第二話:企業秘密と、女の子
*
マドイの前身から噴き出すのは青灰色の燐光。それが頭部と手足、そして尻に集約され、何かの形を成して行く。
「ああ、やっぱり子猫ちゃんだわ」
ディアドラがその様子を細めた目で見遣る。マドイの頭部に現れたのはピンと尖った猫の耳。手足は艶やかな毛皮で覆われ、臀部からは二本の細長い尻尾がにょろりと延びていた。
ブルーグレーの毛皮に覆われた手足を月光に晒し、マドイが誇らしげに青く澄んだ眼の中ですうっと瞳孔を細めた。二本の尻尾が動く度、セーラー服のスカートがふわふわと揺れる。
「だから子猫ちゃんはやめろってば……よっ!」
マドイは予備動作無く、音も立てずにディアドラに肉薄する。鋭い爪を伸ばし、首を狙って斬り掛かる。その速度は能力を使う前の比ではない。
燐光を伴った斬撃は、──ガキン、と金属同士をぶつけたような音をもって弾かれた。
黄金にも似た山吹色の燐光。それを纏った逞しい腕が、猫の爪を軽々と防いだのだ。マドイは舌打ちしながら距離を取るべく飛びすさる。
ディアドラが、笑っていた。山吹色の燐光が両者を囲むように結界を成す。その直径、約四メートル半──即ち、十五尺。ディアドラが腰を落とし、ゆっくりと片脚を上げる。
ズシン、地を揺るがすような重々しい響きがマドイの身体を震わせる。足踏み? いいや、これは『しこ』だ、力士が踏むあの四股だ。ディアドラが醸し出す気迫に押され、マドイが後ずさった。
「オッサン何、お相撲さんの真似事してんの。殺し合うんじゃないの。それにしてもそのワンピ凄いな、そんな大股開いて脚上げてもパンツ見えないのな」
震えながらもつく悪態に、ディアドラがニヤリと口角を上げる。
「企業秘密よん、ホラ魔法少女とかでもどんなに動いても下着見えないじゃない、あれとおんなじよ?」
「そ、そうなんだ。便利だな」
「それとアタシの能力の根源は──ノミノスクネよ。聞いた事ないかしらね、相撲の祖と言われ祀られている存在。だからアタシの力は相撲で発揮されるの」
ならばこの円形の結界は土俵なのだろうか、危機感に全身から汗を噴き出しながらマドイはもう一歩後ずさろうとする。背中が結界に触れ、チリリ、と悪寒が走る。──逃げ、られない。
「約束だもの、全力でいってあげるわ。……はっけよい」
筋骨隆々の身体が前傾し、構えの姿勢となる。いよいよもって気が結界内に満ち、空気が限界まで張り詰める。マドイには、ディアドラの身体がそれまでよりも一回りも二回りも大きくなったように、見えた。
「──のこったぁっ!!」
猛烈なぶちかましがマドイへと迫る。
勝負は、一瞬だった。
相撲のぶちかましとは所謂タックルの事である。強大な体躯を支える強靱な足腰が生み出す瞬発力は凄まじく、その体重も相まって全盛期の横綱ならばその威力は一トンを優に超えると言われている。
ディアドラの場合はどうか。相撲の神を下ろし神居を纏った状態での体当たりの威力は、生身の人間のそれを遥かに超えるものだろう。もはやアクセルをベタ踏みしたダンプカー並の兇器だ。
瞬間、ズシン、と大きく重い音が空気を震わせた。
──猫が、ダンプカーに敵う筈が無かったのだ。
*
「……っ、痛ってえ」
地面に倒れ伏したマドイが呻いている。
全身打撲に内臓破裂、数え切れない程の骨折など、生きて喋っている事が不思議なくらいの重傷である。皮膚は裂け弾け飛び肉は潰れ、起き上がる事はおろか手足を動かす事すら困難だろう。そんな中、顔だけは傷が殆ど無く綺麗なままなのが、奇跡か神の悪戯なのかはマドイの知るところでは無かった。
「ごめんなさいねえ。全力でやるって約束だったモンだからね?」
申し訳無さそうに自分を見下ろすディアドラを、顔を歪めながらマドイは笑う。比に公家に歪んだ唇が痛みの所為なのか、それともそういう風に笑いたかったのかはマドイ自身にももう分からなかった。
「別にオッサンが謝る必要無いってば。約束したのボクだし、むしろぐうの音も出ない程に叩き潰されて逆にすっきりした」
「そう、それなら良いんだけど……。ああ、約束ついでに、その」
「……何?」
「アナタずっとアタシの事オッサンって呼んでるから、タマ潰さないとね」
「ああ……言ってたっけ、そんな事。まあいいや、潰してよ。それでとどめにしてよ」
マドイはははっと溜息のような笑いを零し、もうあまり見えない目でディアドラを見上げた。ディアドラはふうと溜息を吐くと、分かったわ、と切なそうな表情を浮かべる。
「最後にね、ちょっと聞いてみたい事があるんだけど、いいかしら?」
「……もう、喋るのも辛くなってきたからさ、手短に頼みたいかな」
「そんなに長くないわ。あのね、アンタ何で女の子の格好しようと思ったの? その方がウリし易いからかしら?」
ディアドラの質問にマドイは力無く笑う。喋ろうとして、ごほ、と血の塊を吐き、何度か咳き込んでからようやく言葉を漏らす。
「そんなの決まってるじゃんか。女の子になりたかったからだよ」
そしてうっとりと瞳を閉じた。その微笑みは穏やかで、長い睫毛は震えて、だからディアドラは、そう、と頷いた。
「来世ではお互い、可愛い女の子になれてるといいわね」
「……そだね」
マドイはそれきり言葉を発さなくなった。ひゅうひゅうと細い息だけが喉から漏れ聞こえる。ディアドラは大きな足を持ち上げると、マドイの股間に勢い良く足裏を叩き付けた。
「……うぐ」
一瞬ビクンと跳ねた身体から、小さな呻きだけが空気の塊と共に吐き出された。マドイの脚の間からはじわりと血の赤だけがひろがる。
「さよなら、子猫ちゃん。結構楽しかったわ」
ディアドラは最後にぽつりと呟き、そしてマドイに背を向けた。カツカツと揺るぎなく、闇の中にヒールの音が遠ざかってゆく。
もう動かないマドイの身体を、頭上に掛かる月だけがただ、見下ろしていた。
*
▼
お読み頂きありがとうございます。
ディアドラvsマドイ、決着です。姐さんの圧勝ですね。マドイも決して弱い訳では無いのですが、相性が悪すぎました。
さて本作、ここでストックが尽きてしまいました。
次からは更新ペースがゆっくりとなります。申し訳ありません。
気長にお付き合い頂ければと思います。
また、レビューやいいね、ブックマークや★評価などで応援して頂けると執筆の励みとなります。
ご感想ご意見なども、感想欄以外にもメッセージや活動報告のコメント欄、Twitterなどでお気軽に投げて下されば嬉しいです。「○○が好き」「続きはよ」「グロ最高」など、一言でも構いませんので是非お気軽に。
次回は非戦闘員vsプロ傭兵の予定です。ムサシマル君が何処までどうやって食い下がれるか、お楽しみに。
それでは次回も乞うご期待、なのです。
▼




