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幼馴染の裏切りと完璧すぎた復讐〜お前が泣いても、もう俺の心は動かない〜  作者: ledled


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梢の後悔〜失って初めて気づいた愛の重さ〜

柊梢は、自分の人生がいつから狂い始めたのか、今でもはっきりとはわからない。ただ、結婚十年目のあの日、ママ友のランチ会で樫原巧と出会った時から、全てが変わっていったのだと思う。


梢は透耶と小学校から一緒だった。幼馴染で、いつも傍にいてくれる存在。中学でも高校でも大学でも、ずっと同じ学校。透耶は地味だったが、誠実で優しくて、梢のことをいつも一番に考えてくれた。大学四年の秋、透耶からプロポーズを受けた時、梢は迷わず頷いた。この人となら、幸せになれる。そう信じていた。


結婚生活は、最初は幸せだった。透耶はIT企業に就職し、順調にキャリアを積んでいった。梢も商社で事務職として働いていたが、長女の紬を妊娠してから専業主婦になった。その四年後には次男の蒼汰も生まれ、家族四人での生活が始まった。透耶は仕事が忙しく、帰りが遅くなることも多かったが、週末は必ず家族との時間を大切にしてくれた。子供たちを公園に連れて行き、梢の家事を手伝い、いつも優しく接してくれた。


でも、梢の心の中には、何か物足りないものがあった。毎日同じことの繰り返し。子育て、家事、パートの仕事。透耶との会話も、子供のことや家のことばかり。恋人だった頃のドキドキは、もうどこにもなかった。梢は、これが結婚というものなのだと自分に言い聞かせた。でも、心の奥底では、もっと刺激が欲しいと思っていた。


そして結婚十年目の春、梢の人生を変える出会いがあった。ママ友のランチ会で知り合った別のママ友の夫、樫原巧。広告代理店の営業部長で、話が面白く、女性の扱いに慣れている男性だった。最初は夫婦ぐるみの付き合いだった。梢と透耶、樫原夫婦、そして何組かの家族で集まって、バーベキューをしたり、子供たちを遊ばせたりした。


巧は、透耶とは違うタイプの男性だった。口が上手く、褒め上手で、梢を女性として見てくれているのが伝わってきた。透耶が仕事の話ばかりするのに対し、巧は梢の髪型や服装を褒めてくれた。透耶が子供たちの話題ばかりなのに対し、巧は梢自身のことを聞いてくれた。梢は、久しぶりに女性として扱われることに、心が浮き立つのを感じた。


ある日、巧からメッセージが来た。『今度、二人でランチでもどうですか?』梢は少し迷ったが、軽い気持ちで承諾した。ただのランチ。それだけのことだと思っていた。でも、そのランチが全ての始まりだった。巧は梢の話を真剣に聞いてくれた。子育ての悩み、夫との関係、自分の将来のこと。透耶には話せないようなことも、巧には話せた。


「梢さんは、もっと輝ける女性だと思いますよ」


巧の言葉に、梢の心は揺れた。透耶は梢を妻として、母としてしか見ていない。でも巧は、梢を一人の女性として見てくれている。その違いが、梢には眩しかった。それから、二人で会う機会が増えていった。最初は本当にランチだけだった。でも、だんだんと時間が長くなり、夕方まで一緒にいるようになった。そしてある日、巧が梢の手を握った。


「梢さん、俺、あなたのことが好きです」


梢は驚いた。でも、嫌ではなかった。むしろ、嬉しかった。久しぶりに、女性として求められていると感じた。透耶との生活では、もう感じることのなかった高揚感。梢は、その感情に身を任せることにした。


「私も……」


その言葉を口にした瞬間、梢の人生は大きく道を外れた。それから八年間、梢と巧の関係は続いた。週に一度、時には二度、二人は密会を重ねた。ホテルで会い、体を重ね、甘い時間を過ごした。梢は、この関係がいけないことだとわかっていた。でも、やめられなかった。巧といる時間が、梢にとって唯一の刺激だった。


透耶が仕事で遅い日、梢は心の中で喜んでいた。巧と会える時間が増えるから。透耶が休日出勤だと言った時、梢は表向きは残念そうな顔をしながら、内心では巧との予定を立てていた。罪悪感はあった。でも、それ以上に、巧との関係を失いたくなかった。巧とのメッセージのやり取りも、日に日にエスカレートしていった。


『旦那、今日も遅くまで仕事だって。ほんとチョロいよね』

『うちの嫁も何も気づいてないわ。お前との時間が一番楽しいよ』


そんなメッセージを交わしながら、梢は透耶のことを笑っていた。こんなに近くにいるのに、何も気づかない夫。真面目で、疑うことを知らない夫。その純粋さを、梢は馬鹿にしていた。今思えば、最低な行為だった。でも当時の梢は、それに気づくことができなかった。


そして、巧とこんな約束までしていた。


『ねえ、いつか本当に一緒になれないかな』

『俺も本気でそう思ってる。でも今すぐは難しい。お互い子供もいるし』

『わかってる。でも、いつかはね』

『ああ。その時のために、少しずつ準備しておこう。お前、旦那名義の口座から少しずつ移せるか?』

『できると思う。気づかれないように、少しずつね』


梢は透耶の口座から、少しずつお金を別の口座に移していった。月に数万円。八年間で、総額は三百万円を超えた。巧との新しい生活のための資金。梢は、本気で透耶と別れて巧と一緒になることを夢見ていた。でも、それは幻想だった。


十月のある夜、梢の世界は崩壊した。透耶がリビングで待っていた。その表情は、梢が見たこともないほど冷たかった。


「梢、話がある」

「何?」


透耶は一枚の紙を差し出した。離婚届。梢の心臓が凍りついた。


「え……何、急に」

「急じゃない。俺はもう全部知ってる」


透耶はタブレット端末を取り出し、画面を梢に見せた。そこには、梢と巧のメッセージのやり取り、写真、動画が全て保存されていた。八年間の裏切りの証拠が、全て。梢の顔から血の気が引いた。


「と、透耶……これは……」

「言い訳は聞きたくない。八年間、俺が家族のために働いている間、お前は別の男と楽しんでいた。しかも俺の金を使ってな」


透耶の声は恐ろしいほど冷静だった。梢は何も言えなかった。頭の中が真っ白になった。こんなことになるなんて。透耶が気づくなんて。まさか、全部バレているなんて。


「親権は俺が取る。子供たちももう決めている。慰謝料は五百万。勝手に移した金も全額返してもらう。それと、樫原にも慰謝料請求する」

「待って、透耶、お願い。謝るから、やり直させて」


梢は透耶にすがりついた。でも透耶は冷たく梢を振り払った。


「二十年間、俺はお前だけを愛してきた。小学校からずっと一緒だった。お前を守ることが俺の人生だった。でもお前は俺を裏切り、笑い者にしていた。『旦那、チョロい』ってな」


梢は言葉も出なかった。自分が書いたメッセージ。その一つ一つが、今、自分に突き刺さる。


「もう遅いんだよ、梢。お前が俺への愛情を捨てた時点で、全ては終わってたんだ」


透耶は立ち上がり、書斎へと向かった。後に残された梢は、床に座り込んだまま、声を上げて泣いた。でも、その涙に応える者は、もう誰もいなかった。それからの日々は、地獄だった。子供たちは梢を冷たい目で見た。特に紬の目は、母親への失望と怒りに満ちていた。蒼汰は状況がよくわからないようだったが、姉と父についていくことを選んだ。


離婚調停では、梢は完膚なきまでに打ちのめされた。親権は透耶が取得。慰謝料五百万円、口座から移した三百万円の返還。合計八百万円。梢にはそんな金額、払える余裕などなかった。


「そんな金額、払えるわけないでしょう!」


梢は叫んだが、弁護士は淡々と告げた。


「それはあなたの問題です。分割払いでも構いませんが、支払い義務は消えません」


梢は全てを失った。夫、子供、家、財産、そして尊厳。実家に戻ったが、両親からも冷たい視線を向けられた。


「お前は何てことをしたんだ!透耶君はあんなにいい人だったのに!」


父の怒鳴り声が、今も耳に残っている。梢は自分の部屋に閉じこもり、毎日泣いた。なぜ、こんなことになったのか。なぜ、透耶だけでは満足できなかったのか。答えは出なかった。


巧に電話をした。最後の希望を求めて。でも、巧の言葉は残酷だった。


「お前が旦那にバレたから、俺まで巻き込まれたんだ!」

「あなた、何言ってるの?一緒にいたいって言ったのはあなたでしょう?」

「それは……そういう雰囲気だっただけだ!本気にしてたのか?」


梢は愕然とした。


「お前、まさか本気で俺と一緒になれるとか思ってたわけ?お前みたいな遊び相手と結婚するわけないだろ」


遊び相手。その言葉が、梢の心を完全に砕いた。八年間、自分は何をしていたのか。家族を裏切り、全てを失って、最後に残ったのは「遊び相手」という烙印だけだった。梢は床に座り込み、声も出せずに泣いた。


慰謝料を払うため、梢はスーパーのレジ打ちのパートを始めた。時給は最低賃金に近く、立ち仕事は体に堪えた。でも、選択肢はなかった。職場の同僚たちは若い主婦が多く、幸せそうに家族の話をする。その会話を聞くたびに、梢は自分が失ったものの大きさを思い知った。


ある日、スーパーで透耶と子供たちを見かけた。三人は楽しそうに買い物をしていた。梢は思わず声をかけようとした。でも、紬がこちらを見た。娘の目は冷たかった。そして、何も言わずに顔を背けた。梢は声が出なかった。ただ、遠くからその姿を見つめることしかできなかった。透耶は気づいていたのかもしれない。でも、彼は振り返らなかった。三人は楽しそうに店を出て行った。


梢はその場に立ち尽くした。涙が溢れて止まらなかった。同僚が心配そうに声をかけてきたが、梢は何も言えなかった。その夜、実家に戻った梢は、自分の部屋で一人、かつての家族写真を見つめた。笑顔の透耶、幼い紬と蒼汰、そして自分。あの頃は確かに幸せだった。それなのに、なぜあれだけでは満足できなかったのか。


透耶は地味だったかもしれない。刺激的ではなかったかもしれない。でも、誠実で、優しくて、家族思いで、梢のことを誰よりも愛してくれていた。それだけで十分だったはずなのに。梢は、巧との刺激的な時間を求めて、本当に大切なものを失った。透耶の愛、子供たちの信頼、安定した生活、そして自分の尊厳。全てを失って初めて、梢はそれらの価値に気づいた。


毎日が後悔の連続だった。あの時、巧と会わなければ。あの時、透耶の愛に気づいていれば。あの時、子供たちのことをもっと考えていれば。もしも、もしも、もしも。でも、時間は決して巻き戻らない。失ったものは、もう二度と戻ってこない。


梢は透耶にメッセージを送り続けた。『お願い、子供たちに会わせて』『私が悪かった。本当にごめんなさい』『せめて声だけでも聞かせて』でも、透耶からの返信はなかった。当然だった。梢にはそれを求める資格などなかった。


一年が経った。梢の生活は相変わらず苦しかった。パートの給料は安く、慰謝料の返済に追われる日々。でも、梢は少しずつ変わり始めていた。自分のしたことの重さを、毎日毎日噛み締めながら生きている。かつての傲慢さは消え、ただ静かに、自分の罪を償う日々を過ごしている。


ある日、梢は紬の誕生日が近いことを思い出した。十四歳になる娘。もう会えないかもしれない娘。梢は少ない給料の中から、お金を工面して透耶に送った。『紬が十四歳の誕生日を迎えますね。おめでとうと伝えてください。私からのプレゼントは受け取ってもらえないと思うので、あなたから何か買ってあげてください』


数時間後、透耶から返信が来た。『受け取った。紬に伝える』たったそれだけの短い返信。でも、梢にとっては何よりも嬉しかった。一年ぶりに透耶から言葉をもらえた。許されたわけではない。でも、完全に拒絶されたわけでもない。それだけで、梢には十分だった。梢は涙を流した。


それからしばらくして、紬からメールが来た。『お母さん、元気ですか?私は元気です。お父さんと蒼汰と、三人で頑張ってます。お母さんのしたことは、まだ完全には許せないけど、でも、いつか許せる日が来ると思います。それまで、お母さんも頑張ってください』


梢は声を上げて泣いた。娘は、まだ完全に自分を拒絶していない。いつか許してもらえる日が来るかもしれない。その希望が、梢に生きる力を与えた。梢は返信を書いた。『紬、ありがとう。お母さん、本当にごめんなさい。いつか、ちゃんと謝りたい。それまで、お母さんも頑張ります。紬のこと、ずっと愛してます』


梢は窓の外を見た。春の空は青く、桜が咲き始めていた。失ったものは、もう戻ってこない。でも、まだ全てを失ったわけではない。いつか、子供たちに許してもらえる日が来るかもしれない。その日のために、梢は今を生きる。自分の罪を償いながら、少しずつ前に進んでいく。


透耶への愛。それは、失って初めて気づいた。透耶がどれほど自分を愛してくれていたのか。どれほど家族を大切にしてくれていたのか。それを、梢は裏切った。その罪は、一生かけても償いきれないかもしれない。でも、せめて今からでも、まともな人間として生きていきたい。子供たちに、いつか誇れる母親になりたい。


梢はスーパーのレジに立ちながら、静かに誓った。もう二度と、誰かを裏切るようなことはしない。大切なものを、ちゃんと大切にする。自分の過ちから学び、より良い人間になる。それが、梢ができる唯一の償いだった。


夜、実家の自分の部屋で、梢は一人、家族写真を見つめた。もう戻れない日々。でも、その思い出は確かにあった。透耶の優しさ、子供たちの笑顔、温かい家庭。それらは全て、梢が自分の手で壊してしまったものだった。


「透耶……ごめんなさい……」


梢は呟いた。その言葉が透耶に届くことはない。でも、梢は言わずにはいられなかった。心の底から、本当に後悔していた。そして、梢は毎日を生きていく。償いながら、後悔しながら、それでも前を向いて。失ったものの重さを胸に抱きながら、少しずつ、一歩ずつ。


それが、柊梢の選んだ道だった。自分で蒔いた種。その実りは、あまりにも苦かった。でも、それを受け入れるしかない。そして、いつか、子供たちに許してもらえる日を夢見ながら。


梢は、今日も生きていく。

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