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 真っ赤な目で俯いたルセナと、微妙な表情の私が部屋に戻った時一瞬だけ部屋の空気が変わった。だが、私がルセナの後ろでふるふると首を振ると、すぐにガイアスがいつも通りに振る舞いゲームへの誘いをかける。

 ルセナがごしごしと涙を拭い、カードゲームをしようとしていた皆の輪へと戻っていく。

 それに私も続き椅子に座ったあと、はあと少しだけ息を吐いた。ルセナから聞いた話を整理しながら、配られたカードを見る。……お、良さそう。


 わいわいと勝負をしながらも、ルセナの顔をちらりと見る。彼はもう笑っているようだが、ふとした時に俯いていた。


 グーラーが群れる理由。


 ――僕には仲が良かった獣人セリアンのおねえちゃんがいたんだ。


 そう切り出したルセナの話は、非常に難しい話だった。

 ルセナの話では、実家であるラーク侯爵家の使用人の中に、珍しい話ではあるが獣人がいたらしい。

 うちで言うガイアスやレイシスのように家族でラーク家で働いていたというその獣人の家族には、ルセナより少し年上の少女がいたそうだ。

 獣人、というのは、滅多に表には出てこない。こうしてルセナのように、獣人の知り合いがいた、と言う人も少ない。私がエルフィであるとガイアス達が吹聴してまわらないのと一緒だ。つまり彼が話す事に随分と悩んだであろうことがわかる。

 とても仲良く過ごしていたルセナとその獣人の家族であったが、それをルセナの異母兄が変えた。

 異母兄は長男であるが、母の出自が男爵家であったそうだ。

 母が早くに亡くなり、その後ルセナの母親がラーク侯爵家に後妻として嫁いできて、ルセナが生まれた。ルセナの母親は別な侯爵家の血筋であったらしく、周囲の親戚から次男であるルセナを次期侯爵に、という声があがってしまったらしい。

 もちろんその声は長男であるルセナの兄にも届いてしまい、荒れた兄はルセナを苛めるようになった。そして、その手はルセナと仲が良かった獣人の少女にも及んだのだそうだ。

 ある日、ルセナの父、ラーク侯爵が今日は外に出るなと屋敷の中の人間に言いつけた事があったらしい。

 その日、ルセナの兄は獣人の少女にどうしてもと言って何かの用事を言いつけ、少女を屋敷から出した。使用人でしかない少女は、侯爵の子であるルセナの兄に逆らえなかったのだろう。

「その日から、おねえちゃんはいなくなった」

 ルセナは泣きながらそう言っていた。後日、父親にルブラの存在をルセナは聞かされたらしい。恐らく、連れ去られたのでは、と。

 その日、ルブラの団員がうろついていると聞いていた侯爵は、それで使用人全てに出入りを禁じたらしい。それが、最も出てはいけない獣人の少女が、何も知らず外に出てしまった。

 侯爵がその後どのような対応をとったのかはわからない。王家は獣人の血筋をエルフィ同様把握しているはずだから、そちらには既に報告しているのかもしれないが、公には伏せられたそうだ。

 それは、侯爵の血の繋がった息子であるルセナの兄を守る為か、ルブラ自体が公にされていない裏組織である為か、残った獣人の少女の家族を守る為か。

 その後獣人の家族全員が侯爵の手で安全な地へと移動になったことにより、ルセナは獣人の家族とも連絡は取れないらしい。ただ、ルセナと仲の良かった獣人の少女は、ルセナの前に良く「お友達」と言ってたくさんの動物達を呼んで、紹介してくれていたそうだ。

 グーラーも、たくさんいた、とルセナは言う。そしてそのグーラー達は、決して獣人を襲うことがなく、獣人の少女に紹介されたルセナも襲うことはなかったそうだ。

「それでね、おねえちゃんがお願いすると、グーラー達は言う事を聞いていたんだ。みんな。木の実を採ったり、森の珍しい薬草を持ってきたり」

 ルセナの情報は貴重だった。滅多に聞ける話ではない。そしてその情報を得た私は最悪の想像をしてしまった。


 あの村を襲ったルブラの男が本物のエルフィであったかどうかはわからない。だが、あの男が精霊を石に閉じ込め、エルフィと同じように無詠唱で力を使っていたのは間違いない。

 それに私に言っていたあの台詞が、頭を過ぎる。ああ、君の力も私のものにしたいですね、と、間違いなくあの男が言っていたのだ。

 もし。

 ルブラがどのような研究や活動をしているのかは知らないが、もし、他人の能力を奪うようなものがあるとすれば。

 グーラーが群れているのは、動物に「お願い」する能力を、誰かが「奪われた」からではないか?


 そんな疑問はルセナも抱いていたようで、どうしようと泣く彼に、私はかける言葉が見つからなかった。

 しばらく彼の背を撫でた後、とりあえず王子には話すべきではないかと諭す。王家ならもともと知っている可能性があるが、ルブラが「能力を奪う」何かがあるという事実は、私達エルフィも含めて警戒しなければならないことだ。

 それをエルフィや獣人らに伝えるには、誰がそうであると把握している王家でなければならない。

 そこではっとする。王子は、フォルも王家で血筋を把握している一人だと言っていた筈だ。

 あのルブラの男は、闇のエルフィを作り出す、と言っていた。もしそれが、闇のエルフィの力を奪って他人に付与することを言っているのだとしたら?

 だとすれば……フォルの闇を使う能力が闇のエルフィであるからかどうかはわからないが、フォルも危険だ。


 再度ルセナに、お願い、と伝えれば、ルセナはわかっていると頷いた。

 少し気分が落ち着いたら後で自分で、ちゃんと皆に話してみると。



「あ」

 隣に座るレイシスからカードを選び抜いたが、私の手元にやってきたのは闇のカードだった。

「お、またアイラが闇カード持ちか?」

 にやりと笑う王子に、次に私の手元からカードを抜こうとしていたガイアスが「えっ」と言いながら真剣な表情で私の手元のカードを見つめる。ゲームは例のトランプでいうばば抜きのようなゲームだ。

「うー。また負けそう」

「大丈夫だよアイラ、まだチャンスは」

「よっしあがり!」

「あー……頑張ってアイラ」

 ガイアスの隣に座るフォルがフォローしようとした矢先に、カードを抜いたガイアスが当たりである炎のカードを手にし、全ての手札を手放して勝利する。

「アイラは弱いな」

「そんなことない! ……たぶん」

 意気込んでまた巡ってきた順番でレイシスの一枚しかないカードを手から抜きとり、ほら! と言いながら地のカードを手放して、残り二枚となったカードをフォルに突きつける。これでフォルが闇カードを持っていってくれれば……

「ああっ」

「ごめんね、アイラ」

 フォルが申し訳なさそうな顔をしながら私の水のカードを抜いていく。手元に残る闇カード。そして……

「あれっみんなもう終わってるじゃない!」

「そうだな、アイラの負けだ」

「そうですわね」

 仲良く隣同士に座っている王子とおねえさまの言葉に「えええっ」と返しながら立ち上がった私は、大人しく罰ゲームである皆のお茶を用意する為に簡易の台所へと向かう。

「何度目だろ……」

「今度は別なルールでやりましょうか」

 ため息をつく私に、苦笑したレイシスが他のゲームにしようと提案して、私がお茶を淹れている間皆があれはこれはと意見を交し合う。

 お茶を淹れ終わった時、俯いていた顔を上げたルセナと目が合った。

 しっかりと私を見つめてくる瞳はもう赤くはなく、いつも通り、いや、いつもより真剣な瞳が、言うね、と私に語りかけてきた。


「あのね皆、聞いて欲しい事があるんだ」

 時間はまだたっぷりある。私の淹れたお茶を一口飲んだルセナは、先ほど私に教えてくれた話を、今度は涙を零す事なく語り始めたのだ。


 


「それは本当か?」

 ルセナの話を聞き終えた王子がとても驚いた表情でルセナに問う。

 うん、と頷くルセナを見て、王子がどさりと背もたれに身体を投げ出した。

「デュークは知りませんでしたの? えっと、……獣人、の能力といいますか」

 おねえさまが口ごもりながら話すと、王子は一度深く息を吐いた。

「数年前にラーク家に関わりのあった獣人の少女が行方不明になった事件は知っていた。その時期にルブラが動き回っているような話も聞いていたし、王家は確かにルブラに連れ攫われた可能性が高いという判断をした。だが、確証が得られなかった」

「そうでしたの……」

 俯いたおねえさまをちらりと見た王子が、ぽんぽんとその手をおねえさまの頭に柔らかくのせる。

「獣人に……動物を操る能力があるのは知らなかった。王家も全ての能力は把握していないんだ」

「なるほど……でももしその能力があるとすれば」

「獣人の能力を奪って『作る』研究をしているのかもしれないな」

 フォルと王子の会話を、皆静かに見守る。

 しばらくしんとした室内であるが、ふるふると一度首を振った王子は、すぐに立ち上がった。

「時間も遅いが、父上に話してくる」

「え、こんな遅い時間に」

「大丈夫だ、護衛は呼ぶ」

 王子はこの屋敷に移り住んでから、屋敷内で護衛を伴っていない。すぐに来てくれるそうだが、王子だって光のエルフィだ。気をつけるにこしたことはないだろう。

「お気をつけてくださいませ」

 心配そうな表情で見送るラチナおねえさまに一度笑みを見せた王子が、本当にすぐにやってきた護衛と共に部屋を出る。

「俺達はどうすっか」

 冷めたお茶を飲みきったガイアスがそう言うと、もう戻って休もうかな、というフォルに続いて全員が引き上げる事になった。王子を待とうにも、いつ戻ってくるかわからない。一応、十時までには部屋に戻るように先生に言われているのだ。


 おやすみ、を言い合って、部屋に戻った私は、すぐにシャワーを浴びたものの気分がすっきりせずにベッドにごろりと横になる。

 どうしたの、とアルくんが傍に寄ってきたので、その暖かい猫の身体を抱き込んで、深く息を吸った。


「あのねアルくん。エルフィで動物を操ったりする能力ってある? それか精霊が動物にお願いしたり」

『うーん。難しいと思うよ、どのエルフィにもそんな力はないし、精霊が動物に命令をしたりもしない』

 予想通りの答えに、そっか、と返事をしつつ天井を見る。やはり、グーラーが群れて事件が続いているのは、獣人の能力なのだろうか。

「アルくん。獣人なら、ありえる?」

 呟くように言えば、ぴくりと目の前でゆらゆらと動いていた尻尾が止まる。

『……ありえると思うよ、詳しくはないけれど。……それは、この前のグーラーのこと?』

 気づいたらしいアルくんに頷いてみせる。再び視界で、尻尾がゆらゆらと揺れる。

 なんにせよ、それがわかったところでルブラの謎は深まるばかりだ。

「眠れそうにないなぁ」

 布団に潜り込んでいると、なんだかんだと考えてしまって落ち着かない。グリモワの改良か、カレーの研究でもしようかな、と立ち上がる。

 机のある窓際に寄った時、腕に抱いていたアルくんがぴくっと動いて窓の外を見た。

「どうしたの?」

 用事があると出かけていてまだ戻っていないフリップさんか、さっき出かけた王子がもう帰って来たのだろうか、と窓際に寄り、そっと締めていたカーテンを寄せて窓の外を覗いた私は、下に屋敷傍の木々の中へと入り込んでいく人影を見る。

 あれは……

「フォルだ」

 間違いない。闇の中でもその人影を間違えない程度には、屋敷の明かりで姿が見えていた。恐らく、これ程明るいのは皆もまだ起きているからだろう。

 でも、いくらなんでも一人で外に出るなんて。フォルだって、ルブラに狙われる可能性があるのに……。

 そう考えてしまうと、気になって仕方がなくなってしまった。

『アイラ。外、寒いから待ってようよ』

 私が外を気にしているのに気づいたアルくんが止めるが。

「……フォル、危ないよ、私呼んでくる」

『え? あ、待ってアイラ、僕も行くから!』

 そっと窓を開けた私がふわりと飛び出すと、アルくんも慌ててあとを追ってくる。

 アイラが一人で探しに出たって危ないじゃないか! とアルくんに叱られつつ、私たちは寒い夜の闇の中を走った。

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