたり蹴り上げたりしまくっていた。
その熾烈さはサキュバスの時とは比にならない。何が気に障ったのか、ちゃっぴぃは逃げて背中を見せた相手さえも容赦なく追い詰め、『ふーッ! ふーッ!』ってこっぴどく顔面をひっかきまくっていた。
『やれやれ、やっちまえ!』、『そこだ、ぶちかませ!』、『立てなくなるまでやれ!』ってルマルマ男子の歓声が凄まじかった。俺もついつい大声で応援しちゃった。まさにあの場はちゃっぴぃだけのバトルステージだったと言えよう。
まさか(一応は)女の子であるちゃっぴぃにあそこまで抵抗されたのが理解できないのか、クソのインキュバスどもは呆然とした表情。『こ、怖くないよ、子猫ちゃん……?』とばかりに一匹ほど笑みを浮かべて腕を開いた奴がいたけれど、ちゃっぴぃは『ルァァァァッ!』って見事なサマーソルトキックで奴の顎を蹴りぬいた。
『うぉぉぉぉ!』ってルマルマ男子の雄たけびが上がったことは書くまでもない。パパはとっても嬉しくて泣きそうである。
最終的に、『きゅ!』ってちゃっぴぃは大きく胸を張り、倒れ伏したクソ共に『ペッ!』って唾を吐いた。ホントはいけないことだけど、なぜか突発的に花粉症になって前が見えなくなったので、俺は無言であいつをぎゅっ! ってしておいた。
『……そういえば、ちゃっぴぃちゃんがいたっけ』、『…こいつがそこらの淫魔に負けるはずがないか』って先生たちはコメントしていた。どうやらちゃっぴぃ、夢魔や淫魔が相手ならば無類の強さを発揮するらしい。連中の最大の武器である魅了が効かないのだから、ある意味当然か。
なんだかんだで女子たちは全員無事。何人かがインキュバスに手を取られたくらいで、マーキングをされただとか生気を吸い取られたって人はいなかった。もちろん、ちゃっぴぃの活躍があったため、ロザリィちゃんはクソどもに指一本たりとも触れられていない。本当に良かった。
『……たぶん、ちゃっぴぃがいなくても大丈夫だったと思うけどねー? ほら、愛魔法ってこの手のことにはめっぽう強いから。もし私に触っていたら、インキュバスのほうが大変なことになっていたかも?』ってロザリィちゃんは可愛く笑いながら言っていた。
『冗談でもそんな悍ましいこと言わないでくれ』って泣きそうになりながら懇願したら、『……もしかして、ジェラシー感じちゃってるの?』ってロザリィちゃんってばにこーって笑って俺を抱きしめてきた。ぬくやわこくてふっかふかで、すんげえいい匂いがしてちょう幸せだった。
そうそう、授業の最後にグレイベル先生が女子にインキュバスに対する即応性のある対処法を教えていた。『…基本的にはこの手の輩に関わらないことが一番だ。遭遇してしまったらとにかく逃げろ。出来れば大声も出せ。…下手に立ち向かおうとするな。自分の役割を考えろ』とのこと。
『…それでなお、立ち向かわねばならない時が来たのなら──竿ではなくて玉を狙え。下からすくい上げるように蹴り上げろ。…よく勘違いしてる人が多いが、定常状態下であるならば、竿へのダメージは実はそこまで痛手じゃない。だが、玉は文字通りの急所だ。…たてなくするためにも、遠慮なくやってよろしい』ってグレイベル先生は語っていた。
あまりにも実践的かつリアリティのあるお話に、男子一同タマヒュンしたのは書くまでもない。『…最悪の場合、噛み千切るか捻り千切るって手もある。アンブレスワームよりかはマシかもな』ってスプラッタな追加情報もプレゼントしていた。さすがは俺たちの兄貴である。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、一部の男子が『あんなのにデレデレしやがってよぉ……』って女子に愚痴(?)を言っていた。『べ、別にいいじゃん! 先週のあんたたちの方がもっとマヌケ面だったもんっ!』、『く、悔しかったらああいうイケメン王子様みたいになってからいいなさいよっ!』って女子は反論。いろいろと不毛過ぎると思うのは俺だけだろうか。
一方で、魅了にかからなかった女子たちは『ああいうチャラチャラしたの、好みじゃないのよねえ……』、『変に気取っていて正直感じ悪いよね』、『女の子をファッションかステータス程度にしか思って無さそう。絶対あれは大事にしてくれないタイプだよ』って口々に文句を言いまくっていた。
アルテアちゃんは『連中はチャラくて信念が感じられなかった。……フィルは、やるときはやってくれるし……さりげなく、けっこう優しい』ってほんのり照れながら語っていた。
パレッタちゃんは『ヴィヴィディナでさえ吐き気を催す邪心でいっぱいの連中に、どうしてときめかなくちゃならないのか。……その点、ポポルは純粋で無邪気だから』って珍しくちょっと赤くなりながら語っていた。
ミーシャちゃんは『ギルの方が絶対強いの! すっごく頼りがいがあるの! あんな軟弱ひょろひょろミジンコ野郎どもなんてこっちから願い下げなの!』って超笑顔で語っていた。
アリア姐さんは「連中には愛が無いのよ!」って言わんばかりにジオルドを抱きしめていた。ジオルドは泣いていた。
ロザリィちゃん? 無言でちゅっ! ってキスをして、『私、【男の子】は──くんしか知らないからね!』ってはにかむ。そんなところがマジプリティ。
『お義父さんやクラスメイトは男じゃないの?』って意地悪して聞いてみたら、『みんなはお友達! パパはパパ! それ以外も【お店のおじさん】や【先生】ってだけであって、【男の子】なのは──くん一人だけだもん!』って語ってくれた。
しかもしかも、『私がドキドキするのは……今も、これからも、──くんだけだよ?』ってくちびるでくちびるを塞がれる。これ以上は恥ずかしくて語りたくないってことなんだろう。実際、首から耳まで真っ赤になっていたしね。
そうそう、今日の頑張ったで賞であるちゃっぴぃは授業後からずっと大いに甘やかしておいた。お姫様抱っこもおんぶも肩車もサービスしたし、夕餉の時もお膝に乗せて『あーん♪』しまくっておいた。風呂上がりには髪をとかしてステキな感じでデコってやったし、デザートのハゲプリンも奮発して三つも食わせてやった。
もちろん、ロザリィちゃんも交えて抱き締めたり、頭を撫でたりもした。『きゅーっ♪』ってあいつはたいそう嬉しそう。ずっと俺たちにしがみついて、ほおずりなんかしていたよ。ウチのお姫様は本当に甘えんぼだと思う。
パパ的にはもっと盛大に甘やかせてあげたいところだったけど、『お前は加減ってものを覚えろ』ってアルテアちゃんに止められたため、ほどほどのところでお開きにすることに。『ぶぅーっ!』って口をとんがらせるロザリィちゃんが最高に可愛かったです。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。ちゃっぴぃは俺のベッドにもぐりこんでスヤスヤ。どうやらこいつ、今日は最後まで甘え倒したいらしい。今日はいろいろ頑張ってくれたから、俺もそれに応えて一晩ずっと抱きしめてやろうと思う。
とりあえず、ギルの鼻には捻じれたフォークを刺しておく。なんか廊下に落ちてたからついつい拾っちゃったんだよね。ちゃっぴぃに耳栓をして、多重高密度魔導結界を張ってから寝ることにする。みすやお。




