表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/351

94


「うーんどうしようかな」

 今日の特殊科の授業を終えた私は早々に部屋に引きこもり、夕食までの時間をグリモワの改良の時間にあてることにしたのだが。

 うーん。以前使ったあの大会の時は、防御として優秀だったけれど、破っちゃったからなぁ。

 ぱらりと以前使用したグリモワを開いていく。ページが少なくなったそれを見て、やっぱりこのままじゃ駄目だよなあとため息を吐いた。厚さがなければ魔力文字も少なくなるし、防御力の低下につながる。

 ふと懐かしく思い出す。いい思い出……かどうかはしっかり負けてしまったので微妙なところであるが、非常に勉強になる試合だった。

 糸を操るハルバート先輩の魔法が私の足を絡めとり、焦った私はグリモワを破いて刃状にし、それを切り離したのだ。だが。

「うーん、破く手間がなぁ」

 手を縛られたら元も子もない話であるが、予め紙に魔法文字を書き付けておけば魔力を流してすぐ刃として使えるというのは、利点であろう。

 だがその魔法文字の分を防御強化にまわしたほうが……うーん。破くっていうのがグリモワが消耗品になっちゃうから困るんだよなぁ。

 いくらベルマカロンをカーネリアンに引きついだといえど、今はまだ手伝いやらでお給料的なものは発生している。だがそれは無限ではないのだ。お金かかるのは困ります。


 いろいろ考えつつグリモワをくるくるとまわしていたが、いい案が思い浮かばずにそれを机にどさりと置く。

 ギイギイと椅子を鳴らしながら背もたれに背を預け、天井を見ながら考える。

 あの時から一ヶ月ほど。もし、私がグリモワを持って行っていたら、助けられた命があったかもしれないと考えるのは……仕方ないかもしれないが、意味のない事だ。私はあの時、何もできなかったのが事実である。持って行ってたって、助けられたかどうかわからない。不測の事態で手が遅れるのは私の弱さである。

 もっと強くならなきゃな、と思う。今日も午前にベルマカロンに行って帰った後、午後から特殊科の授業があったのだが、騎士科の訓練場を借りての魔法練習だった。

 回復魔法は得意だが、攻撃魔法となると私は途端にガイアス達より遅れをとる。詠唱も遅いし、何より威力が劣る。夏の大会ではそこそこ戦えたかなと思ったけれど、あれからめきめきと上達していくガイアスとレイシスにすっかり私は置いていかれてしまった。

 秋の医療科のテストでは私が一位をとることができたが、それだって作る魔法薬が良かっただけで実技ではフォルに僅かに及ばなかった。つまり、私は全て中途半端なのだ。もうすぐ冬のテストがあるけれど、実技は危ういかもしれない。途中から私達の班に入ったアニーも、ものすごい勢いで回復魔法を習得しているのだ。


 ふう、と息を吐いて伸びをし、体を戻した時手にごつりと何かが触れた。

 なんだっけ、とポケットをまさぐって、ああと思い出す。サシャから受け取った白い木の実が入った小瓶だ。


 なんだろうな、これ。

 そんな軽い気持ちで小瓶の栓を抜いた私は、はっとして小瓶をひっくり返し中の種を手のひらにいくつか乗せた。

 少し香るスパイシーな匂い。僅かではあるが、この匂いは覚えがある。

「……カレー!?」

 この王都に来てからというもの、どこかで手に入らないかと何度か出てくる食事やら植物をチェックしていたのだが、まさかこんなところでこの香りに出会うとは!

 そもそも私は前世でカレーは好きであったけれど、一度スパイスを混ぜるところからやろうとして大変な苦労をして以来、カレールゥを使うか既にスパイスを調合済みのカレー粉を使う事が多かったのだ。それすら記憶が曖昧だけれど。どうして好物のレシピを忘れてるかな! よって、カレーに使われているスパイスなんて微塵も覚えていない。

 つまりこの世界でカレーを食べたい! とは思っても、作れずにいたのである。第一前世でこの白い種はカレーに使ったんだろうか。酷似している別なものかもしれない。チョコレートだって、茶色ではなくあんなに真っ黒だったのだし。

 だが、この降って沸いたチャンスを逃すべきではないだろう。先ほどお金の心配も出てきたところだし、この学園に来て最初にホールで食事をしたときに思いついた「カレー屋さんで儲けよう作戦」(今命名)は捨てたもんじゃないかもしれない。

 私は辛口が好きだけど、甘口で作ったら子供受けもいいかもしれないよなー! それにこの世界のスパイスっぽいものって、身体によさそうな薬草も多いし身体にもいいかも!

 わくわくと、久しぶりにベルマカロンを立ち上げた頃のような好奇心やらなにやらが刺激され、目の前の白い種がまるで天から降ってきた恵みのように思えてきた。実際にお空の上にいた人(神様?)は、生まれ変わるのを迷う私を下に突き落とすような少々過激なお方でしたけれどね!


 とりあえず、せっかく見つけたカレーの香りの種をどうすればカレーに近づけられるか調べなければならない。グリモワも同時進行になるが、なんだか詰まっていた脳内が急に巡りがよくなった気がする。

 よしやるぞ! と意気込む私は紙を取り出し、思いつく限り身体によさそうでカレー調合に使えそうな薬草やら種やら実を書き出す。あ、りんごも必要かな! そうだ、カレーができたらもしかしたらアドリくんの食欲も刺激してくれるかもしれない!

 

 わくわくと白い種をすり潰すか一度炒ってみるかなど考えつつ、サシャにこの白い種を量産できるか確認する手紙を書いた私は、夕食の時間なのに現れず心配したレイシスに迎えに来てもらい漸くカレーに支配された思考を一旦落ち着かせたのだった。ああ、カレー食べたい。



「あれ?アドリくん、やっぱりいない?」

 いつもの部屋に入ってみると、今日もしかしたら一緒に夕食を食べるかもしれないと聞いていた幼い男の子の姿がなかった。

「先生が、急に具合が悪くなったみたいだからって仰っていたのですけれど」

 不安そうな顔でおねえさまが言う。具合が悪くなったのに、おねえさまもフォルもここにいる、ということは。

 おそらく精神的なものだろう。フラッシュバックのような症状をおこしている、と先生が言っていた。その場合、私達医療科一年生はやれる事がない。

 精神的に落ち着かせる魔法などもあるにはあるらしいが、基本的に心の病に対して魔法と言うのは無力である。

 ふと、もしかしたらその辺りの薬や治療法が、開示されていない極秘の治療にあるのかもしれない、と思った。やはり、もっと上にいかなければたくさんの人を助けられる医師という存在にはなれないのかもしれない。


 今日のご飯は、こってりとした肉料理が中心だった。

 口の中にじゅわっと肉汁が広がり、やわらかくておいしいが、これではアドリくん、また食べれないかもしれないな……。



「おねえちゃん」

 食事を終え、皆が今日はなんの勝負をするかと話していたときルセナに話しかけられた。

 いつも食後は眠そうにしているルセナが、ぱっちりと目を開いている。どうしたのかなと思いつつ返事をすると、ルセナはいいにくそうに口を開いた。

「相談したいことがあるんだ。それで、その」

 やはり言いよどむルセナを首を傾げつつ見守る。今日何かあったっけ? 午前は普通だったと思うけど。

 くい、と袖を引かれて、ここでは話しにくいのかと席を立つ。エレメンターの駒を並べていたレイシスがすぐに顔を上げたが、大丈夫だからとひらりと手を振って私達は一度部屋の外へ出た。

 しかしどこか部屋に入るわけでもなく、扉を閉めたところでルセナは立ち止まり、私を見る。

 ほんの少し躊躇った後、ルセナはゆっくりと確認しながらといった様子で口を開いた。

「あのね。あの、グーラーのことなんだけど」

「え? うん。グーラーがどうしたの?」

 まさか最近の事件の事を言われるとは思わず少し驚いた私は、少し身構えてルセナの次の言葉を待つ。

「おねえちゃんは、エルフィでしょう? それで、あの敵の人はエルフィの力を使ってたんだよね?」

「うん、そうだと思うけれど……」

「あのね。グーラーを操る能力って、エルフィにあるかわかる?」

「グーラーを……?」

 言われた内容を少し考える。たまに精霊は動物とお話していることはあるけれど、操る、というのは聞いた事がない気がする。

 操作系の魔法というのは存在するが、動物というのは基本人間の術にはかかりづらいらしい。それは意思疎通の問題もあるだろうが、魔力が流れが人間とは違う上に受け入れ量が少ないので難しい、と聞いた事がある。それが、精霊なら使えるだろうか。……そもそも精霊は、操る系統の魔法を使わないはずだ。

「難しい、んじゃないかなぁ。一応、後でよければアルくんに確認してみるけれど。さっき見たらアルくん、疲れたのかお昼寝してたから。植物の精霊は冬は少し休みがちなんだ」

「そっか……」

 私の答えを聞くと、ルセナががっくりした様子で俯いてしまった。

「え、どうしたのルセナ?」

 何があったんだろうと顔を覗き込むが、ルセナのその瞳にじわじわと涙が溜まっていくのを見て驚く。

 おろおろと彼の肩に手を当てどうしたのかと尋ねるが、彼の瞳に溜まった涙はとうとう頬を伝い落ちた。


「僕、もしかしたらグーラーが群れる理由、わかったかもしれない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ