えまーじぇんしー⑫
え?
「え? 」
「え? 」
ええ?!
ちょっと待って?
まさか、え?
ルーチェのひと言にエマが驚愕している。
それはそうだろう、ボクも驚いているもの。
「ルーチェ、ザフィーアが見えてたの?!」
「え? ええ、エマお姉様のあの、宝石みたいな蒼い光の…剣? 刀? でしょうか? …みたいな…あれの事ですよね? え? 見えちゃいけないモノなんですか?!」
いやいや、ダメじゃない!
ただ、あれが見える人が血縁以外で今までいなかったってだけの事で…。
「あ、そうなのですね。」
ホッと胸を撫で下ろし安堵の表情を見せる。
幽霊とか妖怪みたいな超常のモノだと思ったのかな? 大丈夫大丈夫、そういうのじゃないから。
…いやまあ『超常のモノ』ではあるのだけれど。
…そんな事よりっ!!
「ルーチェ、それ、いつ見たの? 今日じゃないよね? 」
「はい。ええと…3年ほど前…でしたか、我が家にお越し頂いたおりに。」
「そんな前に…。」
3年前だと既にエマは一線級の活躍をしている頃で、実家を離れて国軍の所属になっていたはずだ。ふむ、その頃であればボクは実家で修行中だったからエマの行動を把握していない。そっか、ルーチェんとこに行ってたりしたのかぁ…そっかぁ。
…いや違うよ?
知らなかったから“やきもち”焼いたとかじゃないからね?
あ、いや、それはこの際どうでもいい。
大事なのはザフィーア…アストラル・ジャケットが見えていたという事実の方だ。
「驚いた…ルーチェに見えてるなんて…どんな条件で見える見えないが決まるんだろう…? 今まではひとりしか…いやミアを入れてもふたりしか居なかったのに…たまたま…って事はない、よね…? 」
たまたま…は、ないだろうなぁ。
覚醒者でも見えていなかったのだから、力の有無とかその辺りの線は無いとして…ルーチェにも見えてるのだから『血筋』でもない訳で…うぅむ…何か法則の様なものがありそうな気はするのだけれど。
「もしかして私が知らなかっただけで、見えている人っていたのかな…いや、でもなぁ… 」
「そういえばあの光って、ミアお姉様のと形が違いますけれど、同じモノなのですか? 」
……え? いや、え?
形が違うって…え?
どういう事?
ボク、アレは使えないよ?
将来的にはわからないけれど今は無理だね。
「そうなのですか? 前は使っていたではありませんか…ほら、薄い黄色の光をこんな風に… 」
そう言いながら、両手で身体の周りなぞる様なジェスチャーをするルーチェ。
エマを見ると、再び驚愕の表情で固まっている。
「ミア、そんな事出来てたの?!」
いや、出来ないってば!
聞いてたでしょ?!
え? 何? どういう事?
もしかして無意識のウチにアストラル・ジャケットが使えてたって事?!いや確かに前々丗では無意識でも使えていたけれど…今世でも?
いや…有り得ない…。
完全に無意識で使えるほど簡単なモノではない。
前々丗でも無意識で発動させられるようになるまでは、それなりにかかったのだ。
少なくとも今世でアストラル・ジャケットを使った事は無いはずだ。
というか、使えるモノだと思っていなかった。
ボクの知るアストラル・ジャケットは防御特化の能力だっし、もし万が一、本当に知らない内に発動していたとしたのなら…何か、危機的な状況に追い込まれる事態でもなければ発動しなかったはずだ。 それこそ巨熊に襲われた時みたいな…。だがしかし、あんな事はあれ一回切りだったし、他に命の危険を感じた事なんて…。
そもそもルーチェと一緒に居る時はそんな危険な目に遭った事は一度もないはずだ。
…ならばルーチェはいつ見たんだ…?
「以前はずっと使ってらっしゃいましたよ? 眠っていらっしゃる時も薄っすら光っていましたもの。」
えぇ…?
「…ミア、もしかしてホントに無意識で…いや、でも…えぇ…? どういう事? 」
それはこっちが聞きたい。
ね、ねぇルーチェ、それ、ホントにボクの事なのかなぁ? 誰かと間違えているとか…?
「まぁ失礼な。私がミアお姉様を見間違える訳ないじゃないですか。例え生まれ変わっても、必ずお側に侍りますよ? それだけお慕いしているのですから、間違えようがないではありませんか。」
そ、そっか…ありがとう。
うん…まぁボクも『何度生まれ変わってもエマの傍にいる 』と誓っているので、その気持ちは理解る。理解るが…。
いや、今はそっちの事はいいや。
ボクがアレを使えてたっていうのは一体どういう事なのか…そちらの方が問題だ。
「……今は使えないのですか…? でもエマお姉様が使えていらっしゃいますし、見えているのですよね? そして“その力”が何なのかも知っていらっしゃる。」
『使い方を忘れてしまったという事でしょうか? 』などと言っているが、今世では単に使えていないだけなのだから忘れたという訳ではないはずだ。
むしろ『存在すると思っていなかった』という方が近い。何しろ前々丗のボクの感覚からすると、自転車や竹馬に乗るのと同じで『一度憶えてしまえば、どれだけ間が空いても乗れなくなったりはしない 』という感じのモノで、やがては呼吸をしたり歩いたりするのと変わらないくらいの…いや待て…じゃ、じゃあ、『ある』と認識した今ならば…使える、って事…か?
試して…みようか…。
幸い今はお風呂場で裸だ。
星の力を全身で感じるのには丁度良いかもしれない。欲を言えば森の中とか高い山の上とかの方が、より良いのだけれど…まぁ試してみるだけだし。
え…っと、身体の外側に有る力の流れ…肌に意識を集中して、周囲に漂う“何か”を探す。『ごま塩』を胡麻と塩により分けて尚且つ大きさ毎にグループ分けしていく様な、そんな作業だが、やって出来ない事はないはず………ん? あれ? あ…これかな…?
意識してみるとあっさりと感じ取れる、水の中に少しだけ比重の違う層があるような…そんな感じ。なるほど、今世ではこういう感覚なんだ…前々丗とはちょっと質が異なる様だが…まあ世界が違うのだから当然といえば当然か。う〜む…今思えば普段瞑想していた時にも普通にあった感覚…力の流れなのだけれど…気付かないもんだなぁ…。
うん…ちょっと試してみる。
出来るかわかんないけれど。
ごめんルーチェ、ちょっと離れてて。
「あ、はい。」
ルーチェを膝の上から降ろし座禅を組んで、深呼吸。ゆっくりと精神を集中させる。
…先ずはイメージだ。
流れの中から糸を紡いで、織り重ね、布を作る。それが最初のイメージ。
乱雑な流れを一方向に向ける様に
沢山の力の糸を整然と隙間なく並べて
交差する様に交互に織り込んでゆく
そして
纏う
…
……
………う、ぎ、何だこれ、抵抗が凄い…!
身体に、寄りきらない…!
もう少し、もうちょっと…!
少し、ほんの少しだけれど…!
ほんのりと…!身体の周囲に、光が……!
「ミア? 試すって…え!? 」
「あ!凄い!光ってます!」
ザザザと水面が波立った直後、身体からお湯が離れて行き、身体とお湯の間に何か幕の様なモノがある様に見える。
で…出来…た…みたい…だけれど…!
これ…!
留めるのが…大変…!
ぐっ…ぎぎ…!
…ぶはぁ!
ボクが息を吐くと同時に周囲にあった薄黄色の光が霧散し、身体から離れていたお湯が元の状態に戻り水面が凪いだ。
…間違いない…不完全だが、今のはアストラル・ジャケットだ。
この世界の
この星の
『 力 』
「ミア!凄い凄い!え?!なに今の!もしかして全身を覆ったの?!」
「ヴェールみたいでしたね!」
「あ、それだ!全身にヴェールを巻き付けたみたいな、そんな感じ!」
ヴェール…ヴェールか…。
やっぱり前々丗みたいにピッタリと張り付けるまではいかなかったな…。
うぅ…無理矢理形にする事は出来たみたいだけれど…持続するのはキツイかもしれない…
ボクに限って言えば、前々丗は自在に扱える様に調整されていたから当たり前の様に出来ていたのであって…今のこの身体だと少し無理があるんだろう。
思えばあの子だって…。
…でも!何かしらの方法はあるはず!
持続が無理なら最大出力を一瞬だけ、とか…おそらくエマのザフィーアも似た様なやり方のはずだもん、折角使える事がわかったのだ、試さない手はないだろう。
エマに追い付けるなら多少の苦労は厭わない。
うん…新しい目標が出来たな。
すっかり長湯になってしまったので、のぼせる前にお風呂から上がろうという事になり、脱衣所で体を拭いながら雑談の続きである。身体を拭いながらといっても、ルーチェは立っているだけでどんどん整えられていくのだけれどね。すごいよクロエさん。
あれ、ボクだったら『自分でやります… 』とか言っちゃうな…ブーツ履かせてもらうだけでも違和感半端なかったのに、身体拭いてもらって服も着せてもらうなんて…無理でしょ…ねぇ?
「いやぁ…ミアも使える様になるだろうとは思っていたけど、こんなに早く形にできるなんて…流石ミアだねぇ。」
「ですね!とても綺麗でした!」
にこにこ笑いながらエマとルーチェが誉めてくれる。うふふん、そりゃね、エマの妹ですから。
「以前のも綺麗でしたけど、今回の方がお姉様には似合っている気がしますね!」
いやぁ、前のより似合うかぁ。
そっかぁ、でへへ〜……って、うん?
……んん?
…うん?
以前の?
「おねーちゃんの時は、もっとピッタリした…全身タイツみたいな感じだったじゃないですか? あれに比べると幻想的でとっても素敵だな、と。」
……え?
「え? 」
「え? 」
…今…ルーチェは、なんて…
全身タイツ…?
って言った?
いや、待って?
今世にそんな物は存在しない、よね?
エマも驚いている様で、あんぐりと口を開けてルーチェを見つめている。ルーチェはルーチェで『何かおかしな事を言ったかしら? 』って顔だ。
いや…。
いやいや、そこじゃない!
そこもなんだけれど、そこじゃない!
まって、ちょっとまって。
今、ルーチェ、おねーちゃん、って…
え? いや、まさか、そんな…
…思い返してみれば今世にはない言葉にも普通に反応していたじゃないか。
マラソン…今世にはそういう名前の競技はない。
刀…現時点でそう呼ばれる武具は存在しない。
全身タイツなんて普通に日本語だよ。
よくよく考えれば、他にも思い当たる節はある…
パチパチと、まるでパズルが組み上がって行くように、断片的だった記憶が、蘇ってくる。ねーちゃんって呼んでいた“あいつ”の事、そのねーちゃんが先生って呼ばれてた時の事。泉が湧く様に思い出されるそれらの中に、色々な組織を潰しては実験体にされていた子供達を保護して回っていた記憶がある。
そして、その中のひとりで、少しクールな印象の少女の姿。
印象とは裏腹に、寂しがり屋で甘えん坊な少女。
ボクと、旅がしたいと言っていた…
…ともり…?
思わず呟いた名前を聞いたルーチェがクスクスと笑い、ボクの方に向き直り、そして輝く様な笑顔を見せて
「はい。おねーちゃん。」
…そう答えた。
いったんおしまい。
次話から本編再開ですが、短編になる予定です。




