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大勢で現れた私達に驚きつつもにこやかに出迎えてくれたのはサシャで、案内されて店舗の二階に上がるとカーネリアンがぎょっとして私達を見たあと、王子で視線をとめた。
「で、殿下! 本日はこちらにお出で頂き」
慌てたらしいカーネリアンがつっかえながら非常に怪しい挨拶をしだすと、王子はそれを笑って気にするなといって止める。
今日はアイラの友人としてきたのだと笑う王子に、カーネリアンがおろおろとしているのを見て、私なんて学園に入って壇上に上がった王子を見るまで姿を知らなかったのにと少しびっくりする。
「カーネリアン、よくデューク様がわかったわね」
「えっ、そりゃ、わかるよ! ベルマカロンのケーキを、王妃様に気に入っていただけているんだ」
それで御挨拶したことが、と言うカーネリアンは、漸く混乱を収めてきたらしく大きく息を吸って吐いてを繰り返す。
落ち着いたらしいカーネリアンは今度は全員に挨拶を交わすと、テーブルに皆を座らせサシャとお茶の準備をし始めた。
「今日は以前から、ベルマカロン製のマシュマロを使ったレシピを募集していたのですが、集まったレシピの試食会をしようと思っていたんです。もちろん新作もありますけれど」
「あ、そういえばやってたね」
以前ピエールがそんな事を言っていた気がする。それでマシュマロの売り上げがすごいという話だった筈だ。確か、キスで作るあなたのお薦めマシュマロレシピ募集! とかなんとかだったような……。
またマシュマロか、とつい夢を思い出してしまった私は、どうやら声に出していたらしい。急に周囲に笑われて、慌てて「楽しみだね、アドリくん!」と誤魔化しつつ立ち上がって、サシャ達を手伝う。
お茶の準備が出来た頃、下の従業員が運んできたお菓子を見た私達は感嘆の声を上げた。
運ばれてきたのは確かにマシュマロが多いのであるが、色鮮やかなそれはどう見ても私が今朝夢で見ていた銀世界のマシュマロとは違う。
「ごゆっくりどうぞ」
従業員がそう言って部屋を去ると、皆がわっと見た感想を言い合った。
「これがマシュマロですの? なんだかスープみたいに見えますわ」
「こっちはなんだか得体がしれないものになってるな」
「こちらは可愛らしいですね、ケーキみたいに見えますけど。あ、お茶にマシュマロを浮かべているのも、可愛いです」
口々に言いながらテーブルを端から端まで眺める。
さっそく、とガイアスが、白くてぷるんとしたプリンのようなものに、赤いソースがかかっているものを手に取ると、口に運んだ。
「ん! うまいぞこれ! 味は間違いなくマシュマロなのに」
「それはマシュマロを使ったプリンですわね。ミルクにマシュマロを溶かして、冷やしたんです。かけてあるのは果物のソースですわ」
サシャが説明すると、皆もそれぞれ口に運ぶ。おいしい、という言葉を聞いて、おずおずといった様子でアドリくんがお菓子に手を伸ばした。
スプーンを手に取り自らそれを口に運んで、その唇が僅かにほころんだのを見て、アーチボルド先生がほっと息を吐く。
そこからは速かった。皆次々に目の前に並ぶマシュマロのお菓子に手を伸ばし、口に入れてはおいしいと笑う。
「これすごくおいしいですわ! なんだか砕いたテケットのようなものが入ってますわね」
「それは一度マシュマロを焼いて溶けたところにテケットや他にもさくさくしたお菓子を混ぜてみたものですわね」
「これはどうするんだ? 普通のマシュマロが串に刺さってるけど」
「あ、そちらは一度火を通しますわ」
サシャが説明をしながら忙しそうに動き回り、それを見たカーネリアンが僕がやるよと一度部屋の奥に行くと、何かを持ってきた。
「あら、可愛いですわね」
カーネリアンが持ってきたのは、薔薇の形のキャンドルだった。この世界のキャンドルは白くて長い所謂「蝋燭」で一番最初にイメージに浮かぶものと同じだ。
おねえさまが薔薇の形のキャンドルを手に取り、素敵ですわねとくるくると回していろんな角度から眺める。赤い色は何で着色したのかわからないが、確かに非常に可愛らしいキャンドルとなっていた。
「お菓子とは違うけれど、ベルマカロンの小物売り場に一緒に並べようと思って作ってみたんだ。まだ試作品だけど」
「へえ」
私もおねえさまから受け取ってそのキャンドルを眺める。確かに綺麗だし、これが店頭で宝石のように美しいお菓子達の傍に並ぶのも素敵だろう。
「ベルマカロンでは雑貨も売っていたのか」
王子が驚いた様子で、俺にも見せてくれないかとキャンドルを受け取った。
「姉が、昔からお菓子を売る時は包装に非常に手をかけていたんです。そしたらお菓子を買いにくるお客様が、包装で使っているものも一緒に売って欲しいと言うようになって」
カーネリアンが王子に説明をする。
そう、お菓子を売り始めた当初、なるべく町の皆の力を借りて作ろうとあちこちのお店に協力を仰いだ手の込んだ包装は、今やそれだけを買い求めに来る人がいるほど人気の商品となっているのだ。
ベルマカロン全店舗で売っているわけではないが、王都の店でも扱っている。もとよりベルティーニが衣服や装飾品を扱っていたのもあって布や紙、金属などあらゆるバリエーションで作る事ができた為、プレゼントを入れる為の袋や包装紙、それにつけるリボンや飾りも人気である。
王子はなるほどと頷いて、ベルマカロンを大きくしたのはベルティーニの娘であるという噂は本当だったかと笑った。
「え、そんな噂があったんですか?」
「嘘ではないだろう? お前、よく昼食を食べてる時も菓子のレシピをメモしているじゃないか」
思わずしまったという顔をしてしまった気がする。初期のベルマカロンで表に立ってくれていたのはあくまで父だ。私が幼かった為であるが、そんな噂があったというのは知らなかった。
まあ、あの時期にばれていたら何か違ったかもしれないが、今はベルマカロンはお菓子販売の最大手だ。今更ばれても問題ないかと苦笑して、そうだったんですかと頷く。
「それでこれでマシュマロをどうするんだ? 蝋を食うわけじゃないだろ?」
ガイアスがひょいと薔薇のキャンドルを手にとって、これはこれで美味そうだけどと笑う。果物の形で作ってあったら間違えて食べそうだ、と言うと、サシャが「まあ、では小さいお子様の為にもそれは避けたほうがいいかしら」と本気で心配してメモを取っていた。
「それでマシュマロを焼こうと思ってるんです」
カーネリアンがガイアスの手のキャンドルを受け取ると、魔法で火をつけた。カーネリアンは魔法が苦手だが、昔から小さな火を灯す事はできていたのだ。
ふわりと薔薇の上に灯った火に、串に刺さったマシュマロを近づけるカーネリアン。私は前世で既に焼きマシュマロを食べたことがあるので、今からわくわくとそれを見守っているのだが、周りの皆は驚いたようにそれを見ている。
「よし、これくらいだな。……召し上がりますか?」
カーネリアンが間近で見ていた王子にそれを差し出すと、受け取って口に入れた王子が大きく目を開く。
「美味いな! それに、おもしろい」
サシャが追加でキャンドルを持ってきて、皆に配る。アーチボルド先生が自分に配られたキャンドルに火を灯すとマシュマロを焼き、熱いから気をつけろ、とアドリくんに渡す。
「……おいしい」
今日初めて、アドリくんが声を出した。皆がそれにほっとしたのがわかる。先生が嬉しそうにしていて、今日連れてきて良かったとこちらまで嬉しくなったところで、サシャがメモを手に感想を教えてください! と皆に聞いて回り始めた。
みんなであれがいい、これがいいと話していると、串に刺さったマシュマロを持ったガイアスが、急に「ああっ」と叫んだ。
「これ魔法使ったらもっと全体的に焼けるだろ!」
「あ、ガイアスちょっとまっ」
カーネリアンがガイアスをとめようと手を上げた、が、少し遅くて。
マシュマロに、ぼっと火が燃え移る。勢い良く火の玉となって燃えたマシュマロを手に、ガイアスがわたわたと火を消そうとしていたが、火が消え去ったそこにあったのは真っ黒な炭の塊で。
「……あー」
「サシャ、マシュマロを焼くレシピはベルマカロンでは不採用だ」
指示を出すカーネリアンに、サシャががっくりと項垂れてメモをとったのだった。
結局、焼きマシュマロ以外のレシピは採用となり、ベルマカロンにしばらくの間期間限定マシュマロフェアとして売り出す事になったらしい。
レシピについては非公開にはせず、公開で扱うという事だったので、また王都の別なお菓子屋でも並ぶかもしれない。ただ、マシュマロ自体はベルマカロンでないと購入できないので、マシュマロをライバル店に逆に売りつけようというカーネリアンの作戦もあるようだ。
「あ、アイラお姉さま、少しだけいいですか?」
甘いものをたっぷりと食べたので、甘さを抑えたお茶とさっぱり塩味のフライドポテトを皆で食べていると、隣の部屋に下がっていたサシャに呼ばれて立ち上がった。
なんだ、ここで言えばいいじゃないかと、明らかにからかうような口調で言う王子に、にこりと笑みを見せたサシャが「企業秘密ですから」と言うので、なんとなく話の内容を察して席を離れる。
扉が閉じた事を確認すると、サシャがやはり「新しい材料についてなのですけれど」と口にした。
サシャはこうして、お菓子に使えそうな果物や、一見どう見ても使えなさそうな薬草なども全て、遠方の領地や他国から仕入れたり新しく品種改良したものを私に知らせてくれる。
それは私がベルマカロンを立ち上げた時から目標にしている「マカロン」や、チョコレートを作るためにとはじめた事なのだが、家にいる時から学園に入学した今も頻繁にたくさんの情報を持ってきてくれているので、時に治療に使える薬草の存在を知ったりと好奇心も刺激され、私の楽しみの一つだ。
「白と黒、どちらのお話からお聞きになりますか?」
「白と黒? うーん、じゃあ黒からで」
なんとなく答えると、部屋の真ん中にあったテーブルの上に、何かを隠すようにかぶせられていた布をサシャがふわりと外した。
真っ白な皿の上に、ごろごろとビー玉程大きさでいくつも黒い丸いものが乗っている。見た目は完全においしそうなものではない。表面はざらついていて、漆黒と呼ぶにふさわしい黒色のそれは、サシャが出してきたのだから間違いなく食べられるものなのであろうけれど。
「……これは、何?」
少し近づいてみる。さっきガイアスが作った炭マシュマロより黒いそれを手に取ると、見た目どおりの重さがあって……そして手にべたりと張り付く感触に、はっとした。
「これ……っ」
「チコリと言うものだそうですわ。なんでも、木の実から作ったものでトリム王国では良く飲まれる飲料品の原料だそうです。これを暖めて、熱くて甘いミルクに溶かしいれて飲むそうです」
「食べてみていい?」
「そのままでも食べられるとは聞いていますが、お薦めはしませんわ。とても苦いんです」
そうは言われても、色は確かに少し違うようだが、チョコレートであろうそれを我慢できずに口に含んだ私は……すぐさま後悔した。なんだこれ、食感は少しざらつくところもあるがチョコだ。だけど、カカオ百パーセントなんじゃなかろうか! に、苦い! いや苦いどころじゃない!
サシャが「ですから苦いと申しましたのに」と苦笑しながら、カップに暖かいミルクを注いでくれた。さすがサシャである。
それをゆっくりと味わうように、口に残った苦さを消し去るように飲みながらサシャを見ると、彼女は真剣な目でこちらを見ている。
「これ、お菓子に使えると思うんです。このコクに芳醇な香り。ある程度なら苦くても、殿方には人気が出ると思うんです。ただもう少し甘ければ……お姉さま、どう思います?」
「うーん、木の実から作ってるんだよね、その製造過程で、砂糖を加えるとかミルクを入れるとか……」
「これを作るのが非常に大変な作業なんだそうです。なんでもトリム王国の職人達は何日も練り続ける作業なども行っているようで」
前世でもチョコレートを作る作業は大変だと聞いた事があったが、やはりこっちでもそうなのかと少し残念に思う。ぱかっと木の実を開けたら溶けたチョコレートがとろーり流れてきてくれたらいいのに。
「他国の職人に交渉するとなると、少し大変ですわね。カーネリアンに相談してみます」
サシャがそういいながら紙にメモを書き付ける。トリム王国は私達の国メシュケットより南に位置する、比較的国同士が仲がいいところだ。私が知っている範囲だと、手に入りにくい布を買い付けたりと他国と交渉するのは父の仕事であったのだが、最近ではカーネリアンも一緒に連れて行ったりしているらしい。すっかり商人だな、と関心しつつ、ミルクを飲み干した私は「じゃあ白の方は?」と尋ねた。
「白は、こちらなんですけれど」
渡されたのは、小瓶だ。中に入っているのは、先ほどの黒い粒よりもっと小さな白い粒。何かの種っぽくも見える。
「山奥で発見された小さな木の実なんです。何かに使えるかな、と思って持ってきたのですけれど」
「木の実かぁ。じゃあ持ち帰って精霊にでも聞いてみようかな」
お願いしますというサシャに頷いて、チョコレート……チコリの改良の件は任せてくださいというので応援し、部屋を出る。
そこではすっかりおなかいっぱいになったらしいアドリくんが、ガイアスと一緒に部屋にあるベルマカロンの包装道具など珍しいものを見て回っていた。
少し元気になった様子を見て、先生がとても嬉しそうに「ありがとうアイラ」と笑う。
「私は何もしていませんわ」
そういいながら、このままご飯も食べてくれるようになるといいけれど、とそのほっそりした腕を見つつ、私は皆の輪の中に戻っていった。
暗い話が続きましたので少し穏やかに。
マシュマロレシピいろいろいただきました。ありがとうございます!
ちなみにいろいろ試したのですが、作者の腕が悪かったのか何個か怪しい物体ができました。ガイアスの炭を笑えません、私も作りました。
なので出来上がりが若干想像です。なんでヨーグルトも牛乳も溶かしたつもりだったのにマシュマロ形残ったんだまったく……。




