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「レイ、シス?」

 私に覆いかぶさって呻くレイシスの声が響いて聞こえて、何が起きたのか一瞬わからなくなる。

 私の視界を塞ぐようにレイシスの体があるからどうなっているのかわからない。ただ、最初じりっと焼けるような熱を感じたのに今は非常に冷えていて、あの炎の蛇がどうなったのかがまったくわからない。

 まさかレイシスに蛇がぶつかった……?

 漸くその考えに至った私は、思いっきりもがく。

「レイシス、レイシス!」

「だい、じょうぶです、お嬢様」

 ほんの少しかすれた声でレイシスが言う。

「アイラ!」

 すぐにフォルの声が聞こえた。その時漸く私に覆いかぶさっていたレイシスが離れる。

 ひらけた視界に映るのは一面の氷。だが一部が砕け散っていて、はっとしてレイシスを見る。

「レイシスごめん! 弱いものしか作れなかった!」

「いや、フォル助かった」

 そうか、フォルが咄嗟に氷で炎の蛇を防いでくれだんだろう。得意な氷で防ごうとしたが、それでも急ぎだったせいで強度が足りず砕けてそれがレイシスに当たったのかもしれない。

 それでも咄嗟にこれだけの氷を作り出せたのはさすがフォルだと、ひゅんと冷気を残して消える氷を見ながら思う。私は何もできなかったのだから。

 すぐにレイシスの背を見る。見た感じ特に怪我をしている様子はないが、強く打ち付けたのであれば見ただけではわからない体内の心配をしなければいけない。隣にいたカゼロさん達はとりあえず無事のようだが、同じくどこか打ち付けたりしていないだろうか。

 だが、そんな心配をさせてくれる余裕は、相手もくれないようだった。

「炎の蛇!」

「また!」

 フォルが氷を生み出そうとしたようだが、相手の魔力の高まりを把握していた私のほうが動くのが速かった。

「水の蛇!」

 同じ数だけ水の蛇を生み出し、それぞれが炎の蛇へと飛び込んでいく。 

 私の生み出した水の蛇が相手の炎の蛇に絡みつき、ぐるぐるとねじれあって暴れる。炎に対し水を使った私に分があるが、こうなると魔力勝負だ。

「ちぃっ」

 眼鏡をかけた男が悔しそうに舌打ちをする。炎の蛇が、水の蛇に食われたのだ。

「こっちも忘れんなよ!」

 男の後ろからこの場に飛び込んできたのはガイアス、そしてフードを深く被っている王子。二人とも剣を手に男に切りかかり、更に後ろから現れたアーチボルド先生が援護するようにチェイサーを飛ばしたが、男は手に持った何かを掲げるような動きをし、次の瞬間には淡い光を放つ防御壁を作り出して全てを防いだ。

「多勢に無勢とは卑怯ですね!」

 男が引きつった笑みを浮かべながら言うと、私達の位置を見回しながら一歩下がる。

 ちらりと周囲を見てみれば、おねえさまが村人の救助に走りルセナは心配そうにこちらを見ているが井戸の周りに集まった村人の為に動けずにいるようだ。彼は防御の要だ、仕方がないだろう。

 グーラーもいるし、おねえさまの手伝いに行きたいところではあるが……王子とガイアス、先生がすぐに捕まえることが出来ずにいる相手に背を向けてそれを実行に移せるかと言われると、自信がない。


 と、目の前で私を庇うような位置に動いたレイシスが、自ら小さな声で治療の詠唱を始めた。こんな時でも私を守ろうとしてくれるのになんだか申し訳ないような辛いような複雑な感情に押されつつ、敵を注視する。

「そっちもいっぱいオナカマさんがいるだろ?」

 先生が挑発するように言いながら周りを見る。グーラーの事だ。

「ふん、あんな出来損ないと獣を勝手に仲間にしないで欲しいですね」

 敵が吐き捨てるように言う。出来損ない、という言葉にひっかかりを覚える。出来損ないと獣……あの、女性のことか?

 ちらりと少し離れた位置でガイアスの土の蛇にまだ絡まれたままもがいている女性を見る。たぶん、あの女性も闇魔法で操られているのだろうと思うのだが……確認は出来ていない。

 それに何より、まるで、実験でもしているような口調で……ぞくりと背筋が冷えた。


「それにしても何でこんな辺鄙な村にこんなに強い魔法の使い手がぞろぞろといるんですかねえ?」

 少し高い声で人を小ばかにしているような口調で話を続ける敵の男。私はその手の先に僅かに魔力が集まりだしていることを確認すると、叫んだ。明らかな時間稼ぎだ。

「伝達魔法を使おうとしている!」

「させるかよ!」

 ガイアスが大きく剣を薙ぐ。

 強い熱風が吹き荒れ、男が体勢を崩して転ぶと伝達魔法は形となる前に崩れ去った。

「仲間を呼ばれたら困るな」

「ちっ」

 口を布で覆っているためくぐもった声で話す王子が、体勢を崩した男に剣を突きつける。襲い掛かるグーラーは先ほどから先生が対処しているが、数がかなり減ってきていた。これなら、とそっと足に力を入れる。

 ほんの少し横にずれて、恐怖で声も出なくなっているアドリくんを抱いているカゼロさんに逃げろと伝える。だが、彼は奥さんを気にしているようで動けずにいた。

 そんな躊躇い、もちろん敵もお見通しで。この場で誰が一番弱点になるかだなんて、そんなのはすぐにわかることで。

 敵がまた手を振り上げた。次の瞬間、私とレイシス、傍に駆け寄ってくれていたフォルまで、大きく横に体勢を崩す。

 私達の横……カゼロさんたちのいた場所の地面が大きく盛り上がり、突き出す。途中で転がり落ちたカゼロさんとアドリくんはいいが、寝たまま動けないアドリくんのお母さんは高い位置まで持ちあげられてしまう。


 おかしい。詠唱がなかったのに!


「お母さん!!」

 アドリくんが表情を変え再び泣き叫ぶ。その瞬間、カゼロさんの腕から下りてしまったアドリくんを再び土が襲った。

 アドリ、とカゼロさんが叫ぶが、アドリくんの足場はどんどんと高くなり、決して一人では降りれないであろう位置へと運ばれていく。

「いいですか、私に何かしようとすればその子供と女を落とします」

 にやりと敵の男が笑う。ああ、こいつ最低だ。ルブラだかなんだか知らないが、こんな人たちばっかりなのか。こんなの……。

「連絡もさせずに、逃がさなければいいんだよね?」

 ぽそりと呟いた私に、傍にいたレイシスとフォルが僅かにぴくりと揺れた。

 きっと駄目だと言う。だけど、ここは森の中の村だ。自然に囲まれたここなら、絶対に逃がしやしないのに!


 またしても男が手を振った。次は何がくるのかと構えた時、後ろの方で大きな音がする。がらがらとおかしな音が続けて聞こえた。

 ガイアスが顔を顰めた。ガイアスが生み出していた土の蛇が、ぼろぼろと崩されていく。中の女が、よたよたと立ち上がった。

「あんな失敗作でも前のようにつれていかれては困りますからね」

 まただ。また実験体の事でも話すような口調の彼の言葉に、いったいどういうことなのかと混乱する。

 立ち上がりこちらに向かってくる女の首元に、やはり黒いもやが見えた。だが、今回は魔法石をつけられているわけでもなんでもなく、女性の肌そのものがもやもやと黒く染まっている。

 あれは……何……?

 目を細めあのもやの正体を探ろうとしたが、その時カゼロさんが叫んだ。

「やめてくれええ!」

 見上げる彼の視線の先に、土の山を登りぐったりとしている女性に喰らいつこうとしているグーラーの姿が見えた。 

 噛まれそうな女性を見て、カゼロさんが大きく泣き叫ぶ。もう魔法を使おう、そう思ったのだが。

 それを見ていた男が、なぜか急に女性の体の下の土の山を下げていく。眉を潜め、なんだ、と呟いた。

「使おうと思っていたのに、そっちの女は既に死体でしたか」

 と。


「うわあああ!」

「やめろカゼロ!」

 先生が止めるが、カゼロさんが男に剣を振り上げ襲い掛かる。

「お父さん、お母さん!」

 アドリくんが叫ぶが、アドリくんの足場がふっと消えた。宣言通り男が消したのだ。

 落ちる、と誰もが息を飲む。もう、もう!

「行けぇ!」

 私は立ち上がり魔力を拡散する。

 私の魔力を受けとった周囲の精霊達が一斉に動き、木から伸びた枝や蔦がアドリくんを絡め取る。

 すぐさまそれを確認した王子が、驚いて木を見ていた男の足に剣を突き刺した。悲鳴があがるが、容赦なくもう片方の足も潰す。

 カゼロさんが剣を振り上げた。先生が、待て、殺すなと叫んだ気がする。だが。

「ぐっ」

 おかしな声を上げたのは、敵の男ではなかった。カゼロさんの胸の辺りに、細長い石らしきものが突き刺さる。

 すぐにガイアスがカゼロさんを支えてそこから離れる。王子が鎖の蛇を使い動けない男を縛りあげたが、男は笑った。

「素晴らしい! 緑のエルフィでしたか。ああ、君の力も私のものにしたいですね。あんな出来損ないの相手はしたくなかったんです」

 急激に上機嫌になったらしい男が突然饒舌に語りだす。自らが鎖の蛇で捕らえられ、足も剣を突き刺されたばかりだというのに、それを気にした様子もなく笑みを浮かべる男の姿は異常だ。

「そう、そうですよ。そもそも闇のエルフィを作り出すのにはもっと研究が必要なんですよ。いきなり実戦投入しようとするから失敗するんです。血というものはそんな簡単に作りだせるものじゃないんですから……ああ、そうだ、次の実験はもともとエルフィの血筋である者に闇の力を与えてみてはどうでしょうね!」

「は……?」

 闇のエルフィを、作り出す?

 疑問を浮かべた私に、鎖の蛇に捕まっている男が嬉しそうに言う。

「君は闇の力に興味がありませんか? 私のところにくれば、すぐに彼らにか」


 男の言葉はそこまでだった。

 空気がひやりと冷える。

 鎖の蛇に絡まれた男が、ぴくりとも動かなくなった。当然だ、全身、氷漬けにされているのだから。


「煩いですよ」

 ぞっとする程低い声を出した、氷の魔法の使い手は、呆然とする私達を残し、銀の髪を揺らして静かに男に背を向け離れていった。


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