えぴそーどおぶおーでぃなりー⑥
「ああ、ご苦労さん。不備はなさそうだしこれで受理しよう。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
結構年配の学年主任の先生に書類を提出すると、ざっと目を通してすぐに許可をくれた。こんなに簡単に許可って下りるものなんだ…知らなかった。もっとこう、ダメ、没、やり直し、って突き返される様なイメージがあったのだけれど。え?新人漫画家じゃないんだからそんな事滅多にないって?
…新人漫画家さんってそんなに過酷なの…?
「そういえば鈴代、お前、執行部に入ったんだって?」
は!?入っていないですよ?!
いえ所属しないという訳ではなくて、まだ入っていないという意味ですけれど!
あ、いえ推薦して頂いたってだけで、入れるかどうかも分かっていないしそもそもボク入って良いんですかね?ていうか誰ですか“入った”なんて言ったのは!?
「ん?入ったんじゃないのか?執行部の子達が『鈴代先生の妹さん達が入った』『鍛え甲斐がありそう』って言ってたから、てっきりもう了承済みなのかと。」
「お、お誘い頂けたらお受けするのは吝かでないのですが、その、まだお話を頂いてもいないもので…。」
「そうなのか。お前達が入ったなら、きっと名物執行部になるだろうなぁ。」
名物って。
それはアレですか、“絶対なんかやらかすぞ“とか、そういうアレですか?
「はっはっは!そうだな!お前達の姉もまぁ色々やってたからなぁ!手を焼かされたが面白い世代だった。」
先生がカラカラと楽しそうに笑う。
すずな姉ちゃん何やったの…
「ああ、そうだ田村、鈴代。ついでにこの書類、生徒会室と事務局の方にも持って行ってくれないか?今コピー取るからちょっと待っていてくれ。」
「あ、はい。」
そう言って先生は職員室の隅にあるコピー機へ向かい、数枚づつコピーを取って数セットのファイルを作り、その内の二部をボク達に手渡した。
実に手際が良い。
「コレとコレを、それぞれ生徒会室と事務局に頼む。」
「はい、承りました。」
先生に挨拶をして職員室から退室する。
いやはや、職員室って何度来ても緊張するなぁ…。別にわるさした訳じゃないのに、なんかこう…叱られそうな雰囲気っていうの?そんな感じがしちゃってね。べ、別に毎回呼び出されて叱られてたって訳じゃないからね?!ホントだよ?
さて。お使いを頼まれちゃったけれど、どうしたものかな?彩葵子をこのまま付き合わせちゃっても良いものだろうか?それともボクが引き受けて彩葵子は撮影の方に戻ってもらった方が良いのかな?
「私も名指しされたんだから、付き合うわよ。撮影の方には椿さんも なづなさんも行ってるるし、皐月もいるんだから問題ないわ。」
左様で。
皐月さんがね。ほうほう。
「…なによ?」
「ううん。なんにも。」
「本当かしら…。」
ホント ニ ナンデモ ナイデスヨ?
信頼厚いなぁと思っただけでね、
まぁぶっちゃけると、ちょっと羨ましいかなとは思うけれど。彩葵子さんは、皐月さんに任せておけば大丈夫って思ってる訳じゃない?ボクなんて未だに『大丈夫かなぁ?」とか言われるんだよ?なづなに。信用ないなぁって。
「…わかってて言ってるのよね?」
…はい、すいません理解っています。
溺愛されているだけですね。なづなが過保護気味なんです。
「貴女も大概だと思うけど。」
…そ、そうかな…?
いや、ね、それはね、置いておいてね、書類!書類どうする?2人で順に廻る?それとも手分けする?
「自分から振ってきたクセに…まあ良いわ。」
あっちは任せて大丈夫なんだから時間は気にしなくて良いんだし、どうせだから一緒に廻りましょう。こんな風に職員棟を歩く事なんてあまりないしね。
だそうで。
確かに職員棟を生徒が歩き回る事なんて滅多にないね。
職員棟に部屋が割り振られている委員会か、生徒会執行部の人達しか来る用事なんてほぼないもの。もしかすると、明之星の中高6年で一度も来なかったなんて人もいるんじゃないのかな?
ではまずは…直ぐ下の事務局からにしますか?それとも4階一番奥の生徒会室?
「先に事務局行ってから生徒会室かしら。用事を済ませてゆっくり降りて来ましょうよ。実は私、上まで行くの初めてなのよ。」
なるほど。ブラブラ見学しながら降りて来ようと。それは良いね、是非そうしよう。じゃあ先に事務局行こうか。
と、歩き出したところで彩葵子さんが小さく悲鳴を上げた。きゃ、って。
「何?!どうしたの?!」
「え、あの…手…。」
手?
あ。
なんか全然意識せずに彩葵子にさんと手を繋いでた。突然だったもんね、そりゃ驚くよね、ごめんね、イヤだったかな?
「いえ、その、大丈夫。普段手を繋いだりしないから驚いただけ。ただ… 」
ただ?
「みんなにしてるの?こういう事。この前沙羅さんにもしてたけど… 」
いや、普段はちゃんと人を見てるよ。距離を詰めても大丈夫かどうか。ダメそうな人ってなんか分かるんだよね。寄らないでって雰囲気というか、オーラというか、出してるから。まぁ“勘”みたいなモノだけれど。
例えばそうだなぁ、椿さんは慣れてないだけで拒否はしないし、桂ちゃんは距離が近いタイプだし、満さんもそうだね。
そう言う意味では、皐月さんは接触が苦手なタイプに見えるね。
勿論、みんな相手に依るんだろうけれど。
「…驚いた。ホントにちゃんと見てるのね。」
あれ?!信じてなかったの?
「まだ付き合いが浅いもの。仕方ないでしょ。」
そっかぁ…まぁそうかな。
じゃあ最後にもうひとつ。
「…彩葵子さんはクールな印象なんだけれど、意地っ張りで実は意外と甘えん坊さん。」
「なっ…!何を根拠に…!」
ボクの甘えん坊発言に対して、狼狽しつつも否定しようとしているけれど、ちゃんと根拠はあるんだなぁ、これが。
まさに今その根拠がボクの手の中にある。
「だって、ほら。」
ひょいっと左手を上げて見せる。
彩葵子さんの右手はしっかりとボクの左手を握っている。ボクがではなく彩葵子さんが握っているんだよ?
「ね?」
彩葵子さんてば、照れ臭いのか甘えん坊を否定したいのか、慌てて手を離そうとしてさ。
けど、ボクの反射神経を舐めないで欲しいね。今度はボクが彩葵子さんの手を握って逃がさない様にする。
「ちょっと、せりさん、離し… 」
「え?やだよ。いま離したら二度と繋いでくれないでしょ?繋ぐのがイヤなんじゃなくて、…意地で。」
「ぅぐ…。」
ほぉら図星。
「…なんでそんなに手、繋ぎたがるの?」
ああ、それはね…。
以前のボクは誰の手も取らず、差し伸べられた手さえ拒否して生きていたから。ボクに手を伸ばしてくれた人達の手を、ようやく握った時には、もう、みんな…冷たくなっていたから…。凄く、かなしかったから。だから。
……なんて言えるはずもない…。言っても信じてもらえないだろう。
「…なんでだろうね?小さい頃からだから…ボクも甘えん坊なんじゃない?ていうか、もはや癖?」
ま、嘘じゃない。今のボクは人と触れ合うのがとても嬉しい、と。幸福だと感じているもの。主な相手は、なづな だけれど。
「だからさ。諦めて。」
「…昨日のお返し?」
…あっはっは確かに!
そんなつもりは無かったけれど、その解釈もまた良し。
兎に角、ボクは彩葵子さんの事をとても好ましく思っていて、こうして触れ合えるのが本当に嬉しいんだ。そこだけは信じて欲しいな。
「…聞いてはいたけど、ホント厄介な人ね…。」
ん?何か言った?
「ううん何でもないわ。それより、そろそろ行きましょう?」
あ、それもそうだ。
ついつい話し込んじゃった。ごめんね。
先ずは先程言った通り事務局から。
事務局は職員棟の一階にあるので、階段を降りれば目の前だ。しかも職員室と違って受付窓口の様な物がある為、わざわざ室内に入る必要がないのでとても便利だね。
「すいません、こちらの書類を届ける様にと言付かって来たのですが…。」
「はい、ご苦労様です……あら?」
書類を受け取ってくれた窓口のお姉さんが書類を見て首を傾げる。んん?なんかおかしかっただろうか?不備はないって言われたはずなんだけれど…?
「あの…何か間違いがあるのでしょうか?」
「…あ、いえ。わざわざ持参して下さったのかと思いまして…はい。確かに受理致しました。」
どうやら問題はなかったみたいだ。よかったよかった。
良かったんだけど…『わざわざ持参してくれた』というのはどういう事なんだろう?持ってこなくても問題なかったのだろうか?いや、それなら先生がお使いを頼む訳ないもんな…はて?
…まぁいいか。
お使いはまだ残っているのだし、そっちを済ませましょう。
と、いう訳で次は生徒会室ですね。
「じゃ、彩葵子さん、四階行きましょうか。」
少々遅くなりました。




