身勝手の理由
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
少し長めのケイラン視点です。
怖いくらい爽やかに笑うルゥクが、ポンポンとスルガの頭を撫でた。
「そういう訳で、よろしくね! スルガ!」
「な、な、な、何で!? 旅…………しかも、大陸の兵士になれって……!?」
「うん? 別に悪い条件じゃないと思うけど?」
突然のことにスルガはかなり動揺している。
そのスルガの顔を見て、何となく安心していたわたしはハッとなった。
そうだ、スルガにとってはとんでもないことを言われたのだ。
危険極まりないルゥクの旅に同行することになっただけでなく、大陸の兵士になれといわれたのだから。
王族以前に、“伊豫の武士”として誇りを持っているスルガには、自分の国を奪った大陸に従属するのは抵抗がある。
そして、スルガひとりを差し出せば、他の伊豫の王族は助かる……と、いきなり言われるのも重いだろう。
「ほぉ。その子を連れていくと? 名は、何というのだ?」
「お……小野部 駿河……です」
緊張気味に答えたスルガに、父はあご髭を撫でながら満足そうに頷いた。
「なかなか良い面構えの子だ。将来が楽しみではないか」
「そうだね。たぶん、現在の王族の中では一番の適任者だと思うよ。ただ、まだ彼は成人してないから、そこにいる父親のヤマト殿の了承が必要だけど……」
「なるほど………………小野部殿、このルゥクが勝手に申しておりますが、あなたはどのようにお考えか?」
「……………………」
「父ちゃん……?」
父は真っ直ぐヤマトさんを見据える。カシ殿とカリュウも、そして当のスルガも不安そうな表情だ。
ヤマトさんは一度目を閉じ、スルガの肩に手を置く。
「…………息子が大陸の……しかも国の兵士とは、過分なお話をいただいたと思っております。うちの息子ははっきり言うと、落ち着きがなく、感情で突っ込んでいく、そんでもって馬鹿なほど素直で…………俺も家内も、こいつが子供ん中で一番心配でして…………」
「………………父~ちゃ~ん…………」
スルガは恨みがましくヤマトさんを見上げ、何故かぶつぶつと「ケイランの父ちゃんの前で変なこと言うな」と呟いていた。
「だから、その…………大陸の兵士には染まれんと思います。こいつはガキん時の俺に似ていて、そんでもって根っからの“伊豫の武士”なんで。大陸の人たちに受け入れてもらえないかもしれん。そのことに、スルガは耐えられないかもしれん…………親としちゃ、送り出すのは躊躇われるもんです……」
「……………………」
…………それは、わたしも少し心配するかも。
伊豫の人間であるスルガを大陸の兵士にすれば、元々の兵士からの差別を受けるのはわかりきっている。いくらスルガが威勢の良い子でも、大勢に叩かれることは親にとって耐え難いことだろう。
「あなたの心配は然り、だな。しかし、これは陛下からの勅命であり決定だ。この子が一番適任だとルゥクが言っておるから、おそらく他の人選は考えつくまい……」
「ですが…………」
「ふむ。わしはただ国に雇われ、臨時の『尋問官』としてここへ来た。だから勅命を伝えるだけで、拒むものを否とする強制力はない。ルゥクの旅の同行を決めるのは保留とし、大陸の新しい領主が来るまで考えてもらうとしよう。ルゥク、ケイラン、お前たちもそれで良いか?」
「いいよ」
「はい、構いません……」
保留する……とは言うものの、たぶんスルガは旅に同行することになる。国の決定に今の伊豫は逆らえない。
「……………………」
いつもは元気なスルガも、父とヤマトさんの会話がただ事ではないと感じて黙り込んでいる。
納得のいかないままの同行。となりにいる勝手に決めた張本人は涼しい顔をしている。
ルゥクの独断のように思えるが、何故、陛下はすんなりそれを通したのか?
「……ルゥク、無理強いはしないよな?」
「してないよ。最終的に決めるのはスルガたちだし。でも、僕はスルガが良いなぁ」
「……………………」
断れないならば、スルガたちの覚悟待ちか……。
今は待つしかないようだ。
…………………………
………………
父が『尋問官』として蛇酊州に到着し、わたしたちと【鳳凰宮殿】で過ごして二日経った。
この日の昼過ぎ。大陸国軍の旗を掲げた小規模の騎馬隊が、宮殿の前に整列していた。
前領主の取り調べやら、伊豫の人間の術に関する調査やらで忙しく、旅の準備もままならぬ間に、とうとう大陸側から派遣された新しい領主が到着したのだ。
「ハクロ様! こちら、無事到着いたしました!」
「うむ、息災であったか」
新領主が父に挨拶をする。その後、こちらに向かって来たのだが…………
「よっ、ケイラン。久し振りだな、元気だったか? まさか『領主代理』がケイランとはな。ははははっ」
「ご無沙汰しております…………」
…………この既視感。
父上が来た時もこんな感じだった。
【鳳凰宮殿】の正面広場。
『新領主』は人懐っこそうな笑顔を浮かべ、馬から降りてこちらに手を振りながら歩いてくる。歳は四十代前半、中肉中背の男性。
「伊豫の皆様、お初に御目にかかる。私の名は『黄 晰兎』という。ふつつか者ながら、この『蛇酊州』で大陸側の目と耳を担うこととなった。よろしく頼む」
今、この場には、武士の筆頭である長谷川家が出迎えていた。その一員として来ていたトウカが、わたしの肩を指でつついてくる。
「ケイラン……新領主様は貴女のお知り合いでしたの?」
「子供の頃の私の恩師だ…………」
このセキトという人は、わたしが子供の頃から兵士になるまで術の基礎を教えてくれていた先生だ。
父が王都で将軍だった時からの部下で、術師兵団の新兵の育成や術による作戦の指揮を取ったり、裏で行動することが多い人である。
人徳や家柄も問題ない人ではあるが、ここで表立って人に関わる役職になるとは……。
「まさか、先生が来るとは思いませんでした」
「ハクロ様の推薦でな。まぁ、俺が選ばれた理由は、母方の祖母が伊豫人だからかもしれないが……」
「え? そうなのですか?」
「ああ。だから、この伊豫は俺にとっても粗末にはできない土地なんだ」
なるほど、父上の判断か。先生なら伊豫の人たちと仲良くできるかもしれない。
先生とそんな話をしていると、ニコニコとルゥクが近付いてきた。
「やぁ、セキト。久し振り」
「ちっ…………相変わらずだな、ルゥク」
ん? 先生、今……舌打ちした?
「あの……先生はルゥクと知り合いですか?」
「こいつとは、うちのじいさんの代からの腐れ縁だ…………」
この物言いだと、ルゥクが不死だということは知っているようだ。
…………というか、わたしの周りにはルゥクの知り合いが多すぎやしないか?
「腐れ縁だなんて酷いなぁ」
「俺は極力、お前には関わりたくないんだ……」
「え~? そんな粗放な言い方しないでよ。僕と君は、君の若かりし頃の血気盛んな下半身の世話までした仲じゃないか」
「「「えっ!?」」」
「まことですかっ!! そこ、詳しくお話しくださいませっ!!」
ルゥクがとんでもないことを口走り、何故かトウカが食い付いてきている。
「誤解を招くようなことを言うなぁぁぁっ!! お前は俺が赤ん坊の時に、おしめを替えたことがあっただけだろぉぉぉっ!!」
「十分世話してるじゃん」
「「……………………」」
…………うん、だいたい真相なんてそんな感じだな。うん、変なことじゃなくて良かった。
「もう……期待をしてしまったではありませんか……」
だから何故食い付いた、トウカ?
「ハクロ様、前領主を王都へ帰還する隊に護送させ、私はすぐにでも伊豫の状況の説明を受けたいと思います」
「頼んだぞ。何か困ったことがあれば、わしかここにいる長谷川殿に尋ねるがいい。ヨシフミ殿、こやつは若いがなかなか気の利く奴よ。よろしく頼むぞ!」
「ハクロ殿のご推薦ならば安心しております!」
さすが父上。もうカシ殿と名前で呼び合うようになっている……。
うちの父の特技のひとつは『誰とでも仲良くなれる』ことである。それはもう、数日もあれば『親友』と呼べるくらいに。
この二日間で、父はカシ殿やヤマトさんとすっかり仲良くなっていた。だから、二日前の深刻なやり取りも、『ハクロ殿が後ろ楯くださるなら大丈夫』と、ヤマトさんはスルガの旅の同行をあっさり認めたのだ。
「相変わらず、ハクロ様はひとたらしなお人だな……」
「将軍時代はそれで情報を集めていたからね」
わたしは先生を領主の執務室へ案内し、そこにルゥクもついてきた。先生が人払いを命じたので部屋には三人だけになった。
先生は大きな領主の椅子に腰掛けると、大きなため息をついてわたしたちを見据える。
「さて……二人には、伊豫であったことを全て話してもらうとしよう。この国の内部に何があった? 大陸に報告された内容は“妖獣の異常発生により甚大な被害が出た。しかし、領主がその対策をせず、怠慢により土地の有力者たちからその任を解かれた”…………と、あるが?」
「…………それは……」
これはどこまで話して良いのか? わたしが迷っていると、先にルゥクが話し始めた。
「領主を退かしたのはおまけみたいなもんだよ。僕らがここに来た時、術が使えなくなったのが首を突っ込んだ理由。原因は大昔の術師に施された封印によって【伊豫の国】では術が使えなくなっていたから。それを僕が解いて、この土地で術が使えるようになった……」
「…………それだけか?」
「我が師、『楼 風峨』の術が遺されていた。これがそう……」
すぅっと、机に『板の札』が置かれた。黒い札に睡蓮の花のような白い模様が描かれている。
「封印されていた【晶樹の術】という『土甲』の高位術だ。すでに僕が喰って体に収めている」
「そうか……」
先生は再び大きなため息をつく。
「お前、これを陛下に献上する気はあるのか?」
「ない。陛下にはこの術のことは報告していない」
「…………献上……?」
“術を献上する”
不思議な言い回しに疑問が浮かぶ。
首を傾げていると、ルゥクが苦笑いを浮かべて口を開いた。
「大昔、それこそ、僕が生まれるずっと前にあった術がこの『晶樹』らしい。火、水、風、土の『自然四方』にある、今は失われたと言われる最上級の術」
最上級の術? あまり聞きなれない言葉だ。
「伝説にある……『上位四宝極意』……この術を全て手にした者は完全な“不老不死”になると云われている」
ルゥクでさえ“遅老半不死”なのに。
それを完全なものに?
「不老不死……って、まさか、そんな……」
「…………………………」
冗談かと思ったが、珍しくルゥクが唇を噛んで下を向いている。完全に黙り込んだルゥクに代わり、先生がこちらに尋ねてきた。
「ケイラン。お前はこの旅でルゥクを狙って、ずいぶんと欲にまみれた奴らを見たと思うが…………そんな考えを持つ人間とは、どんな立場の者が多かった?」
「襲ってくる大元は…………金持ちや貴族とか、か……?」
そう。『不死』を狙うのは“財”や“権力”を手にし、それを永遠に保ちたい奴らだ。
「そうだな。それらを持ち、他の人間を自由に扱える者だ。では、もう一つ質問するが………………ルゥクは何の『罪』で死刑囚になっている?」
「それは…………『国家反逆罪』……です」
国家に逆らった罪。国家とはつまり…………
「ルゥクは『陛下』に逆らった……」
「そうだ。大陸で最高の“財”と“権力”を持つのは陛下だ」
『影』を辞めたいから……という理由でなければ、思い付くのはひとつ。
「陛下が望むのは…………やはり、ルゥクの『不死』なのですか……?」
その辺の強欲な人間と同じ様に。
「…………陛下はルゥクの『不死』には興味ない。欲しいのは『完全な不老不死』で、ルゥク自体をどうこうしようとは思っていない。だが、ルゥク……お前、伊豫の王族に術を付与しただろう?」
「…………………………した」
「スルガのこと……?」
「各地、代々続く王族というのは大昔から、普通の人間とは違う気力を持っていることが多い。伊豫の王族の気力にもその傾向が見られている。今回とてもまずいことなったのは、“ルゥクに術を付与された”という点だ」
『上位四宝極意』
『完全な不老不死』
『国家反逆罪』
『伊豫の王族』
『術の付与』
嫌な予感に冷や汗が滴った。
ぐるぐると頭の中で回るこれらの言葉。
伊豫で出会った人たちの顔が重なる。
「私たちが伊豫に来たのは…………ルゥクの不死を落とす答えがないかと……トウカやスルガに会ったのは偶然で…………」
「トウカはすぐに王族だと判ったから気をつけた。でも…………スルガが王族だって知ってたら、僕は彼に術を与えたりしなかった。このままスルガを伊豫に残したら、“特別な王族”として殺されるか拐われるのが目に見えている」
「なっ…………!?」
「大陸が伊豫の王族を捕らえていたのは、その王族に僕が加工を施すことで何か起こると思われていたから。僕は王族を探すつもりも、関わるつもりもなかった……」
偶然、ルゥクは見付けて関わってしまった。
「………………ごめん……」
自然と謝罪が口をつく。
ルゥクが何となく伊豫を避けていたのを途中で聞いていたのに、それを注視せずにいたのはわたしの責任だと思った。
――――伊豫に呪いを解く答えがあれば良い。
軽い気持ちで来たことを悔やむ。
そして、同時に胸の中がズシリと重くなる。
――――その呪いを一番望む人間に、わたしは仕えているのだ。




