ドクター・師
<そよ風病院>
森の中にひっそり建っていた。
壁にはツタが絡まり、見るからに廃病院の佇まいだ。
元の壁は緑色だったようだ。
屋根は水色。
大きさ、雰囲気は、<幼稚園>の園舎に似ていた。
「ここに居て」
聖はシロを門扉に繋ぐ。
大きな扉は開かれたままの状態で、
鉄はすっかり錆びていた。
愛車の<ロッキー>は、二台停めてある横に停めた。
クラウンと軽ワゴン。
どちらも、置きっ放しの感じではない。
車を使う人間が、中に居るという事だ。
正面玄関の、観音開きのドアは閉じられていた。
インターホンもない。
別の入り口があるのか。
建物の周囲を回る。
西入口、と看板がある。
そして、そこだけ新しいステンレス枠のドア。
郵便受けに、<師 光留>
なんと読むのか判らない。
インターホンもちゃんとあった。
「神流剥製工房の者です」
名乗ると
「今、ロックを外しますから、入ってきて下さい。入って左側のドアが開いている部屋、そこまで来て下さい」
と、ハッキリした男性の声。
指示通り、中に入る。
蜘蛛の巣が張った廊下を想像した。
だが、全く違っていた。
綺麗でスッキリしている。
外観と大違い。
中だけリフォームしたらしい。
「いらっしゃい」
元院長は、大きな机の向こうから微笑んだ。
招かれた部屋は広い、彼の書斎だった。
聖が名刺を渡すと、
「モロです。初めまして」
と。
(そうか、師はモロと読むのか。じゃあ、ドクター・モローは、そのまんま、って事?)
<ドクター・モロー>は怪奇小説の主人公からきた<あだ名>では無かった。
「えーと、カツオ君の症歴ですね」
立ち上がる。とても背が高い。
西洋人のような細い顔に高い鼻。
白髪で肌の色は青白い。
既製品では無い、高級な生地の白衣を着ている。
<師>は、
中央の応接セットに移動して、聖に、座るよう手で促す。
テーブルの上にはファイルが一冊ある。
<カツオ>のカルテらしい。
「はい。カタチを復元するのに参考にしたいんです」
剥製作るのに、必要か?
と、思うが、他に適当な言葉が見つからなかった。
「この子は、生後半年で、首を犬に噛まれて……縫合しました。ああ。でも、これは関係ないね。……2015年2月胸椎、圧迫骨折で入院してますね。老化現象です。ヒトでいえばおよそ90才、でしたから」
<師>はレントゲン写真を見せながら説明してくれた。
精神病院の院長ならば奇怪な行為で有るが
獣医なら、普通の行為だ。
聖は、この人は狂っていないと、感じた。
精神科の通院歴を知っているので、偏見があったかもしれないと。
「有り難うございました」
これ以上、此処に居る意味は無い。
偵察すべき事は、何も無い。
一礼して立ち上がったとき、
「くうーん」
と何かが啼いた。
犬?
啼声の主を捜す。
すると、
何かが、<師>に近づいてくる。
頭は犬だ。
しかし片目が人間の目で、大きい。
そして足が肌色の、人間の幼児の、足、だった。
「どうした、チビ。……ああ、そうか。サクラくんだと間違えたかな。違うよ、似てるけど、この人はサクラくんじゃない」
<師>は得体の知れない動物を抱き上げた。




