93:あなたの風邪に狙いをつけて
訪れた場外馬券売り場はそこそこの人が入ってきていた。やはり昼間でも暇な人は暇なのか、それとも仕事の合間にきているのか、こっちで稼ぐのが本業なのか。どちらにせよ欲望の瘴気が渦巻いているここを軽く浄化し、次へ向かう。
ここでは咳き込んでいる人はいなかった。異能力者で競馬で一発当てよう……なんて考えるカルミナみたいな異能力者はここにはいないようだ。いるとしたら現地で直接応援して支援魔法的なものを打ちこんでいるだろうし、レースが大荒れになったらその可能性ありとも言えるが、今日のレース結果を見る限りではその様子もない。
公務員として真っ当な給料をもらっている以上、必要以上の金は持っていても緊急時以外には使わないようため込んでいるので、俺の口座にはそれなりの金額が溜まってきている。フィリスとカルミナも偽の国籍を持っているので銀行口座を開設することができ、それぞれの給料から生活費を均等に分けながら生活しているので残りの二人もお金はそこそこある。
フィリスは向こうの世界にいた時から倹約家でもあったので結構溜まってるはずだ。その点は心配していないが、カルミナはポテチ代は自腹で払っているとはいえ、ポテチ以外にも強い執着を引かれる食べ物という物に今のところ出会っていないようなので大丈夫だろう。
さて、金はさておき次は……今日はちょっと足を伸ばして競艇場のほうにも行ってみるか。そのまま多摩川競艇に向かった後東京競馬場へ向かうギャンブル中毒まっしぐらの道を行く。多摩川競艇から東京競馬場へは徒歩で行ける距離なので問題はないが、その後何するか、だな。戻り道にギャンブルに効果のある神社やお寺を回っていってそのまま帰るか。
◇◆◇◆◇◆◇
多摩川競艇に着いた。今日もレースをやっている。熱気はそこそこあり、そしていつも同じ椅子に座り続けているような雰囲気を醸し出す歴戦の勇士たちが競艇新聞片手にレースの様子を見守っている。
だからと言って全員が瘴気を吹きだしている訳でもなく、純粋な気持ちで選手を応援している人もいるらしい。競艇と競馬ではこうも雰囲気が違うもんなんだな。
そこで、出会ってしまった。
「なぜここにいる、竜円寺竜彦」
「奇遇ですね。進藤智明さん」
まさかの競艇場でばったり。敵になるであろう相手と出くわすとはだれが予想しただろう。竜円寺もマスクをしている。お前もか、お前も風邪なのか。
「これは独り言なんだが……異能力者にしかかからない風邪、というのが流行しているらしい。誰かの仕業なのかはわからんがな」
「それはいいことを聞きました。最近仲間が体調を崩していて原因がさっぱりわからなかったんですよ。それで一つ得心がいきました。ありがとうございます」
普通の反応をもらってしまった。ということは、今回の件は竜円寺は関わっていない、ということなのか? いや、そういうブラフなのかもしれない。敵に手の内は見せないぞ、という覚悟なら、うっかり俺が情報を漏らしてしまったことになるのか。
竜円寺はゴホゴホと軽く咳き込んでいる。お前もしっかりかかってるのかよ。これは……竜円寺の計画の線は消えたな。自分で仕掛けて自分でかかってたら世話がないしな。
「一つ良いことを。次のレースの2号艇、超抜モーター引いてるので買い目だと思いますよ。では、私は失礼します。仲間にこのことを早く伝える必要がありますからね。艇のことはお礼だと思っておいてください」
そういうと、またゴホゴホと咳き込みながら竜円寺は去っていった。あいつも競艇するんだな……というか、何しに競艇場に来ていたのやら。もしかしたらここが拠点とか? 謎はいくつかあるが、案外あいつも活動資金集めのために補助魔法をかけたりして選手の体調をみたりしているのかもしれない。
とりあえず2号艇か……単勝で1000円だけ……いや、竜円寺があえて嘘を言って俺の財布を攻めている可能性もあるが……大事な情報交換の結果でもあるし、賭けてしまうか。有能な敵は無能な味方よりも優秀だとも言うし、意外と当たるのかもしれない。それに元々倍率も低い。勝つのは当たり前みたいな勝率してるし、賭けてみてちょっと電車代を回収しに来たと思って、もうちょっとだけ賭けてみよう。
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うむ、儲かった。俺から欲望の瘴気があふれ出したので自浄しておくとして、今日の電車賃ぐらいは儲けることはできた。たまには有能な敵に感謝するとしよう。ありがとう竜円寺。
競艇場で小銭を稼いだところでそのまま歩いて東京競馬場へ。こっちのほうが盛り上がりは激しいらしく、人の出入りも多かった。まさか竜円寺もはしごしてないだろうな。破魔のネックレスはポケットに入れっぱなしだが反応はないか、かなり小さいライン。いたとしても出会えるかどうかは怪しいところだな。
さて、瘴気のほうは……そこそこたまってはいるが、そもそも人の出入りの激しい競馬場。熱気も歓声も競艇場に比べれば頑張って馬と騎手を応援している人が目立つ。まだ人の入りはそこそこだが、人気レースや人気馬が走るレースになればおのずと人は増えてくるだろう。満員や予約席、事前チケットが必要な日でもなかったので入場料を払って普通に入り、トイレやオッズを確認するモニタの前なんかにふよふよと浮いている欲望のかけらを浄化しては回る。
一通り回ったところで、ここにも咳き込んでいる人はそう居ないことを確認する。まだ風邪が流行る時期では少し早いし、人が多ければそれだけ感染源も増えて風邪ひいて声が出ないのに応援しに来ている熱心なファンというのも見当たらない。一般人には逆に効果がない風邪だとすると、この風邪をばらまいた犯人は一体誰なんだろうな。
せっかく入場したことだし、ここでも馬券を一つ買って帰るのがマナーというもの。次のレースは何に賭けようか……さっき勝った分を使い込まない程度にオッズを見て、来そうな馬をワイド馬券で買っておく。一着から三着に入れば当たり、という比較的当てやすい馬券になっている。騎手と馬を見て……よし、こいつとこいつで決めた。
馬のオーラを見てやる気になっている馬を選んだつもりだ。走り出した後やる気がみなぎる馬が居るかもしれないが、とりあえず当たると良いな、程度の軽い気持ちと軽い応援馬券みたいなものだ。あたるも八卦当たらぬも八卦という奴だな。
レースの結果、予想通り、一着と三着に入って少々、本当に少々だが懐も温まった。今日はいい日だな。疑念が一つ晴れたし、向こうも風邪でそれどころじゃないんだろう。この騒ぎが一段落するまでは何かしらの組織的な犯行や行動を起こす可能性は低いと考えられる。
しかし、これはこれで新しい謎が増えた。何故異能力者しかひかない風邪が、しかも流行っているのか。それについては今後とも情報収集にあたるしかないか。結局何なんだろうなこの風邪の流行は。誰かが新しいウィルスをばらまいている様子もないし、突然始まったという感覚しかしない。
もしかしたら俺の知らない第三の組織が存在してそこが異能力者を確認して一網打尽にするためにばらまいた……なんて可能性も考慮に入れておくべきか。とりあえず、竜円寺と競艇場でばったり会った件と、奴も風邪を引いていた事、奴の仲間も風邪に悩まされていることは確実に報告しなければならないな。
悩み事が減って新しい悩み事が増えた。プラマイで考えればゼロなんだが、風邪の原因がわからずじまいなのはあまりいいこととは言えないだろうな。
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