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1-35 旅の支度

 あの管理魔物を倒した報酬として、俺が受け取る金額はラビワン冒険者協会でも、まだ算出できていないそうだ。


 今回の素材が特殊過ぎて、協会でも実際に売れるまでは計算不能らしい。


 例の魔核などは最終的には王国へ治められる流れるのようだ。

 それはダンジョンを作れるほどのアイテムを一般に流したらマズイだろうなあ。


 上級冒険者の先輩もそんなような事を言っていたし。


 売買価格から一定の手数料や税金などが差し引かれた後に口座に振り込まれるという話だった。


 中級冒険者からせしめた戦利品の魔石は金貨三百枚にもなったが、こいつは協会に預けておいた。


 他に、あの中級どもからぶんどった金貨が四百三十枚もある。

 全部金貨だと嵩張るので大金貨四十枚と金貨三十枚にしてもらった。


 これだけあれば当面は余裕だろう。

 向こうの街でもまだ稼ぐつもりだし。


 何かいい武器防具が手に入るといいな。


 できれば、せっかく聖なる街のダンジョンへ行くのだから、あの邪まな先輩の邪気を祓えるような聖なる付与付きの奴をね!


 俺は急ぎ街の店で旅の支度を整えた。


 干し肉と堅パンその他の、これさえ食っておけば死なないとまで言われるくらい御馴染みのダンジョン飯。


 テントと寝具。


 そして埃を避け、日差しや寒気を防ぎ、時には体の下にも敷ける、革で出来た薄くて丈夫なしっかりとしたマント。


「いやあ旅なんて、故郷の村を出て以来だな。

 そうだ、後で家に送金しておかなくっちゃ。


 うっかりしていたな。

 いつか一度、早めに村へ帰ろう。

 前は徒歩だったんで馬車の旅なんて初めてだよ」



 俺は家族への送金の手続きのために協会へ行き、預けておいた中から金貨三十枚分を家に送金する手続きを取った。


 金を運んでもらうための手数料もそれなりにかかる。

 護衛付きの西方面行きの馬車で運んでもらうのだ。


 幸いにして、うちの村も主街道筋なので、まだ手数料は安い方だった。

 お金は銀貨や大銀貨に崩してもらってある。


 今日はエリッサさんが、こっちの窓口に回っていた。

 皆、誰がいつどうしてもいいように、仕事は随時交代して覚えているのだ。


「あら、家に送金ですか。

 なかなか大金ね。

 新人にはなかなかできない事よ、いいわね。


 みんな若いから遊びにお金を使いたいし、なかなか収支を黒字にしていくのも難しいから」


「まあ、その前に命を支払っちゃう奴も後を絶えないから、まずそこからだよね。

 命あっての物種さ」


 最近はそれを学ぶ機会に数多く恵まれたので、更にその想いは強まっていた。


 特に学びたかったわけでもないのだが、それなりに有意義な時間ではあった。

 お蔭で、金と命にだけは不自由していないのだが。


「ふふ、さすがはブライアンさんのところにいただけあるわね」


「そういや最近、ブライアンの噂を聞かないな」


 もう俺とは関係の無い彼らであったのだが、噂も聞かないのは寂しい事だ。


 この一年の習練の濃さはそれまでの十五年にも匹敵した時を感じていた。

 ここ数日は、さらにその全てをさえも上回る濃さであったのだが。


「さあ見かけないから、もしかすると下層へ出かけているんじゃないのかしら。

 いきなり新しく入った子達を連れていったけれど大丈夫かしらね」


「あっはっは、そいつは目に見えるようだな。

 さすがはブライアン、いきなり新人を連れて下まで行ったかあ」


 あれは俺もやられたけど、さすがにきつかったな。


 期待の新人と言われた俺でさえ、泣けるほど厳しかったのだから、並みの新人だと瞬殺レベルでドロップアウトしそうなほどの強烈無比な洗礼だろう。


 新環境に慣れる間もなくダンジョンの深い場所へと遠征へと出発し、ただただ下層を目指して、怒鳴りつけられ扱かれながらの行軍だからな。


 初心者にとっては地獄行きの階段を降りて行くようなものだ。

 そして帰りの『登りの』行軍がまたなあ。


 まあ一回やれば慣れるさ。

 別名、【洗礼の行軍】だ。


 こういう事は少しレベルの高いパーティなら普通にやる実践を兼ねた訓練だ。

 新人教育のためにだけ、パーティの実入りを減らすのは好ましくない。


 他のパーティだと使い物にならなければ見捨てられるだけだ。

 新人が無料荷物持ち扱いされるパーティもある。


 俺だって荷物は持ったのだが、それだけで許してくれるほどブライアンは甘くない。

 まあ、何があろうとブライアン達から逃げられやしないんだけどな。


 せいぜい鍛えられておけよ、見習いども。

 女のシグナだって荷物を背負って、死に物狂いで歯を食いしばって耐えた修行なのだから。


 世の中、何があるのかわかったものではないのだからな。

 この俺みたいによ。


「そういや、俺って上層しか一人で行った事がないのに中級冒険者になっちまった。

 これって明らかに経験不足だよね」


「でも上級冒険者パーティでの下層までの厳しい修行と、数々の実戦を潜り抜けてきたんだから大丈夫よ。


 あなたはまだ慎重な人だから見ていて安心できるわ。

 たとえ一年でも、あのブライアンのところにいられてよかったわね」


「本当さ、だからこんな事になったけど、ブライアンの事はさほど恨んでいないよ」


「そういう気持ちは大事よ。

 ぐちぐち言っている暇があったら努力しないと先がないわ」


「うん、むしろパーティにいた時の方が文句を言っていたね」


「あはは、そうだったわね」


 ちょっと昔を思い出して、俺達は笑い合った。


 今はエリッサの可愛い狐耳が揺れるのを楽しく観察する余裕さえある。


 いや、今だから笑えるんだけどなあ。

 あの頃は笑えなかった。


 毎日毎日、来る日も来る日も殴られてばかりで、いつも半泣きでエリッサ達に零していたのだから。


「北のダンジョンで修行してくるよ。

 また管理魔物が出てきたら、その高額の魔核をもう一個いただけるくらいにまで強くなって帰ってくるから」


「さすが、言うわねえ。

 まあ無理はしないでいってらっしゃい」


「はあい」


 ブライアンは俺の事をどう思っているのだろうか。


 俺のスキルが実は有用な物だったらしいという事は、俺が関わった今回の件から広まっているみたいだが、彼の耳にはまだ届いていまい。


 俺自身にはどうする事も出来なかった事態とはいえ、ブライアンには物凄く恥をかかせてしまったのだ。


 そこに誤解のようなものがあったと判明しても、彼は頑固一徹な性格だから絶対に許してはくれないだろう。


 まだ誰も俺の事を知らない新天地、北方のダンジョンで臨時のパーティを組めるような仲間が見つかるとかいいな。


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