我慢の限界
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今回もコウリン視点。
「……だからね、アタシじゃ無理なの!」
「う~ん……」
夕刻、小野部邸。
チヅルさんから以前借りた使っていない部屋を借りて、夕方までスルガの訓練に付き合っていた、ゲンセンを捕まえて引きずってきたところだ。
「どうしよう…………ケイランがこのまま旅を止めるとか言い出したら……」
「いや、それはないだろう……あいつの仕事なんだし」
やり場の無い愚痴をゲンセンに言ったところで、解決できるとはアタシも思ってはいない。
ついでに、さっきから障子のところに人影が見えるの、あれって絶対スルガよね?
盗み聞きがバレバレなんだけど。
まぁ、スルガなら放っといてもいいか。
蛇酊州に来て早一ヶ月ほど。
つまり、アタシたちの術が使えなくなって、それくらいの時間が流れていた。
アタシは長谷川邸と小野部邸を、薬の調合や仕入れなどで何度か行き来する生活が続いている。
一見、めんどくさそうに思える移動だが、これをやらないとやっていられない。何故なら……
「それで、ケイランとルゥクが顔も合わせなくなったのよ……」
「いや、だからそれを俺に言われても……」
「分かってるわよ。でも……聞いてくれても良いじゃない」
「う~ん……でもなぁ……」
そう……ケイランはあれから、長谷川邸にいる時にルゥクとは何も話さず、朝にふらっと出掛けては夜には戻る……を繰り返している。
この間など、ルゥクを廊下で見掛けても向きを変えて、あからさまに避けていたのだ。
「もう我慢辛い。仲間の三角関係……」
「お前が言っても、二人は話そうとしないのか?」
「うん……ケイランは『直に話すことはない』って言って、ルゥクは『ケイランが会わないと言うなら従う』って……二人とも、アタシにニコリともしないのよぉ~!」
「そうか……」
実のところ、ルゥクはまだ話しやすいのだけど、ケイランはアタシに対しても頑なになってしまった。
「アタシ、今まで患者の相手は出来ていたし、ケイランは親友だと思ってたから、悩みの相談には絶対の自信があったのよ? なのに……何も言ってもらえないなんて~っ!!」
「半年も一緒にいないのに『絶対の自信』と言えるのが、お前のすげぇところだとは思うけど……でも、何かおかしくないか?」
「ふぇ?」
自分で言って崩れ落ちそうになったアタシの前で、ゲンセンは首を傾げて考え込んでいる。
「だってよ、ケイランって『ルゥクを護送する』ってのが、国から言われている命令なんだろ? あいつ、俺から見ても大が付くほどの真面目な兵士だ」
「っ……確かに……」
言われてみると変だ。
護送対象であるルゥクを放っておくのは、ケイランからすれば職務放棄にはならないだろうか?
「まぁ、でも……偶然、町で会った行きずりの男に、入れあげたりしていたら分かんねぇけど」
「あの娘に限ってそんなこと……」
「いやぁ、どうだろうなぁ? 真面目な奴ほど引っ掛かるもんだぞ。ルゥクに女が出来て落ち込んでいる隙に、別の男が言い寄って…………いででっ!? おい、つねるなよ!?」
「ないもん! ケイランに限ってないもん!!」
おっさんんんんっ!!
今度、ふざけたら角材で殴るわよっ!!
ニヤニヤとしていたゲンセンの太ももを、アタシは思い切りつねってやった。
「ま、それは冗談として……」
「ふんっ!!」
先ほどとは違い、真顔になったゲンセンが畳に座り直した。
「俺からしたら……ケイランよりも、ルゥクが屋敷のある町に、ずっと留まっているのが不気味だな」
「何で?」
「いくらあの屋敷にいれば安全と言われても、あいつにとっては信用できない見知らぬ土地だ。しかも術だってまともに使えない。本当なら情報くらいは欲しいはずだろ?」
「そう、ね……」
ルゥクは『影』だ。
『影』というものは常に周りの情報を掴んでおくらしい。
だけど、ここまで一緒に旅をしている中で、あいつがじっとしていても情報は入ってきてた。
「そうか。ホムラだ……」
そういえば、ルゥクにはホムラという“足”があるじゃない。
「ついでに言うと、あのタキっていう女装の兄ちゃんもいるよな」
「あぁ、あの……でも、なんだかあの人、ルゥクの『影』というよりは、ケイランの『使用人』感があるよね……」
タキは十年もケイランに仕えているらしい。元々はルゥクの部下なんだけど、ルゥクよりはケイランと仲良さそうにして………………
「…………それだわ」
「ん? どれ?」
「ケイラン、言ってたのよ。『ルゥクに直接話すことはない』って。間接的には? ホムラやタキが間に入っていたら? アタシなんかじゃ、あいつらの行動分からないわ!」
「なるほど。こりゃあ、なんかあるな……」
アタシたちが知らないだけで、ルゥクとケイランは何か行動を起こしているのではないかしら?
「長谷川のお屋敷……よし! ゲンセンも行こう!」
「えっ!? 俺も!?」
「あんた、一応ルゥクに雇われてる身でしょ? 最近はずっとスルガと遊んでいるんだから、たまには雇い主の所へ行きなさいよ」
「遊んでねぇ! まぁ、行くのはいいが…………馬車が……」
あー、そういえばそうだった。ゲンセンは極度に馬車酔いするんだった。しばらく倒れていたもんね。
「……酒呑んだ後の二日酔いだと思えば?」
「違ぇだろ……それに俺、二日酔いしたことねぇし」
「ふっ!! 話は聞かせてもらったぜ!!」
パァァァンッ!! と勢い良く障子が開き、スルガが部屋へ入ってきた。物凄く得意気な顔をしているのが癪に障る。
「ハイハイ、じゃあそこに座りなさい」
「なっ、コウリン! 少しは驚くとか!」
「お前、立ち聞きしてんの見えてたぞ?」
「………………ちぇ……」
舌打ちをしながらも、スルガは自分の分の座布団を敷いて座った。
「部屋に入ってきたってことは、何か意見があるってことよね? 何?」
「うん。まず、ゲンセンは馬は乗れるか? 馬車がダメなら、うちの父ちゃんの、一番大きい馬を貸してもらえるように頼んでみる」
「え? あぁ、それはありがたいが……」
「そんで、オレもヨシタカの所へ行く! 良いよな!?」
「構わないけど……」
どことなく、ムッとしたような口調のスルガ。
「桃ねぇちゃんがルゥクにベッタリだから、ヨシタカのために言ってやらないと!」
確かに、ここ最近のカリュウのやつれっぷりは、見ていて可哀想に思えてくる。
親友が姉の行動に悩んでいるのを、なんとかしてあげようって言うのね。
なんだかんだで、スルガはけっこう良い奴だと思う。
「それに、ケイランにも返事聞かないといけないし」
「ん? 返事?」
「うん。ケイランに『オレの嫁にならないか?』って訊いてたから」
「「えええええっ!!!?」」
アタシとゲンセンは揃って叫んだ。
こいつ!! いつの間に―――っ!?
「数日前にケイランが一度戻ってきた時に訊いたんだ。オレ、来年は十六で成人するから、女の方が年上ならすぐに所帯もって独立できるだろ? うちは兄ちゃん二人もいるから、三男のオレはさっさと嫁さんとった方がいいって……」
「だからってケイランを……よ、嫁って……何でそんなことになってんのよ!?」
「うちの父ちゃんと母ちゃんが、ケイランのこと気に入ってて。オレも最初に会った時から、かわいいなぁって思ってたし。二つ上くらいなら、ちょうどいいだろ?」
「そんな、あっさりと……」
「す……すげぇな、お前……」
な……なんという急展開!?
初めて会った時、スルガはケイランの顔をまともに見られないくらい照れていた。それがこの一ヶ月で求婚までしたのだ。
ルゥク―――!! あんたが他の女とちちくりあってる間に、ケイランを横からかっ拐われそうになってるじゃないの!?
「伊豫人……油断ならないわね……」
「いや、伊豫人だからじゃねぇから」
圧倒されてしまったアタシとゲンセンを交互に見比べて、スルガは苦笑いしながら大きく頷く。
「ゲンセンもコウリンも早く相手みつけろよ? 独り身も自由だけど、家族がいる方が絶対楽しいからな!」
「偉そうに言うな!」
「あんたもまだ、ケイランって決まってないでしょーが!」
そうそう、まだ決まってないのよ!
「ゴホンッ! とにかく、次はみんなで長谷川邸へ行きましょう。ルゥクとケイラン、それにトウカさんのことをちゃんと知らないといけない! 来るなって言われても行くわよ!」
「おぅ」
「おー!」
アタシたちが一致団結した。その時……
パァァァンッ!!
「わしも行くぞ!!」
「きゃあ!?」
「おわっ!?」
「え!? じいちゃん!?」
急に障子が開き、スルガの祖父のサガミ様が現れた。
「じいちゃん、急にどうしたんだよ?」
「ふふん。あっちにタキちゃんがおるだろ? わしゃ、タキちゃんに会いたくてのぉ~」
「なんだよ、そっちかよ……」
このおじいさん、本当にタキのこと気に入ってるんだなぁ。でも……
「あのぅ、タキは男の人なんですけど……」
「ん? あぁ、知っとるよ。男でもあれだけべっぴんなら、観賞にはちょうど良いわい」
「知ってたんですか……」
「手を出すわけじゃないなら性別など問題ない。わしゃ、死んだ連れ合い一筋だからな!」
サガミ様はゲラゲラ笑って、近くにいたゲンセンの背中をバンバンと叩く。
「こんなじじいの話にも、笑いながら付き合ってくれた。あんな『いい女みたいな男』はおらん。あの子が大陸の『隠密』でも、お願い事があるなら聞いてやろうと思うとる!」
意外にもタキが『影』だと知っている。じゃあ、ほとんどの事には動じないでくれるか。
翌日の朝、アタシたちは準備を整え出発した。
なんだか奇妙な取り合わせではあるけど、アタシは知りたいことを調べにいくまでだ。
いつも通り丸一日かけて町へ着くと、すぐにトウカさんの部屋へ向かった。
一応、女性の部屋なので、ゲンセンとサガミ様には待っていてもらい、用のあるスルガと一緒に入っていく。
部屋に入る直前、話をしているトウカさんとルゥクの声が聞こえた。
「桃ねぇちゃんのところにルゥクもいる?」
「いつものことよ。一日中おしゃべりしているわ」
そう、しょっちゅう部屋で話をしている。ケイランが屋敷に来ていてもお構いなしに!
そっと覗くと、御簾が下ろされていて、そこに人影が二つ見える。部屋に下女などはおらず、どうやらルゥクとトウカさんの二人だけのようだ。
「トウカさん、入りますね」
「どうぞ。コウリン様」
「桃ねぇちゃん! オレも来たよ!」
「え……スルガ?」
意外にも、トウカさんから驚いたような声が発せられた。
アタシはもうひとつの人影……ルゥクの方に話し掛ける。
「ねぇ、ルゥク。ケイランは?」
「……ケイランなら、朝から出掛けているよ」
「そう……」
だからって、朝からトウカさんと二人っきりでいるなんて……。
アタシが唇を噛みながら黙り込んだ時、
「………………誰?」
「へ?」
「桃ねぇちゃん、そこに居るの……誰?」
スルガがじっと御簾の人影を見詰める。眉間にシワを寄せて、とても訝しげな表情だ。
「…………ルゥク様だけど?」
「違う…………今、違う所から声がした……」
スルガがずかずかと奥へ――――、トウカさんがいる御簾へ近付いていく。
「ちょっ…………スルガ!?」
「桃ねぇちゃん、ちょっとごめん!」
バサァッ!
スルガが乱暴に、御簾をめくり上げた。
「あっ!!」
そこに居たのは、トウカさんと…………
「――――ケイラン!?」
座るトウカさんの真向かい。
ケイランが座っていた。
「あらぁ……バレてしまったわね。どうする、ケイラン?」
「トウカ、これは仕方ない」
「え? え? 何? どういうこと???」
敬称なしで呼び合う二人にアタシの頭は混乱する。
どう見ても、そこにはケイランとトウカさんしかいない。さっき聞こえた声…………ルゥクの姿がないのだ。
「コウリン……」
その場にへたり込んだアタシの傍に、ケイランが近付いてきた。
「ごめん。話すと長くなる」
「ケイラン……?」
ケイランはとても申し訳なさそうに笑う。
それが、アタシが久方ぶりに見た、ケイランの笑顔だった。




