番外・お正月の風景
遅れ馳せながら、お正月の一コマを。
ピンポーーーン
今日は1月の1日。
新年1日目。
お正月。
元旦である。
時間は九時を少し回ったくらい。
家族間での新年の挨拶や食事も済ませ、既に寝正月モードに突入しかけていた時、玄関のチャイム…呼び鈴が鳴った。
「はいは〜い…あ、すずなぁ、ママちょっと手が離せないから出てくれる〜? 」
階段の上からママの声が降ってくる。
ん〜。わかった〜。
すっかり喰っちゃ寝状態に陥っていた身体に喝を入れ、炬燵から這い出て立ち上がり自分の体を見下ろすと…スウェットに厚手のフリース… 少々だらしないだろうか?
いやいや、髪も束ねてあるし? 人前に出ちゃいけない格好という程ではないから? まぁ…このままで良いだろう。…などと自分勝手な納得をしながら玄関へと向かう。
さてさて、お正月早々の来客は何方様かな?
ご近所さんやパパママの関係者やお友達ならば、ご挨拶にいらっしゃるのは明日以降だろう。
とすると、私か妹達の友人の可能性が高い。
いやしかし…大学の友人や地元の友達もねぇ…こんな早よから行動するかしらねぇ?
私はこの春 大学を卒業し、母校…明之星女学院高等部の教員となる事が決定している。
今は大学生最後の冬休みの真最中なのだ。
学生最後の長期休暇であるからして、正月、しかも元旦から遊びに来ようなどという酔狂な友人はいないと思う。ゴロゴロしているのに飽きたり、親御さんにどやされる迄、実家でのんびりしているつもりなのではなかろうか?
出掛けるのは3日くらいからで良いか〜…なんて思っているに違いない。斯く言う私がそんな気分なんだから。
いやね、年末ギリギリ迄採用試験の結果を貰えなかったものだから、受かるのか落ちるのか気が気じゃなくて…採用通知を貰った瞬間、気が抜けて…珍しく何もする気が起きず数日間自宅でトドの様に寝転がっている、という訳。
まぁ、“何もしていない私”という珍しい生物を心配してか面白がってか、妹達が構ってくれるものだから退屈している暇はなかったが。
と、話が逸れた。
そんな感じなので、おそらくは妹達の友人が遊びに来たのだろうとアタリをつけ、若干だらしのない服装でも大丈夫だと自分に言い聞かせる。
ピンポーーーン
再び鳴った呼び鈴に対して、はいはい少々お待ちをと独り言ちつつ玄関を開けると、白地に紅色の模様の入った晴着に身を包んだ活発そうな娘さんが立っていた。
「あ!すずな姉ちゃん!明けましておめでとうございます!」
「あらぁ桂ちゃん、明けましておめでとう。着物、可愛いわねぇ。うん、よく似合ってる。」
「ホント?! 」
「ホント、ホント。」
「え〜、えへへ〜。」
くるくると回りながら嬉しそうに笑う少女は、妹達の幼馴染みで同級生の広小路 桂。妹達と同じ明之星女学院初等部の6年生。
近所の子なので、妹達と纏めて勉強をみたりと小さい頃からよく知っている娘さんである。今日は珍しく楚々とした出立ちだ。
ウチの妹達も大概活発なのだが、この桂ちゃんはそれに輪をかけて活動的な子で、夏場など暫く見ていないと別人の様に真っ黒になっていたりするのだ。
今でこそ日焼けも抜けているが、この前の夏なんて“焼けている”を超越して“焦げている”ってレベルだったもの。
いやまぁ、ねぇ、子供らしいといえば子供らしいのだけれど…他人事ながらお肌が心配になっちゃうわよね。
ま、それはそれとして。
「おめかしして何処か出掛けるの? 」
「なづな達と初詣に行こうって約束してるの!着物で!揃って!」
ああ、なるほど。
それでさっきから2階でバタバタしてるのか。ふむ。ママが着付けしているのなら手が離せないのも納得だ。なんといっても2人分の着付けであるから、いくら慣れていても小一時間はかかるだろう。
なんだ、言ってくれれば手伝ったのに。
「…あの子達、まだかかるかも知れないから上がっていなさいな。」
「え、でも…。」
いつもなら『はーい 』と元気な返事が返って来るところだが、今日は言葉を濁し、ちらりと自分の着物を見下ろす。
…?…あ、座って着付けが崩れるのを気にしているのかな? 着慣れない服装だし、綺麗に着せて貰っているものね。気にはなるか。
「大丈夫、座面の高い椅子出してあげるから。まぁ多少崩れても直してあげるわよ。私、得意だから。」
「そ、そっか、すずな姉ちゃんよく着物着てたもんね…じゃあ、お邪魔します…!」
リビング迄招き入れキッチン側の椅子へと案内して座らせると、桂ちゃんは『ふぅ』と大きな溜息を吐いた。
「帯、きつい? ちょっと緩めようか? 」
「あ、ううん。お母さんに内股で歩けって言われてたから気を付けてたんだけど…思ったより疲れたなって!」
なるほど。
確かに和装の時は内股でちょこちょこ歩けば、腰を捻らずに済むので着崩れ防止になるのだが…普段からスカートや短パンを履いている子…ましてや元気に走り回っている桂ちゃんの様な活動的な子供には…想像以上にキツかろう。
少しでも休んでいけば良い。
「それにしても、あの子達遅いわね? 約束しといて待たせるなんて 。」
「あ、私が来るのちょっと早かったから。約束したの10時くらいなの。」
ふぅん、そうなんだ。
…うん? …ちょっと? 早かった?
まだ9時半になってないのだけど?
あ。さては…
「着物を着てテンションあがっちゃったのね? 」
「…てへっ 」
私の指摘に対し、後頭部を掻く仕草で舌をペロっと出し肩を竦め戯けてみせる。
…こういう小聡明いの、どこで覚えてくるのやら…
まぁしかし、普段と違う服を着て気分が高揚するというのも理解らなくはない。私だって弓道着を着ると気が引き締まるし、スーツを着ると出来る女になった気になるもの。
実が伴っているかは置いといて。
その桂ちゃんはといえば、自分が早過ぎたと言いつつも一向に現れない友人を気にしてか、チラチラと扉や天井の方に視線を送っている。
元々活発な子だし、じっとしているのが性に合わないというのもあるだろうが、それだけ“友達と一緒に着物で初詣”というイベントが楽しみだったのだろう。
「ふむ、ちょっと急かして来る。悪いけどもうちょっと待っててね。ま、テレビでも見てて。」
「あ、うん。でも、そんなに急いでないし…。」
「あんまり待たせると今度は動くのが億劫になっちゃうかも知れないからね。」
ま、彼女に限ってそれはないだろうが、一応ね。
ぬるめに淹れたお茶を手渡し、2階の様子を確認すべくリビングを出て階段を昇る。
『そろそろ支度が済んでも良い頃だと思うのだけれど』なんて思いつつ歩を進めれば、2階に近づくにつれ『ぅごぅ 』とか『ぐぇぇ 』とか…大凡小学生女子が発しないであろう呻き声が客間の方から聞こえてくる。
この声は…せり の方か。
二人の声はよく似ているが、なづなの方が少しハスキーなのだ。まぁどちらも綺麗な声ではあるけれどね。
客間の襖を開け中を覗き込むと、予想通りママが せりの帯を締めている最中だった。なづなの方は既に終え自分で髪を整えている。
「まだやってたんだ…桂ちゃんリビングで待って貰ってるよ? 」
「ああ、さっきのチャイム桂ちゃんだったのね。ほら、せりが余分な事するから待たせちゃってるじゃない。」
「あぅ…ごめんなさい。」
「はいはい動かないで。どう? このぐらい? 」
「苦しくはないけれど…崩れないかなぁ? 」
「暴れなければ崩れないわよ。」
それはそうだ。
…というか、暴れたの?
暴れて着崩れちゃったの?
それで帯を締め直してるの?
はしゃぐ気持ちは理解らんでもないが、着物で暴れるとか…アホなの? 着物着るの初めてじゃないでしょうに。
「すずな姉ちゃん。」
少々呆れながらママの着付けを眺めていると、先程まで髪を整えていた なづながパタパタと寄って来て『似合う?』と問うてきた。
どれどれと一頻り眺めた後、指を立ててくるりと回せば、それに倣ってひらりと回って見せてくれる。
あらやだ。可愛い。
妹達が着ているのは白地に桃の花を遇らった淡い色合いの小振り袖。帯も紅が差し色に入った薄桃色の物で、プラチナブロンドの髪色ともマッチしている。
うん、似合う似合う。凄く似合う。
とても可愛い。
正直、撫でくり廻したい。
実に可愛らしい。
抱き枕にしてゴロゴロしたい。
けれどそれをすると…また最初から着付けなければならなくなるので我慢せねばならない。うぐぐ…吐血しそう。
「うん。完璧。」
気合いでピンクの欲望を抑え込みつつ返事を返すと、両袖で唇を抑え『うふふ』と微笑んだ。可愛い。
「あー!すずな姉ちゃん!ボクは?!ボクは〜?! 」
「こぉら、もうちょっとだから動かない!」
「あうっ…はぁ〜い。」
そうそう。もう終わるからちょっと辛抱しなさいな…っと、そうじゃない。あぶないあぶない、当初の目的を忘れるところだった。
「なづな、先に階下に行って桂ちゃんの相手してあげてくれる? 」
「あ!そうだよね!桂ちゃん着物で来てるんだよね?!」
「そうだよ~、随分と印象変わってるからビックリするんじゃないかな。」
そう言うと私の腹に纏わり付いていた なづなが顔を上げ、興味深そうに表情を輝かせた。その反応も尤もだと思う。レアもレア、スーパーどころかウルトラ級のレアだと言って良い出来事なのだから。
そもそも桂ちゃんは和装というものをした事がほとんど無く、私が知る限りではあるが幼稚舎の頃に着た一度きり、それも幼稚舎の催しでの事だったはずだ。
「そんなに?!わかった、階下に行ってるね!せりー!先に行ってるよ~!」
「あうっ?!う~…わ、わかったぁ~…すぐ行くぅ… 」
今直ぐに動き出したい、けれど動いたら帯が締められない、締められないと階下に降りられない、と。焦れるのは理解るけれど、観念してジッとしていなさいな。
…にしても、だ。
ママにしては随分と手古摺っている様だけれど…せり が動いちゃうくらいでそれほど手間取るとは思えない。いったい何をしているのだろうか?
少々気なって覗き込んでみると、迷いながら手を動かしている風に見える。
…はて?
なんだこれ…?
手順が…んん?
いや手順はいいのか…?
“立て矢結び”の手順みたいだけれど…?
「…なんか変な事してるね? 」
「ん~…ちょっとね、逆に立ててみようとしただけなんだけど…逆様にしただけで全然分からなくなっちゃうのよねぇ。」
逆に立てる? あ、あ~なるほど? 羽根を左右逆にしたいって事? ……なんでそんな面倒な…って、そうか、なづな と せりが並んだ時に対称になる様にしたいのね。こだわるなぁ。
「え~…と、普段がこうだから…こうして…あ、理解った、こうか。」
そのひとことの後ママは普段通り、まるで普通に帯を締める様な手つきで、今度は迷いなく帯の形を整えてゆく。
シュルシュルと小気味よい音を立てながら、まるでリボンのような羽根が形作られ、帯締めが通され、二重の矢立結びが完成した。
「うん右矢の字、初めてやったけど出来るものねぇ。」
見事なものだ。っていうか“右矢の字”って締め方が元々あるのね…知らなかった。
「ね、ね? ママ? 終わった?!」
直立不動を強いられていた せりが、痺れを切らせたように口を開く。
そういえばこの子、なづなが階下に行ってから微動だにしなかったな?
大したものだ。
「ん、終わったよ。ちゃんと動かずにいられて偉い偉い。」
ママに褒められて両袖で唇を抑えて照れ笑いをしている姿は、さっきの なづなソックリで『あぁ双子なんだなぁ 』と改めて思わされる。クッソ可愛えぇ。
「すずな姉ちゃん!どう?!可愛い? 似合う?!」
両手をいっぱいに広げてひらりと回って見せアピールしてくる妹。
うん。可愛い。私の妹最高に可愛い。極上。至高。秀抜。こよなし。
「すずな姉ちゃん? 」
「あぁ、うん。凄く似合ってるよ。」
「やった!…へへへ~。」
ぽふん、と私に抱きついて来る。
っっっ!!!……あっぶない、あぶない…思わず抱き潰すとこだったわ…。まったく…私の妹、2人揃って別嬪さんなんだから困ったものよね。ちょっと油断すると猫可愛がりというか、ベッタベタに甘やかしたくなっちゃうんだもの。
「さぁさ、桂ちゃんが待ってるんだから行った行った。」
「はぁ〜い。」
ママに促されて、私に引っ付いてモジモジしていた せりがパッと体から離れていく。
あゝ…もっと愛でていたかったが…あまり桂ちゃんを待たせても悪いからね。致し方無し。
部屋を出て行く せりを見送った後、使わなかった小物や帯を片付けているママを手伝おうと側に寄ると、クリンと首だけ私の方に向けジーッと見つめてきた。
え? なに?
「すずなも行って来れば? 」
…はい?
行って来れば…って、何処に?
「初詣。」
「…え〜と?それはつまり、家でゴロゴロしていると邪魔だから出掛けて来い、と? そういう事? 」
そう答えるとママは一瞬きょとんとした後、吹き出し笑った。
「そんな訳ないでしょ。パパとママだってゴロゴロしてるんだから。あの子達の引率してきたら、って事。」
引率。
引率ねぇ。
うぅ〜ん…3人きりで行く訳じゃないと思うんだけどなぁ。たぶん他の子も途中で合流するんじゃない? だとしたら…いや、3人だけだったとしても…
「友達同士で行くのに余分な人間が居ると気ぃ使うでしょ。自由に動き回れないし。」
「すずな。」
「はい? 」
両膝をついて作業していたママが私の方に体ごと向き直り、しっかりと正座で座り直してポンッと目の前の畳を叩いた。
ここに座れ、と。
…お説教という訳ではなさそうだけれど…
『なんだろう? 』と思いつつママの前に正座する。
「時間かけずにサクッといくわね。」
あ、はい。
「貴女、なづな達の事避けようとしてる? 」
「…はぇ?!」
うっわ、変な声出た!
ちょちょちょちょっと待って?!
え? なに? ママなんて言った?!
私が? なづな と せりを? 避けてる?
何処をどう見たらそんな意見が出て来るの?!
「だって貴女、最近あの子達の事かまってないじゃない。採用通知からこっち全然、ただゴロゴロしてるだけで何もしようとしないし。」
や、それは単に安心して気が抜けていただけで…別に何の意図も無かったのだけれど…?
「あの子達から寄って行かなきゃ声もかけなかったでしょ。わざと自分からは絡まない様にしてたんじゃないの? 」
いやいやいやいや、それもやる気が萎えていたから怠惰に過ごしていただけであってですね!?
「さっきだって抱きついたあの子達に対して、抱き返しもしなかったでしょう? だから、距離を置こうとしてるんじゃないか、って。」
へ? ぇ?!
思わず前のめりになり、両手が空中を彷徨う。せり風に言えばホバーハンドである。
「側から見ているとそう見えるのよ。」
え?!ええ?!そんな誤解を受けてたの?!
ち、ちがっ!違うよ?!
あまりの事に言葉が出ず、パクパクと鯉みたいに口を開け閉めするだけしか出来ない。
え…ママにそう見えてたって事は…あの子達にも? “何もしてない私が珍しいから”じゃなくて、『避けれているかも』って不安だったから絡んで来てた…? って事?!
「まぁねぇ、学校の先生になろうってんだから親族を贔屓しちゃいけない、生徒には平等に接しなきゃいけない、偏っちゃいけない、そう見られてはいけない…っていうのは理解出来るわよ? けどねぇ… 」
いや仰る通り。
「妹に悲しい顔をさせるのはダメでしょ。」
全くもってその通りです。
悲しい顔をさせては遺憾!
その通りなんですけれど!
根本が!根っこが違うの!
違うのよママ!
私、避けようなんてこれっぽっちも思ってないからね?!そこ大事!っていうか、私の配属は高等部だから!接点そのものが少ないから!そもそもそんな事は考えてすら無かったから!
こ、これは釈明せねば!
「あ、あのね、ママ? 」
「うん? 」
そこからは大釈明タイムである。
ただ何もやる気が起きずに転がって居ただけで、避けてなどいない事。転がっていても相手してくれるから良いか〜って思ってた事、抱き返さなかったのは着物や帯が崩れるのを避ける為であった事、着任後の態度については考えてすらいなかった事。それらを若干早口で説明した。
「…あら、そうなの? 」
そうなんです!
コクコクと首を縦に振って同意を示す。
いやまさか…そんな誤解を受けているとは思っていなかったから、寝耳に水というか青天の霹靂というか、足下から鳥が立つというか…もうホントにビックリだよ。
「ふぅん…燃え尽き症候群ってやつかしらね? 」
「あ〜…いやぁ…う〜ん… 」
私が感じているのは空虚感とか虚無感みたいな物じゃなくて…む〜…なんて説明したものか…そうだなぁ…ただただ気が抜けていただけで、そんな大袈裟なものじゃあないと思うの。 第一に教師になるのは目先の目標であってゴールじゃない、単なる通過点なのだから。今はまだ、たったひとつチェックポイントのゲートを潜り抜けたに過ぎない。だから達成感を感じて高揚する訳でもなくて…。
言うなれば…長いラリー競技で序盤のSSを駆け抜け、今は燃料補給とドライバーの食事を行っている、という感じだろうか。 先は遥か長いのだ。
…的な事を言ってみたのだけれど…伝わってるかな?
…た…例えが解り難いかしら?
「うん。まぁだいたいわかった。」
おお…!伝わった?!
「要は緊張の糸が切れて腑抜けてたって事でしょ。」
お、おおぅ…な、なんか違う様なその通りの様な…はっきり外れている訳でも的中でもない、絶妙に否定も肯定もし辛い理解のされ方だね?!
いやまぁ別に良いんだけれど!
「なら益々行くべきね。初詣。」
行くべき?
“行くべき”とは?
「さっさと気合い入れ直して動き出さないと、ダラダラと休みを潰す事になるわよ? 」
『う、うん…そうだね 』と曖昧に笑う私を見て、『乗り気じゃない無いみたいだけど 』とママが溜息を吐く。
「一年の計は元旦にあり、よ? このまま午後になったら、貴女今年一年をダラけて過ごす事になるんじゃない? 」
「…あの、ママ? それ誤用… 」
そう。ときたま勘違いしている人がいるけれど、『一年の計は元旦にあり』は一年間の計画は年初に立てましょうねって意味であって、決して1月1日の午前中の行動が後の一年間に影響を及ぼすという事ではない。即ち『一年の計は元旦にあり』を『元旦の行動が一年間の過ごし方の指針になる』と解釈するのは間違いであり誤用なのだ。はい、これ試験には出ないけれど、覚えて置いても無駄にはならからね。頭の隅にでも置いとくと良いよ。
あ、ついでにもうひとつ。『ときたま』って溶き卵の事じゃなくて、“ときおり”と“たまに”を合体させた言葉なんですよ。私は大学に入るまで方言だと思っていたのだけれど、江戸時代の流行り言葉で後年共通語になったんですって。びっくりよね。
…じゃなくて!
「知ってるわ。でも、今の貴女には誤用の方で話すのが正解だと思うのよね。違う? 」
う、む。
言わんとする事は理解できる。
私に発破をかける意図なのだろう。
私みたいに伝統とか因習とか、仕来たりの様なものを大事にしたいという意識のある人間には、故事や伝承、諺、格言なんかを絡めると耳を傾け易いという傾向がある。
とはいえ、だ。この年齢になると早々言い包められる程ピュアではない。素直に『うん!わかった!』とは言えないのだ。
我ながら面倒臭い奴だと思うけれど。
…とまぁ、イマイチ乗り気にならない私を見てか、次にママが発したのは恐ろしく衝撃的なひと言だった。
あくまで私にとっての“衝撃的”なのだが。
「…まぁどうしても行きたくないなら仕方ないわね。けど、あの子達に愛想尽かされない程度には、ちゃんとかまってあげなさいよ? 」
な…なんですって?
愛想を…尽かされる?
私が? あの子達に?
え、やだ。そんなの絶対いやだ。
……お気付きだろうか。
そう。この時の私はママの言葉を最後まで聞いていなかった。いや…より正確に言うのならば、衝撃的な言葉だけが耳に残りそれ以降がまったく聞こえていなかったのだ。
思い込みというのは凄いもので、サーッと血が引く音が聞こえた気すらしたもの。
まぁ…『後になって冷静に考えれば 』という話な訳で、この時のバイオリズムが下方向に纏まっていたであろう私にとっては、殺し文句と言っても遜色のないひと言だったのである。
そして…それと同時に、私を発奮させるに足る言葉でもある訳で…危機感の所為か、一瞬で気分がブチ上がった。
「……行く。」
「うん? 」
「初詣、行く。」
「あらそう。なら着替えなさいな。」
む。それはそうだ。
家の中ならば兎も角、流石にこのままで出掛ける訳にはいかない。せめてスラックスとコートくらいは着なければ。
私の呟きを拾ったママは半ば呆れ笑いをしながら片付けを一旦中断して立ち上がり、脇に寄せてあった桐箱を手元に手繰り寄せ蓋を外す。
「初射会に着てくやつだけど、これで良いわよね? 」
初射会というのは毎年新年3日にある地元弓道会主催の…射ち初め大会…とでも言えば良いのだろうか? 私も毎年参加させてもらっている。
で、その会に参加する用に出して置いた着物を着て行け、と言われた訳だ。
いや、それ袴に合わせる用だからちょっと派手目なのだけれど…それに髪もセットしてないしねぇ。
「あら、良いじゃない袴。履いて行けば?」
「初詣に袴って…。」
いや待てよ?
正月に袴姿というのも珍しいけれど、別に失礼にあたるとか邪道って訳でもない…ね?
ふむ…あ、そうか。
はいからさんスタイルならブーツでも問題ないし、髪型もハーフアップにリボン付きのバレッタとかで誤魔化せるし… 袴の下に防寒用のタイツ履いてもバレないし…うん、そうだね。そうしよう。
うん、と頷く。
「なら帯はこっちね…袴は紺のにする? 」
成人式に着た裾に牡丹の花が入ってるアレ?
確かにあれなら晴れ着っぽいからお正月には合うかも。ちょっと派手だけれど。
「…あ、そうだ、ちょっと階下に行って来たいんだけど…貴女、一人で着られる?」
「うん、多分大丈夫。」
私の返事を聞くと、ママはさっさと部屋を出て行ってしまった。
信用されいているのだろうが、ちょっと手伝ってくれた方が早い事は早いんだけれど…まぁね、普段から着ているママ程ではないにしろ私も着物を着る機会はそれなりにあるので、なんとかなるでしょう。飾り結びとかは流石にひとりでは無理だが、袴用の結び方くらいならどうにでもなる。どうせ袴に隠れちゃうんだから多少不恰好でも、ね。
それに、だ。私は妹達の浴衣の着付けもしていたし、弓道着なんて一時期は毎日着ていたくらいなのだから問題ない。…個人的にはアレを着物と呼んでも良いのかとは思わなくもないが…和装ではあるが、あくまで道着な訳で……っと、今は関係ないか。
スウェットとフリースを脱ぎ捨て、肌着を着る前準備に取り掛かる。胸部や腰にタオルや手拭い等を充てて、谷になる部分を減らすのだ。
着物を着るにあたって少しだけ面倒なのがこの体型の補正、かな。
自慢ではないが、私はママ譲りの母性溢れる起伏の多い体型なものだから? 詳しい事は省くけれど、綺麗に着る為にはちょっとね? 色々とね? 小細工する必要がね、あるのですよ。
で、それが済んだら肌着と裾除け、続けて長襦袢を…と次々に身に付けてゆく。この辺りは慣れたものだ。
衣紋を開けて胸紐を縛り伊達帯で固定して…大正女学生風に袴を着ける時は、裾をちょっと上げ気味にするのがコツ。こうすると袴から覗くブーツが映えて格好良く見えるんだよね。
着物を羽織り裾をあげ伊達締めをし、帯を巻き整える。ここまでは問題無い。
次は袴の中心を身体の正中線に合わせ前紐を背中側へ……で、どうするんだっけ…? 帯に絡めるんだっけ? …あれ?
手順…というか紐の通し方が思い出せずピタリと私の手が止まる。
…弓道着だったら帯は関係なくグルグルって巻いて縛るだけなのだけれど…え〜っと、えぇと…。
ヤバイ。
忘れた。
『多分大丈夫 』とか言っておきながら忘れてるとか…うあぁ恥ずかしい…!あ〜、どうだったっけ、そのまま前に持って来るんじゃないよね? 思い出せ思い出せ。
「すずな姉ちゃん? 」
「うわぁ!びっくりした!」
「え?!あ、ごめん。大丈夫? 」
手順に迷って固まっているところに背後から声をかけられたものだから、思わず叫んでしまった。
こっちこそごめん。
「あぁ、うん大丈夫。どしたの? 」
努めて冷静に答えはしたけれど今更感は拭えない。
如何にもしまらないね。
ちなみに声をかけて来たのは なづなだ。
はて? 階下で桂ちゃんの相手をしていたはずだが…何故にあがって来たのだろう?
「どしたの? 忘れ物? 」
「ううん、すずな姉ちゃんが着替えてるってママが言ってたから見に来たの。」
おやまぁ。
左様ですか。
「袴履いてるって事は、弓? 」
「んにゃ? 初詣行くからだけど? 」
「初詣? え…ひとりで行くの? 」
ん?
あ、そうか。
ママから聞いてないのか。
「あ〜…なづな達について行こうかなぁ〜って思ってるんだけれど…? いいかな? 」
「え!? 」
あれっ?!
すっごい驚かれたんだけれど?!
そんな目を丸くする程?!
え? これもしかして拒否られるパターン?
そ、それは想定してなかったよ?!
うっわ、めちゃくちゃ切ない!
「すずな姉ちゃん一緒に行ってくれるの?!ホントに?!」
お…?
これは…拒否されるのではなく、私が一緒に行くと言った事が彼女にとって予想外だったという感じか。
よかった…お姉ちゃん、ちょっと心配しちゃった。
「う? うん、なづな達が良ければ、ね。」
「やった!良い!良いに決まってる!」
パァっと表情を明るくしてはしゃぐ妹を見ていると、さっきまでのやる気のなさが嘘であるかの様に気分が上がっていくのを感じる。
「そう? ありがとう。」
ちょっと嬉しくなった私が礼を述べると、なづな は、バッと私に向かって飛びついて…来なかった。
正確には飛びつく直前の体勢でピタリと止まったのだ。
そして若干訝しげな表情になり、質問を口にする。
「すずな姉ちゃん…つかぬ事をお聞きしますが… 」
「うん? 」
「さっきから手が止まっているのは…どうして?」
う、痛いところを…!
だが、まあ…この“後ろ手で紐を押さえたまま前屈みになっている状態”で飛びつかれたら…とても踏ん張り切る自信はなかったので飛びつく前に思い止まってくれたのは有難い。有難いのだが…!そこに気付かれるとは…!
しかし…しかしだ、ここで誤魔化しても解決にはならないのも確か…!ならばいっその事正直に助けを求めた方が早期に問題解消出来るはず!
「えっとね、恥ずかしながらここの締め方を忘れちゃってね… 」
「…ここ? 」
なづながヒョイと私の背中側を覗き込む。
「ん。ちょっとママを呼んで来てもらえると助かるのだけれど。お願い出来る? 」
ママには『前に教えたでしょう? 』とか言われそうだが、それは仕方ない。
「すずな姉ちゃん。」
ん?
「ここ、帯上で絡げて結び目の上で交差…じゃなかった? 」
言いながら両手の人差し指でバッテンを作って見せる。
…あ…、ああ!
そうか!そうだ思い出した!
リボンの結び目の上で交差させるんだ!
何故にこんな簡単な事を忘れていたのか!
ひとつ思い出してしまえば後は何の事はない、そこから先も芋蔓式に手順が記憶の奥から引き出されてくる。
交差させた紐はグルリと一周回して、今度はリボンの下でしっかり結ぶ。袴の後ろ側をリボンに被せ、紐が捻じれない様に注意しつつ前側に持ってきて蝶々結び。
これで完成。
悩んでいたのが馬鹿馬鹿しい程あっさりと着終わってしまった。なづな様様である。
「いやぁ助かった、ありがとね。」
「えへへ〜、役に立った? 」
「たったたった。最高。」
照れながらも小さくガッツポーズをして喜ぶなづな。
実に愛らしい。
それにしてもよく覚えていたものだ。
本人曰く『前に着付けしてるの見てたから 』だそうだが、その着付けしてもらっていたのは私自身で、おまけに手順を教わりながらだったはずなのだ。
教わった本人より覚えているとは…立つ瀬がないとはこの事である。
と、そんな事を愚痴っても仕方ないから一旦飲み込んで、サクッと髪を整えるとしよう。
先ずは全体に櫛を通し慣らす。次にサイドの髪を後ろに持って行きリボンの付いたバレッタで留めれば…はい簡単ハーフアップの出来上がり。
なづなは『私がやりたかったのに 』と不満気だったけれど、あんたに任せたら延々と髪弄ってるでしょう? 今は時間かけたくないから、また今度ね。
まぁそれでも私と出掛ける事を楽しみにしてくれている様子なのは良く理解る。今だって腕に絡みついて、一歩毎に小さく上下に跳ねている様に歩いているもの。
足袋を履いて板張りの廊下でスキップするのは危ないと思うけれど…私と腕を組んでいるウチは支えられるから、まぁいいか。
「うふふ〜♪せり きっと喜ぶよ。あの子すずな姉ちゃんの袴姿、大好きだから。」
「そ、そうかな。」
確かに せりは妙に和装を好む。しかも理由はよくわからないが、何故か“自分で着る”のではなく見る方が好きだというのだ。いやホント何故だかわからない。
…そういえば私が初めて弓道着を着た時も矢鱈と興奮してたっけなぁ。あれ、なんなんだろう?悪い気はしないけれども。
階段を降りリビングへ。
はて? せり と桂ちゃんがいない?
「あれ? せり達居ないね? 玄関の方かな? ちょっと探してくる。」
そう言うと なづなはリビングを飛び出して行った。
…姿勢を崩さず裾を乱さず、小刻みな摺り足であの速度で動けるのか。まるでママみたいな動きだ。着物を着慣れている訳でもないのに…凄いな私の妹。
探すと言っても居そうな場所なんて、庭か離れの道場くらいしか無いのだから後でも良いと思うのだが…もう行っちゃったから今更か。
「お、すずな降りて来た。 どれどれ。」
リビングの奥にあるパパとママの部屋から顔を覗かせ、声をかけて来たのはママである。
あらま。何処に行ったのかと思っていたらそんなところに。
「…うん上出来。綺麗ね。」
お褒めの言葉痛み入ります。
なづなに助言貰ったけれど。
…って言うかママも訪問着に着替えてる? いつの間に…あ、いや、パパも居た。ママの後ろからこっちを覗っては隠れ、覗っては隠れを繰り返している。
…なんか複雑な笑い方してるの何なの。
「…ウチの娘達が可愛すぎてツラい…ですって。」
左様ですか。
パパらしいと言えばパパらしいけれど。
「で、何故にパパまで着物着てるの? 珍しくない? 」
パパが正装をするのがそもそも珍しいのだけれど、和装というのが殊更珍しい。精々年一回…下手をするとそれ以下の頻度でしか見た事が無い。
「お宮さんにね、御祈祷。」
あ。なるほどね。
お仕事の方で出掛けるのか。
そっか、じゃあ私達とは別行動だ。
「ほら、せりと桂ちゃん、待ち切れなくて庭に出てるから早く行ってあげな。」
「うん、そうする。」
ふむ。庭にいるのか。
やはり探しに行くまでもなかったね。
何かしら遊んでいるのだろうが、なづなが報告に戻って来ないところを見ると…取り込まれたか。
「ああそうだ。すずな。これ。」
自分の財布を手に取り『さて何処に仕舞おうか』と悩んでいると、ママに巾着を手渡された。底が藤で編んだ籠になっている巾着バックと呼ばれる物で、着物にも合わせやすいとママが好んで使っている。
これを貸してくれると。
おお、これは有り難い。
ん? 何か入ってる?
根付けの付いた小さい巾着袋…これは、あ。懐炉だ。
「これも借りて良いの?」
「良いわよ〜。ガスは入ってるから。」
重ね重ね有り難い。
早速スイッチを入れて懐へと忍ばせる…。
うん、流石にまだ暖かくはないね。
「それと、これ。」
続いて差し出されたのはポチ袋。
可愛いイラストがプリントされたそれは、所謂お年玉袋という物だ。
「や、お年玉を貰う様な年齢じゃ… 」
「違うわよ。どうせ集られるんだから持って行きなさい、ってパパが。」
ははぁ…妹達に買い食いなんかをねだられるだろうから…という事か。
なるほどなるほど、ありそうな話ですね。
ふと見ると、襖の向こうにVサインがヒラヒラ動いているのが見える。
無言でアピールしてらっしゃる。
「ありがとうパパ。使わせてもらいます。」
私がそう言うとグッとサムズアップする。
『…いっても大して入ってないわよ? 』というママのツッコミに、バッと開いたあとヘナヘナ〜…と襖の影に消えてゆく手首。
解読するに『ガーン!…しょぼ〜ん 』というところだろうか。手首だけで感情表現するのなんなの。面白いけれど。
「じゃあ、いってきます。」
財布やハンケチ、貰ったポチ袋等を巾着に仕舞いつつ2人に挨拶をして玄関へと向かう。
ちょっと時間を食ってしまったなぁ。
3人とも焦れてなきゃ良いけれど。
なづなが先行してるから大丈夫かな、などと考えていると…何やら硬質な音が庭の方から聞こえてくるではないか。
カカカッとかコココッみたいな…何だこれ? 何の音?
キツツキでもいるの? いやいやそんなバカな。有り得なくはないが街中で見たことなんて一度もないよ?!
正体不明の物音に若干警戒しながら、ゆっくりと玄関の扉を開く。
「あ、すずな姉ちゃん!準備終わった? 2人ともーすずな姉ちゃん来たよー!」
玄関前で庭の方に呼び掛けたのは せりだ。
いつの間にやら髪をローポニーに纏めているが、それより気になったのは…何故か襷をかけているのだ。
襷といっても駅伝や選挙活動で使うアレではなく、袖や袂が邪魔にならないようにたくし上げるための紐の方ね。
何故かそれを着けているのだ。
「すず…な!姉、ちゃ…ん!ちょっ、と!待って…って、ね!すぐ、にィ!おわ、らせる!っか!らっ!うにゃあ!」
カッカカッカカカカカカッカカッ!!
「なにおぅ!? なづ!な、がっ!相…手で、もぉ!そうっ…かん!たんにぃ!やっ!られ、る!…かぁ!ふんぬぅ!」
カカカッカカッカッカッカカカカ!!
ああ。
音の正体はコレか。
なるほどなるほど?
で?
「せり。」
「うん、なぁに? 」
「なに? アレ。」
「羽根突き。」
「…羽根突き。」
「うん。」
羽根突き
正月に行われる伝統的な遊戯。
ムクロジの種子に羽根を付けた物を羽子板と呼ばれる木製の板で打つ遊び。一人で行うものを揚羽根、二人で打ち合うものを追羽根といふ。
…アレが?
…ううん…?
うん…まぁ形的には、羽根突き、かな?
…かなぁ?
「んとね、着物が崩れない様に走らない、走らせない。手の届く範囲にしか返しちゃ駄目。身体を狙うのも駄目。空振り後逸以外での決着無し、ってルールなの。」
うん。
うん?
羽根突きってそんな競技だったっけ?
いや、そもそも競技だっけ?
私のそんな思考を他所に、硬質な音を立ててラリーが続き『これ終わらないんじゃないか』と思い始めた頃、片方が羽根を捉え切れず羽子板ブンッと空を切った。
あ。桂ちゃん空振った。
「なづなの勝ち〜!」
「んぎゃあ!」
頭を抱えて天を仰ぐ桂ちゃん。
対する なづなはほっとした表情で襷を解いている。どうもギリギリの勝利だったらしい。
桂ちゃんも大仰に悔しがっているけれどアレは仕方ないと思う。直前に羽子板を振り抜いたのと同じ場所へと正確に返されたらラケット…じゃない、羽子板を戻すモーションが間に合わない。
中々にエグいところを狙ったものだ。
「ううん。アレ、せりならクルって回って打ち返してた。咄嗟に身体が動かなかった〜くぅ〜悔しい〜。」
そんな事出来るの?!
マジですか。凄いなウチの妹。
『えへへ〜』と照れ笑いをしつつ せりが桂ちゃんの襷を外し着物の襟や裾を整えている。甲斐甲斐しいな。
なづな は襷を解きつつ私の元までやって来る。
「あんた達、凄いわねぇ…姉ちゃん目で追うのが精一杯なんだけれど。」
「またまたぁ、すずな姉ちゃんだったらあんなの簡単だよぅ。」
無茶言わないで?!
運動能力であんた達に敵うとは思えないわよ?!
「でもね、桂ちゃんすっごく強いの。私…来年は勝てないんじゃないかなぁ…。 」
「あ〜それボクも思った。すっごい反応速いもんね。」
「ええ?!それは買い被りすぎじゃない?!…や、でも負けっぱなしは悔しいから勝てる様に頑張る!」
…はぁ〜…前から何とは無しに思ってはいたけれど、桂ちゃんってやっぱり運動能力高いのね。ただの元気っ子という訳ではなかったか。ま、そりゃそうか。なづなや せりと一緒に小さい頃から駆け回っていたんだもの。並じゃないわよねぇ。
…羽子板勝負は挑まない事にしよう。
「さて決着もついた様だし、そろそろ行こうと思うんだけれど…あんた達、汗かいてない? そのままにしておくと冷えるよ? 」
「ボクは大丈夫〜。」
「私も。」
「わ、私も せりが拭いてくれたから…それに… 」
「これ、持ってるもんね。」
3人が同時に胸元から引き出し、ニッと笑う。引き出したのは小さな巾着袋だ。あぁなるほどね、既に懐炉を装備していたか。なら防寒対策も大丈夫、と。
『忘れ物は…』との問いにもハンケチもお財布も持っているから大丈夫と返され、どうやら彼女達の出発準備はとうに整っていたのだと理解する。
「ん、じゃあ行こうか。」
「「うん!」」
元気なお返事ですこと。
門をくぐり表通りへ。流石に元旦だけあって普段と違い交通量の多くないので、私達の様に徒歩移動の者には非常に有り難い。
まぁそれでも車通りが全く無いわけではないし、商店街以外の車道にはしっかりした歩道など整備されていない様な田舎であるから、極力広い道か車の通らない様な裏道を選んで歩くわけだ。
…そうしないと今の、両側から妹達に腕を取られている…より詳しく言うのならば なづなが左腕に、せりが右腕に絡み付いている状態…こんな3人並んだ状態じゃあ歩けやしないからね。
桂ちゃんはといえば、さっきから私達の周りをグルグルと周りながら『へぇ〜 』とか『ふぅん… 』とか言っている。何を見て感心しているのだろうか?
「桂ちゃん、そんなに歩き回って大丈夫? 足痛くならない? 」
「うん!内股にも慣れたから平気!」
あ〜…いや、花緒の事を言ったつもりだったのだけれど…見た感じだと草履もしっかり履けているっぽいから平気かなぁ?
「それより すずな姉ちゃん!3人並んでるの背後から見るとね、なんかね、蝶々みたい!」
ほえ? 蝶々?
「へへへ〜良いでしょ。ママがやってくれたの。ボクと なづなで対になってるんだよ。」
うんそれは知っている。
でも蝶々って…あぁ、そうか。なづな と せりの帯は傾きが逆で開いている羽根も逆だから、この並び方だと丁度羽根を広げた蝶々みたいになるのか。
普段 せりは必ず なづな の左側に陣取る。
相手が なづなの時だけだが、手を繋ぐ時も左手を取るのだ。絶対に なづなの左手は渡さないという執念すら感じられる。…まぁそれにはちょっとした理由があるのだけれど。
で、そのルールが崩れるのが『誰かを間に挟む時 』なのである。第三者を中央に なづなが左腕を、せりが右腕を取るのだ。
妹達の間では厳然としたルールであるらしい。
そんな訳で今、私達を背後から見れば蝶々が見えるって寸法だ。
「うん綺麗!すずな姉ちゃんに羽根が生えてるみたいに見えるよ。」
え?
私?
あ、そうか。
挟まれていからそう見えるのね。
… そっか。
…私に、生えているのか。
…私に羽根…羽根かぁ。
…もし私に羽根が有るとしたら、それはたぶん、妹達から貰ったものだと思う。
大して優秀ではない私が色々と出来たのは、妹達が自慢してくれる様な姉でありたいと思っていたからに他ならない。
二人が産まれた時には『ああ、私はこの子達が来るのを待っていたんだ 』なんて考えたくらいだもの。
理由なんてわからない。
ただ、そう感じただけ。
でもね。この子達という存在が無かったら今の私は絶対に居なかった…そう断言してもいい。
…
……
………うひゃあ!
なんかポエティックな事言っちゃったよ!
え、なになに?!
なんで突然感傷的になってるの私ってば?!
っていうか小っ恥ずかしい!
『お正月』という事を除けば普段と何ら変わらないというのに…!なんなのもぅ…!
「……姉ちゃん? 」
「すずな姉ちゃんってば? 」
はっ?!
おっと、いけないいけない。
ちょっと思考があっち側に飛んでいた様だ。
「ん? な、なに? 」
「だからさ、今年は屋台出てるかなって。」
そういえば去年一昨年と参道脇にある公園を改造…じゃない、整備するとかで、ず〜っと工事してたんだよね。その影響なのか出店も少なくて、あまり賑わっている感じはしなかったっけ。
工事そのものは去年の中頃に終わっているはずだから…
「出てると思うよ。何か食べたいのがあるの? 」
「麩菓子!あのピンクのヤツ!」
あぁあれね。
あの長い麩菓子。
実はアレ、県内にしか無いんだってね。
県外出身の大学の同期が珍しがってたっけ。
「ボクはチョコバナナかな。」
バナナのチョコレートフォンデュですか。
お祭りの定番ですねぇ。
「……牛串…。」
なづな渋いな?!
お腹空いたのかな?!
別にいいけれどね?!
「よし。じゃあ、お詣りしたら買い食いしながら帰ろうか? みんなまとめてお姉ちゃんが奢ってあげよう。」
「え?!いいの?!」
「やった!」
まぁその分の軍資金はパパからいただいていますからね。
つまり“私が”というのは正しくないのだけれど。
そこはほら、見栄をね、張っても良いかな、ってね。
「そういう事なら早く行こ? 」
「だね!遅くなると混んじゃうかもだし!」
「ほら、すずな姉ちゃん、急いで急いで。」
グイグイと私の両手を引っ張って、早く早くと急かす妹達。そんなに慌てなくても午前中じゃそれほど混雑しないって。
綺麗な着物でおめかししていても、まだまだ食い気の方が上回るんだなぁ…などと思いつつ、引かれるままに小走りになってゆく。
余談ではあるが…
学業成就の御守りを返納し、初詣も済ませ、境内で甘酒を頂き、妹達用の御守りを購入し、さて買い食いしながら帰りましょうとなった時。
私は思い知る事となったのだ。
妹達3人の恐るべき食欲を。
いやもう食べる食べる。
さっき出た3品は当然として、お好み焼きにオムソバ、唐揚げ焼き鳥りんご飴、じゃがバタ餃子味噌こんにゃく、たい焼きたこ焼きソフトクリーム、果ては参道前の焼きそば屋さんまで。
いったいどこに収まっているのかと思う程だ。
…よもやパパから貰った軍資金で足が出るとは思わなかった…。
うん、舐めていました。
来年は一緒に来るの考えモノだなぁ…。
2023 1/10 16:35
加筆。
もう少し加筆したいです。
というか、します。
2023 1/11 17:50
加筆
もうちょっと…
2023 1/16
あとちょっと…
2023 1/18 17:15
修正を加えつつ加筆
き…キリの良いところに届かない…
2023 1/23 16:55
おかしい…終わらない…
2023 1/24 14:45
あと、ほんのちょっと…
2023 1/27 16:25
ここまで。
次回は本編に戻ります。




