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六章 第3話 定時神託

「ん、メルケ先生」


「アクセラか。こんなところで会うとはな」


 商店街のいつもの喫茶店、そのテラスに足を踏み入れると見慣れた顔がいた。戦闘学の教員を務めるメルケ先生だ。いつもと同じ白基調のシャツに剣帯を巻いた姿だが、どことなくリラックスした雰囲気を纏っている。


「オレは待ち合わせだ。お前は?」


「私も」


「あの金髪の、たしかマクミレッツだったか」


 決闘の監督人をしてくれた関係で先生はエレナを把握していたらしい。


「ん。私のルームメイトで乳兄弟」


「ああ、なるほどな」


 一体何にかは分からないが、先生は妙に納得した顔で頷いた。そして手元の紅茶を一口すすって、自分の前の椅子を指さす。


「まあ座れ。オレもお前も待ち合わせなら先に着た方が席を立てばいいことだ」


「じゃあお言葉に甘えます」


 丸い背もたれの椅子を引いて座る。注文を取りに来たウェイターにはアイスティーを頼み、先生の顔をそれとなく窺う。そこそこ整った顔を台無しにする疲れ切ったような目が、今日は少しだけ楽し気に見えた。


「先生は誰と待ち合わせ?」


「オレか?オレはシャローネ先生、お前たちの担任とだ」


 メルケ先生とヴィア先生?

 その不思議な組み合わせに思わず首を傾げてしまう。かたや騎士上りのベテラン戦闘学教師、かたや穏やかな新人魔法教師。接点があまりあるような気はしない。その疑問は目の前の彼にも伝わったのか、にやりとその唇が持ちあがった。


「お前たちの試合のあとにな、お互いの知らない分野を教え合うのが面白くなってきたんだ」


 メルケ先生は魔法を、ヴィア先生は近接戦闘をお互いに教授しているということか。なんとも仕事熱心なことだが、たぶん彼の方はその行為自体が楽しいのだろう。俺と同じで戦うことも教えることも好きな人種なのだ。


「お待たせしました」


 ウェイターがよく冷えたお茶を俺の前に置く。その横にはミルクピッチャーとシロップの入った小さな壺。会話中なのを察してか今日はお茶の説明はなしだ。とはいえここのアイスティーはいつも同じ銘柄なので、今更聞くことはない。


「先生は教えるの上手いから」


 シロップを一垂らしとたっぷりのミルクを加えてマドラーでかき混ぜる。


「ああ、シャローネ先生は才能がある」


 彼のことを言ったつもりだったのだけど。


「あの年で魔術の高等教員資格をとっているからな、賢いだろうとは思っていた。実際に話してみれば自分の分野以外でも理解が早く知識欲もある人だった」


 ああ、うん。

 ヴィア先生は理解力が高くて知識欲も強い。最近ちょっとした趣味と布教を兼ねて彼女には魔法の常識を崩す知識を、あえて断片だけ与えて様子見している。少しの情報でヴィア先生はしっかり調べ、考え、仮説を披露してくれるので楽しい。


「お前というイレギュラーのために少しでも接近戦を学びたいと、オレに戦術や基本的な動きの教えを請う姿は健気だな。世の中がああいう女性ばかりならもっと楽しく……いや、なんでもない」


 何かを言いすぎたと感じたのか、先生はそこで口を閉ざした。

 にしても「ああいう女性」ね……これは意外と面白いことになりそうかも。

 そんな邪推を胸に抱きつつ、俺は話題を戻す。


「私が言ったのはメルケ先生のこと」


「オレ?」


「ん。先生は教えるの上手い」


「そうか?」


「ん」


 彼の教え方は実際うまい。近いレベルの者同士で実戦的な動きをさせるのは、スキルを上げる上でも感覚を養う上でもいい手法だ。それに定期的にチェックすることでお互いに言われた内容を解釈し取り込んでいく時間が取れる。そもそもの実力が近いので、アドバイスで片方が上達すればそれに合わせてもう片方も上達できるだろう。そんな領域に至っていない生徒には基礎からきちんと教えている様子でもある。


「先生のおかげで『盾術』が手に入りました」


 授業の途中で彼は普段の訓練スタイルを解除し、盾やナイフといった剣以外のツールの使い方を説明することがある。その解説が分かりやすく、動きを再現しやすいおかげであっさりスキルが身に着いた。


「おいおい、あれだけの短時間でスキルを得たのか」


 俺の賛辞に対する先生の反応は呆れと驚きを足して2で割ったようなものだった。


「説明が合理的で再現しやすいおかげ」


「そう言ってくれるのは嬉しいが、やはりお前の才能はずば抜けている」


 確かに俺が培ってきた戦闘の勘が大いに関係しているのは間違いない。ただもともと盾の扱いに大した興味がなかったので、やっぱり彼の指導のおかげなのだ。


「オレはむしろお前に教えられている気分だぞ」


「私に?」


「お前の動き方は見ているだけで参考になる」


 それは……まあ、そうだろうね。

 スキルに頼ると基礎的な立ち回りがおろそかになりやすい。移動も攻撃も強力なスキルに恵まれているほど、その間を埋める動作が緩慢になる。エクセララの武芸者たちが大軍事帝国ロンドハイムを相手に寡兵で大勝できたのも、そういった隙間を狙って確実に相手を潰していたからだ。ちなみにこの傾向は防御に秀でた騎士ほど強い。もちろんトニーは例外だが。


「特にこの前の決闘は凄まじかった。あれほど戦える学生はオレもほとんど見たことがない」


 嬉しいと同時に少し残念なことだ。つまりこの学院、上級生まで見てもガレンと同レベルの使い手はほぼいないということなのだから。


「先生たちなら?」


「教員でもあの戦闘についていけるのはオレとB2クラス担任のイリンダ先生、あとは2人くらいだな」


 メルケ先生が自身を上げたことに驚きはない。彼は実際ガレンや俺とも上手くやりあえるだけの実力を持っているはず。1年B2クラスのフローネ=フォル=イリンダ先生は直接会ったことがないのでなんとも言わないが。


「あれはレグムント候の推し進める技術というやつか?」


「知ってるんですか?」


 突然彼の口から飛び出したワードに驚く。


「レグムント候はオレが騎士団にいた時代、足繁く軍部に通ってその話をしていたからな。正直スキルに変わる力など、誰もまともに聞いてはいなかった。オレを含めて」


 そんなメルケ先生がなぜ今になって技術に興味を持つのか。それはきっと彼が騎士団を抜けて教員に収まった理由が関係しているのだ。ただ俺はそこにあまり好奇心を覚えない。


「お前こっそりシネンシスに稽古つけているだろ」


「ん、バレてました?」


「バレないわけないと思うんだが」


 またも呆れの成分を含ませて先生が言う。たしかに彼ほどの男が気づかないというのは、普通に考えておかしい。そもそも俺の実力を見込んで殿下につけたのなら、そういう部分も期待してくれているのかもしれない。


「オレもお前に指導してもらおうか?」


「……ん?」


「冗談だ」


 冗談とは思えないほど真面目な顔で彼は言っていた。


「生徒から教わるのも悪くないが、見様見真似で工夫をする方がいいだろう?技術とはそういうものだと候は言っていたしな」


 技術とは創意工夫と試行錯誤の賜物。教わるのもいいが見とり稽古で独学を進めるのもまたいい。


「卒業までに本気の試合がしてみたいです」


 旧来の騎士としても高い能力を有し、そこに自力で技術を取り込もうとしている。この強者はガレン以上に仕上がりそうだ。


「そうだな……オレもお前とはやってみたい。生徒と教師ではなく、戦士と戦士で」


 全力全開でメルケ先生と戦闘……考えただけで体が熱くなる。

 頬が熱を帯びて口角が吊り上がるのが自分でもわかった。


「……無類の戦闘好きなのはこの前の決闘で分かっていたが、あまり淑女が外でそういう顔をしない方がいいぞ」


「……ん」


 なんでどいつもこいつも人の顔を発禁扱いするかね!


 ~★~


 メルケ先生と短いお茶会をした夜、俺は普段使っていないほうのベッドルームに来ていた。本来エレナのものであるその部屋は、彼女が俺のベッドで眠るために無人と化している。それでもきちんと掃除はしてあるし、月に2回は今後も使用する予定だ。


「天にまします我らが主、我らの願いを聞き届け、その御力を以ってこの地を清め、悪しきを祓う祝福を与えたまへ」


 聖魔法上級・サンクチュアリ

 簡易な聖域を生み出す魔法で部屋をまるごと浄化する。そして『使徒』から『神託』を選んで行使。感覚が広がるような不思議な感触を経て静寂が訪れる。なにか清らかな場所と部屋がつながったような、そんな気分だ。


『主、お久しぶりです』


 ふと男の声が脳裏に響く。技術神の補佐を務める天使パリエルの声だ。

 よし、今日もいいかんじ。

 この部屋はすっかり俺が天界との定時連絡をとるための簡易祭壇となっていた。


「パリエル、元気だった?」


『おかげさまで。主は元気そうですね』


「ん。この前はかなりな使い手とも戦えて楽しかった」


『それはよかったです』


 しばらくはそんな調子で世間話をする。天界と繋いでいられる時間も伸びてきて、用件だけの通信も味気なくなってしまったのだ。神々の世界は時間のスケールが大きすぎて月に2回の報告だとすぐに話題が尽きてしまうんじゃないか。そんな風にも思っていたが、ミアが色々とやらかしているようでパリエルの話すことも簡単には品切れにならなそうだ。


『そんなわけでジャルカット様はあやうく揚げられそうになっていました』


「あはは、ミアらしい」


 笑い話が一段落したところで2人の空気が若干変わる。ここからは仕事の話だ。


「さて、報告はなにかある?」


 天界に行けなくなってからパリエルは俺の代わりに色々な仕事をしてくれている。ミアの許可を得て一時的に彼の権限を大幅強化したからだ。今までに準神器の登録や加護の大々的な実装をしてもらっている。


『火急でお伝えしなければいけないことはありません。エクセララでは相変わらず師匠連、商工会議所、都市協議会、技術神殿がバランスよく活動しています』


 師匠連は武術家たちの師範クラスが所属する会議。自由奔放でわりと自分勝手だがエクセララにとっては軍のようなものであり、活力の源でもある。

 商工会議所は技術開発局を擁する商人や職人の連合。産業の要であり、師匠連と合わせてエクセララの両輪とされることが多い。

 都市協議会は実質の政府であり、氏族会議や市民会議といった複数の団体が合議制で運営している。性質上独裁的な体制をとることはできないが、権限は一番大きい。

 技術神殿は俺ことエクセル神を奉る宗教団体。個人的には一番よくわからない組織といったかんじだが、一応俺の教えを広めることが目的らしい。

 仕方ないだろ、前世に俺の神殿はなかったんだから。


「バランスよく、ね」


『はい。バランスよくいがみ合い、バランスよく協力し合っています』


 都市を一つの群れと捉え、エクセララの人々はお互いの意見をぶつけたり利権を奪い合ったりしながら発展を続けている。それこそが停滞のない健全な政治だと俺や仲間たちは考えたのだ。


『ロンドハイム帝国が戦仕度をしているとお伝えした件ですが、あちらは特に変化なしです。アピスハイム王国では職人の間で技術が取り入れられつつありますね』


 エクセララ建立以来の宿敵ロンドハイム帝国は、ここ数年戦争の準備ととれる動きを見せている。国に属さない自由村落を狙って奴隷狩りを強化し、食料の備蓄量を増やしているらしい。


「アピスハイムの職人に広まるのはいいこと。嬉しい」


 アピスハイム王国は前世の俺が生まれた国だ。当時のあの国にはいい思い出はないけど、それでも評価したい部分はいくつもある。たとえば芸術の発達具合。

 スキルで作る物は画一的だが、例外は何にでもある。たとえば医療、料理、そして絵画や彫刻なんかの芸術だ。あれはスキルによる一つ一つのモーションを組み合わせて表現物をつくるので、多少画一性はあっても出来上がる物はなんだかんだ違いがある。マイルズ=リオリー曰く「限られた組み合わせ」でしかないが。あの国は芸術品に金をつぎ込む貴族が昔から多かったせいで、芸術家たちの数が多い。そんなところにより多様な表現を生む技術が入れば、それはとてもいい刺激になるだろう。

 芸術はよくわからないが、それでも見ていて楽しい物や美しい物が増えるのはいいことだからな。


『そういえばフェルマー工房の椅子が奉納されていましたよ』


「ん!」


 フェルマー工房。俺が前世から愛していた木製家具職人の一門だ。安らぎを与える不思議なデザインで武人に好まれる逸品を作り続けてきた。結局一度も使えていないが、俺の天界の執務室には奉納されたフェルマー工房の大きな机が置かれている。

 そういえば机があることを知ったときに椅子を誰か奉納してほしいと思ったものだ。誰かが本当に奉納してくれるとは。


「嬉しい。ぜひ、執務室においておいて」


『運び入れておきます』


 返事をする声に面白がるような気配が混じる。パリエルには俺が家具の一つにそこまで入れあげる気持ちが分からないらしい。残念な限りだ。

 今度フェルマー工房の物が奉納されたらパリエルに貸してやろう。

 使ってみればあの良さは理解できるはずだ。そう思って心の中で決意をする。といってもフェルマーの良作はただでさえ高いうえに家具を大砂漠に持ち込むのは大変だ。そうやすやすと奉納されるわけもない。机と椅子が揃うのにかかった年数を考えれば、俺が存命の間に達成できるかすら未知数だな。


『こちらからはそれ以上、特にないですね』


「魔界についても?」


『魔界ですか?』


 俺がまだ小さかった頃にミアは魔界が騒がしいと言っていた。たしか新しい魔王が戴冠したとかだったか。そのため地上へ向けていた目を魔界に移して注意深く観察していたはず。


『その件でも特に……あ、たしか悪神が何柱かよからぬことを企んでいるかもしれないとはシェリエル様がおっしゃっていました。まあ、いつものことな気もしますが』


 そもそもよからぬことを企んでいない悪神なんているのか。


「それとキュリエルは?」


 ふと思い出して尋ねる。パリエルとはこうして会話をすることも多いが、戦乙女のキュリエルとは滅多に話さない。というかここ何年も話した覚えがない。


『キュリエルですか?相変わらず修業の毎日のようです』


 彼女には俺の神力をたっぷり込めた疑似教官憑きの槍を渡し、戦幸神テナスの下へ修業に出している。

 技術神の戦乙女が戦上手でないと様にならないからね。

 彼女の後ろ向きな感覚が気になって半ば強引に勧誘したというのに、なんだかんだあって直接教えられていないことはちょっと気になるところである。当初から技術神の力を開放できるのが15歳以降という話だったので、今までは別にそこまででもなかった。しかし今後は俺の無茶のせいで約束していた稽古をしてやれないということになるので、心苦しいものがある。


「もし次回の定時連絡あたりで都合がつけば連れて来て」


『それは構いませんが……』


「直接一言謝っておきたい。それになにか伸び悩むところがないかも聞きたいから」


『我々天使や戦乙女は天界の住人。時間感覚はおおらかですから、数年数十年のズレはあまり気にしませんよ?』


 15歳になったら教えるつもりだったと俺が思っていても、彼女からすればそれが30年後になったところで深刻な問題ではない。パリエルはそう言ってくれるが、やはり約束は約束だ。


「それでも、ね」


 それに伸び悩んでいないかと言う心配も別に取って付けた理由じゃない。技術を収めるには時間がかかるのだから、おおらかな感覚のまま取り組んでもらっては少し困る。早め早めに解決しないと変なクセがついてしまうことだってあるのだし。


「というかパリエル。君は時間感覚はおおらかかな?」


『ま、まあ、地上の存在に比べれば』


 たしか準神器の設定も俺が天界に入れなくなってからエクセララに神託として告知したらしい。そういうところを見ればまあまあおおらかと言えなくもないのか。


『僕は地上界と天上界の橋渡しでもありますから、神々よりは人間に近いペースで物事を処理する性質があります』


「ああ、なるほど」


 神々の感覚で宗教的な処理をされては地上での反映に時間がかかりすぎる。それこそ世代が1つ2つ変わってしまうレベルで。


「ん、わかった。私からは他に聞きたいことない」


『なにか僕が把握しておくべきことはありますか?』


「ん……思いつく範囲ではないはず」


 前回から今回までの間に起きた出来事は雑談の間に話し終えたし、それ以外になにか天上界で把握しておくべき出来事はない。


『そうですか。ではまた再来週のこの時間帯ですね』


「ん」


『それでは失礼いたします』


「お疲れ様」


 分かり切った確認だけ済ませてパリエルとの回線を切る。『神託』が停止すると同時に部屋へかけていたサンクチュアリを解除し、溜まった聖属性の魔力を2回別属性に変換して散らした。


「ふう……とりあえず今日のお仕事終了」


 今日はもうなにもすることがない。装備の手入れは必要ないし、勉強も終わっている。なので最近図書館で借りてきた小説でも読むとしよう。エレナが見繕ってくれた冒険譚で、隣国トルオムの作家が書いたわりと最近の作品だとか。主人公が神聖ディストハイム帝国時代の遺産を探して旅をするという内容だ。


「エレナはもうお風呂出たかな?」


 定時連絡のある日だけは時間をずらして入る。俺が動けない間の家事を彼女に頼んでいるから。そんなわけで、エレナと小説の待つリビングに足を向けるのだった。


~予告~

アクセラが戦闘学に勤しむその頃、

エレナは別の授業を受けていた。

次回、天文学

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