衛兵の目撃談 4 清々しい(?)酔っ払い
思わぬものを間近にしたロアナの目が点になる。
肩で切り揃えられた亜麻色の髪に、少し目じりの下がった瞳は明るい空色。鼻筋はすっきりと通っていて、唇は薄め。
……ロアナは一切見たことのない顔である。
唐突なことに驚いたロアナが固まっていると、その視線に気がついた青年はにっこり。
と、その青年は不思議そうな顔で彼女を見つめた。
「……ん? あれ? わたし、今晩部屋に誰か呼んでたっけ?」
「……え? ちょ、あの……」
首をひねった青年に、なんだかとても聞き捨てならないことを言われた気がしたが……。
青年がロアナの肩に乗せた手で、彼女の髪をちろちろといじるもので。その馴れ馴れしさに唖然としていたロアナは対応が遅れる。
その間に彼は、考えるようなそぶりを見せていた。……が。
「ん-……ま、いっか! いこう!」
「⁉ へ⁉」
青年は、恐るべき速さで考えることを放棄した。
そのあっけらかんとした様子には、ロアナは愕然。
しかし青年はそんな彼女の肩を抱き、そのまま歩き出そうとする。がっしりと肩をつかまれているロアナは、男女差もあって踏ん張りがきかなかった。
「ちょ、ま、まって……!」
──まあいいかって……! あなた絶対わたしのこと知らないでしょう⁉ と、抗議しようとして。ロアナはここである違和感にハッとする。
(も──もしかしてこの方……酔っておられない……⁉)
青年の身体からは、かすかに果実のような香りがする。
ロアナは思わずそばにいた衛兵たちに顔を向けるが、彼らは彼女たちから視線を外して素知らぬ顔。
「⁉」
そこにただよう、『いつものこと』感。これにはロアナは慌てた。
──酔っ払いは怖い。
ロアナの兄はかなりの大酒のみで、酔っぱらったときのくだの巻き方はそりゃあひどかった。
意味不明に絡んできては、わめくし、物は壊すし、ケンカはするし。そして──吐く。
(っう……)
その世話の厄介さと、事後処理のつらさを思い出したロアナはげっそりした。と、その斜めに傾いた娘の悲壮感に、かたわらの青年が気がつく。
「おや、どうしたの? そんなに暗い顔して。かわいい顔が台無しだよ?」
「⁉」
不思議そうな顔をした青年は、あいた方の手の指でロアナの頬をよしよしとなでる。
その手つきがいかにも慣れていて……微笑む顔がとても蠱惑的で……。
なんだかロアナは少し怖くなって、彼の腕のなかで身をすくめてのけ反っている。が、馴れ馴れしい青年は陽気に笑う。
「まあ、女性は笑っていようと、怒っていようと素敵だけどね。でも、わたしとしては、一緒にいる時間を楽しんでほしいんだよねぇ……だってせっかくの出会いじゃないか。人生は短いんだし、楽しまなくちゃ」
「は、はぁ……」
しみじみと語られたロアナは頷きかけて──なぜか彼に着いて歩いている自分にハッとする。
何を納得しているんだ。このまま彼についていっていいはずがない。
だいたい、自分は第三王子殿下に会いに来たのに、このままでは目的が果たせない。……というかなんか身の危険を感じる。
しかし、陽気にロアナを連行していこうとする彼はあんがい力が強い。腕をまわされてがっちりつかまれた手は固く、容易には外れそうになかった。
これにはロアナは焦る。
(──え? そ、そもそもこの方はいったい……)
衛兵たちが『いつものこと』というふうに振舞うのならば、それは彼が一の宮にいて当然の存在ということ。
(あれ……そういえばさっき…………)
はたとしたロアナの脳裏に、先ほどの衛兵と、現れた彼の言葉が思い起こされる。
──殿下に見つかると、またロスウェル様と険悪に──……
──ん? わたしが何?
──ロスウェル様と……、……
──わたしが……、……、……、…………
「っへあ⁉」
「「「⁉」」」
「……あれ?」
その会話を思い出した瞬間、ロアナはびっくりして大きな声を上げた。
いきなり青くなって素っ頓狂な声を出した娘には、まだそばにいた衛兵らはビクつき、かたわらの青年はキョトンとした。
「なに? どうしたの?」
「……ま、ま、ま……まさか……」
「うん?」
「だ──第四王子……ロスウェル殿下で……いら、っしゃい、ます……か……?」
いや、そうであってほしくないという願いをこめて、ロアナは怯えた顔でおそるおそる問う。
と──。
「うん? そうだけど?」
「⁉」
軽く返されたロアナが口と目をまんまるに開けた。
「こんな時間に、女性に侍女の恰好をさせてまで一の宮に呼ぶなんて、わたししかいなくない?」
あはは、と、あっけらかんと言われたロアナは開いた口がふさがらない。
まずは彼が王子であるということに驚いたが……それ以上に、彼の言動に衝撃を受けていた。
それは、あろうことか王子が王宮外から女性を不正に招き入れているという告白だが……ロスウェルには悪びれるようすはまったくない。酔っているとはいえ、なんという開き直りかただろうか……。
酔うと周りに迷惑をかけ、暴力にまで発展するような兄ばかりを見ていたロアナは、正直酔っ払いには最悪の感情しかなかったが。ロスウェルのそれは兄とはまるで違う。
(世、世の中には……こんな清々しく(?)陽気な酔っ払いも存在するの……?)
素直な娘は謎に感動。
思わずしげしげと、珍獣を見る目でロスウェルに見入っていると、清々しい酔っ払いたる第四王子はにっこり。
「さーて! じゃ、部屋で一緒に呑み直そうね!」
「⁉ あれ⁉ ちが……違う! あ、あの、いいいきません! いきませんが⁉」
「またまたぁ♪ 素敵な夜にしようよぅ」
ロスウェルに引っ張られてハッとして。ロアナが足を踏ん張ると、ニコニコしたままの青年は、甘えるような口調でいって、強引に彼女の肩を引き──……。
……と、その瞬間のことだった。
「……、……、……死ね」
「う?」
それは──激しい怒りのこめられた、低く、呪わしい声だった。
ロアナの肩を抱いて、彼女の頭を嬉しそうにあごの下に迎え入れようとしていたロスウェルは、キョトンと動きを止める。彼の頭を、突然ガシリッと背後からつかむ何者かがあった。
ギリギリと締め上げるようなその痛みに、青年はパチパチと瞬き。
「お、やぁ……?」
「ぇ……?」
その異変にはロアナも気がつくが、ロスウェルにつかまれたままでは彼女は後ろを振り返ることができない。
しかし、とまどっているうちに、突然動かなくなったロスウェルが、彼女の肩からゆっくりと腕を離す。
このとき青年は、己の背後に感じる殺気に、ロアナから手を放さざるをえなかった。
突然のことでロアナは訳が分からなかったが……動かなくなった王子の背後にある人物を見つけ、目を丸くした。
「え……で、殿下……?」
両手を持ち上げた第四王子ロスウェルの背後には。
怒気はらむ鬼の形相の男──ウルツが立っていた。




