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四章 第17話 つがえられた矢

 模擬戦を終えて俺とシャルはシャワーを浴びた。それからビクターの執務室に行き、ラナ、イザベル、マリアを呼んでもらう。シャルが試合の後に言った「辞めようと思う」という言葉の意味と、それに屋敷としてどう応じるのかを話し合うために。


「……」


 執務室の隣のティールームに集まった一同は黙してビクターに視線を向ける。シャルの意思については既に伝えているが、細かい理由までは俺を含めて誰もまだ聞いていない。


「シャル、改めて確認させてほしいんだけど、この屋敷を辞めたいと?」


「そうっす。いきなりで申し訳ないんすけど、辞めたいっす」


 いつもの口調だが彼女が答える声にははっきりとした響きが込められている。辞める意志は固いと感じさせるだけの硬質な響きだ。


「理由を聞かせてもらえるかい?君も知っているだろうけど、このお屋敷は今「はい、そうですか」と送り出してあげられる状況じゃないんだ」


「そっすよね……いや、理由もすっごい個人的なモンなんすけど」


「個人的でない理由の方がこちらとしては困るかな」


 肩をすくめるシャルに苦笑を返すビクター。彼が言っているのはこの屋敷が企てている反逆に関する懸念についてだ。


「とりあえず順を追って話してくれないかい?」


「わかりましたっす」


 シャルは頷いて、彼女が何を思って辞意を固めたのか語りだした。

 そもそも事の起こりは俺とエレナが誘拐された事件の少し前にさかのぼるらしい。具体的にはマイルズから紅兎が届いたあとの試し切りの時。自己評価としては微妙な手ごたえだったあの抜刀だが、シャルには「恐ろしい冴え」だと感じられたのだという。

 魔法と違い肉体を使うスキルはいくらレベルが高くとも子供が扱うには色々と差しさわりがある。たとえば手足の長さ、たとえば筋力、たとえば柔軟さ……そういった壁を踏まえて9歳の俺があの居合いを放つのは「恐ろしい」ことなのかもしれない。


「ここで雇ってもらう前、パーティーが壊滅した話は皆知ってるっすよね?」


「ああ、聞いている」


 シャルが冒険者時代に所属していたパーティーは壊滅した。ただ負けて瓦解したわけじゃなく、彼女以外全員が帰ってこなかったのだと聞いた。


「そのときからずっと思ってることなんすけど……アタシはなんで生き残ったんだろう、生き残ったアシタがすべきとはなんなんだろうって」


 サバイバーズギルト、生存者が死者に感じる引け目のことだが、似たようなものを彼女は感じているのかもしれない。


「生き残ったアタシは生き残った意味のあることをしたいんす」


「お嬢様付きの侍女では不満だと?」


 少しだけ顔をしかめた家宰の問いに慌ててシャルは首を振る。


「そ、そうじゃないんす!いや、そうじゃないこともないんすけど……えっと、その、やっぱり腕っぷしがアタシの一番の価値だと思うんすよ」


 最近じゃ割る皿の数も減って随分侍女らしくなってはきたが、やはり彼女が一番期待されているのはとっさの戦闘力だ。護身程度の力しか持たない侍女がほとんどの中、彼女は元冒険者としての技能がある。しかもスキルに恵まれ、技術を取り入れるだけの柔軟さもある。

 たとえば『鎗術士』だが、重たい金属の鎗を自在に操る『鎗術』以外に2つも同系統のスキルを取得しないと得られないジョブだ。それに『跳ね馬』は俺でもあまり聞いたことがないアビリティで、跳躍力や脚力と同時に足腰の安定性を上げてくれるらしい。

 しかもあの連撃……あれはスキルじゃなくて技だった。自分であんな組み合わせを考えられる柔軟さとセンスは稀有。


「けど、お嬢様は強い。アタシより断然強いっす。冒険者のランクだってアタシより上っすよ?」


 まあ、護衛としての働き甲斐は皆無だろう。


「やっぱりアタシはこの腕っぷしを使って生きていきたいっす。ちゃんと生き残った意味を見出せる場所で」


「……はぁ、言いたいことはわかる。というよりお嬢様のことを考えると納得しかできない」


 言いたいことを言い終えたシャルに対して、今度はビクターが眉間を揉みながら答える。その口調には同情のような共感のような空気が込められている。ちょっと申し訳ない。


「しかし、君は多くを知っている。それをこのまま辞めさせるわけにいかないのは変わりないんだ」


「……はいっす」


 この屋敷は反逆の途上にある。シャルを信じているとしても、目の届かない場所へ行かれるのは不安。そんな気持ちが彼にはあるのだ。


「ビクター」


 両者が沈黙してしまったところで俺は家宰に声をかける。


「なにかな?」


「シャルに聞きたいことがある」


「バトンタッチだね。私はかまわないよ」


「ん」


 了承を得てシャルに向き直る。


「シャルは冒険者として生きていきたい?」


「そうっす」


「それは最前線で戦い続けたいということでいい?」


「えっと、なんか違いがあるんすか?」


「たとえば教導の仕事とか」


 俺とエレナに「夜明けの風」がついているように教導という仕事はたまにある。その内容は多岐にわたるが、一言で言うなら依頼人に冒険者としてある程度の常識を教え込ことになる。もちろん冒険者を雇って教導をしてもらおうなんて考えるのは裕福な商人や貴族の子弟に限られるので、そんな依頼自体が滅多に出ない。


「きょ、教導っすか」


「ん」


「いや、アタシにそんな依頼が来るとは思えないっすけど……でも、そういう仕事の方が生きる意味ってことならイイ気はするっす」


 そう、後進の育成程生きる意味を実感できることもない。それは俺が身をもって体験している。自分で戦うことが大好きな俺だが、教えるのも同じくらい好きだ。

 アレは楽しい。


「ビクター、あの計画は?」


「あの計画?」


 急に質問を向けられたビクターが首を傾げ、少しばかり考えたあとに笑顔になる。


「そうか、あの計画だね!たしかにそれなら八方上手く収まる」


「あの、アタシ完全に置いてきぼりなんすけど……どういうことっすか?」


 彼女の疑問は他の参加者にとっても同感だったようで、ラナをはじめとする全員が怪訝そうに俺とビクターを見た。


「私も聞いた覚えがないのですが?」


「まだ草案すらできてないから」


「簡単に言うと、君やアンナがいたメイス孤児院のような場所をケイサルにも作ろうという計画だよ。お嬢様が帰ってきてすぐに提案してくれてね」


「マジっすか!?」


「あら……」


 シャルとともに今まで黙っていたアンナも息を漏らす。

 冒険者需要の大きいケイサルに孤児はほとんどいない。そのためメイス孤児院のような施設の設立を積極的に計画したことはなかったらしい。

 だが俺は実際に行ってみて必要だと感じた。ウチに孤児がいない理由の裏側は、冒険者になれば最低限飢えないから。他の仕事につけるならそっちを選ぶ子も多いはずだ。メイス孤児院と違うのは冒険者の育成も行うことで、そちらに進みたい子供は今後も冒険者への道を選べるようにする。


「そこの冒険者教育の教官に見当がつかないんだ」


 計画の草案を作るにあたって大まかな当たりをビクターはつけてくれた。けれど一線を退いて教官に就任したいという冒険者は、信頼がおけて実力もあるという条件を付け加えるととたんに見つからなくなる。有能で無事引退できるほど幸運な人物は、蓄えを使って店でも開きたいと思う者が多い。しかし無能な輩は採用する意味がない。


「もしかして……」


「ん、そこの教官にならない?」


 シャルの性根が真っすぐで善良なのは知っている。実力もある。実戦経験や冒険者としての常識も。そしてなにより死にかけた経験がある。最後のは教官として得難い資格だ。


「まさしく生き残った意味……になり得る仕事だと思う」


「いやいやいや、たしかにそうっすけど!アタシまだDっすよ!?」


 ……Dランクじゃ確かに教官として説得力に欠けるかも。


「それならCランクに昇格するまで一時的に現役復帰したらどうだい?」


「現役復帰っすか。でもCなんて時間かかるっすよ?」


「孤児院を始めるのにも時間がかかるから、そこは大丈夫さ」


 用地の選定と購入、建物の建設、教官と職員の雇用。やることは山ほどある。2年は確実にかかる。彼女の才能なら十分Cランクになれる可能性は大きい。特にここがダンジョンだらけのケイサルであることを踏まえれば、チャンスにも事欠かない。


「え……ほんとに、ほんとにいいんすか?」


「むしろこちらから頼みたいくらいだよ。ねえ、お嬢様?」


「ん」


「そ、それなら……教官したいっす!」


 シャルの瞳に輝きが宿る。


「異論はあるかい?」


 両隣に座るシャルの同僚たちに首を巡らせれば、彼女たちはそろって首を横に振る。


「よし!それじゃあ後で細かい予定を立てるから、シャルは私の部屋に後で来ておくれ」


 ビクターが笑うとそれまで黙っていたシャルの同僚たちも一気に表情をほころばせた。


「も、もちろんす!ほんとにありがとうございます!」


 言葉の通り嬉しそうな顔を見るとこっちも提案した甲斐がある。それに一層彼女を信頼する気にもなる。


「とりあえずこれで一件落着だ。シャル、ステラに私が呼んでいると言ってくれるかい?」


「了解っす!ほんっとうにありがとうございます!」


 走りだしそうな陽気さで赤髪の侍女は部屋を出て行った。

 さて、こっちはこのまま第二ラウンドかな。


 ~★~


 シャルから伝言を受け取ったステラが屋敷の主要メンバーを連れて入室したのは、第一ラウンドが終わってからほんの数分後だった。トレイスとエレナも俺の両隣に腰かける。そして始まるのだ、反逆の会議が。


「一応大まかな流れができあがったよ」


 その言葉に全員を覆う空気が硬度を増す。事態を分かっていないはずのトレイスまで当てられてか背筋を伸ばした。


「まずオルクス家はトレイス様に継いでいただく。これは計画の有無に関わらずそうしてもらう以外ないことだ」


 オルクス家には俺とトレイス以外の子供がいない。隠し子とかになるとわからないけど。

 あの親父殿が隠し子を作る気は、何故かしないんだよね……。

 それはともかくとして、俺が使徒で貴族位を継げないので自然とトレイスがその役目を負うことになる。オルクス家を跡継ぎなしで途絶えさせる気がないなら。


「が、がんばる!」


 精一杯強がった声で隣に座る少年が答えた。その勇気に俺は頭を撫でて答える。同じ色の髪なのに質感は俺と全く違って少しふわふわしていた。クセ毛なところは父親譲りだ。


「次にその時期だけど、トレイス様とお嬢様がともに王都にいるときが望ましい。何かあれば2人にも動いてもらわないといけないからね。だから本格的なコトは最低6年先のことになる」


「それまでは全て仕込みということですか?」


「そうなる」


 ラナの確認に家宰は首を縦に振った。


「お嬢様の使命を鑑みて、伯爵の商売を切り口に権勢を崩すのが一番いいと思う」


「ん」


「問題は伯を当主の座から追い落とさなければいけないが、同時にオルクスの名声を取り戻す必要もあるということだ」


 内々には当主の交代さえできればいい。だが対外的な問題がこれ以上かさめば将来的な立て直しも厳しくなり、そのまま家が傾くことにもつながりかねない。だから親父殿を外聞に傷がつかないような方法で下さなければいけないのだ。


「彼の副業を狙うのはそういう意味もあってのことだよ」


 商売が立ち行かなくなれば彼は資金に困る。金がなければ活動もできない。兵糧攻めのように干上がらせる作戦というわけだ。もちろんそれだけで降参するとは思えないので、これに加えて決定打を企画する必要がある。


「さすがにそこまではまだ考えられてないけど……まあ、そこはおいおい。最悪の場合のプランだけはもう練ってあるしね」


 決定打はまだ考えていないが最悪の場合のプランはある。つまりそういうことだろう。

 ビクターにそこまでさせちゃいけない……その時は俺の方でカタをつけよう。


「グレーテル商会の切り崩しは私の方で手を回す。お嬢様にももしかしたら適宜動いてもらうかもしれないけど、そのときは好きにしてもらっていいよ」


 エクセル神の使徒としては自由にできたほうがいいだろう?そう言って微笑んだビクターはきっと俺の、エクセルの半生を調べたのだと分かった。荒事で好きなようにちゃぶ台返しをして商会を潰すのでも構わないと言いたいのだろう。前世じゃ散々強引な方法もとってきただけに苦笑いを浮かべざるを得ない。


「ん」


 とはいえ自分の思慮の浅さはよく理解している。一応ありがたく頷いておいた。


「さて、今のところ決まってるのはこれくらいだね。なにか質問は?」


 彼の視線がゆっくりと会議の参加者を巡っていくが、手を上げる者は誰もいない。この段階では質問を挟むほどのディテールがまだないのだから当然か。


「よし。じゃあ今日のところはこれで……」


「ん、1つあった」


「おや、なんだいお嬢様?」


「計画とは直接関係ないこと」


 俺がそう前置くとビクターは少し思案したあとにこう質問した。


「全員居た方がいいかい?」


「ビクターとラナ、エレナだけでいい」


 その返事に家宰は頷き、イオをはじめとする参加者を下がらせる。屋敷の管理職を全て集わせているので、あまり長引くとよくないのだ。


「姉さま、あとで本よんで?」


「ん、まかせて」


 約束を取り付けたトレイスもイザベルに手を引かれて部屋を出て行く。


「さて、それじゃあ聞かせてもらおうかな」


「エレナを学院に入れたい」


「え!?」


 ビクターとラナも暇じゃない。そう思って単刀直入にそう言ったところ、2人は顔を見合わせた。話題の中心にされてしまったエレナも驚いている。


「それは侍女として、ということではなくてですか?」


「ん、学生として」


 今のところエレナは俺の専属侍女として学院についてくることになっている。俺はそこを少し変えたかった。


「エレナは頭がいい。私よりもずっと。だから学院に行かないのはもったいない」


「……」


 俺としては当然の提案のつもりだ。それにビクターなら二つ返事で了承してくれる。そう思ったが、彼は眉根を寄せて黙ってしまった。


「ビクター?」


「もちろんエレナを学院にという話は素晴らしいと思う……ただね、貴族以外が学院に通うにはお金がかかりすぎる」


 そういうことか……。

 貴族の子供は学院に通うことが義務付けられている。そのため学費や諸経費は全て国が面倒を見てくれるのだ。もちろん最低限学院に通うのに必要な範囲だけだが。

 それに対して平民は学費を納めなければいけない。貧しい家の出なら奨学金やパトロンなんかの手段があるが、マクミレッツ家は元貴族。入学試験で高得点を出しても奨学金の対象とはならない程度に裕福で、複雑な立場を考えればパトロンについてもらうのも好ましくない。

 しかしいくら裕福といってもマクミレッツ家の収入はオルクス家から支払われる2人の給金だけ。家宰と副侍女長ということで高給取りではあるはずだが、家の傾き具合を考えるとそうでもないのかもしれない。そもそも住み込みで衣食住が保証されているウチの使用人は他家の通いの使用人より給金においては下なのだ。


「エレナを学院に入れてあげるだけの蓄えがないんだよ」


 3年間を学院で過ごすにはかなりな費用が掛かる。ビクターの頃は子爵家として健在だった上に、前伯爵が半分以上を出してくれたのだという。そんな援助を現伯爵に頼むことはできない。

 あるいは祖父のビルなら……いや、難しいか。

 ビルはネヴァラを牛耳る大商人だ。彼が子供一人学院にやれないなら一体どこの平民ができるのか、そんな風に思えるほどの富豪である。しかし彼は侯爵と違った意味でやっかいだ。なにせエレナが冒険者として活動することにあまりいい顔をしない。なにかと条件を付けて手元に置こうとするに決まっている。今のところ彼女にその意思がないなら止めておいた方がいい。


「エレナの頭の良さは親としてとても喜ばしく思っているし、できることなら学院にも行かせたいけどね」


 伯爵の許可なくそこまで大きい金額を自分たちの娘に使うことはできないと、情けない表情を浮かべたままビクターはキッパリ言った。


「問題はお金だけ?」


「うん。とはいえ一朝一夕に何とかならない問題だから。庭に金の鉱脈でも見つかればなんとかなるけど」


「はい、金の鉱脈」


 諦めのにじむ半笑いと冗談めかしたジェスチャーを浮かべる父親に、俺は一枚の紙切れを出して見せる。羊皮紙に数行の文字が書かれた書付のような紙だ。


「それは?」


「侯爵閣下に1つワガママが言える紙切れ」


 一回掘ったら枯れる単発の金脈だ。


「え……こ、侯爵閣下って、レグムント侯爵閣下かい!?」


「ん」


 彼が珍しく目を見開いて絶句する。実際に接しているとあんまりそんな気もしないが、侯爵になんでも1つワガママを言える権利というのはとんでもない代物だ。


「いや、しかしそれは……」


 パトロンのように卒業後の影響があるのではないか。ビクターの心配はそこにある。レグムント侯爵がオルクス家に及ぼしている影響は既に大きなもので、家宰であるビクターもレグムント派といって差し支えないくらいだ。とはいえ、というよりだからこそ、これ以上その影響が濃くなるのは問題なのだろう。あくまでオルクス家は独立した家だと言い張るならば。


「大丈夫」


 俺は権利を手に入れたいきさつを説明する。見返りもしがらみもなしだという侯爵の言質も含めて。


「でも、ほんとに信用できるのかな?」


「エレナ、心配はもっともだけど、大丈夫だよ。レグムント派は結束の固い派閥だ。そう言われるのは盟主である侯爵が約束を絶対に違えない人だから……見返りも何もない賭けの結果だと明言したなら問題はないよ」


 権謀術数渦巻く王宮で生き抜いてきた侯爵だ、当然大っぴらに言えないような手段や罠を用いたことも数えるほどじゃないはず。それでも、彼は自分がはっきりと口にした言葉は絶対に守る。罠はないと言っておいて実は罠が仕掛けられていた、なんてことは彼に限ってはしない。それをしないから自派から絶対的な信頼を置かれている。裏切られる心配をしなくて済むというのはそれだけで大きなアドバンテージだ。


「しかし、またとんでもない物を獲ってきたんだね……」


 ビクターは引きつる口元を丁寧に撫でながらそう呟いた。ラナはその横で苦り切った微笑みで目元を抑える。


「がんばった」


 これでエレナの学費の負担を頼もう。無理なら無理と言うだろうし、その場合は別の方法を考えればいい。


「なら先に手紙でお伺いをしよう。言った言葉は守る方だが、額が額だ。」


「ん、それがいい」


 結局エレナの意見をほとんど聞かないままに話は進み、そういうことで結論となった。


「これでよかったのかな?」


「エレナの才能は伸ばさないと人類の損失」


「そこまでじゃないと思うけど……」


 エレナはあまりの賛辞に照れさえしないようだ。だがこれは言い過ぎなんかじゃない。彼女の才能は十分に超越者、人の限界を超えた領域に手が届くものだ。それを開花させないのは文字通り人類の損失としか言えない。それに学院で学べば戦い以外の道を志したときに役立つことも多い。


「はあ、嬉しいやら胃が痛いやら」


 ビクターは言葉の割に飛び切り嬉しそうな顔で伸びをする。ラナも隣で微笑んだ。


「侯爵への手紙は私が書く」


「それがいいと思う。さて……仕事にかかろうか?」


 ~★~


 俺が侯爵におねだりの手紙を出した翌日、レメナ爺さんから一通の手紙が届いた。世話になったという意味の言葉が二言三言と食客を辞めるという意思表示、それに15歳になったら訪ねるようにと注釈のついた杖工房の紹介状がその中身だった。


「レメナ様らしいといえばらしいけど……まあ、いつか帰ってくるだろう」


 ビクターは特に慌てることもなく、すっかり見慣れた苦笑を浮かべていた。

 俺も同感なのでそれ以上に言うことはない。


これにて四章は終わりです。

来週からはついに学院を舞台とした新編に突入します。

先週の活動報告で長々語ったのでここでは割愛しますが、

これからも『技神聖典』の世界と人々をよろしくお願いします!


~予告~

始まる陰謀、去りゆく人。

少女たちを取り巻く世界は加速し始める。

次回、アクセル・オルクス


シャル 「いや、ケイサルには残るっすよ?」

ビクター 「加速はしだすけどね」

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