えまーじぇんしー⑨
蒼く輝く“それ”を振り抜いた形でピタリと止まり、数舜の後、左の腰に…ある筈のない鞘へと納める様に“それ”を戻す。そう、これは居合の納刀と同じ動き。
速い、とても速い“抜刀”だ
切先の震えもなく
見事に止まった残心も
血振りも
そして納刀までの所作も
とても美しかった。
以前の、すずな姉ちゃんの弓を射る姿のみたいに。
斬られた2人組…果たしてアレを『斬られた』と表現して良いのかどうかは別問題として、だ…二人がどうなったかというと
紅メッシュは立っていたその場で、白メッシュはほんの少し飛び退った所で、白目を剝いてパタリと倒れた。これがまた綺麗に意識を刈り取られた様で、糸の切れた人形みたいにストンとその場にへたり込んで横にパタンと。
気のせいかも知れないけれど、微妙にプスプスと煙が出ている様にも見える。
…もしかして焼けているのだろうか…?
ボクが思っていた『不可避の斬撃』とは違う形だったけれど、一刀も元に無力化されたのは紛れもない事実ではある。
…まぁ実のところ、エマが放ったのは斬撃ではなかった。斬ったと言うよりも叩いたと言った方がしっくり来るかもしれない。抜刀の瞬間までは間違いなく刀の形をしていたのに、振り抜かれる時にボクが見たのは視界いっぱいの光の壁だったのだから。
それが抜刀の速度でもって辺り一面を薙ぎ払ったのだ…あんなの避けようがない。
「…一発でお終い……それはそうか…だったら、やっぱり2~30発殴っておけばよかったかな…腹の虫がおさまらない…。」
そう言って『ふぅ〜… 』っと大きく息を吐いた。
…ちょっとエマらしからぬ物騒な台詞が聞こえたけれど、まぁそれだけ嫌っていたのだろう。ボクもちょっとだけ聞こえたが…コイツは子供を人質にして、その子を切り刻んだ…みたいな事を言っていたし、普通の感性の人だったら不快感を覚えるだろうからねぇ。
それを目の前で見せられたのならば、あの反応も致し方無しだ。ボクだって同じ反応をするだろうし、ましてやその矛先がエマに向いたのならば絶対に許さないもん。
それでも倒れている2人に追い討ちをかけないあたり、優しいなぁと思う。
まぁ殴る回数の桁が上がってるのは…うん、ご愛嬌って事で。
「さて…ミア、ちょっと手伝ってくれる? 」
あ、はい。
何するの?
「剥いて縛っておくの。」
…はい?
「剥いて縛っておくの。」
いや聞こえなかったんじゃなくてね?!
剥いて? 縛るの?!え?
剥いて、縛る?
で、あってる?
「そうだよ〜。」
軽い感じで答えながら指笛を吹くと、ジルコンとジェットが凄い勢いで走って来た。
おぉ、いつの間にか避難していたのね。
いやいやそうじゃなくて!
縛るって、どうやって…
「動けなければどう縛っても良いからね。あ、でも手首とか外して縄抜けする人もいるからねぇ…その辺は任せるから、ちゃんと拘束する事。」
『じゃあお願いね』って、当のエマは寄ってきたジルコンに言葉をかけ、鞍に括り付けてあったロープを外して紅メッシュのところへと歩いて行ってしまった。
…任せるって言われても…えぇ…。
困惑しているとジェットが寄って来て、ボクの背中を鼻先でグイグイと押し始めた。さっさとやれって? 早く拘束しないと目を覚ましちゃうかも知れない? …いやまぁ、わかっているけれど…
グイグイ
はいはい、やりますって。
急かされてしまっては仕方ない。
ジェットの鞍にも同じ様に丈夫そうなロープが括り付けてあったので、それを持って白メッシュの所へと向かう。
さて、拘束術とかって習った覚えがないのだけれど…どうしたものかね?
キャンプなんかで使うロープワークなら多少は覚えているけれど…あ、これせりの記憶だ……ん? んん?
…ふむ、この縛り方は使えるかもしれない。
え、と先ずは剥く…って言ってたっけ。
皮の胴当てと編み上げのブーツ…は外さないと緩むロープが緩むかもだし…脱がせておくか…。
あ!このブーツ、踵にナイフ仕込んである!
なるほど、こういうのでロープ切って脱出するのね。へぇ、ホントにあるんだなぁ…。
その後もベルトにポーチ、グローブなんかも調べたのだけれど…いや出るわ出るわ。
そこら中から暗器がごっそり!
小型ナイフ、棒手裏剣、針の様な物や礫、終いには服の縫い目から糸鋸が、布そのものから鋼線まで出て来たんだから…どれだけ隠してたんだか…。
アレもコレもと剥ぎ取っていったら、結局全部脱がす事になってしまってですね…お陰様で現在目の前に全裸の白メッシュが転がっているという…
ま、まぁ剥いて縛ってという事だったし、武装解除したらこうなっってしまったのだから仕方ないよね。うん、仕方ない。
とはいえこのままでは、あまりに哀れなのでタオルを巻いてその上で拘束する事にしました。
で、縛り方だけれど…動けないようにとなると、やはりアレか…?
「ミア、どう? そっちは済んだ? 」
うん。まぁこれなら身動き取れないだろうから大丈夫でしょう。ボクの知識の中でロープによる厳重な拘束TOP3の一つだからね。
「どれ?……ちょ…!ちょっと!何してるの!?」
何、とは心外な。
ちゃんとご注文通りに、隠し持っている物が使えない様に剥いて、抜けられない様に厳重に拘束しているじゃないですか。
「そ…それは見ればわかるけど…全部脱がすとは思わなかったし…こんなガチガチに拘束するとも思ってなかったよぅ…。え…ミアってこういう趣味があったの…? 」
しゅ…!趣味ってなんですか!?
ちがっ…!違うからね!? 趣味と違うから!
だ、だって!下着の紐の中にもワイヤーや針金が入っていたんだもん!針金なんて、コレ絶対ピッキング用の道具でしょう?!
脱走対策じゃん!?
そんなのがわんさか出て来たんだもん、全部取っちゃった方が安全だと思わない?!
縛り方だって“胡座縛り”という由緒正しい拘束方法なんだからね?!
…ちょっとエマ?!
その『 …えぇ〜… 』って顔はやめて?!
なんか地味にショックなんだけれど!?
心なしかジェットも微妙に引いている様に見えるのがまた…!ジルコンなんか全然興味無さそうに草食べてるし…!
ねぇ聞いて?!
ホントに趣味と違うから!
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こんばんは。
ミア・リリエンガーテです。
現在ボクは本日宿泊する宿の大浴場、その脱衣所で脱衣中でございます。
と言っても、既に部屋で装備の大半を外している為、今身につけているのは綿の貫頭衣の腰部分を紐絞った様な服だけですね。
有り体に言えばロングTシャツのウエストに帯紐が付いている様な構造の服で、この辺りの地域の浴衣みたいなものだと思って貰えれば、大体あっているんじゃないですかね?
肌触りが良いのでボクは気に入っている。
お土産に買って帰ろうかな?
まぁそれはそれとして、取り敢えずお風呂入ろう。
なんか今日は疲れた…
覚醒者の2人組に襲われるわ、言われた通りに拘束したらあらぬ誤解を受けるわ、誤解を解こうと言葉を重ねれば引かれるわ…。
その後だって、団の人が連れて来てくれた軍の人に2人組を引き渡す時にさ、拘束している白メッシュを見た途端みんなの顔が引き攣ったんだよ?
そんなにドン引きする様な事?!
脱出困難な拘束術でしょう?!
それにさ、エマのあれ!
あの“ザフィーア”っていう刀みたいな『力』の塊。
あれの事も聞きたかったのに事情聴取やら引き渡しの手続きやら、団の皆…まぁ主にアルベルタさんなのだけれど…への説明に追われて、全然エマと話せていない。
そう。あの刀、あの『力』の事だ。
あれは、あの感覚は…星の力。
かつて、前々世のボクが纏っていた星の力。
アストラル・ジャケットだ。
大地から湧きあがり、星の上に漂う『力』。
かつてボクと“あの子”だけが使えていた『力』。
人の身で使うには強すぎて、実質自在に扱えたのは使える様に調整されたボク一人だった。
それなのに…エマは使っていた。
当然似て非なるモノの可能性はある。
でも、もし…。
もしも、だ。
あの『力』がアストラル・ジャケットと同じモノなのだとしたら…何らかのリスクが有るんじゃないのだろうか? そうだとしたら、使わない様に言っておいた方がいいんじゃないだろうか? 事実、“あの子”はアストラル・ジャケットの『力』に身体が耐えられず…血を吐いていたんだから。
…うん。
ちゃんと話そう。
もしかしたらあの『力』は危ないモノかもしれない、って。話してみて、本当にヤバそうなら使うのを止める様に説得する……と。
…いや…でも……う〜ん…ボクって“せり”の頃から大して変わってないんだなぁ…ちょっとマイナス思考になると、妙なところで思考がぐるぐるしちゃって中々考えが前に進まない。で、結局は無難な妥協案あたりに一旦落ち着く、と。
うぅ…成長していないねぇ…。
ちょっと気疲れしちゃったから、思考がマイナスよりになってるのかなぁ?
いかん、いかん。
ポジティブに。そう、ポジティブシンキング。
わしゃわしゃと頭を洗いながら物思いに耽っていると、ガラリと大浴場の扉が開く音がした。




