ほわいどんちゅーだんす㉖
「ん…よし。」
ボクの顔を覆っていた手が離れ、なづなが自分の両頬をパシンッと叩いた。
気合いの入れ方が可愛い。
どうやら気持ちを持ち直す事に成功したらしい。この切り替えが出来るっていうのはつくづく凄いと思うよ…例の並列思考の応用らしくて、それが苦手なボクには全然真似出来ないのだ。
まぁ…時々失敗してフリーズしたりするけれど。
「せりも、今は練習に集中しよ?」
おっと、確かにそうだ。
折角ご厚意で練習に混ぜて貰っているんだから、他所っ事を考えてて無駄にするなんて勿体無いもんね。
とはいえ…さっきの なづなの反応が気になるのも確かなので、それは帰った後で問い詰めるって事にして…だ、今は…うん、考え事は一旦横に置いて置くとしよう。
頑張って横に置いておこう。
うん。
そうしよう。
頑張れボク。
「…せり?聞いてる?」
んあ?!
あ、はい、聞いてるよ?
練習に集中、でしょ?
ほんの少しの間だが自分の思考に気を取られて、なづなの言葉を聞き逃してしまったっぽい。
まぁ…せいぜい二言三言だろうが…
「ホントに?大丈夫?」
怪訝な顔を向けてくる なづなに、精一杯の笑顔で「大丈夫だ」と返答してはみたものの…心中ではいまだに『はっずかしぃ〜!!!』って気持ちが荒れ狂っているのも確かだ。
それに比べて、目の前の なづな表情には先程までの照れや困惑は見て取れない。完全にいつもの調子みたいに見える。
…さっきも言ったがホント凄いな…
繰り返しになるがボクには真似出来ない技術(?)だからね。正直ちょっと怖いくらいだ。
まぁ、ボクは なづなほどしっかり自己コントロールなんて出来ないから『大丈夫』なんてのも、只の強がり以外の何でもないのだけれど…それでも努めて平静に『大丈夫』をアピールしてみせる。
「…そう?なら良いけど。
ああ、ほら。
ちょうど出番っぽいよ?」
そう言われてフロアの方を見れば、先生が手を叩いて交代を宣言するところだった。即ちボク達が入る番である。
ふぅ…なんとか間に合ったぜ…
気持ちの切り替え。
…んで。
その後はといえば、またしてもボク達2人はリーダーパートとパートナーパートをそれぞれガッツリと踊らされましたよ。ただ只管に。まぁこれがラストって事で振り絞ってなんとか乗り切ったものの… もうへとへとである。余分な事を考えている余裕なんて微塵も無かったよ…。
そりゃあね、ちょっと大きめな競技会に出場するつもりであればクラスによっては一次予選、二次予選、準決勝、決勝と、クオリティを落とす事なく踊りきらなきゃいけないのだからスタミナはあった方が良いに決まってるのだけれど…
ボク達、競技会に出る予定ないんですよ?
なのに!
なのにね?!
倍以上だよ?
他の人達の倍以上!
倍以上の時間踊っているの!
どういう事なんですか先生?!
そりゃ思惑があるのでしょうけれどね?!
…ふぅ…ま、その辺は考えても詮無き事、か。
けれど…持久力には多少自信があるボクですら、このペースはキツいと感じるのだから なづな には相当こたえるはずだ。
その証拠に交代した途端にフロアの隅っこでアザラシみたいに突っ伏しちゃって、ピクリとも動かなくなってるし。もうストレッチする余裕も気力も無いみたいで…うぅむ、ここまでぐったりしている姿は中々に珍しいな。
なづなってさ、瞬発力は人三倍有るのだけれど持久力には少々難がね、あるんですよ。
…いやまぁ、あくまでも「彼女の異様なまでの瞬発力の高さに比すると、妙に少ない」って意味であって、常人より少ないという訳ではないのだけれど。
「は~い!フィニ~ッシュ!」
パンッ!と先生が手を叩いたところで全員の動きが止まった。
リーダーパートで参加していたボクも天を仰いで大きく息を吐く。
…あ、いかん、クラッとした…。ちょっと酸欠気味っぽい。
血が行くように頭を下げ、手を膝について呼吸を整える事に集中する。
…この『手を膝について身体を丸める』というポーズ、息が上がった時など誰もが無意識にとっている姿勢だと思うのだけれど、呼吸のリカバリーをするのに非常に理に適った姿勢だって近年になって判明したのだとか。
おっと。これは完全に余談であるから、どうでもいい事だね。
失敬失敬。
皆、一様に息を荒くしてはいるが…『あ~疲れたぁ』って顔をしている程度で、まだ余裕がありそうである。男性の方などは爽やかな笑顔を浮かべていたりするんだから驚きだ。
ボクなんか燃料切れ寸前だっていうのに…。
生徒さん達は個別に先生方からアドバイス、というか注意点の指摘を受けている様子で、真剣に聞き入っている。ふぅむ…やはり競技会に出ようって人達は顔つきが違うなぁ。
「ねぇねぇ、せりちゃん!」
名を呼ばれ顔を上げると、そこに居たのは先程の小柄なお姉様。
大きなタオルで汗を拭いながら晴れやかな笑顔で。
なんだなんだ?何事だ?
あ、そっか、さっきの答えがでたのか。
「ね、もしかして貴女たち……」
と、そこでいったん区切って
逡巡を振り払う様に眉根を寄せた真剣な表情を作り
大きく息を吸って
「苗字、鈴代さんだったりしない?」
そう仰った。
おお…!大正解!
…
……
………
いや、それは良いんですけれど、何故にそんな覚悟を決めた様なお顔をなさっていたのでしょうか?そっちの方が気になるんですが。いやいや当てた事もなかなか驚きではあるのですよ?正直、当てられるとは思ってなかったし。
ん?あれ?間違えたら”罰ゲーム”とかって約束してたっけ?
…してないよね?だって、した覚えないもの。
…してないはず。
まぁそれはそれとして、お返事はしないといけない。
凄い!正解です お姉様!
よくお分かりになりましたね!
…こほん。
では、あらためまして
鈴代せり と申します。
そう言ってニコリと微笑むと、お姉様の表情がパァッと明るくなって『やっぱり!』と大仰に手を叩いた。
「じゃ、すずな お姉様の妹さん…って事でいいのよね?」
お姉さまは懐かしそうな笑みを浮かべてそう言った。
すずな姉ちゃんと被っている在籍時期なんてほんの僅かだろうに、よく覚えていたものだ。
それだけ すずな姉ちゃんの存在感が大きかったという事かな?…まぁ、聞けば結構有名だったみたいだし、覚えられていてもおかしくはないのかね?
左様です。
鈴代すずな はボク達の姉で間違いありません。
そっか、やっぱり、と小さく手を打って微笑みをこぼす。
両手の指先を合わせて俯きがちに微笑む姿が可愛らしい…なんて言ったら失礼かもしれないけれど…なんか、お姉様の印象がこう…ちょっと明之星の学生っぽいというか…仕草が、かな?同級生や少し上のお姉様方みたいな…そんなふうに感じられた。
「流石に瓜二つとまでは言えないけれど
雰囲気なんかよく似てるし、なにより… 」
なにより?
「笑顔がほんッとにそっくり。」
確かに目鼻立ちは違うけれど、所作や言葉遣いなどなど
気付いてみれば疑いを挟む余地がないくらいに似ている、と。
自分ではそうとはわからないけれど、傍から見ればその様に見えるのだろうか?まぁ、大好きな すずな姉ちゃんに似ていると言われたら…そりゃあ『嬉しい』以外の感想など出ようはずもない。本当に似ているかどうかは別にしてね。
「ね、すずなお姉様はお元気?
もう社会人なのよね?
今は何をしてらっしゃるの?」
おっと?矢継ぎ早の質問?
っていうかお姉様、言葉遣いがお嬢様言葉っぽくなってない?
いや…気のせいかな?
姉は今、明之星の高等部で教師をやっています。
もちろん元気ですよ。忙しそうですけれど。
「…教師…え!?…先生?!明之星の!?」
うお!びっくりした…お姉様、お声が大きゅうございますよ?
というか、そこまで驚く様な事ですかね?




