三章 第9話 大手柄
アンブラスタハウンドの死体検分にもマルコス氏の事情聴取にもついて行く必要はないので、俺たちはギルドを出たあと近くの食堂に入った。ギルドから数軒隣に行ったところの大衆食堂で、石の土台に木造のそこそこ大きいところだった。ちなみに屋敷の外で食事をするのも実は初めてだったりする。
「さて、とりあえずは初の依頼お疲れ様」
込み合う食堂の片隅に席を確保した俺たちにガックスがそう言った。ちなみにマレクとアペンドラは事情聴取の手伝いに、トーザックは検分の案内に連れていかれてしまったのでここにいるのは俺たちと彼だけだ。他の客席から見慣れない俺たちへの好気の視線が注がれるが気にはしない。
「飯を食べながら反省会だ。冒険者は食事をしながら騒いだり話し合ったりもよくあるからな、それにも慣れてくれ」
「ん」
「大丈夫です、お屋敷でもご飯食べながらお話したりはしますよ」
「そうなのか?てっきり貴族は食事中に喋らない物だと思っていたよ」
対外的にはそうだろう。うち以外の貴族も家族で食事をするときくらい歓談するはずだ。逆に言えば俺たちだって対外的にマナーをきっちり守らないといけない場では喋らずに食べるだろうし。
「まあ、まずは注文をしよう……て、金は持っているのか?」
依頼の報酬はマルコスの取り調べが終わってからということになっているので俺たちは収入が今のところない。リオリー魔法店の給料もまだだ。しかし、こんなこともあろうかとラナが俺たちにお小遣いをくれている。教会に行くときくらいしかくれないし、それはお小遣いというより寄付のためなので非常に珍しいことだ。
「お昼代にお小遣い貰った」
「……一応念のためにどれくらいもらったのか聞いても構わないか?」
貴族のお小遣いと聞いて微妙に心配そうな顔をするガックス。
そんな顔しなくたって大金を貰ってたりはしないよ……。
「1人600クロム、小鉄貨6枚づつで」
「本当にお昼代だな……」
宿場町一の安宿で食事をすれば400を切るが、領都の食堂ともなれば500クロムが相場だろうか。
「なら初依頼を祝して飲み物は俺が奢ろう。さ、注文を決めてくれ」
「ありがと」
「ありがとうございます!」
木の板に書かれたメニューを見て俺とエレナはそれぞれ自分の予算内の食事を決める。俺が鋏鶏のグリル定食大盛、彼女が白鹿のシチューとパンだ。
「白鹿はいいとして、鋏鶏は一応魔物だぞ……?」
「知ってる」
「まあ、知ってて食べるならいいんだが」
魔物の肉は食えるのだが、貴族は好んで食べたがらない。一応配慮しての問いかけだろう。その点、俺は美味いなら動物だろうが魔物だろうが、なんなら魔獣だろうが食べる。
「おーい、注文頼む!」
「はい、今行きますねー!」
ガックスが張り上げた声にこの店の看板娘と思しき女性が同じく声を張り上げて答える。ほどなくその女性、10代中盤だろう少女が注文を取りに来てくれ、ガックスは自分の分と全員の果実水を加えて注文した。
「すぐお持ちしますね」
なにやら注文を伝えたあたりから周りの客に緊張感が増したような気がするが、何故だ。
「気にするな、アクセラが魔物の肉を注文したから少し動揺しているだけだ」
「……?」
俺が鋏鶏のグリルを頼んだくらいでそれほど動揺されなければいけないのか。ガックスだって俺と同じ物を注文していたし、チラッと見れば他のテーブルでも結構食べられている。貴族が魔物の肉を好まないと言っても、中には珍味として普通は冒険者でも食わないようなゲテモノを食う貴族だっているのだ。
「そりゃな、領主の娘がいきなり大衆食堂に来て魔物肉の定食を頼んだら驚きもするさ」
「なんで領主の娘だと?」
自分で言うのもなんだが俺は屋敷に籠りっぱなしの深窓の令嬢だ。屋敷の敷地内では走り回ったりするお転婆だが。対外的に顔見せをしたのもレメナ爺さんが連れて行ってくれた店や工房だけだ。
「その髪色だからな」
「髪色?」
たしかにこのあたりで乳白色の髪はほとんど見ない。
「なんだ、知らないのか?」
俺の反応に今度はガックスが首をかしげる。
「髪と目の色は遺伝しやすい。特に魔力の強い貴族の間ではな」
「ん」
「だから大昔、この国の有力貴族は自分達の髪色や目の色を特別な色調に整えたのさ。どうやってかは知らんが」
そんなことをしていたのか。
「オルクス伯爵家の髪色が白?」
「いや、確かここの伯爵家は目の色が紫で髪色は特にないはずだぞ」
このボケた紫の目は家系だったのか。
「ならなんで髪色で私だと?」
「髪が白いのはレグムント侯爵家の血を継いでいる証だからな」
レグムント侯爵家。お隣の領地でマザー・ドウェイラの治めるネヴァラ本部がある場所だ。そこの血が俺には流れている。いきなりの話だが、そう言われれば合点がいくところもある。
うちの屋敷に務める者の多くはレグムント侯爵領で職業訓練をうけているらしいし、シスター・ケニーにしろマザー・ドウェイラにしろなにかとレグムント侯爵領ゆかりの人物が俺の周りには多い。そんなところにツテがあったわけだ。
「たしか今の侯爵の叔母にあたる方が先代オルクス伯爵の奥方になったんだったか」
「私の祖母がレグムント侯爵の叔母?」
「だったとおもうが。詳しくはアペンドラにでも聞いてみてくれ」
貴族からの依頼も多く扱う彼等「夜明けの風」はある程度ここら辺の貴族のパワーバランスや特徴を把握するよう努めているそうだ。その中心的な役割を担うのが弓使いのアペンドラなのだとか。
「でも髪色の話とか、凄くよくご存じですよね?」
俺も少し不思議に思っていたところをエレナが訪ねる。するとガックスは少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。
「ほら、俺の髪って赤茶けた色だろう?若い頃はこれが嫌でな、貴族の髪色の仕組みを調べたことがあるんだ」
今では別に気にならないけどな、と笑って見せるガックス。
「おまたせしましたー」
そこへ元気な声と共に料理が運ばれてくる。たっぷりの胡椒でしっかり味付けされた鋏鶏のグリルとその脂で炒めた野菜、そしてパンが2つと結構なボリュームだ。
「いただきます」
俺が相変らず乏しい表情で、しかしぱくぱくと料理を食べ始めると、周囲から立ち上っていた緊張感は安堵にとってかわった。
自分で頼んでおいて魔物肉にケチつけるような狭量な性分じゃないぞ……。
~★~
「で、反省会だがな」
半分ほど皿の上の物がなくなった頃、ガックスがそう切り出した。
「ん」
俺はちぎったパンを鋏鶏の肉汁につけて、その胡椒辛い一口を頬張りながら頷く。
「正直言ってほとんど指摘することがないんだ……」
若干意気消沈したような声で彼がそう言うのも仕方ないことだろう。基本的に全部一度は経験している俺と実戦はなくとも知識だけなら蓄えまくっている論理派のエレナが相手なのだから。
「依頼を選ぶときは文句なしだ。原則を守りつつちゃんとリスクも分散していた。依頼人に最初に確認に行ったのもよかったぞ。意外と駆け出しに多いのが詳細を依頼人に確かめず出発するパターンなんだが、今回みたいに悪質な情報の隠蔽があると最悪命の危険さえあるからな」
実際今回の依頼は普通のGランクが何も知らずに現場へ直行していたら、あの様子のおかしいアンブラスタハウンドに食い殺されてお終いだったろう。
「あとは、あれわざとかどうかは知らんが、大声でギルドから来たって訪問を告げるのも非常によかった。世の中頭のおかしな奴もいるもんでな、来たのが2人みたいなのだとそのまま連れ込んでやろうって馬鹿もいないわけじゃない。その家にギルドの仕事で若い女性が来ていたってことを近所が知ってるとな、そういう馬鹿の抑えになるんだ」
「連れ込んでどうするんですか?」
まだそういうことに理解の及ばない、変なところで年相応なエレナの質問にガックスのフォークが止まる。
「え……いや、まあ……そこはおいおい分るようになればいい。とりあえずそういう変な奴がいるってことだけ知っておいてくれ」
「えっと、はい」
エレナもそれが本筋の話題から逸れていることは理解しているらしくすぐに流す。顔にはわずかに釈然としない様子がみてとれるが、俺もあまりうまくそこら辺を伝える自信がないのでノータッチでいきたい。
「依頼人に森の位置を聞いてカマをかけたのも見事だった。あれでかなり依頼のうさん臭さが増したからな」
エレナが依頼書に西の森と書いてあったのに、態々依頼人にどこの森かと尋ねたアレだ。ハッキリと西の森だと答えるならわかるが、依頼書に自分が書いたことさえあやふやというのはハッキリ言っておかしい。
「探し方も効率的だったし、戦闘に関しても即興の連携やカバーが成立していて素晴らしいとしか言えない。あえて言うなら2点、トーザックが相手したとはいえ3体目のハウンドにほとんど気を向けていなかったことと、食料と水を買わずに行ったことだな」
「ん」
「あ、はい」
実は3体目に関しては動く気配があれば対処できるよう魔法を温存していたのだが、そこまで複雑な戦闘が俺にできるとは知る由もないだろう。それにそうした情報共有を怠ったのはどちらにせよ褒められたことではない。
水と食料に関しては近場だからと油断した。完全にミスだ。
「とまあ、そんなところだ。正直教導の意味があるのかすら疑わしいくらい優秀だよ」
彼はそう言って苦笑いをより強めた。
「まだまだ知らないことも多い」
「今回たまたま上手くいっただけですよ、きっと」
「……この慰められてる感じが何ともなぁ」
俺とエレナの本心からの言葉は彼を余計凹ませるだけであった。
……鋏鶏美味しい。
~★~
「ふん、旨そうな匂いさせてんじゃないよ、こっちは大忙しで昼抜きだってのにさ」
ギルドに戻った俺たちはギルマスの部屋に呼び出され、開口一番文句を言われた。大衆食堂でついた食事の匂いがとれていなかったらしい。
「すまない。で、なにがあったんだ?」
「アンタは今晩ワタシになんか奢りな」
「なんでだ……いやこの子たちの依頼が美味いからいいんだが」
理不尽な宣言にガックスの顔が引きつる。
「で、そっちの2人」
不機嫌そうに眉間にしわを寄せたいつもの顔でこちらに矛先を向けるギルマス。タイミング的に報酬と違約金の話だろうが、その表情からはあまりいい知らせを期待できない。
と、思っていたのもつかの間、次の瞬間にマザー・ドウェイラはニヤっと笑って大声でこう言った。
「お手柄だよ。それも大手柄さ、よくやったね」
「「……へ?」」
予想外すぎて間抜けた声が口から洩れた。
「よくわからないのだが……順を追って説明してくれ」
俺たちの気持ちをガックスが代弁してくれた。
「いいともさ」
えらく上機嫌なギルマスは言葉通り順番に分ったことを説明してくれた。
まずあの依頼人のマルコスを事務官が取り調べたそうだ。最初は依頼に不備あったことの確認と、俺たちの報告した不備の実態について合意して違約金を計算するためだった。しかしどうにも受け答えがハッキリしないし様子もおかしいとのことで、余罪があるのではないかと取り調ベのレベルを上げた。
時同じくして北門の外の森でアンブラスタハウンドの死体を検分していた面々がとある発見をする。アンブラスタハウンドは病気だったのではなく、なにかしらの強烈な毒を摂取したらしい。さらに詳しく薬師と『分析』持ちが調べた結果、それは幻覚作用のある薬物の中間生成物だったことが判明。念のため沼地に生える植物とも比べてみたが、やはり自然に存在するものではないということがわかったそうだ。その報告を受けたギルド側は直ぐに俺たちが回収してきた品にも『分析』をかけてみて、同じ物質が含まれていることを確かめた。
そこからは大忙しで、マザー・ドウェイラ自らマルコスを絞り上げ、今領主の屋敷、つまりウチに報告を送っているらしい。
「禁止薬物の密造……」
思わず呆れた声が漏れる。悩みも危険も多い世界だ、快楽に逃げることを責めはしない。だが帰ってこれない逃げ方はどうかと思う。せいぜい暴食や賭け事、酒、あるいは色事程度にしておいてほしい。
「そういうわけさ。それもどうやら最近になって取引され始めたブツらしくてね、組織的な物だろうけどまだ規模が小さい。早期に叩けてギルドとしても領主としても嬉しい限りだよ」
その薬物はレグムント領以西の4領で摘発された物で、既存の犯罪組織とは別系統の代物らしい。強い麻薬作用を持つかわりに体への負担が重く、多量接種で凶暴化する事例が確認されているとか。ごく微量だとわずかに夢見気分になるだけらしく、おそらくマルコス本人も意図的にか偶然かは別として少量摂取していたのだろう。
「そんな怖い物が作られていたんですか?」
怯えたようなエレナの質問にマザーは重々しく頷く。
「マルコスがケイシリル沼地の毒草から作れるってことと、他にも協力していた薬師がいるってことを吐いたよ。ま、おかげで一網打尽だから安心おし」
簡単な手順確認の意味で失せ物探しの依頼を受けたはずが、気がつけば4領にまたがる広域犯罪解決の立役者か。
「ま、とりあえず報酬の話をしようじゃないか!」
気分を一新するかのように一際大きな声でそう言うマザー。
「ん」
彼女が指示すると後ろに控えていた初老の事務官が手元の羊皮紙を見ながら報酬を列挙してくれる。
「依頼の報酬が小銀貨2枚、意図的な情報隠蔽による違約金が銀貨2枚、危険度の著しい偽装で銀貨5枚。合計3万7千クロムが依頼そのものによる報酬となります」
えらく稼げたな。
「す、すごいですね……」
「見せしめの意味もあって違約金は高いのさ。特に危険度の偽装は冒険者に死者を出す可能性が大きいからね。これで誰かがかすり傷でも負ってたら小金貨だったわけだけど、腕が良くて何よりだよ」
一罰百戒ということだ。実際あの依頼を俺たちではなく普通のGランクがうけていたらと思うとゾッとする。
「アンブラスタハウンドはEランクの魔物だから大した額にはならないけど上乗せするよ。素材がないし魔石も小さいから本当に微々たる収入だけどね。加えてオルクス伯爵家から組織犯罪に痛打を与えた報奨金が出るから受け取っていきな」
「うちから?」
「そりゃそうだろ?領主にとって禁止薬物は天敵の1つなんだから、その流通を1種類とはいえ根絶できるなら報奨金の1つや2つ出さないと示しがつかないじゃないか」
確かに言われてみれば、立役者が身内だろうとしっかりギルドを通して報奨金を払わなければ他の冒険者に顔を顰められてしまう。とはいえ領主の一族が領地のために尽力するのは当たり前だし、帰ったら報奨金の分だけビクターに返そう。
「マルコスはこの後、衛兵の詰め所に移送されてさらに厳格な取り調べをされることになるだろう。大丈夫とは思うが、一応オマエたちは薬物の取引ができる程度の組織に打撃を与えたんだ。ちゃんと用心するんだよ?」
「ん」
「はい、気を付けます」
マザー・ドウェイラの言う通りしばらくは警戒しておくのがいいだろう。なにせ相手は犯罪組織、報復に来ないとも限らない。
……いや、ギルド相手に報復なんて無茶はしないか。
コンコン
「ふん、来たようだね。入りな!」
「失礼します」
マザー・ドウェイラの銅鑼声に聞き覚えのあるバリトンで返事が聞こえた直後、扉がスッと開いて我らが騎士長トニーが入室した。報告を重く見たビクターが送ったのだろう。
「よく来たね、トニー」
「御無沙汰しておりますな、マザー。ん?なぜお嬢様たちがここに……」
礼儀正しく腰を折った彼はすぐに俺たちの存在に気が付いて首をかしげた。俺たちがこの件に関わっているとは知らなかったのか。
「オマエのとこの小娘たちが依頼の最中に今回の手がかりをつかんできたのさ。それも一番大事な手がかりと証人を一纏めにね」
「なっ……ふ、2人とも怪我は!?」
「ん、大丈夫」
「「夜明けの風」の皆さんが一緒ですから、大丈夫ですよ」
大げさなリアクションをするトニーに苦笑しつつ返すと、彼はホッと息をついてガックスの方に向き直る。
「助かる」
「いやいや、こっちも仕事だ。気にしないでくれ」
「礼を言うのもいいけどね、はやく本題に入らせてくれないかい。ワタシはさっさとこの仕事を終えて遅昼を食べたいんだよ」
「こ、これは失敬。衛兵詰め所への被疑者移送と報奨金の支払いについてですな?」
「あとは流通関係の洗い出しやら手配やらをギルドを使ってするかどうかもだね……ああ、オマエたちは下がっていいよ。下で報酬を受け取ってきな」
「お嬢様、外に馬車が止めてありますから、それでお屋敷にお戻りください」
「ん、ありがと」
目的地が違うならまだしも主家の娘を徒歩で返して自分が馬車で戻るわけにはいかないとい言うので、ありがたくその好意を頂戴するとしよう。
「報奨金の方は決まり次第口座の方に入れておくからね。オマエたちもだよ、ガックス」
「おお、それはありがたい」
部屋を出る際にギルマスがそう怒鳴るのを聞いてから俺たちは一階へと降り、今度はちゃんと受付の前に並んでから報酬をもらった。2人で等分してからそれぞれ半額を引き出し半額を口座へ入れた。
「じゃあ次は明後日だな。待ち合わせは今日と同じここの待合席でいいか?」
「ん」
「今度もよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそな」
手短に挨拶を済ませ、ガックスは駆り出されている他のメンバーを待つため待合席のテーブルへ、俺たちはトニーの乗ってきた馬車に向かった。冒険初日にしては上々過ぎる功績と報酬を手に。
~予告~
麻薬組織への痛打を与えたアクセラとエレナ。
しかしすべては悲しい結末への序章に過ぎなかった・・・。
次回、はだしのミア
ミア 「ち、ちがう!これはただの箱じゃ!」
シェリエル 「嘘をつかないでください、それゲーム機でしょう。また異世界から物を持ち込んで!」




