04
お姫様は随分と変わっている。
熱い湯を頭から浴びながら、ノアは先ほど会ったばかりの彼女を脳裏に描いていた。
ノアを無様だ何だと微笑んだ挙げ句に自身を「欲しい」と彼女が告げた時にはとんだ変わり者のお姫様だと思ったが、ノアが何を言っても嫌な顔ひとつせずに聞いてくれるし、風呂に入りたいと告げたらこうしてお膳立てまでしてくれた。
おそらく城に仕える者たちが使用している湯浴み場なのだろうが、さすがは王城。手入れの行き届いた浴室も、おそらくは王族の使った余り物なのだろうハーブも、とてもではないが罪人が易々と使えるようなものではない。
「まったく、あのお姫様は何を企んでるんだろうねえ」
罪人、しかも殺人を犯した者を近衛騎士としてそばに置くなんて、普通の神経ではない。王女の気まぐれにしても随分と大胆だ。
「……まあ、僕には関係ないか」
お姫様の事情に深入りするつもりはない。彼女が何を企んでいようが、その企みに利用される前に逃げ出してしまえばそれで良い。
彼女の桜色の瞳に滲んでいた、あの何かを企むような色を思い出すと、牢から出してもらったことへと恩義など微塵も感じなかった。
しっかりと身体を清めて浴室から出ると、ノアをここまで連れてきた女官が静かに控えていた。ノアから視線を外していて、表情は読めない。
「バルコニーで姫様がお待ちです。場所はお分かりになりますか?」
「さっきお姫様と別れたところかな? 覚えてるよ」
職業柄、一度通った道は忘れない。目印となりそうなものを記憶に刻み付けながら歩く癖が、いつしか染み付いていた。
「畏まりました。あまり姫様をお待たせになさらぬようお願い致します」
一礼し、女官は一瞬の冷ややかな眼差しを残して去っていった。王女を誑かして近衛騎士に成り上がった罪人、とでも思っているのだろうか。――否、違うか。地下牢での様子を見るに王女の破天荒はいつものことのようだから、そんな王女を利用して何かを企んでいる罪人、とでも見られているのかもしれない。当たっているので文句は言えないが。
道を間違えることなくバルコニーへ着くと、お姫様はテラスに手を置き空を眺めていた。
「お待たせしました、お姫様」
空に焦がれる桜色が、ノアの声で振り返る。小綺麗になったノアの姿を認め、彼女はゆったりと微笑んだ。
「ふふ、見違えましたわ。綺麗な銀髪ね」
まるで人形か何かを愛でるような眼差しは、ノアを見つめ酷く満足そうだった。
「それはどうも。そういえばお姫様、お名前は?」
今さらすぎる疑問ではあるが、牢で出会ったときも彼女は名乗らなかった。この国の人間であれば周知の筈ではあるけれど、生憎ノアは普通の教育は受けていない。
ノアが自身の名を知らなかったことを知っても、特に彼女は表情を変えなかった。最初に会ったときにも思ったが、どうやらこのお姫様は自身の血筋にあまり矜持がないらしい。
「グリシーヌよ。グリシーヌ・リオン・アシリア。春に咲く花の名前」
彼女がそう名乗った途端、ふわっと風が吹いた。彼女の透けるような金髪が風に靡き、聡明な桜色の瞳が優しく微笑う。柔らかなその微笑は、まさに花の名に相応しい美しさで。
初めて、何かを美しいと思った。




