瑠璃色の魔法
お社の龍神様と契約した「俺」。だが、やることは変わることがなく、魔法の勉強の日々だった。
そうして迎えた魔法使いとなる儀式「小月の儀」。
「俺」はやっと使える初めての自分だけの魔法に興奮していたのだが…。
「あなた、目障りなのよ。」
授業が終わり教師が去った教室で、帰り支度をしていた「ボク」に向かって赤髪の少女がそう言い放った。
特に深い接点があったわけではない。クラスメイトではあるが、その中ではどちらかというと疎遠という程度の彼女。
名前は確か、エディア。「帝国」第3位の貴族、シュライヒ家当主の長女である。
そんな彼女が、憎しみをこめて「ボク」を睨みつけてくる。
心当たりは、ない。こともないな、と「俺」は思い直した。
ことの始まりは一週間程前の、「小月の儀」。つまり初めて魔法を使った日のことだ。
「すごいですね、エディア様!」
「そうです、素晴らしい烈火です。さすがは「業火」のシュライヒ家の次期党首となられるお方!」
「あらあら、まだ決まったわけではございませんわ。むしろこれからでございますのよ。」
「小月の儀」、初めて魔法を使う儀式は、学園生は学園内の魔法陣の中で行われる。
なんでも、本人の魔法を安定させる効果と、もし暴走しても耐えれる防御性を兼ね備えた特殊な施設であるとのことだ。およそ直径100m程度の魔法陣をドーム状の建物が覆うような形になっている。
そして、基本的には血統の低いものから順に魔法を使うことになる。理由は、高位な者の魔法が暴走すると魔法陣が壊れて「小月の儀」が中断される可能性があるからだ。
過去に皇族が壊したことがあるらしい。それは、現皇帝が初めて魔法を使ったときであったという話だ。
もっとも、その頃よりは強化されているためただの慣習という意味合いが強くなっているそうだが。
そして、彼女は最後から2番目。「ボク」の同学年では2番目に高位の貴族、ということになる。
彼女は補助魔法道具を使った魔力では学年で1番の成績を、入学してからこれまで常に保持してきた。そしてそれを自慢にもしていたが、それに見合う努力と実力があり、それでも皇子である「ボク」に対しては謙虚に接してくれていた。
「殿下。殿下は血統もすばらしく、そして努力もされているのです。ですから何時も通りの力をだされれば良いと思いますよ。」
前の人間が、次に儀式を行うものにアドバイスをするのも慣習だ。例え血統がなにであっても、この瞬間だけは儀式が終わった者だけが魔法使いで、終わっていないものは魔法使いではないのだ。これによって魔法使いになったという自尊心を与えるのだろうなと、「俺」は思いながら、彼女に励ましの礼を言った。
正直ものすごく緊張していた。
皇子である故に一番最後、大トリをまかせられただけでプレッシャーはかなりあった。そのうえ、一人前がものすごい魔法を披露してみせ、ハードルを上げられた。そんな時にだったので何時も通りにやればいいんだという言葉はとてもありがたかった。
今思えば見下していたんだろうと思う。勝者の余裕、というのだろうか。そんなことに気がつかないほど、「ボク」、いや「俺」は緊張していた。
なにせ、「ボク」も当然だが、「俺」も生まれて初めて「自分の魔法」を使うのだ。
結論から言うと、「ボク」の魔法は、壊せない筈の魔法陣を破壊した。
強烈な青、いや瑠璃色とでもいうべきか。そんな光が魔法陣全体を覆い尽くした後、それに対しては少し小ぶりな、とはいっても「ボク」の体の数倍はある白い稲光がドーム内を駆け巡った。その稲光は、本来魔法耐性が極端に強化されている筈の魔法陣やドームを簡単に破壊して回って消えていった。
時間にすると数秒、もしかすると1秒なかったかもしれない。
そんな短い時間でこの日のために磨き飾られていた、この儀式会場がぼろぼろになったのだ。
幸い、建物が崩れるほどのダメージを負ったわけではない。だが危険だということに全員即座に退避となった。
そのあとは大変だった。やれ、皇帝陛下の若かりし頃のようだ、やれさすがはエルフ、さすがは皇族、と今まで落ちこぼれ皇族のレッテルを張っていたような連中たちですらこぞって褒め称えた。
急に態度が変わった教師やクラスメイト達に辟易したものだな、とまだ睨まれている「俺」は思う。
「なんで黙っているの?またお情けでもかけてくれているの?」
「ボクは何時も全力のつもりなんだけどね。」
「そういうところが気に入らないって言っているの!」
「ボク」とエディアの2人しか居ない教室に、彼女の怒声が響く。笑顔が可愛い子だったのになあとも思いながら、もうひとつの困ったことを思い出す。
「殿下、もうすこし本気を出していただいても構わないのですよ?」
「小月の儀」の後の授業では実際に自分の魔法を制御する練習を行う。その一環として「本気の魔法がどんなものか理解する」という時があった。本来は子供の魔法に対して一人の教師が防御魔法で受け止めるという方法をとるのだが、「小月の儀」でのことがあったので「ボク」の時には複数の教師が全力で待ち構えていた。そんな期待やら恐れやらのなかででた「ボク」の魔法は、たしかにそれなりの威力があったが、防御を得意とする教師がちゃんと準備をしていれば一人で受け止めれる程度であった。
あまりにも予想との落差に対しての感想が、さっきの言葉である。
「殿下はお優しいのでしょう、あのような事態にならないよう気を使ってくださっているのよ。」
そんなことを、防御係の教師の補佐として呼ばれていた隣のクラスの担当教員が言う。なんだか誤解されているようだ。彼女らの中では、「本気をだせば、誰かを傷つけてしまう。それが怖いんだ」なんて思っている少年ということになっているようだ。
実際はそんなことは無い。
何回か使えば、ある程度の威力の傾向は見えてくる。そして結論を言えば、「ボク」の全力はこの程度なのだ。はっきり言って魔力量ではエディアよりあきらかに下。あの時はなんだったのかは分からないが、もう一度やれといわれても再現できないだろう。
逆にエディアは日に日に魔力があがってゆき、今では既に、防御に慣れた教官でも本気を出さないと厳しいぐらいの業火を放つことができる。
そんな彼女を当然周りは褒め称えている。だが、それでもあの日の「ボク」の魔法のインパクトを上回ることはないのだ。
「小月の儀」までは、「ボク」の学園に派閥のようなものはなかった。正確には「エディアとその取り巻き」とそれ以外でしかなく、その「エディア派」による絶対王政的な支配となっていた。
それは皇子である「ボク」がそういう派閥を嫌ったのと、それ以外に神輿となるような子供がいなかったからである。
それが、「小月の儀」からは変わった。「皇子派」と「エディア派」の二つに分かれたのだ。
「俺」が望む望まないにかかわらず、「現皇帝の再来」といわれる魔力は「エディア派」の専横を嫌った派閥に属さない者たちの神輿にはちょうどよく、また、他に担ぐものがいないからと「エディア派」に居たシュライヒ家とはあまり仲の良くなかった貴族子弟たちもこぞって合流した。そのために「皇子派」は数では「エディア派」を上回るという事態となっている。
「俺」としては、もう半年も学園にいないので派閥などを作ってもしょうがないのだが、極秘事項であるため誰にも言っていない。また、そうやって派閥に指示などを特に出さないので神輿にはちょうど良いと人が集まるという悪循環となっている。
目の前の少女は両親の期待を一身に背負い、そしてそれに応えようと一生懸命努力している。それをお情けで1番を譲られているという感覚。そして離れていく人心。越えられないあの時の魔法。それらがそろったことで、「ボク」は憎むべき対象となったのだ、と「俺」は予想する。
まだ「ボク」が派閥などに熱心であれば「ライバル」といった程度だったのだろう。だが「俺」は魔法勉強にこそ熱心だが、それ以外に特に興味がない。興味がない者に、努力しても負けるというのは耐え難いことなのだろうと予想できる。
だけど、どうすればよいのだろうかとも思う。
-喧嘩してやればよかろう。コレはそう望んでおるのじゃ。-
耳元で姿を消している相棒、ミニチュアドラゴンの「ネコ」がそういう。言うといってもテレパスのようなもので、「俺」にしか聞こえない。
あの日以来ずっと「ボク」の肩の上が定位置になっている。お社は良いのかと聞くと、「我が本体である故、我が居る所が神域である」とおっしゃられたので今は「ボク」の肩が神域なのだそうだ。家以外で話しかけてくることは稀で、リィン以外には存在を話していない。初めはリィンの友達第二号になってもらえるかと期待したのだが、何故か仲が悪く、毎日のように「俺」が仲裁して場を収める羽目になっている。
(分かってる。それが最良であるということは。)
考えるだけでネコには伝わる。そう、彼女が求めている物は分かっているんだ。一番の問題は「ボク」が「暖簾に腕押し」であること、つまり勝ち逃げしていることだ。だから正面切って対決し、勝つにしろ、負けるにしろすれば彼女はまだ納得する。
(でも、それはできない。「ボク」は学園内でもめ事を起こすことは禁じられている。)
ただでさえ、目立つこと極まりない事態を「小月の儀」に起こしてしまっている。後半年、もうトラブルは起こしたくないのだ。こんなところで皇帝の気持ちが変わってほしくない。
-もう遅い、とは思うがの。まぁ良い。お主以外の人の子がどうなろうと我の知ったことではない。お主のことは我が守る。お主が良いというのならば良いのじゃろう-
そういって、興味がなくなったのか肩の上で眠り始める。基本的に、「俺」の言うことは聞いてくれる。
ただ、「眷属」というような上限関係ではなく、あくまで守護者、いや守護神、といった立場だ。
「ボクはもう帰るよ。」
そう声をかけると、エディアは更に強く睨みつけていた。その瞳には涙さえ浮かんでいる。
そして「俺」は、そんな彼女を避けて、すごすごとその場を立ち去ることしかできなかった。
教室を去る瞬間に聞こえた、彼女の嗚咽を聞いても「俺」にはどうすることもできなかったのだ。
その日以降、テオドールとエディアの仲は完全に決裂した。
ライバル登場編です。
次は長編のため、何話かに分かれます。




