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三章 第21話 休戦と共闘

!!Caution!!


このお話はお盆一週間連続投稿の5話目です!

 どぼん!


「……っ!」


 冷たい水の感触に意識が引き戻される。


「ごぼっ!?」


 水を飲みそうになって急いで上下を確認する。足は着く。


「ぷはっ」


 体を起こしてみれば水の深さは俺の胸くらい。深いと言えば深いが、冷静になれば問題ない程度だ。体を起こして装備を、ついで周囲を確認する。

 刀はある。杖もある。鎧は直前にくらったシュリルソーンメイジの蔦でズダボロだがまだ使用には耐えるだろう。

 今いる場所は薄暗い。光が差し込んできている上を見上げれば3階建てほどの高さに大きな穴が開いており、そこから頼りない月影の帯が降り注いでいた。

 地下に落ちたのか?

 シュリルソーンメイジの命を賭した攻撃とオーラギガントのオーバーロードはある程度思惑通りに対消滅してくれたが、その余波で地面が崩れ落ちてしまったらしい。たまたま地下に広い空洞があったのが不幸というわけだ。手足に負った軽い火傷が冷やせたので悪いことばかりではないが。


「そうだ、エレナ!」


 一緒に落ちた他の者を探す。まだ目が慣れていないためによくは見えないが、それでも子供の目の順応は早い。


「いた……エレナ、エレナ!」


 直ぐ近くの水面に仰向けで浮かんでいた彼女を引き寄せ、支えて揺すってみる。呼吸はしているので水を飲んだわけではないようだ。


「エレナ!」


「う、うぅん……」


「よかった」


 見れば5メートルほど離れたところに水から突き出した大きな岩があった。あれに当っていたらと思うと背筋が寒くなる。しかし当たらなかった今、それは大切な水に濡れない足場だ。

 エレナの足を支えて岩場に上らせ、自分も次いでよじ登る。他に動く者の気配はないが、一応感覚を最大限集中させて索敵をしながらだ。といってもどこかで溺れているのか、それとも落下時に死んだのか分からないが本当に誰の気配もない。

 にしてもやたらと大きな岩だとは思っていたが、人工物のように平らな表面をしているな。


「アクセラちゃん、大丈夫?」


 びしょ濡れのシャツの裾を絞りながらエレナが訪ねる。頭がまだ状況を飲み込みきれていないのか、それとも俺の心配が優先しているのか。とにかく俺は彼女の頭を撫でて安心させるように務める。


「大丈夫、なんとかなる。私も、エレナも、それにこの状況も」


「う、うん……」


 一通り服を絞り終えると、元々月明りと焚火の光しか見ていなかったのも手伝って目はかなり慣れてきていた。


「ここは……」


 空洞そのものは結構な広さがある。それよりも俺の気を引いたのはそこにある石の塊だ。綺麗な四角が一定の規則を以て並ぶその有様はまるで街のよう。

 いや、事実街なのだろう。

 真っ直ぐな空白地帯の両脇に空洞の天井に達するほどの石の箱が並べられており、その側面には等間隔で穴が開いている。大通りと建物、窓だろう。残念ながら装飾や色はすべて経年によって失われているが、それでも見るだけで不安な気分にさせる独特の迫力からもここが廃墟だと分る。


「い、遺跡……?」


「ダンジョンの、果樹園の遺跡の下に……別の遺跡が?」


 俺たちが今いる岩もどうやら大通りの一部が壊れて隆起したものらしい。


「!」


 目を凝らしてみていると急に視界がくっきりと見えるようになった。暗いのは暗い、というか薄ら緑かかって見えるのだが、なぜかくっきりと輪郭が見て取れるのだ。もしやと思いスキル欄を開いてみると、そこには確かに『暗視眼』という文字が刻まれていた。

 捕まっている最中、ずっと暗がりをチェックしていたのが効いたのか?


「どうしたの?」


「『暗視眼』を習得した。よく見える」


「あ、おめでとう!」


 こんな時だというのに、エレナは嬉しそうにそう言ってくれた。その笑顔に俺の緊張もほどけてくる。


「遺跡……とても古い、たぶんディストハイム初期」


「なんでそんな遺跡が地下に……」


「わからない。地盤沈下か、地下に都市を作るのが流行ってたのかも」


 それはおいおい、ゆっくりと調査をすればいい。今はより優先度の高いことがある。


「とりあえず上に上がろ。家に帰ってから考えればいい」


「そ、そうだね……」


 とはいえどうやって上るかが問題なわけだが。土と岩でできた洞窟の天井からは何本もの根が垂れ下がっている。それら、果樹の根からは雫が滴り、砕けた道の合間を埋める水を叩いて小さな音を生んでいた。

 土魔法で足場を作って穴に近づくのが一番楽かな?


「エレナ、土魔法であそこまでいける?」


 ぽっかり空いた穴を指して尋ねれば、彼女は満面の笑みで頷いた。


「もちろんだよ!」


 悩んでいることは家に帰ってから話し合おう。俺が言いだしたことだが、ちゃんと言葉通り問題を棚上げにして今しなければいけないことをできるのだ、エレナは。その意識の切り替えこそが彼女の天才性の中で最も稀有な要素ではないだろうか。


「一歩ずつしっかり階段状に作ろ」


「時間より安全だね、分かった」


 火と光と闇が適正である俺には今できることは何もない。触媒になるクリスタルでもあれば別だが。


「土の理は我が手に依らん」


 エレナの詠唱と共に水の中から土がせり上がってくる。


「魔力がもうない。全行程できる?」


「うん、大丈夫だよ」


 初級魔法ならもう3回ほど使えそうだが、それはなにかあったときのために温存だ。足の打ち身も処置せずに酷使したせいで段々痛みが悪化しているし、もしもの時には回復に充てるとしよう。


「エレナ、氷少し出せる?」


「え、うん。拳くらいのでよければ」


 エレナはその強大な魔力をほとんど使っていないので愚問だ。その証拠に言葉通り拳大の氷を無詠唱で出してくれる。それをズボン越しに足に当てて冷やしつつ、『暗視眼』で周囲を確認する。


「ここの土、重たいね……」


 廃墟群の窓の1つ1つに至るまで目で確かめていると、エレナが少し困ったようにそう呟いた。彼女は土魔法で隆起させた土に火魔法を当てて水気を飛ばし、足をのせても崩れない程度に固めて階段にしている。土が重たいというのは魔法が通りにくいのか、それとも単純に土が成分的に重いのか、どちらなのだろう。


「火で飛ばすのが難しいなら凍らせてもいい」


「それもそうだね」


 凍った泥の階段は半日もすれば溶けてしまうだろうが、別に往復するための道をつくるわけではない。上がれれば調査の時は別途縄梯子でも持ってくればいいのだ。


「じゃあどんどん固めていくよ」


「ん、よろしく」


 エレナの方に背を向けたまま、座り込んで氷を当てていた部分をまくってみる。見事に紫色にそまり、少し腫れて熱も帯びていた。

 エレナが向こうを見ている間に治療するべきか?あるいはこの際に聖魔法のことだけでも話してしまうのもいいかもしれない。

 そんなことを思いながら監視に戻る。家に帰ってからする約束の「お話」でどこまでを言うか、そこを含めてちゃんと考えないといけない。そのためには安全に帰るのが第一だ。


 ぱしゃっ


「!」


 水音がした方向に視線を向ける。いつでも抜刀できるように柄に手を添えて、『暗視眼』で睨みつける。


「まて……」


 疲れ切った声で暗がりから現れたのは剣士の1人。俺と斬り結んでいた方の男だ。全身ずぶぬれでベルトには剣を2つ吊り、肩には雇い主の変態を担いでいる。


「やり合う気はない」


「……」


 その目からは嘘の気配を感じない。だが相手は汚れ仕事のプロだ。警戒を解かずに見据える。


「取引がしたい」


「……どんな?」


「果樹園を出るまで俺はお前たちを襲わない。代わりに上まで上がる道を提供してくれ」


 俺と魔法使いであるエレナを相手に2対1を演じても生存率は低く、勝ったとしても上まで自力で上がれないので結局は死ぬ。それなら雇い主ともども上まで上げてもらって任務失敗というほうがまだマシとのことだ。

 こちらとしても彼と殺し合いをするのは勘弁願いたい。俺は魔力が乏しく足を怪我しているし、エレナは人との殺し合いなどしたことがないのだ。この有様で戦っても無傷で逃れられるとは思えない。


「いいよ」


「アクセラちゃん……?」


「大丈夫、なんとかなる」


 盗賊と同じでこういった連中はほぼ損得の勘定のみで動く。信頼が無くなれば食いぶちに困るので依頼人を裏切ったりはしないが、依頼人の命を救うという名目で安全にここから脱出するくらいは当然だ。


「もう1人は?」


「焼け死んでいた」


「ん、そう」


 ベルトに剣が2つ下げてあるので察してはいたが、やはりか。

 かなり浸水が進んでいるとはいえ、俺たちが今いるような足場も多い。そういうところに叩きつけられて、あげく水のせいで失血死するよりはまだ楽な死に方だろう。


「休ませてもらうぞ」


 変態を足場に置いて自分も上がってくる剣士。水で重たくなった服に手を当てれば、薄ら赤い光を放った後にそれらはカラッと乾いてしまった。生活魔法で服の水分を飛ばしたのだろう。剣士でもそれくらいの魔法を覚えている奴は結構いるのだ。


「やはり足を怪我していたのか……それでよくあれだけ動けたな」


 休戦したことで少し口が軽くなっているのか、足に氷を当てている俺を見て彼はそう言った。戦闘中の動きから薄々感づいてはいたようだ。


「ポーションは?」


「バカに取られた」


 ベルトのホルダーに入れていたポーション類は全て気を失っている間にベディスが抜き取っていた。大方自分たちのポーション代を浮かそうとか思ったのだろう。エレナの方もきれいさっぱり奪われていた。ご丁寧に使えもしない魔力ポーションまで。


「売ってやろうか?」


「……いくら?」


「相場の3倍」


「相場通り」


「2倍」


「1.5」


「……それでいい」


 今回は手を引くと約束した以上、用意して置いた薬も利益にしてしまいたいのだろうか。俺にポーションを売ることでこれ以上の敵意がないことも示したいのかもしれない。


「ところで金はあるのか?」


 ポーションまで取られたのだ、当然財布も奪われている。完全にやっていることが盗賊の類だが、落ちぶれれば冒険者だろうと農夫だろうと人類皆盗賊だ。


「財布に全部入れるわけがない」


 人類皆盗賊なので当然対策もしてある。奪う側も慣れてくると隠し金にも気づくようになるのだが、あの2人はそこまで落ちぶれて長くないのか奪われてはいなかった。

 まあ、まともな盗賊なら隠し金までは奪わんが。

 それをしてしまうとカモが再起できずに死んでしまったり、最悪領主に討伐隊を差し向けられたりするのだ。


「おつりある?」


「釣り銭なんて要求されたの始めてだぞ」


 呆れ半分でそう言われるが仕方がない。隠し金にそうたくさん硬貨を忍ばせるわけにもいかないのだから、必然的に高額のコインを1枚だけということになる。

 ステラがズボンの裾の裏に縫い付けてくれた小金貨を外して差し出す。


「釣り足りないぞ……ポーションと魔力ポーションでいいか?」


「ん」


『生活魔法』用の念のためだろうから属性は期待できないが、金がないなら仕方ない。最悪エレナに飲んでもらおう。


「アクセラちゃん……さっきまでその人と戦ってたんだよね?」


 そうとは思えないほどのんびりしたやり取りをする俺たちに作業中のエレナが何とも言えない顔で尋ねてきた。


「そう。でも今は停戦中。敵同士でも商売は成り立つ」


 ある意味人間の業の深いところだな。


「むぅ……よくわかんない」


 戦い慣れしていない彼女にはピンとこないのも仕方ない。戦う必要がないところで敵と出くわせばお互い見て見ぬふりでやり過ごしたり、食料と水を交換してお互いの生存を図ったりというのは意外とよくあることだ。


 受け取ったポーションと魔力ポーションを飲みながらエレナの作業を見る。ポーションは中級の中でもそこそこいい品なのか、飲むと痛みが少し減った。魔力ポーションもありがたいことに火属性だったので俺がもらう。魔力ポーションは自分の属性と同じでなければ効果がガタ落ちするのだ。


「エレナ、どう?」


「結構できてきたけど、やっぱりここの土ちょっと魔法が通りにくいよ」


 堅実に積み重ねられた階段はそろそろ2階建ての高さを超えている。いくら慎重に作業しているとはいえ、エレナの魔法でこの速度はやや遅い。


「う……うぅ……」


 魔法の通りにくい土ということは何か特別な物質が混ざっているのだろうか。そう俺が考え始めた頃、足場の上に転がされていた変態が目を覚ました。


「こ、ここは……一体なにが……はっ!?」


 しばらくぼんやりと周りを見ていた彼の目が俺たちを捉える。


「な、何をしているんだね!?早く捕まえるんだ、大事な商品だぞ!」


 状況を確認するより先にその言葉が出る辺り、ある意味肝の座った商売魂と言えるかもしれない。


「それは無理だ」


「なんだと!?」


「俺たちは今地下に落ちている。帰るには魔法使いが必要だ」


「なっ……」


 俺とした取引のこと、死んだもう1人のこと、そしてこれ以上の危険は報酬に見合わないので復路の護衛しかもうしないという意思。冷静にそれらを説明する剣士に変態は苦々しい表情を浮かべる。あくまでビジネスである以上、あまり無茶なことを言えば高価な剣を喉で味わうのが誰になるのかくらい分っているらしい。


「ならせめて他の出口がないか見て来たまえ!」


「ここで待っていれば確実な帰り道ができる。そんな無駄なことはしたくない」


「追加報酬なら出す!」


「未知の遺跡をソロで探索しろと?俺は冒険者じゃないんだ、そんな仕事は受けない」


「たかがDランクダンジョンだぞ!?」


「ここが「災いの果樹園」の一部かどうかすらわからない。話にならん」


 そう、ここがまだ「災いの果樹園」かどうかを俺たちは知らないのだ。もしかするとダンジョンの外かもしれない。逆に全く別の、もっと高ランクのダンジョンに繋がってしまったのかもしれない。それが分からないのに動き回るなどアホのすることだ。


「ええい、臆病者め!こんながらんどうの遺跡に何がいると言うのだね!さっきから魔物どころか鼠の1匹も出てきやしないではないか!」


 喚き散らす雇い主に剣士はほとほと呆れたという顔を向ける。


「アンタの耳や目がどれだけいいかは知らないが、斥候でもないくせに何もないなどと言うのは止めろ。遺跡型のダンジョンにはトラップがあることも多いしな」


 トラップは厄介だ。発見されたばかりの人工物系ダンジョンで最も死者数を伸ばすのが罠の類だと言えばその危険性は分るだろう。よほど熟練した斥候でもいなければまともに探索はおろか進むことすらできない。


「ちっ……早くここから出したまえ!私にはやることがごまんとあるのだぞ!?」


「逮捕されないといいね」


 これだけばっちり顔を覚えた俺とエレナが無事に帰りつけば、この変態の逮捕される確率は大きく上がる。身分も財もなげうつなら別だが、そんなことができる人物には見えない。


「ふん、私を今まで捉えた小物と同じに考えてもらっては困るね。ええい、まだ届かんのか!」


「ああー、もう!気が散るから黙っててください!」


 最初の余裕などもはや欠片も見えない有様で怒鳴る変態にエレナが怒鳴り返す。


「な、なんだと!?私が誰だと思っているんだね!」


「ただの変態でしょう!?こっちにも予定とか悩んでることとか色々あるんです!攫われてる暇なんてないの、分りませんか!?」


 怒号と一緒に氷の塊が変態の足元に叩きこまれ、派手な音をたてて砕け散った。

 エレナがキレた。唐突に、彼女の我慢の限界が到来したらしい。


「な、な、な……!?」


「アクセラちゃんはずっと変だし!自分で自分がわからなくなるし!子供みたいに泣き喚いちゃうし!もう手いっぱいなのっ!」


 子供なのは事実なんだから、ため込まずに怒ったり喚いたりしていいと思う。


「気がついたら変なとこにいるし!変な人はいるし!変な魔物は出てくるし!あげく地下遺跡なんて面白そうなところ見つけたのに調べる暇もないなんて!これ以上わたしを怒らせたくなかったら黙ってて!いい!?」


 ため込むタイプって怒らすと怖いなぁ。前半は俺のせいなのだが、今まさに矛先が向いているのは別人なのでそんな他人事じみた感想を抱く。


「お、おま……おまえ……わた、わたしを……ヒィ!?」


 娘程年の離れた子供に怒鳴り上げられたことなど始めてだろう変態は顔を真っ赤にして何事か言おうとするが、足元に氷のナイフが生えて来て今度は青くなる。


「黙ってて」


 頭がオーバーロードした上にイライラまで頂点に達したエレナは、1周回って真顔で変態を睨みつけた。


「ひぐっ……く、くそ!」


 怒りと恐怖のやり場を失くした変態は苦し紛れに転がっていた石に八つ当たりする。いくら筋肉に乏しいその体でも、力いっぱい蹴りつけられたのが小石である以上よく飛ぶ。あっというまに大通り跡の向こう、暗闇の中へすっ飛んでいった。


「エレナ、帰ったらちゃんとお話しよ。ね?」


「……むぅ!」


 自分でも宥めているのか取り繕っているのかよくわからないことを言いながら彼女の意識を階段にもどさせる。

 オンオフの切り替えが明確なだけで彼女の心は結構反応性が高いらしい。魔力はイメージや意思に呼応するので、心の反応性が高いというのはそのまま魔力の反応性が高いということでもある。爆発する危険が高いのは今後彼女の為にもならないだろう。

 情操教育というか、感情のコントロールを集中的に教えた方がいいかな。

 ただ9歳であることを考えればあまり気にしなくてもいい、というよりむしろ今までが聞き分けのすぎる子供だっただけに、今回のような感情の爆発はあってしかるべきな気もする。

 俺が帰ってからの妹への接し方を考えて時間をつぶしていると、またイライラしてきたのか変態が踵をトントン鳴らし始めた。どれだけ我慢ができないのかと言いたい。ナイフを生やされてからまだ5分経ってない。


「ええい、まだなのかね!」


 ほどなくまた限界がやってきた変態。


「それだけの階段を作るのに一体どれだけ時間を……」


「退けろ!!」


「伏せてっ」


 性懲りもなく変態が文句を垂れようとした瞬間、俺と剣士の男が弾かれたように走り出す。男が変態を、俺がエレナを、それぞれ有無を言わさず引き倒した。


「な、なんだ、なんなんだぁ!?」


「きゃ……うわっ!?」


 足場に叩きつけられて悲鳴を上げる変態。エレナと俺は作りかけの階段から落ちて再び水の中だ。


「ど、どうしたの!?」


「敵、それも強い!」


 攻撃があったわけではない。殺気だ。強烈な殺気に俺たちは反応した。変異種のシュリルソーンメイジなど比ではない、より邪悪で獰猛な殺意。まさしく殺戮する意思とでも言うべきものが向けられている。


「大丈夫か!」


「大丈夫!」


「休戦なんて言ってる場合じゃない、共闘だ!」


「わかった!」


 足場の上と下で叫び合う。立場だとか損得だとか言っていられる状況を遥かに超えたおぞましい気配に俺たちは共闘を決めた。現場での決定はいつでも迅速であることが最も大切とされる。


「どうなってるの!?」


「なにかヤバイのがいる。隠れながら階段を作って」


「アクセラちゃんは……」


「私は上の剣士と連携して足止めする」


「そんな!」


「やらなきゃやられる。大丈夫、なんとかなる」


 怯えた様子を見せる妹の頭をそっと撫でる。正直なんとかならないかもしれないが、なんとかしないとこの娘が死ぬ。それは許容できない。


「わたしだって」


「帰り道がないと困る。倒せなかったら逃げるしかない」


「それでも……っ」


 食い下がるエレナの唇に人差し指を当てる。


「来た……退路、お願い」


「アクセラちゃん!」


 呼び止める声を無視して振り向く。『暗視眼』が見せる薄緑の視界で敵を捉えた。隠れる気などないのか、堂々と邪悪な気配をまき散らしながらこちらを見据えている存在。遠目には狼に見える。だが大きい。そして頭から灰でも被ったような色の体毛には血のように濃い赤の模様が見て取れた。


「魔獣……」


 悪神の先兵にして人類の天敵。かつて神聖ディストハイム帝国の初代皇帝が生涯を賭して戦い、勝利を修めつつも駆逐できなかった化物。その末裔だ。


~予告~

長き眠りから目覚める災害。

それは空を切り裂く者と大地を揺るがす者である。

次回、光を継いでいない者


エレナ 「継いでないんだ・・・」

アクセラ 「ちょっとまって、この流れは最後にアレがくる!」

ミア 「アレはわしでもちょっと不味いんじゃが!?」

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