奇縁の足跡 二
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ルゥク視点です。
その日の朝はケイランの症状も良くなり、比較的のんびり過ごしていたと思う。
しかし夕方になってスルガが役所から戻らない……と、ケイランが心配そうにしていた。
まぁ、そうだろう。今頃はベルジュと一緒に奴隷商人に捕まっているはずだから。
ケイランやゲンセンが、誰がスルガたちを捜しに行くかと話し合っていると、カガリが居場所を描いたものを差し出してきた。
ホムラが事前にカガリからの『伝書鳥』の術を持って、居場所を報せるように仕込んでいたからだ。
そこには簡単な線でできた地図がある。
実際の土地の地図と重ねると、すぐに場所の見当がついた。
カガリは戦闘や情報収集ではまだまだ未熟だけど、人から人への間を伝達する技術は、大人の『影』に勝るとも劣らない。
僕が王都へ連絡する時や、遠くに行っているホムラを呼び戻す時などはカガリの術が役に立っている。
「ご苦労様。いい仕事してきたね」
「うふ〜、ルゥクさまに褒められたです〜♡」
素直に褒められ、くねくねと嬉しそうにするカガリ。それをケイランが微笑ましく見ていて、自分の荷物から何かを取り出していた。
「すごいな、カガリ。ほら、ご褒美に飴をあげるぞ」
「銀嬢、なんでいつも………………塩飴ならもらってやるです……」
冷たい態度を取られても、ケイランはカガリを気に入っているんだよね…………何故だろうか。
「とにかく、スルガたちを助けに行かなきゃいけないんでしょ! アタシは留守番?」
「そうだね。すぐ終わると思うし、ハギと待っててよ」
「わかったわ、サイリとユナンもいるしね。あんたたちは用事があって出掛けたって言うわ!」
「…………うん」
そのサイリとユナンも僕と同じ『影』なんだけどね。
「では行こう。二人が心配だ!」
「おう」
真面目さんたちはすぐに身支度を整えている。
「ねぇ、カガリ」
「あいです!」
「サイリたちのこと見てて」
「あねさんたちもきっと行くですよ?」
「うん。なるべく大人しくさせてくれる?」
「わかったです! 頑張るです!」
…………命じたけど、カガリにあねさんたちを止める術はないだろうなぁ。
たぶんサイリたちも来るだろう。
あの娘たちは“邑”でもやんちゃだし、自分たちが調べた案件が近くで実行されるなら絶対に手伝いに来る。
ホムラやサイリたちのことを、みんなに種明かしするのはすぐだった。
こうして僕たちは一晩と掛からず奴隷商人たちを壊滅させ、国からの命令を速やかに完了する。
商人たちは全て役人に引渡し、関係していた役所の悪党もしょっぴいてもらった…………とケイランとスルガには表向きの結末を伝えた。
この後の僕の得た情報は、みんなにはそのうち伝えることになるだろう。
その過程は永遠に秘密だが…………
…………………………
………………
――――そして、それから数日後。
港町の外れ、街道にほど近い場所に僕たちは集まっていた。
「サイリもユナンもベルジュも、また会った時はよろしくお願いします」
「また、舞台衣装を良いの持ってきてね!」
「次もよろしくお願いしますね〜♪」
「ハギ、またねー!」
ハギがサイリたちと話している。前から顔見知りだったホムラも、ベルジュとして挨拶していた。
芸人仲間と話し終えると今度は僕たちの方を振り向く。向きは僕たちだが…………ほぼコウリンの正面に立っている。
「それでは皆さん、また機会が有りましたらお会いしましょう! えっと…………コウリンさんもお元気で。私の町にもいつかいらしてくださいね」
「えぇ、ハギさんも元気でね。いつか、みんなと一緒に訪ねるわ」
「ははは……お待ちしてます」
ほんのりと寂しそうなハギが印象深い。
やがて、北方の街道から大きな馬車が何台も停り、その群れにハギが自分の馬車を引いて加わっていく。
「本当にハギさんは『普通の人』だったのだな」
「そうそう、あたしたちの貴重な表の情報源!」
ケイランが商団と共に去るハギを見送る。
この中で唯一『影』とは関わりの無いハギは、知り合いの商団と共に南方の故郷へと戻っていった。
サイリたちがハギと行動しているのは、世間一般での情報を集めるため。定期的に合流するのは本当のことで、サイリとユナンはハギに対して自分たちを普通の芸人だと言っている。もちろん、たまに一緒になるベルジュのことも普通の人間だと思ってることだろう。
これは余談だが、僕たちが奴隷商人の所へ乗り込んでいる時、ハギはサイリがお茶に仕込んだ眠り薬で翌日の昼まで爆睡していたらしい。少し気の毒に思う。
「そういえば、ハギは随分と君にご執心だったみたいだけど?」
「別に。アタシがいないなら、そのうちハギさんも忘れちゃうわよ」
僕の問いにコウリンは首をすくめる。
実は別れの少し前、コウリンはハギから『一緒に故郷の町に来ないか?』と誘われた。
大胆にもみんなのいる所で彼女に言ったので、他の仲間たちは『求婚か?』と大いに盛り上がった。(主に興奮していたのは女性陣)
しかしそんな祝いの雰囲気の中、コウリンは『自分はケイランの主治医だから旅を続ける』と言ってあっさりと断ってしまった。
商団が見えなくなり、僕たちも一度町へ戻ろうと歩き出す。
「なぁ、コウリン……本当に断って良かったのか?」
「ん? 何が?」
歩いている時、コウリンの隣りにいたゲンセンが伺うように話し掛けていた。
「あの人、お前のことかなり気に入っていたみたいだし、大きい商家の跡取りなら将来は安定していたんじゃないか?」
「あぁ、そう。アタシは別にハギさんのことは嫌いじゃなかったけど、今この旅をやめようと思うほど好きでもなかったわ」
「「「……!?」」」
コウリンのバッサリ切り捨てるような答えに、思わず僕を含む全員がコウリンの方を見てしまう。
「何よ……みんな……」
「いや、だって…………せっかくの良縁だったのに……」
コウリンの浮いた話に一番喜んでいたケイラン。あからさまに本人より動揺している。
「ケイランからもそう見えたの? 良縁って人それぞれじゃない。アタシはそんなに良いとも思わなかった。それに老舗の商家って言うなら、嫁いだらアタシは医者や薬師は辞めなきゃいけなくなるはずよ。好きでやってることを投げ出さなきゃいけない。それなら、お金は自分の好きな仕事で稼ぐ方がいいわ」
「……………………そう……」
「たくましいなぁ……」
「さすがコウリン。生活力スゲェな」
うんうん。自分の生活は自分の技術で賄う。この子のそういうところは嫌いじゃない。
「さて……ねぇ、ケイラン。明日でこの港町ともお別れなんだし、せっかくだから今日はこれから美味しいもの食べに行こ!」
「え? あぁ、そうだな」
「あ! ずりぃ、オレも行くー!」
コウリンがケイランの腕に絡んで歩くと、それにスルガがついていく。
「せっかくだから、ゲンセンも行っておいでよ」
「え、俺も?」
「うん、あの三人だけじゃ心配だし。僕は……ちょっとサイリたちと話があるから」
「……ん、わかった。じゃあ行ってくる」
ゲンセンはチラッとサイリたちを見た後、他に何も言わずに三人の後ろへと移動した。
「カガリも行ってきな」
「へ!? あちはいいです! ルゥクさまと一緒に…………」
「何かあった時に、すぐにケイランたちに報せられると僕は楽だなぁ……」
「あ! わかったです! ルゥクさまのお役に立つなら行くです! …………待つです銀嬢! あちも連れてけですー!!」
ちょっと嬉しそうに、カガリもケイランたちを追い掛けていく。
みんなは大通りの方に向かい、残った僕たちはそのまま宿へと戻っていった。
宿に戻ると、入り口の正面でこの宿屋の支配人が僕らを出迎えた。
やや小太りの一見人の良さそうな初老の彼は、僕に向かって恭しく頭を下げてくる。
「……ルゥク様、お帰りなさいませ」
「ただいま。何か連絡は?」
「いえ、これと言って何も。普通の役人の取り調べ程度では、ルゥク様が聞き出したこと以上は聞けますまい」
「そう……」
この宿屋の支配人もサイリたちも同じく、僕の“邑”出身の『影』のひとりだ。ただ、彼はここで宿屋と酒場を営んで普通に暮らしている。
「今回は世話になったね。宿泊の世話や片付けも手伝わせてしまったし……」
「いえいえ。今回のことで一番の得をしたのは私でございます。ルゥク様の艶姿を拝ませてもらった上、酒場の売り上げも倍増しましたので……もう少し、滞在してくださっても良いくらいです……ふぅ」
本音なのだろう、心底残念そうな顔をして支配人は下がっていった。
部屋に戻ると、支配人が用意してくれた茶器とお菓子をユナンが準備し始める。それとは別の卓では、サイリが巻物を広げて眺めていた。僕とホムラもその卓の席に着く。
「おさらいすると…………今回の商人たちは、大陸の広い範囲で商売してる。今回捕まえた奴らは末端で、ゴウラのこともほとんど知らなかった…………と」
「ま、ゴウラの奴がすぐにしっぽ出すんなら、あっしらもこんなに苦労してやせんがねぇ」
「それでも、奴隷商人に何か頼んでるってわかったのは大したもんよ。おかげで、他の町にいる奴らの情報も手に入ってきたし」
「は〜い、お茶どうぞ。私たちも人脈を全て調べるのは無理ですねぇ。組織に潜入すればいいですけど……その手は一回しか使えない上に、今後の諜報活動にも支障がでますもん」
「ふむ…………」
今回、国から来たこの仕事を受けたのは、この奴隷商人たちがゴウラと接触したのを知っていたからだ。
しばらく顔を見ないと思えば、ろくなことを考えてないんだけど…………。
ゴウラは人買を通じて、ある『商品』を仕入れていたことがわかっている。それが何かわかった時、はっきりいって僕でさえ吐き気をもよおしたほどだ。
「これはさぁ、ルゥク様たちももっと本格的に対策を練っておかないと。あたしらだけじゃどうしようもない。それこそ、ケイランたちを巻き込むのは覚悟の上なんですよね?」
「そーですよ。あいつらの基地であんなの見た後ですし、みんなを鍛えるなら私たちも協力しますよ〜」
双子姉妹が何か言いたげにこちらを見る。
二人の様子から、僕の選択肢はひとつしかないのはわかっていた。
「…………で、どうしやす? あっしも姉たちと同意見でさ」
さらに念を押すように、ホムラもにんまり無しでこちらを見てくる。
「わかってるよ。どうせ、札の在庫も切れてきてたから…………僕も“邑”に行くよ」
いつもなら、ホムラに頼んで札の補充を取ってきてもらう。でもたまに顔を出しておかないと、邑が僕の知らぬ間に進化していたりして戸惑うことがある。
「やったー! ルゥク様が帰ってきたら、みんな喜びますよー!」
「…………『ザガン』は居るよね?」
「え? めっずらしい〜! ルゥク様がザガンのこと聞くなんて!」
「心配しなくても、あの人は邑からでませんよ〜? 何か用がありました?」
ユナンがからかうように覗き込んでくる。
「ちょっと、あいつに聞くことがあって…………本当は会うの嫌だけど…………」
「あはは。頑張ってくださいね」
行きたくないけど行く。
会いたくないけど会う。
今回ばかりは、僕の方で色々と譲らないといけないだろう。
「おし! ルゥク様が来ると決まったら、あたしらは先に邑に帰ってみんなに報せないとね!」
「みんな気合い入れて出迎えますよぉ!」
サイリとユナンが勢いよく立ち上がる。
「ホムラは? あたしたちと一緒に行く?」
「いんや。あっしは旦那と行くんで。代わりにカガリを連れてってくだせぇ」
「わかった。ルゥク様もなるべく早く来てくださいよ!」
「はいはい……」
善は急げ……という感じで、急に決まった帰郷にサイリたちはバタバタと荷造りを始めた。僕とホムラはそれを黙って見守る。
しばらくして、荷物はまとめて収納の札に仕舞われ、身軽になった黒い着物姿の姉妹が並んだ。
「「では、我々は先に帰らせていただきます!」」
「ん。気をつけてね」
「またあとで、でやす」
揃って敬礼をすると、サイリとユナンは風のように部屋を出ていった。
静かになった部屋で、僕は冷めたお茶をすする。
「はぁ…………」
「……憂鬱そうでさぁね、旦那」
「まぁ、邑のみんなは好きなんだよ。一人を除けば…………」
頭にある人物の顔が浮かぶ。それはホムラもだったようで…………
「あっしもザガンは苦手でやすね。あれと向かい合うと、“サトリ”と話してるみたいでさぁ」
珍しく少しも笑わずに頬杖をついて目を逸らしている。
「“悟り”ね。確かに…………あいつと話してると“もうひとりの自分”がいるみたいだ」
こちらが気を抜けば、総て見透かされた気分にさせられる奴。隠し事が多い人間には居心地が悪いったらありゃしない。
「ま……仕方ない。たまにあいつにも会わないと、空札を作ってもらえないから……」
今回はそれだけじゃなく、あいつに会いに行くことになる。
「……だから、今はゆっくりしたい」
「お疲れ様でやす」
ため息をついて卓に突っ伏す僕の隣りで、ホムラはみんなが帰ってくるまで黙ってお茶を飲んでいた。




