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第五話:迫る炎と、飛ぶ怒号


  *


 コヨミの身体は、とても歪つだった。


 両腕は肘で、両脚は膝の上で、それぞれ斬り落とされていた。四つん這いになった際に身体のバランスを取り易いよう、わざわざ脚は膝ではなくより上の部分で切り揃えられている。切り口は応急処置だろうか、コヨミの服を裂いた布でぐるぐる巻きにしてあった。


 首には首輪のつもりなのか、コヨミの斬り落とした二本の腕をわざわざ骨をぐしゃぐしゃに砕き柔らかくして繋ぎ合わせて作った輪っかが嵌められていた。尻から突き出ているのは片脚だろうか、太くだらんと垂れたそれは尻尾を模しているようだ。


 一番酷いのはリードだった。裂いた腹から引き摺り出した小腸を腕製首輪に通し、その端をチギリが握りリードの代わりとしているようだ。たるんだ小腸は腹から首に掛けて円弧を描きながらぷらぷらと揺れ、またリードとすべく引き千切ったもう片方の端が傷口からぶらんと垂れ下がっていた。


「これではまるで人豚ならぬ人犬だな。残ったもう片脚はどうした?」


 少し顔をしかめながらススグが問うと、チギリは噴水に浸けてあるコヨミの片脚を指さした。


「帰ったらソーセージでも作ろうかなって」


「何故水に浸けてあるのだ」


「血抜き出来るかなってさ」


 無邪気に笑うチギリの視線の先、照明を浴びて水の中でコヨミの白い脚がきらきらと煌めいた。斬り落としたとは思えない程にその肌は滑らかで、綺麗な断面には桃色の肉の中心に白い骨が輝いている。


「好きにすればいい。吾輩は人肉は好みでは無いが」


「別にあーしも人肉だから好きな訳じゃないわよ。好きな子の肉を、好きな子本人と食べるから美味しいのよ。それに、量も少ないから他人に分けてなんてあげないわよ」


「……好きにすればいい。やる事さえやってくれれば、とやかくは言わん」


 ススグは首を竦め、面倒臭げに言い捨てた。チギリはそれに返事も返さず、コヨミの髪を丁寧に整えてやっている。さてこれからどうするか──ススグが漠然とそんな事を考え始めた時、薄く張っていたアンテナの片隅に気配を捉えた。


 ──この気配は、奴の……。ススグは直感的に理解し、唇を引き結ぶ。


 凄まじい速度でそれは駆けて来る。月の力を帯び、人を超えた獣の速さで、一目散にそれはこちらへと向かっていた。道ではなく建物の上を足場に走っているに違い無い。一直線に自分達目掛けて何かが近付くさまは、軽く恐怖を覚えるものであった。


「チギリ、来るぞ」


「え、何が?」


 きょとんとした顔でススグを見上げるチギリ。そう言えば彼女は余り索敵が得意では無かったか──とススグが舌打ちを零した、瞬間。


 ──赫灼たる、それはまるで火の玉。


 燃える太陽の如き朱金の燐光を撒き散らし、灼ける鉄めいた朱い毛皮を靡かせ、その獣は物凄い速度のまま彼らの許へと突っ込んだ。


 風邪を裂き、つむじを巻き上げ、そして──コヨミの姿をその瞳に捉えた刹那、高らかに咆えた。


「この……ド畜生がああぁあああぁあああっっ!!」


 その姿を見た瞬間、チギリは震え上がった。ひい、と小さく悲鳴を漏らし、逃げようとするも恐怖から脚が竦んで動けない。ススグは音も無くすっとチギリから離れ、気配を消して空中へと霧に紛れた。


「お前かっ、お前がコヨミさんををぉおおおおっ! こんな風にっ! したのかああぁあああっっ!?」


 怒号が闇をつんざき、憤怒が熱量となってチギリに叩き付けられる。ワダチは一気に跳躍し距離を詰めると、一切の躊躇無くチギリに飛び掛かる。


「ひいっ!? あ、あ、あ、い、いやあああっ!?」


 チギリが恐怖に悲鳴を上げる。それは本能的な恐怖、捕食される者の感じる連綿と遺伝子に受け継がれた恐怖だ。幾ら多少の能力に目覚めようと、圧倒的な暴力、凌駕する力を目の前にしては意味を成さないのだ。


 朱く輝く狼──ワダチの顎が大きく開かれる。鋭く真っ白な牙が口内に並んでいる。月の光を帯びて、それは驚く程に闇に浮かんで。


 寸分違わず、その牙が、チギリの喉笛に、食らい付く。


 スローモーションのような光景。喉に噛み付かれたチギリは勢いのままに引き倒され、そして狼がそのまま頭を振り回し、チギリの身体は人形のように宙を舞った。


 喉をがっちりと顎で掴まれたまま、チギリの身体は地面に何度も叩き付けられ、折れ、歪み、砕け、破れ、割れ、千切れ、ぼろぼろになってゆく。


「ひぎゃあ、だ、め、やめ、いぎっ、ぎあああっ!」


 なまじ異能力を持ち頑丈なだけあって、普通の人間ならば既に命を落としているような状態でも、死ねずに悲鳴を上げ苦しんでいる。それは幸か不幸か──恐らくは不幸の方に該当するであろう境遇であった。


 ついには咥えていた喉の肉が破れ、びちびちと千切れ血を撒き散らしながらチギリの身体は放り出され地面へと激突した。喉の骨が露出し血がだくだくと流れている。ひゅう、と息を吸おうとしても、ごぼ、と開いた穴から濁った音が漏れ、当然ながらもう悲鳴すら上げられない。


 ワダチは口内の不味い肉を吐き出し、そろりとチギリへと近付く。コヨミをあんな目に遭わせた外道にどんな死をもたらしてやろうかと悩みながら。


 その金色の瞳と、チギリの薄茶の瞳と。──不意に視線が絡んだ。チギリは口から血の泡を吐きながら溜息をつく。


 身体の至る所が裂け、抉れ、血が溢れ出している。全身の骨が折れ、砕け、あちこちに飛び出している。内臓が幾つも潰れ、破裂し、もう状態は壊滅的だ。ここまで酷いともうどうにもしようが無い。奇跡的に頭だけが無事なものの、最後にはそれを潰されて終わりだろう。


 つまんない人生だったな、とチギリは笑おうとして、上手く顔を動かせなくて、諦めた。


  *



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