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二章 第3話 リオリー宝飾店

 テスト明けの朝、俺とエレナはレメナ爺さんの付き添いで街に出ていた。ギルドの登録は爺さんのツテの冒険者が来るまでお預けだが、それとは別に街での買い物に連れて行ってくれることになったのだ。これはテストの難易度が9歳児にはあまりに過酷なものであったと判明したことで抗議したおした結果だったりする。


「今日は体力づくりも兼ねて徒歩でいくんじゃが、大丈夫かのう?」


「ん」


「大丈夫です!」


 日々の鍛錬もあるが、姉妹で鬼ごっこやらかくれんぼやら体力的な遊びに興じているのだ。今更買い物ぐらいでバテる体力はしていない。この数日間続いている倦怠感を計算に入れても問題ない。


「では出発じゃ」


「ん」


「はい!」


 徒歩での外出につき俺もエレナも今日はドレスシャツに装飾の少ない七分丈スカートと動きやすい姿である。冒険時の衣装もこれをベースに今日着てみた感想を反映させて作られるらしい。もちろんステラ率いる服飾担当侍女たちの力作予定だ。


「まずはどこに行こうかのう」


 この街は伯爵領の領都だけあってそれなりに栄えた、立派な街並みをしている。ただし相変らず貴族の家々には生活感がなく、よく見れば大店もいくつか空き家同然になっている。さすがにこの年齢まで暮らしていると色々と世間の噂は耳に入ってくるもので、これらの貴族家がかつては我が伯爵家に仕えていたものの、今は別の領地に移転してしまっているということも俺は知っていた。貴族の家が減れば高級志向の店は実入りが減って店をたたむものも出てくる。当然のことだ。

 伯爵家が家臣を失った理由までは誰も言わないので俺も知る由はないが、大方の予想はつく。というより貴族が家臣を失う理由などそう多くはない。戦争があったか、解雇したか、出て行かれたか……十中八九最後のやつだろう。戦争なんて遠く離れたアピスハイムで内乱が数十年昔前にあったくらいで、建国以来ユーレントハイムは無縁らしい。加えて普通の貴族は家臣を解雇しない。


「先生、冒険の装備は揃えなくていいんですか?」


 エレナが事情を知らない子供らしい質問を投げかける。それに対して爺さんは朗らかに笑ってこう答えた。


「ホホホ、そう焦りなさんな。駆け出しの冒険者はギルドで装備を揃えるのじゃよ」


 そう、冒険者になりたての者はギルドで装備一式を揃える。理由は単純、安いからだ。駆け出しどころか中堅でもギルドで販売している数打ち品の装備を使う者は多い。それだけ信頼性のある品が大量受注ならではの安さで販売されているのだ。


「じゃが補助魔導具を買うのはアリじゃぞ」


「補助魔導具?」


「魔法の補助をするアクセサリー」


「ホホ、お嬢様はよく知っておるのう」


 これは大量生産に向かない高価な品物なのでアクセサリー屋で売られている。王都くらいになればギルドのショップでも扱っているかもしれないが、こんな田舎領地では望むべくもない。

 なお、補助「魔導具」とは言うが付与魔法で効果を与えられた商品であり、ダンジョンクリスタルの核を持つ本物の魔導具というわけではない。


「ちょうどそこに見えるのがケイサルで一番のアクセサリー商じゃよ」


 レメナ爺さんが枯れ枝のような指でさしたのは大店が立ち並ぶ区画のちょうど中心に位置するひときわ大きな店。1階の一面がガラス張りのショーケースで、表にはリオリー宝飾店と飾り文字の看板が掛けられている。ショーケースの向こうには煌びやかなアクセサリーが何点も飾られており、椋鳥のエンブレムがかけられていた。


「この印……」


 看板に描かれた椋鳥の意匠は何度か見たことがある物だった。領地で一番のアクセサリー商というだけあって屋敷にも品物を納めているらしい。たしか俺もエレナもいくつか髪飾りを持っている。もっぱらステラのお手製ばかり身につけている気がするが。


カランカラン


 俺がそんなことを考えている間に爺さんはさっさと扉を押開いて店内へと入って行く。あわてて後に続けば、そこは外の華美なショーケースからは想像もできないほど落ち着いた色調の空間だった。木製の調度を基本にしており、飾られた金属アクセサリーを強調している。


「ようこそおいでくださいました。レメナ様、アクセラ様、エレナ様」


 店の中をぐるぐる見回していると奥から渋い色のスリーピースに身を包んだ男性が現れた。胸にピン止めされたプレート曰くこの店の店長らしい。


「久しく空けて悪いのう、マイルズ」


「いえいえ、お家の事情は承知しておりますので。さあ、こちらへどうぞ」


 短いやりとりの後マイルズと呼ばれた男は店の奥に俺たちを誘った。そこは上客用の商談スペースなのだろう、ソファとテーブルがしつらわれた小部屋だった。


「どうぞ、お掛けになってください」


 勧められるまま座った俺たちの正面に自身も座り、マイルズはさっそくと前置きして用件を尋ねてきた。レメナ爺さんとそこそこの付き合いらしいし、彼が長話を好まないことを知っているのだろう。


「今日はこの2人に魔法の補助魔導具を買おうと思うてのう」


「魔法使いになられるので?」


 流石にまだ幼くないか、そんな疑問を含んだマイルズの質問と視線に俺は背筋を正してお辞儀をする。


「アクセラ=ラナ、6年目」


「エ、エレナ=ラナ=マクミレッツです。わたしも6年目です!」


「修行の一環でもうすぐ冒険者登録をするんじゃ」


 魔法使いは外見と経験が最も乖離しやすい職業の1つと言われている。そのため相手がこちらの経験を疑っているときには自己紹介の時に修行年数を添えて言うのだ。これが10年を超えていた場合は見抜けなかった相手側の失態とされ、礼儀を失したことを質問者は激しく恥じなければならないとされている。断言できるが4年後には誰かがその憂き目にあうことになるだろう。


「これは失礼いたしました、そのお年でもう6年目とは……いやはや己が目の節穴さを恥じ入るばかりです」


「魔法使いは早熟であるほどよいのじゃよ」


 やや大仰に反応するマイルズ。レメナ爺さんが平然と返している姿を見るに普段からこういう人なのだろう。


「この2人は儂が得た弟子の中でも最も早熟で最も賢い。最後の仕事がこれほど楽しいとは思わなんだわい」


 えらく楽しそうに爺さんが言えばマイルズも柔らかい笑みを浮かべて頷く。


「雷嵐の賢者と呼ばれたレメナ様がそこまで仰るとは……わかりました、私の方でも選りすぐりの品を用意させていただきます」


 そんな物騒な銘を与えられていたのか、爺さん。


コンコン


「失礼します、お茶をお持ちしました」


 ツッコミをいれようとしたタイミングで扉を開けて入室してきたのはこの店の従業員と思しき女性だった。いままでマイルズ以外の誰もその名を言わなかったところを見るに、一般には隠しているのかもしれない。となると下手に質問するのは拙いだろう。本当に絶妙なタイミングで入ってきたものだ。


「君」


 彼女が湯気を上げるカップを人数分配ってミルクや角砂糖の壺を置く間中早く立ち去れと念を送っていると、先にマイルズが1つ手を打って彼女に声をかけた。


「クラスBの補助魔導具を一通り持ってきてくれたまえ」


「クラスBの全てでしょうか?」


「いや、この小さなレディたちに贈れる品で頼むよ」


「かしこまりました」


 補助魔導具はただでさえ高い代物だ。一流の職人になるためのスキル上げとして見習いが作ったクラスDでも普通の冒険者には小さくない買い物とされている。クラスBというと真っ当な職人が安価に仕上げた物といったところだろうか。おそらく並みの冒険者では手が届かないお値段がついているはずだ。


「ホホホ、クラスBとはなかなか丁度の辺りじゃのう」


「お褒めに与かり光栄です」


 支払う立場のレメナ爺さんはマイルズの判断に頷いている。まあ、予算を度外視すれば俺も賛成するところだが。クラスA以上となると複数属性のブーストが数種類ついていたり単属性を強くブーストしたりと効果が初心者に与えるには優秀過ぎる。しかしクラスCとなると賢者からの贈り物にはふさわしくない。なにせ一流職人の手による物ではないのだから。

 俺が弟子に刀を贈るのだとしても同じような基準で選ぶだろうな。ただし俺がそういったことをするのは一人前と認めた時だけなので、必然魔導具でいうところのクラスAを与えるわけだが。


「失礼します」


先程の女性店員が高そうな木箱と2人の店員を連れて戻ってきた。新しい店員の方もそれぞれ同じ木箱を持っている。


「さあ、我が宝飾店の誇るクラスB補助魔導具です。品質は店長である私、マイルズが保証いたしますよ」


 彼の言葉に合わせて店員たちが机に置いた木箱の蓋を開ける。そこには派手ではないものの華のある髪飾りやブレスレット、ネックレス、ブローチなどが収められていた。


「こりゃまた色々と見繕ってきたのう」


「品揃えの多さは自負しております。指輪なども取り揃えてありますが、これから成長されるお2人にはあまりお勧めいたしませんね」


 たしかに指輪は9歳の体に合わせて買ってもすぐにつけられなくなるな。


「これなんていかがでしょう?」


 マイルズは俺に琥珀のあしらわれたブローチを示す。琥珀に銀細工を組み合わせたベーシックなお守りの形だが、精神的に男でかつ子供っぽい自覚がある俺としては、琥珀は虫が入っていてこそだと思う。虫入り琥珀で細工物を作る奴もいないだろうが。


「私は前衛もするから、ブローチは壊れそう」


 趣味の話はおいておいて、実際の問題点を挙げて断る。激しく動かない魔法使いには好まれるブローチだが、俺の本分はあくまで剣士だ。


「そうでしたか、これは失礼。ならあまりブレスレットもよくはないのでしょうね?」


「ん、ありがと」


 バングルのようなしっかりした造りならいざ知らず、ブレスレットも腕を激しく動かす前衛には好まれない。


「それならこの髪留めはいかがですか?遠くトルオム王国はイオ海の紅珊瑚です」


 次にマイルズが示したのは艶やかな赤の珠がついた髪留め。血のように濃い赤の珊瑚を磨いた小粒の珠は、年輪に似た細かい色の線が走っている。


「アクセラお嬢様の白い御髪によく合うかと」


「アクセラちゃん、それかわいい!」


 売り込んでくるマイルズに合わせてエレナもテンション高くそう言った。彼女の審美眼はここ数年間ステラに仕込まれたおかげで信頼がおける。


「ん、たしかに綺麗」


 俺に合うかどうかはおいておいて、品自体は綺麗だと思う。

 青系がいいと昔は言われた俺だが、最近はステラに首を傾げられることが多く赤も身につけるようになった。彼女曰くどうも最近の俺からは正しい色が見えてこないのだとか。これを機に色々と試してみるのもいいと言われている。


「効果は?」


 確かに綺麗だが補助魔導具に一番求められるのは効果。それなくしてはまさしくただのお飾りになってしまう。


「火属性魔法の魔力効率微上昇と威力の微増です」


 ドンピシャだな。いや、効果が合うかどうかも分らず勧めるはずはないし、何らかの方法で俺の魔力適性を見抜かれたのだろうか。


「私が火魔法使いだって知ってた?」


「いえ、ですがオルクス伯爵家の方は代々火魔法への適性をお持ちの方が多いですから」


 なるほど、俺の家柄的に火魔法が得意だからそれを勧めてみたということか。しかし万が一俺が火魔法を使えなかったらどうする気だったのだろう。家柄を考えると地雷原にもなりうると思うのだが。


「光魔法と闇魔法の補助魔導具はある?」


「光と闇はクラスBにはないかと思われます。なにぶん珍しい上位属性ですから……」


 同じ上位属性でも氷と雷ほど光と闇は適性のある人が多くない。需要が大きくない以上生産する付与術士も少なく、当然珍しくて高価になるというわけだ。


「ん……火魔法で一番いいのはこれ?」


「そうですね……ブローチで同性能の物はありますが、それ以上はありません」


 似合うらしいし、性能的にも一番いいやつというなら拒否する意味もない。俺はレメナ爺さんの方を向いて軽く頭を下げた。


「これがいい」


「ホホ、ではそれを貰おうかのう」


「ありがとうございます」


 マイルズの目くばせに控えていた店員の1人が珊瑚の髪留めを持って退室した。梱包してくれるらしい。


「ではエレナお嬢様の番ですね」


 一応一番身分の高い俺の品選びが済んだので、マイルズはエレナに微笑みかける。


「失礼ですが属性の方は?」


「えっと……じゃあ火か水で」


 この6年で自らの適性がどれだけ桁外れなのかエレナもよくよく理解できたらしく、光と闇以外ならどれでもとは答えなかった。まあ、理由はそれだけではないのだが。適性に関わらず魔法には使い勝手もあるし、使い手の好みもある。使えるからといって適当に補助魔導具を選ぶと無用の長物と化す可能性が少なくないのだ。


「火か水ですね……それならこれかこれはいかがですか?」


 彼が示したのは瑠璃色の髪飾りと明るい赤のブレスレット。それぞれ火魔法威力微増と水魔力効率微上昇の効果があるらしい。色とは真逆だ。


「ブレスレットはちょっと色が合わないと思います」


「ええ、たしかに冒険の服装には合わせにくい色ですね。では髪飾りの方は?」


「火魔法の威力は正直あんまり……」


 エレナはエクセララの青い炎を扱える分、火魔法の威力だけ異常に突出している。これ以上そこを強化しても今のエレナには扱いきれない。そのことをほかならぬ彼女自身がよくわかっているのだ。

 あと、たしかにブレスレットは色味が似合っていない。


「そうなりますと少し効果は落ちますが、このブローチなどはいかがでしょうか?」


「それは?」


 マイルズが次に指さしたのは少し大きな銀のブローチだ。形は三日月だが中に何かが入っている。よく見ればそれは少しくすんだ黄水晶らしいことがわかった。


「三日月型のクリスタルに銀細工を施してあります」


 どちらかというと三日月型のクリスタルに銀の殻を被せたという方が正しい気がする。その殻の割れ目から中に秘められた色が窺えるのだ。


「これは何の石ですか?」


「そのクリスタルは一応低級のダンジョンクリスタルなのですが、いかんせん帯びている属性が雷でして」


 エレナの質問に意外な答えが返ってきた。

 ダンジョンクリスタルはダンジョンから産出する高魔力結晶で、利用先は魔導具の核から魔法杖の素材や使い捨ての魔法増強アイテムと色々だ。レメナ爺さんの杖にあしらわれていた大きなクリスタルもこれである。


「雷属性は確かに珍しい。でもクリスタルを使ったアクセサリーがBクラス?」


 高魔力結晶と言うだけあって強力な魔力を持つクリスタルだ。どう考えてもそれを使って作ったアクセサリーはクラスAが妥当、下手をすればクラスSの可能性もある。というのはどうやら素人の考えだったらしく、マイルズは眉尻を下げて首を振った。


「これは宝飾品としての価値しかないクリスタルなのです。不純物が多すぎて魔力を正しく解放できませんから」


 魔力の解放ができないというのはイコールその魔力を活用できないということ。せいぜい魔法を当てたら誘爆するくらい。

 たしかにそれでは宝飾品以外の使い方はできないな。


「付与されてる効果はなんですか?」


「水魔法の威力微増ですね。先程のブレスレットよりは効果が下になります」


 少し効果が高いが似合わないブレスレットか、少し効果は低いが似合うブローチか。女性冒険者がよく直面する問題だ。似合わない寄せ集め装備をつけたくないという女心もよくわかる。男性冒険者でも僅差ならどちらにするか悩むだろう。ただ性能より外見を優先する気になれないのが冒険者の性。それゆえこの問題はいつでもどこでもついて回るのだ。

 エレナはブレスレットを腕にあててみたり、ブローチを袖の生地にあわせてみたりと色々試してみる。


「むぅ……」


そして口をへの字に悩むことしばし、エレナはブローチを指さして爺さんに頭を下げた。


「こっちをください」


 補助魔導具の効果はそもそもが僅かなもの。誤差のような違いより見た目を選んだらしい。良い判断だと思う。装備の性能を追求しだしたらキリがない。どこかで諦めるのもまた強さなのだ。

 ああすればよかった、こうすればよかったと思い続けているとそれ自体が致命傷の原因となりかねないからな。


「というわけじゃ、マイルズ」


「ありがとうございます」


 それが彼等にとっての商談終了の合図だったらしく、残りのアクセサリーもろとも木箱や購入したブローチも店員たちが持って下がった。


「レメナ様にもなにか新しくご用意させていただきましょうか?」


「ホホホ、悪いが他にも回る店があってのう、あまり時間がないんじゃよ」


 揉み手でもしそうなほど露骨なセールスを展開するマイルズにレメナ爺さんも同じくらい露骨な逃げの一手を返す。


「そうですか。それは残念ですが、また足をお運びいただければ幸いです」


「ホホ、そうじゃな、また寄せてもらうわい」


 マイルズにしても端から買ってもらえるとは思っていなかったのか、あっさりと引き下がる。そのやり取りの間にも爺さんは上着の内ポケットから小切手の冊子を取り出して正面に座る店長へと手渡した。


「我らがオルクス伯爵領の発展を願って、今回はしっかりと勉強させていただきます」


 口角を上げてそう言いながら彼はさらさらと何桁かの番号をそこに書き込んだ。あんまり見るのも失礼なので確認はしていないが、相場からすると相当安い額を書き込んだだろうことは2人の表情からわかった。


「魔法使いとして修業を続けるならまた世話にもなるじゃろうて」


 マイルズから冊子を受け取り最後に署名をした爺さんは小切手を切って立ち上がる。


「さてさて、早う次の買い物に行かんと日が暮れてしまうわい。品物は頼んだぞ」


「かしこまりました。またのご来店をお待ちしております」


 今しがた買った髪飾りとブローチはリオリー宝飾店が責任を持って屋敷に届けてくれるそうだ。恭しく見送ってくれるマイルズを後ろに、レメナ爺さんの目指す次の店へと俺たちは向かった。


~★~


 石造りに木造を組み合わせたような独特の風格を持つ建物の最奥、商会の心臓とも言える支配人室で私、チャールズ=リオリーは凝った肩をほぐしながら決裁書類に目を通していた。


コンコン


「入れ」


「失礼いたします」


 ノックに短く答えると、長い付き合いの大番頭が洗練された動作で扉を開けて入室した。


「どうした?決裁書類ならもうあと1時間ほどで片がつくぞ」


「いえ旦那様、マイルズ様からお手紙が届いてございます」


 遅れがちな書類を彼がせっつきに来ることは珍しくなかったが、どうやら今回は違うらしい。遠くオルクス伯爵領で2号店を任せている弟からの手紙。しかしそれだけなら何も忙しい大番頭が持ってくるほどの事ではない。

 受け取ってみるとそれはギルドの速達隠密便の封筒にわざわざ羽ばたく椋鳥を模した社用の紋章まで入れた物々しい代物だった。なるほど大番頭が持ってくるわけだ。


「すぐに読む、座って待っていてくれ」


「はい」


 もういい歳の彼に席を勧め、私は机の引き出しから魔力を帯びたペーパーナイフを取り出す。相当複雑な付与魔法の施されたそれは弟との大切な連絡にのみ使われるものだった。

 ギルドがその速度と機密性を売りにしている速達隠密便には強力な魔法が掛けられており、あらかじめ対になっている刃物でしか安全に開けることは叶わない。

 中の手紙を傷つけないようそっと刃を走らせ、取り出した数枚の木紙を広げて目を凝らす。相変わらず大人になっても字の小さい男だ、我が弟は。


「読みづらくてかなわん……」


 口の中で小さく文句を言いながらも目は文字を正確に追いかける。そして私は一瞬どうするべきか悩んだ。これは大きなビジネスチャンスであると同時に賭けでもある、と。


『親愛なる我が兄、チャールズ=リオリーへ。お元気だろうか?


 この度筆を執ったのはひとえに素晴らしい出会いがあった故に他ならない。私が貴方より任されているこの2号店に今日あるお方がやってこられたのだ。まあ、予想はついているだろうがレメナ様だ。しかし共にオルクス伯爵家御息女のアクセラ様と家宰様の御息女エレナ様をお連れだったのだ。お2人とも今年で9歳になられる。

 それがいったいどうしてこの手紙に繋がるのかというと、お2人ともレメナ様が直々に魔法の指導をされているのだ。しかもかの賢者をして過去最高の弟子であると言わしめるほどの才をお持ちらしい。聡明なる貴方ならこの意味を理解できるだろう?

 伯爵家の御息女アクセラ様は必ず15歳になられる年に王都の学院へと向かわれる。家宰様が貴族位を継がれていないことを鑑みるにエレナ様はアクセラ様の専属侍女になられるのだろう。ご来店頂いた際も大変仲睦まじい様子でいらしたことだし。

 となると6年後、レメナ様がその才覚を絶賛されるほどの魔法使いが2人ともこの領地から王都へと移られることになるわけだ。そしてお2人は初めての補助魔導具を我らがリオリー宝飾店で買われた。これはチャンスだと私は思う。

 たしかに伯爵家はかの出来事以来あまり麗しいお立場とは言い難いが、稀代の魔法使いに我々の宝飾店を末永くご愛顧いただける可能性は捨て置くには大きすぎるだろう。そう私は考える。

 そこで今こそ王都にて3号店を開くこと、ご一考願えないだろうか。

 初期資本は2号店から割いてもらって構わないということも、店の総意として記しておきたい。


貴方の良き弟、マイルズ=リオリーより』


 3度読み返して大番頭に手紙を渡す。彼が読む間も私の脳内では諸々の要素が天秤にかけられていく。

 落ち目というさえ憚られるオルクス伯爵だが、確かに先代の時代は素晴らしかった。次の世代がまた素晴らしい可能性、小さいとは口が裂けても言えない。かの賢者がその素質を褒めちぎっているというのだからかなり期待はできよう。

 しかし可能性がいくらあっても実際現在の伯爵家は酷い有様だ。当主が領地に寄りつかないからこそ2号店をあのままにしていると言っても過言ではない。あれで当主が領地に籠りなどするタイプならとっくに弟を引き上げさせている。それにいくら魔法使い向けの商品が高価と言ってもたった2人相手に商売は成り立たないのだ。


「……どう見る?」


 手紙をそっと返してきた大番頭に尋ねる。


「……大きな賭けになるかと思います」


「やはりか」


 今までいい風を掴めずに王都への出店を見送ってきたリオリー宝飾店としては好機でもある。魔法に優れた学院の新入生が古参客ともなれば、経験も繋がりも浅いその同級生を一気に押さえることができるかもしれない。

 逆にオルクス家の悪い評判が店の軒先で大爆発する可能性だってある。


「分の良い賭けとは言い難いが、しかし分の悪い賭けとも言い切れないあたりがな……」


 踏み出すには危険要素が大きすぎる。だがみすみす逃すには期待も大きい。故に悩ましい。


「…………新機軸、というのはどうでしょうか?」


 しばし2人で頭を悩ませていると、大番頭がふいにそう声を上げた。


「宝飾店以外の業務を始めると言うことか?」


「いえ、そこまで新しい方向にシフトするのではなく、主力商品を少しずらした派生店を構えてみてはどうでしょう?」


「主力商品をずらす……今の話から察するに魔法使い向けの商品を主軸に添えるということか」


「はい。名前もリオリー魔法店とし姉妹店扱い。あくまでも別の店であるとします」


 万が一失敗しても王都から離れたところに店を構えるリオリー宝飾店への打撃は少なくて済むということか。名前を冠しているあたりに不安を感じないではないが、リターンを考えるとそこは払わざるを得ないリスクだろう。


「しかしそうなると補助魔導具以外の魔法使い用品も自社で揃えた方がいいな」


 他社製品を主力として売るなど、姉妹店であろうとも歴史あるリオリー宝飾店には許されない行為だ。


「いっそレメナ様のお知恵をお借りして主力開発を行うのはいかがでしょう?」


「いや、それはできん。あの方は隠遁しておられるのだ」


 理由までは詳しく知らないが、先代が死ぬまで厳しく言っていたことの1つに賢者レメナを利用してはいけないというものがある。よき店と客という関係を逸脱してはならないと。


「そうですか……いや、しかしそれならご令嬢方に協力いただくのはどうでしょう?」


「ご令嬢方に?」


 たしかにこの年で補助魔導具を買うレベルの魔法使いと言う事を考えればない話ではないか。あのお家の財布事情を考えれば学生時代に自由にできる金子もどうにか捻出したいだろう。


「うむ、存外いいアイデアかもしれんぞ」


「では、そのように計画を練ってみましょう」


「ああ、頼んだ」


 そうと決まれば本店と2号店の予算から最長でも5年後に出店できるだけの経費や開発費を捻出しなければ。

 人こそ店の柱。やはり持つべきものは目の利く弟と頭の回る右腕だ。


説明回&リオリーブラザーズ登場でした。

配管工の兄弟で言うなら二人とも緑の方のイメージです。


基本的にあんまり細かい設定を覚える必要はないと思います。

なんとなく神様の関係とか人同士の関係を覚えておいていただければ、

読めるような物語にしようと思ってます^^


~予告~

アクセラとエレナのあずかり知らぬところで動きだしたプロジェクト。

魔法と技術による一大産業の幕が今あける!!

次回、エレナとアクセラのアトリエ


エレ「なんで私が先?」

アク「語呂の問題。作者が言ってた」


※※※変更履歴※※※

2018/7/20 珊瑚の髪飾が大仰過ぎたため小さな髪留めに変更

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