31 壊された扉
部屋に男性と2人きりにされてしまった。
義姉マーサ様の目的は、私が不倫をしたという事実を作りルイ様と離婚させることだ。
そんなこと、絶対にさせないわ……!
そう心で強く思っても、相手は10以上も年上の男性だ。
力で勝てるはずがない。
身分は私のほうが上だけど、私が何を言っても照れているだけだと思い込んでいて話にならない。
自分でなんとかして逃げないと!
震える足で立ち上がり扉を開けようとしたけれど、誰かが押さえているのか開かなくなっている。
ガチャガチャ! という音だけが静かな部屋に響く。
「……なんで外に出ようとしてるの?」
「ダリム様! 先ほども言いましたが、私があなたを呼んだというのは間違いなのです! 私には夫がいますし、早く外に出なければあなたも誤解されてしまいます」
「もういいよ。そういうのは……。僕はずっと待ってて疲れたし、いい加減に認めたほうがいいと思うよ」
「!」
やっぱり信じてくれないわ!
ダリム様は指や足をモジモジと動かしていてどこか落ち着かない様子だ。
あまり人と関わることがないのか、目が合ってもフイッとそらされてしまう。それなのに時々ニヤ〜〜と怪しい笑みを浮かべてこちらをチラッと見てきたりする。
ゾクッ
話が通じないこともあり、その不審な動きが私の恐怖心を大きくしていく。
どうしよう……。
窓から逃げるにしてもここは2階だし、落ちたらただじゃ済まないわ。
「さあ、早く僕たちの愛について話そうよ……」
そう言って、ダリム様はチラッとベッドに視線を送った。
ニヤニヤと笑っているその顔を見て、ゾーーッと背筋が凍りつく。
「……話しません。私が愛しているのは夫だけですから」
「またそんなことを……。いくら僕でも、何度も言われたら怒るよ?」
少しだけ目つきの変わったダリム様がゆっくりと近づいてくる。
もし腕でも掴まれたなら、きっと私の力では振りほどけないだろう。
……ここでマーサ様やこの方の思い通りになるくらいなら、2階から落ちたほうがマシだわ!
「ほら。もうそろそろ自分に素直になって……」
ソロソロと一歩ずつ近づいてくるダリム様にバレないよう、ドレスの中でこっそりと靴を脱いだ。
ヒールのある靴を履いていては思うように動けない。
私はダリム様から視線を外さないまま、その奥にあるバルコニーを見た。
暑かったのか、バルコニーに出るための大きな窓は開いている。
「リリー様……」
そう言ってダリム様の手が私に向かって伸びてきた瞬間、私はそれを避けて走り出した。
「ごめんなさいっ!!」
「あっ!? リリー様っ!?」
驚いた様子のダリム様は呆然と私を見ているようで追ってきている気配はない。
あまり運動が得意そうには見えなかったので一度かわしてしまえばすぐには追いつかれないだろうと思っていたけれど、実際その通りだったようだ。
これならドレスで手すりをまたぐ時間もありそうね!
バルコニーに出た私は、すぐにドレスのスカートを捲り上げて手すりの向こう側に乗り出した。
こちら側にいなければ、捕まって無理やり引かれてしまう恐れがあるからだ。
足の半分以上がバルコニーに着いているとはいえ、この手すりに掴まっている手が離れたならバランスを崩して後ろに落下してしまうだろう。
「リリー様!? あ、危ないですよ! 何を……!?」
「こっちに来ないでください! 来たらここから飛び降ります!」
「なっ……!? あ、危ないから、早く……早くこっちに……」
「来ないでください!」
私の必死の訴えも伝わっていないのか、恐る恐る近づいてくるダリム様。
このまま彼が私のすぐ近くにまで来てしまったら、本当に飛び降りるしかないかもしれない。
お願い、来ないで!
もしもの時は……ごめんなさい、ルイ様っ……!!
心の中でルイ様の名前を呼んだ時、部屋の外からマーサ様の叫び声が聞こえてきた。
「ルイ!? なんで!? どうしてここに!?」
……えっ?
『ルイ』という名を聞いて、ダリム様が足を止めて扉を振り返った。
私の旦那様がこの国の英雄騎士ルイ様だということはご存知らしい。赤ら顔だったはずの顔色が真っ青になっている。
「無事だったのね!? 良かったわ!」
「……ここで何をしているんだ?」
「あっ。あのね、実はリリーがあなたが行方不明だと知ってからその……他の男性を呼ぶようになったから、私はそれを止めようと思って……」
耳をすませて聞いていると、どうやらマーサ様が私の不倫の事実を話しているようだった。
悲しそうな声を出していてまるで自分が被害者のような口ぶりだ。
「ここにリリーと他の男が?」
「そうよ。リリーったら本当にひど──」
バキッ!!!
ものすごい破壊音に、マーサ様の声も止まる。
薄暗かった部屋に灯りが漏れていることから、ルイ様が扉を開け……いえ。扉を破壊したというのが瞬時にわかった。
バキバキに壊された扉の隙間から、ルイ様と少し上がった足が見える。
どうやら部屋の扉を蹴り壊したらしい。
「ルッ、ルイ!? あなた、一体何して……」
ルイ様の背後には慌てふためくマーサ様の姿と呆れ顔のコリン卿が見える。
当のルイ様は怖いくらいに目が据わっていて、正直言うと英雄騎士というよりも暗殺者のようだ。
ジロッとひと睨みされただけのダリム様は「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げながら尻もちをついていた。
「ルイ様……」
部屋に入ってきたルイ様は、ダリム様に目もくれず真っ直ぐにこちらに向かって歩いてくる。
顔は真顔のままで怒っているようなオーラを感じる。
そのすぐ後ろから部屋に入ってきたマーサ様は、ニヤニヤと半笑いの顔で私を見ていた。
きっと不倫の現場を目撃された状況だと思って喜んでいるのだろう。
……その作戦をルイ様に聞かれていたとも知らずに。
「あの、ルイさ…………きゃあっ!!」
「…………」
目の前に立ったルイ様は、黙ったまま私を肩に担ぎ上げた。
まるで赤子を抱っこするかのように軽々と持ち上げられて驚いてしまう。
えっ、な、何!?
ルイ様が一言も話さないので、彼がどんな気持ちでいるのかわからない。ひしひしと怒りが漏れている気がするけれど、私を支えている大きな手は大事な物を持っているかのように優しく丁寧に感じる。
「ルイ? リリーをどこに連れて行く気? このまま追い出すの?」
優しい姉を演じているマーサ様は、緩んでいる口元を隠しながら悲しそうに問いかけた。
ルイ様はそんなマーサ様を無視してコリン卿に顔を向ける。
「コリン。この男を今すぐに家から追い出せ。……しっかりと誤解は解かせろよ」
「はい。団長!」
ビシッと姿勢を伸ばしたコリン卿と床に座ったままのダリム様の横を通り過ぎ、「ルイ!」と声をかけているマーサ様を無視し、ルイ様は私を抱えたまま部屋を出た。




