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 くるくるくる、と精霊が楽しそうに回る。その度に淡い光がふわふわと視界に入り、私は……混乱していた。

 光のエルフィ? なんだそれは。緑のエルフィ以外を私は詳しく知らないのだ。光の……。

 頭では該当しそうな人間がわかっている。だが、それをどう確認するべきか私はわからなかった。今ここで、精霊との会話を待っている後ろの三人に尋ねてもいいのだろうか。


 いや……これは先に確認するべき相手は、一人だろう。

 私は緑のエルフィ。植物を操るのが得意だ。なら、光のエルフィは間違いなく光を操る、……王子。

 私は精霊に少し待っていてと声をかけた後、くるりと後ろを振り向いた。

「伝達魔法を使います」

「アイラ、何かあったのか!?」

 ガイアスがすばやく反応したが、ごめんちょっと待ってと声をかけて、申し訳ないが魔法を使わせてもらう。

 右手を前にかざし、詠唱を始めれば手のひらサイズの薄青に光る魔方陣がふわりと現れ、王子に声が繋がる。相手に一方通行で繋がるものだが、相手も伝達魔法を使えばそれは一方通行同士で繋がる事になる。

 目を閉じ、伝えたい事を魔力にのせる。声に出さなければならないが、囁く様な小さな声で伝わるので、私は後ろの三人に背を向ける形ですばやく王子に内容を伝えた。

「精霊に周辺の異常を確認しました。確かにグーラーが現れるようです」

『そうか』

「それで、精霊がこれ以上の事を教えてくれません。光のエルフィに会わせて欲しい、が精霊の願いです」

 後半ひどく小さな声、というより吐息のような声で伝えたのだが、これは伝達魔法だ。伝わっただろうと願い返答を待つと、しばらくすると王子からそちらに行くと連絡があった。よかった、たぶん対応は間違っていない。

「デューク様達がこちらに合流するって。目印どうしたらいいかな?」

「僕がやるよ」

 フォルがそう言ったのでお任せすることにして、既にあちらからは切られている伝達魔法を切る。ひゅっと魔方陣が消えて、精霊がやったあと喜びながら宙を舞った。

 何があったのですか、とレイシスが聞いてきたが、どう答えるべきか悩む。

「精霊が、対価に魔力を求めないの。たぶんだけど、王子に会ってみたいって言ってる」

「え?」

 きょとんとしたレイシスに、苦笑する。確かに聞いた事ない願いだ。

 あまりいろいろ考える暇もなく、すぐ風歩で近づく三人に気づいた。

 来たね、とそちらを見れば、王子を先頭に仲間の姿が見える。

 光のエルフィ、という言葉の理由については、後日考えよう。今ここで尋ねたくてもできないのだ。


 精霊がふわふわとスカートを翻し喜んだ。と、彼女が指先から魔力を編み出していることにぎょっとする。姿現し!?

「え、ちょ、え!」

 姿を現すのかとぎょっとしていると、精霊の少女は心得ているわ! と叫ぶ。な、何を!?

 慌てている私の視線の先を見たガイアス達が、精霊が、と口にした。もうエルフィでなくても存在が認識出来るほど姿現しをしてしまっている。

 当然の事ながら、こちらに向かってきたおねえさまとルセナは警戒を露にした。

「何!?」

 すぐに防御魔法を作り出したのはさすがであろう。だが、王子がそれを手で止める。

「精霊か」

 王子はちょうど姿を現した精霊を見て、目を細める。ほんの少し警戒しているようだ。

 だが、姿を現した可愛らしい精霊は、両手を胸の前で組みそれは嬉しそうに王子の周囲をくるっと回る。

「本物だわ! 本物の王子様! すてきー!!」

「……は?」

 王子が拍子抜けしたような顔をして自分の周囲を回る精霊を見つめる。

 精霊は上気した顔で息荒く王子の傍に行くと、ぺたりと王子の頬に触れまたしてもきゃあきゃあと騒ぎ、「かっこいい」「素敵」を繰り返し始める。

 まるでアイドルにでも遭遇したような様子だが、なるほど……王子、精霊界でも、人気者だったんですね。

「な、何事ですの……?」

 驚いた様子のおねえさまをちらりと見た精霊の少女は、じっとおねえさまを上から下まで眺めた後、なぜかむっとして胸を張り「精霊よ!」と答えた。

「姿現しを知らないの!? 精霊だって姿を現すことができるんだから!」

「そ、そうなの。でもなんでデュークを……」

「まああ! 王子様を呼び捨てってあなた何者なの!? まさかあなたも王子様が? 少し胸が大きくて整った顔してて足も長くて肌が綺麗で髪まで美しいからって生意気ですわっ」

 あ、あれ……可愛い精霊だなと思ってたのになんだこの展開は。明らかにおねえさまに張り合っている。そしてべた褒めしている。全面同意しよう。

 おねえさまは全力で褒められているのに相手が怒っているものだから混乱して「えっ」と声を発したっきり固まっている。ちなみに王子は笑っていた。ルセナは初めて見る精霊に目を輝かせ、他のメンバーはついていけずに呆然とやり取りを見守っている。

 助けてやれよ王子……。

 仕方なく話が進みそうにないので、あの、と声をかけてみると、精霊は私を見てはっとしたあと急に王子達の方向に向き直り、仁王立ちとも言える体勢で口を開く。

「私は夜光花の精霊ですのよ、久々に魔力が高い人間が森に入ったから姿を見せてあげることにしたんですの。そしたら光……噂の王子様の魔力の気配がしましたの! 王子様が私の願いを聞いてくれたら、この森で起きていることなんでも話してあげてもいいわ!」

 どうやら、私がエルフィだとばれないようにしてくれるつもりらしい。なるほど、先ほどの「心得ているわ!」はこういうことだったのかもしれない。

「願い?」

 王子がぴくりと眉を動かし精霊を見る。精霊は頬を染め、王子と視線を合わせる事ができないのか少し俯いた。恋する乙女か!

「言って見ろ」

「えーっ」

 頬に手を当て顔は恥ずかしそうな笑みを浮かべたまま、ハートマークがついていそうな声音でいやいやと首を振る精霊は、やがて小さく「キス」と呟いた。

 キス!?

 ぎょっとして全員が一瞬仰け反ったり反対に前に出たりと反応を示す。王子だけはぴしっと固まって精霊を凝視していたが。

「私のファーストキスのお相手になってくださいましたら、教えてさしあげます」

 可愛らしい声で、可愛らしい姿で、ぎょっとする内容を話し出した精霊になんと王子の頬が僅かに赤く染まったのを見た。すごい! 精霊さんあの王子を照れさせるとは。

「いや、ちょ、待て待てそういうのは大切な人とだな」

 しどろもどろになんとか精霊を説得しようとし始めた王子だが、精霊はまた頬に手を添えて首をふるふると横に振ると、「ですから」と遮った。

「大切な想い人にこうしてお願いしているのですわ。ああ、精霊と人間の許されざる恋! どうか私の初めてを奪ってくださいませ!」

「待て待てそれは語弊があるだろ!?」

「落ち着いたらどうかなデューク」

 ぎょっとして精霊の前であわあわと両手を振り、まるでおねえさまに今の発言を聞かれまいと言葉をかき消そうとでもしているような王子に冷静なフォルが突っ込んだ。

 はっとした王子は、言ってはいけないことを口にする。

「フォル! フォルセはどうだ、こいつも王族の血をひいているぞ」

「はい?」

 くるりと振り返った精霊が今度はまじまじとフォルを見る。フォルは最初からいたのにどうやらきちんと把握していなかったらしい。

 なお、王子の顔は精霊がフォルの方向を見た今も引きつっていた。それはそうだ、押し付けようとした相手から絶対零度の微笑みを向けられているに違いない。怖いので確認はしないことにする。

 だが、王子の思いもむなしく精霊は「違いますわ!」と言ってフォルから王子に視線を戻した。残念だが、彼女は「光のエルフィ」に惹かれていると思うので駄目だと思うよ王子。

 どうするのかと王子を見れば、情けない顔で見てくる王子と目が合ってしまった。思わず逸らそうと思ったが、思い直しはあとため息を吐く。

「では、さくっとお願いしますねデューク様」

「助けるんじゃないのかアイラぁあああ」

 うるさいです。はやくしないと夜光花が咲く時間になってしまいます。

 まだ月の位置は低いが、もう少しすれば月明かりに反応して花開く時間を迎える。そうすればグーラーの群れがやってくるかもしれないのだ。

 悲痛な目を向ける王子に若干良心が痛むが、『精霊のファーストキス』ならば別におねえさまの前でしても大丈夫だと思う。……特殊なのだ。彼らのキスは。

 仕方ない、説明を……と思ったところで、おねえさまが「いいじゃありませんか」と言う。

「さすが"殿下"、精霊にまでオモテニナルノデスネ。減るものじゃありませんし」

 にこやかな笑み。だが、途中やたらと棒読みだった気がする。お、おねえさま何か怒ってる!? しかも殿下呼び!

 そういえばさっき精霊に名前で呼んでいること突っ込まれていたような。あ、王子が大慌てでおねえさまのところにとんでいった。ちょっと申し訳なくなってまいりました。

「あの、デューク様。どんな想像しているのかは大体わかりますが、精霊のキスはやり方が違います。私も地元で何回かやりましたし」

「へ?」

 王子が珍しい間抜けな顔をしながら振り返り、説明しようとしたのだが私の頬に誰かの手が触れ、ぐいと押されて視界から王子が消える。

 ふえ、と間抜けな声が出たが、私の視線の先に紫苑色が混じる銀の瞳。微笑んだフォルが、私の頬を手で包んだまま「どういうこと?」と聞いてくる。……そこまで言われてはっとした。


 しまった、おねえさまとルセナの前だった!


 時既に遅し、私は「精霊のキスを地元で何回かやった」と答えてしまったのだ。ああ、フォルもうちょっと早く突っ込みを! いや人のせいにしてる場合ではない。悪いのは完全に私である。

 あわあわと答えに窮した私に、逆に慌てていた王子が冷静になったらしく一つ咳払いをし、あーと声を出した。

「とりあえずアイラ、どうやってやるんだ」

「うう、えっと、指先にこうやって小さな魔力を溜めて」

 王子を横目で確認しつつ、実演し自分の左手の人差し指を立て、そこに球状に小さく魔力を、濃い目に集める。皆の視線が魔力探知をしながらそこに注目したのを確認して、目の前で私の頬に手を添えたままのフォルがいるので、私はそちらに指先を向けた。

「こうやって精霊の口元に指先を当てるんです。精霊が魔力を口から飲み込んで終了。精霊同士の愛情表現で、親代わりの精霊が若い精霊に魔力摂取を教える為にやったりするものらしいんですが、最近では精霊も恋人同士でやったりするとか」

 言いながら、フォルの唇にとんと指先を乗せる。指先が温かくふにゃりと柔らかいものに当たり、つい「あ」と声を出した。

「マシュマロ、じゃないなぁ」

「……アイラ……」

 一瞬目を丸くした後、はあとため息をついたフォルが私から手と視線を同時に外し、そして片手で顔を押さえながらもう片方の手で私の中途半端な位置にあった人差し指を握る。

 しかしそれは一瞬の事で、後ろから引っ張られた私はすぐにフォルの手から離れた。

「アーイラ。少し考えて行動しろ、レイシスの精神安定の為にも」

「ふへ」

 私のおなかの前に手を当てて後ろに引っ張っていたのはガイアスだった。後ろにレイシスもいるみたいだが、見えない。

 言われた内容を考える前にフォルを見て、やっちまった、と思う。

 フォルの顔が真っ赤だ。

 私、人の唇に勝手に触っちゃった!! これはセクハラか? 痴漢? いや痴女か!

「あーごごごめんフォル! 決してマシュマロと比べたわけじゃなくて、いや比べたけどそうじゃなくて!」

「ああうん、うん、わかったから」

「大丈夫フォル! 柔らかかったし!」

「いやアイラ、そういう問題じゃないしその発言もどうかと思うから」

 大混乱しているこちらをよそに、精霊のファーストキスがどのようなものなのか理解したらしい王子がそれならとさくっと指先に魔力を溜め、精霊の少女がそこにちゅっとして珍しい緑のエルフィではない人間と精霊の契約がそこに成立したのであった。

 ちなみにこの混乱のおかげで「なぜ私が精霊のファーストキスを知っているのか」という疑問は、とりあえず今のところ話題に上がることはなかった。



「つまり、魔力の気配があるんだな?」

「そうなのよ! まったく、私達の花も踏み荒らすし、倒しちゃって王子様!」

 頬を膨らまし可愛らしく怒る精霊の情報では、最近のグーラーの群れが動き回る時間帯に不審な魔力の気配を確かに感じているらしい。

「それは何の魔法だ。火か、風か。……闇か」

「属性? そんなの、ごちゃごちゃよ!」

「え、ごちゃごちゃ?」

 王子の質問に返ってきた答えが意外でつい首を傾げる。ごちゃごちゃ……そんな。

「ちょっと待って。グーラーはただの獣で魔物じゃない。そもそも魔法は使えない筈なのに、なんで?」

 ルセナの質問にはっと気づかされる。

 たんに闇魔法を探そうと思ってきたが、そうなのだ。魔法を使うのはグーラーではない。人間の可能性が高いのだ。

「それは……グーラーが魔法を使ったとしても大問題だし、人間が獣を魔法で操るのも人が死んでるしやっぱ大問題だよなあ」

 ガイアスが頭をがしがしとかきながら唸る。

 ほんと、なんで毎回任務がこうもややこしいんだ。

 しかし空を見上げれば大きな月が目に入る。もう時間がやってくる。

 光のエルフィ、ならば、王子は色を見る事はできないのだろうか。そうは思うが、それを尋ねることもできずに森の奥を見た時はっとした。

「来た」

「来ましたね」

 私とレイシスの声に、一斉にみんなが森の奥へと視線を向ける。

 考えている暇はない。既に、敵は現れたのだ。


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