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治癒できない怪我の描写があります。残酷描写が苦手な方ご注意ください。



「お嬢様、急ぎましょう」

 レイシスに促されて、頷いて私も村人の治療をする為に走る。

 レイシスがアドリくんのお母さんを抱き上げ、井戸の前へと運ぶ。抱き上げた時彼の表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった私は、少し息を吐いて煩い心臓を落ち着かせようと試みた。それは、酷く難しい事であったけれど。

 きっとレイシスも気づいたのだ。彼女が既に、治療できる段階を離れてしまったことに。


 先ほど怒った様子だったフォルは、先に重症患者の手当てをしている。ほんの少し話しかけづらいが、後ろを振り返れば氷漬けにされた男がいて。

 私の傍まで来た王子がため息をついた。

「フォル。あの男をあのままにしていたらいくら捕獲用の魔法でも死ぬ。氷を溶かせ」

 王子の言葉に、フォルは顔を上げたがすぐに目を伏せた。王子の言葉を無視しているというより、何かに耐えているようだ。

 もう一度、フォル、と王子が愛称で声をかければ、フォルは大きく息を吐いて立ち上がる。

「口は塞ぐ。手足も」

「それでかまわない」

 短く言葉を交し合った二人はすれ違い、背を向けて歩き出したフォルが手を振ると、鎖の蛇に絡みつかれたまま氷漬けにされていた男の周囲の氷がガラスのようにパリンと音を立てて割れ砕け、しかし瞬時に両手両足、口の周辺まで氷が覆う。

 男はぎょろりと目を動かし、肩を上下させていたが、やがてゆっくりと目を閉じ力を抜いたようだ。鼻は塞いでいないし呼吸は出来ているようだから、捕獲用の氷魔法のようだしいいのだろうと目を逸らす。彼に同情するつもりはない。

「捕まえたぞ」

 ガイアスが少し遠くから、再びあの闇魔法を纏う女を捕まえた事を知らせてくれた。

 グーラーはもう全て討伐されたようで、これなら、と井戸の前に移動する。

「アイラ、フォルと全体回復をお願いできるかしら?」

 井戸の前に行くと、重症患者の応急措置を終えたおねえさまが立ち上がった。

 頷いて、これで全員かと井戸の前を見る。ぱっと見た中で動いていると確認できたのは十人いるかいないかで、思わず眉が寄る。

「この村の総人口は三十三名だったそうですわ。そのうち、私が見た中では軽傷七名重傷者十名、確認できていないのは五名、残りは……」

「わかりました。レイシス! 背中治りきっていないでしょう、範囲回復魔法使うから井戸の前に来て!」

 言いよどむおねえさまの言葉の意味を察して、少し目を伏せたあと頷き、レイシスを呼ぶ。レイシスは一瞬躊躇ったようだが、王子に促されて井戸の前にやってきた。


 敵の男の拘束をやり直したフォルが戻ってきたので、怪我をした人達を中心に二人で向かい合って距離をとり、範囲を確認して手を広げた。

 目を合わせ、こくりと頷く事で合図し、二人で声を揃え詠唱を開始する。

「エレメンタルヒールサークル!」

 呪文を発動させた時、ふわりと私達の広げた手の間に魔法陣が浮かび上がり、淡く光りだして陣の中にいる人たちを癒す。

 この魔法は基本四属性である火、水、風、地の魔力を均等に使い癒しの魔力を生み出す大技だ。癒しの力は大きいがその範囲は陣の中と限定され、そして使用者に求められる魔力調整が難しい上に、術者が最低二人は必要である。

 おねえさまは火属性がとても苦手らしく、この魔法は不得手らしい。体調が万全であればいいが、今はかなり魔力を消費してしまっているので今回は不参加だ。

 私は水が僅かに得意だという程度で、他全て平均してある程度は使用できるので、使用魔力が非常に多いがなんとか使うことができる。フォルは、難なく使用しているようだけれど。

 最近医療科で私、フォル、おねえさま、アニーと一緒に練習していた魔法だ。ここにアニーがいれば、と考えて、すぐその考えを消し集中する。今はフォルと二人でこの陣の中にいる人達を守らなければ。

 中にいる人達がおお、と感嘆の声をもらしながら元気になっていくのが目に見えてわかる。だが、それに比例して私とフォルの体からげそげそと魔力が減るのも嫌と言うほど感じさせられた。


 全員がほぼ完全に回復したと目に見えたところで、フォルと視線を交わしあい術を解く。

「くぅっ」

 頭の先から血の気が引いたような感覚がおきて、息を吐き落ち着こうとしたもののふらりと揺れた。それを、傍にいてくれたガイアスが支えてくれたのでそのまま大人しく身体を預ける事にする。


「ああああっ」

 治った、と思ったのに、幼い子供を抱きしめた母親が大きな泣き声をあげた。

 足が、足がと涙を流す。……あの姉妹のお姉ちゃんのほうだろう。

「すみません、失っていなければ、元通りに治せたのですが」

 おねえさまが申し訳なさそうに俯いた。

 女の子は左足の膝の下から先を食われていたらしく、まったくなかったのだ。魔法は万能ではない。ほんの少しも残っていなければ、再生できないのだ。せめて足首より下だけでも残っていれば治せたであろうが、今はそこに足がなかったかのように皮膚が繋がり、本来ふくらはぎがあるであろうところから丸く途切れている。


 それに……。

 井戸の前で、アーチボルド先生が胸元の傷が塞がらないままぐったりと仰向けに倒れているカゼロさんを腕に抱いていた。

 私とフォルが使ったのは私たちが使用できる中で最高峰の回復魔法だった。それでも、既に死んだ人間を生き返らせる事なんてできる筈もなく。

 即死だったのだろう、カゼロさんの心臓を貫いていた石の刃は既にそこにはないが、癒しの魔法で傷が塞がらないのは既にその体が癒しの魔力をとどめておける器としての役割を果たしていないから。……つまり、死だ。

 そして、その隣に同じく眠っているだけのように見えるのだが傷口がそのままの、カゼロさんの奥さんが横たわっている。

 アドリくんの両親は、助けることができなかったのだ。先生の隣で、疲れきったように目を閉じ先生に寄りかかっているアドリくんはきっと、まだ理解できていないだろう。


「ありがとうございました」

 自然と集まって皆が俯いていた中に、しわがれた声で話しかけられる。

 顔を上げると、腰の曲がった年老いたおじいさんが、そのたっぷりある髭の中に表情を隠すように俯きながら私達の前にいた。

「あなた達がいなければ、村は全滅していた」

「あ……でも」

 村の人数は、半分程に減ってしまっている。

 私達の言わんとしていることがわかったらしいご老人は、ゆるゆると首を振った。

「君たちがここに駆けつけてきてくれてから、治療が間に合わずに死んだものはおらんようじゃ。気にする事はない……本当は、グーラーが最近妙に多いことに気づいておった」

 老人は、この村の村長だと言う。村長さんの話では、グーラーが不審な動きを見せていたのは少し前からだったそうだ。

「この村の中心にあるこの井戸の屋根の裏側に、防御の魔法石があった。まさか、同じ村人にそれを壊されるとは」

 村長がそういいながら、ガイアスの土の蛇に捕らえられた女性を見る。

「だが、あの女は操られている。恐らくあの男に」

 王子が視線を投げた先に顔を向けた村長は、そうですかと目を伏せた。やりきれない感情をなんとか沈めようとしているらしいが、村長の目の端から、一筋の涙が零れ落ちる。そうか、と。わしの娘は操られておったのか、と。


「あの男がいったいなんでこんなことをしたのかはわかりませんが、辺鄙な村だから発見が遅れるだろうと最初に来た時言っていたんです。だから諦めろと」

 村長の後ろにいた女性が、ぐったりとして動かない男性を抱きかかえながら言う。もしかしたら母親なのかもしれない。

 だからってこんなの、と泣く女性が動かない男性を抱きしめる。


 なんだ、この光景は。私は、森の中という自分にとって絶好の場所で、これ程までに役立たずだったのか。

 全身に力がはいって抜けない。もやもやとした感情が身体を支配していて、胸が苦しくて眩暈がして。

 目が熱いのに、涙が流れるわけでもない。泣いてはいけない。私は後悔しているのかもしれない。グリモワを持ってこなかったこと、もっと早くにエルフィの力を使わなかったこと、あの時ああしていれば、こうしていればと次から次へと思いが溢れ、溢れるばかりでとどまることがない。

 少なくとも、カゼロさんだけは私の目の前で死んだのだ。何もできず、ただ胸に石が突き刺さるのを見た。私は、あの男の魔法の異常さに気づいていたのに、だ。詠唱なく魔法を使うのなんて、心当たりは一つだ。その予想が当たっているとすれば、私がもっと早く動かなければいけなかったのに。

 

「助けてくれた恩のある方々にお願いするのは心苦しいのじゃが……カゼロはあなたたちが王都の依頼でここに来たといっていた。どうか、わしらの依頼も受けてくれないか」

 村長さんがそう言って、王子に視線を向けた。一番の大人である先生は、傍にいるがカゼロさんを腕に抱いたまま先ほどからあまり動きを見せない。そっとしておいたほうがいいのかもしれない。

 村長さんは残りのメンバーで誰に話せばいいのか、この短い時間でよくわかっていたのだろう。王子が村長さんへと身体を向ける。

「なんだ?」

「見ての通り、我が村は年老いた者が多く、しかも今日僅かであった若い男衆がやられてしまった。なんとか、弔いを終えるまで守ってはくれぬか。ほんの数日だけでいい、歳若いあなた方に頼むのも申し訳ないが、この村の残った老いぼれと女子供だけでは村が守り通せぬ。……いや、もうここでは暮らせぬのかもしれぬが」

 村長さんはそこまで言うとぐるりと周囲を見回して、村長さんを見守る村人達と目を合わせたようだ。

「この村は確か、危険であるからという理由で一番近くの王都に移り住むように達しが出ていた筈だが? この村には騎士がいないだろう」

 王子が村長に問う。村長はそれに「知っておりましたか」と力ない言葉で呟いた後、僅かに頷いた。

「それでも故郷というのは離れがたいものでした。カゼロたちが頼もしいからと甘えていた。住み慣れぬ都会で暮らす恐れもあったのに……今となっては、なぜ王都から使いが来たときに移り住む決断をしなかったのかと」

 途中で途切れた重い重い言葉に、しんと辺りが静まる。そんな中、王子が静かに、ゆっくりと首を振った。

「悪いが、その依頼は受ける事ができない」

 王子の言葉に、なぜ、と村長が詰め寄る。村人も立ち上がり、どうかお願いしますと涙を流す。だが、王子は私達に視線を向けた後、首を振った。

「見てわかるように、俺達もかなり魔力を消耗した。ある程度の回復薬は持ってきているがこのような戦闘を続ける程じゃない。それに、今回捕まえたあの男は仲間がいる。仲間が戻ってこない男を心配してこの村に来れば、今度こそ終わりだ」

 それを聞いて、村長が打ちのめされたように膝をついた。しかし、私達は半端な言葉をかけることができずに口を噤む。王子が言う言葉はもっともだ。一刻も早く、ここから離れたほうがいい。

「それでは……村は……」

「残念だが、生き残った村人が大事ならすぐにここを離れることだ。……フォル」

「うん」

 王子の視線を受け止めたフォルが、すぐに伝達魔法を展開し始める。

 しばらく何かを話していたフォルが、淡く光る魔法陣を消し去ると顔を上げた。

「王都に連絡を取ってあったのですが、あちらから騎士や戦える人間をこちらに向けてすでに派遣したと」

「よし。……ということだ、村長。俺らはこの犯人を王都に連れ帰らなければならないが、騎士を呼んだ。だが猶予はない、すぐ弔いを」

「あ、ありがとう……ございます」

 村人は泣いていた。泣きながら、亡くなった大切な人たちを腕に動き始める。


 ただ、アーチボルド先生だけが、いつまでも自分に寄りかかるアドリくんの為に動かず、目を開けることがないカゼロさんの手を握って井戸の前に座り込んでいた。


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