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 おねえさまとルセナの二人と合流し、結局いつもの七人で集まった私達は、少しの買い出しをした後あまり目立たぬようにと人に紛れて王都の外へ出た。

 つい珍しくてあたりを見回してしまう。王都の外壁の外なんて、王都に来る時に通ったくらいで、うろつくのは初めてだ。

 地面はもちろん舗装なんてされておらず、それでも行き来する人が多いため通りはむき出しの土となっており、道から少し外れると途端に草が生え緑に染まる。

 さすがに王都入口前に木が生い茂っていたりはしないが、右を見ても左を見ても少し離れた先に森が見える。見回してみても獣の姿はないから、あの森の辺りから獣は現れるのだろうか。

「こうして馬車を使わずに街の外の道を歩くのは初めてですわ」

 おねえさまの言葉に同意したのは私だけ。ガイアスとレイシスはよく地元でも修行で出ていたし、ルセナも同じような感じらしい。フォルはそもそも一人でふらりと私の町に来たことがあるからわかるが、王子は少し意外だ。

 修行の一環だといっているが、要は抜け出したんじゃなかろうか……。

 というか、最初ここに来る前に買い出しに出たのだが、その際王子が暴走していた。

 王子が生肉や野菜だけではなく鍋にまで手を伸ばした時、フォルがさすがにとめたのだが、外で飯を作るのが醍醐味だろう! と言ってしばらく鍋を握り締めて放さなかったのである。

 王子、確かに数日旅に出るなら必要かもしれませんが、今日夜中まで見つからなければ戻るんですよね、鍋、邪魔ですよねと必死に説得したが、王子の心はセットで売っていた鍋の蓋を閉じた瞬間に中に閉じ込められたのか変わらず、大変苦労した。思わず呪いの鍋なんじゃないかと思った。

 最悪盾になるぞと鍋の蓋を持ち出した時には、おねえさまがいい笑顔で王子に詰め寄った。「本当に鍋の蓋で戦いますのね? いいんですのね? その際は問答無用で全力でお相手して差し上げますわ」と語るおねえさまの背後に黒薔薇が見えた。


 買ったのは人数分のパンだけになった。



「それにしても、獣が出るのはどの辺りでしょう」

 きょろきょろとおねえさまが周囲を見回す。さすがにこんな広い通りではないだろうが、確かにあの依頼書じゃ情報が少なすぎる。でも王子が詳しい話を知っている筈だとそちらに視線を向ければ、王子はくるりと周囲を見回した。

「報告では、なんでも南西の方角の森から現れるらしい。数が多くて普通の商人が襲われた。実際に見ていないからなんとも言えんが、獣はグーラーであったらしい」

「グーラー? グーラーがいっぱいいるの? 群れていたってこと?」

 ルセナがぴくりと反応して王子に尋ねる。私もついそちらを見上げた。グーラー……?

「あ!」

 急に思い出して顔を上げると、ガイアスとレイシスの二人と目が合った。恐らく二人も思い出したのだろう。

 私たちが入学前に道中で出会ったあのグーラーの群れを。

「どうした?」

 私達の様子を見て首を傾げる王子。ガイアスとレイシスの二人と、どう説明するかと視線を合わせると、レイシスが代表するように一歩前に出た。

「俺達が入学のために学園に向かっている道中でも、グーラーの群れに襲われたんです」

「群れ? ちょっと待って、グーラーってあのグーラーよね?」

 おねえさまが目を丸くしてレイシスを見る。それにレイシスが頷き、信じられないと視線を彷徨わせたおねえさまと目が合う。

「私も驚いたんですけど、確かにグーラーでした」

「とにかくグーラー相手なら水だ。水魔法はアイラが得意だけど、いったいどれくらい数がいるのか……」

 ガイアスがそういいながら、俺は苦手だ、と呟いた。

「詳しい情報はほぼない。何せ襲われた人間の内三人死んで、一人生き残ったが殆ど怯えて喋れないらしい」

 王子の言葉にまたしても全員が驚きを見せた。グーラーは非常に追い払いやすい魔物だ。ただの水魔法にすら、いや、雨ですら怯んでしまうのだ。水を飲むために川原に出る事すら滅多にないと聞く。水分補給は植物からという、狼程の大きさであるというのに体型に合わない珍種だ。

 それが、旅をしている商人が追い払えないというのは不思議だ。水は人間にとっても必要なもので、魔法で飲み水を確保できない人間も必ず水筒くらいは持ち歩いているだろう。何人も襲われているのに全員水筒の水を出し惜しみして致命傷をグーラーに負わされるというのは非常に考えにくいことだ。

「どれほどの群れで動いているんだろう」

 フードを外したフォルが、その銀の髪を薄闇の中で揺らしながら考え込んでいる。

 みんな水魔法は使えるだろうが、ガイアスは苦手としているし数が多ければ油断ならない。魔法使いにとって特になんの問題もないはずの獣だが、やはり数は脅威だ。

「とりあえず、こんなところで待っていても仕方がない。南西に行くぞ」

 王子の声に全員が返事をすると、王子、そして王子の両脇をルセナとフォルが囲み、ガイアス、おねえさま私と横並びに後ろについて殿をレイシスが務め、風歩で跳んでいく。

 風はまだ暖かい。いや、むしろじっとりとしていて暑いくらいだ。夏はまだまだ先があり、これから夏の最後の王家主催のパーティーに出る為に遅れて王都に集まる貴族もやってくるだろう。

 グーラーの群れだなんて、本来群れる筈がない獣の集団が現れればパニックになる。

 それに、王子は闇の魔法が関わってるかもしれない、と言ったのだ。

 もしかしたら、私達が学園に来る前に襲われたあの時も何か闇魔法が関わっていたのだろうか。あの時はグーラーを倒すのに必死で、黒色の魔力なんて存在を気にした事もなかったしそれらしきことは何もなかったはず。ただ一点、群れる筈のないグーラーが群れをなしていたという異常行動以外は。

 王子が、木々の生い茂る森に入るほんの数歩手前で合図を出すと、私達は風歩を止めその場に両足を着く。

 すぐに気配を探って見るが、特に異常な魔力もなければ獣が群れを成している様子もない。ただ虫の声と、さあさあと風に揺れ擦れる葉の音がするだけだ。

「レイシス、どうだ」

 この中で一番音を拾いやすく、探知に長けているのはレイシスだ。王子も問いながら気配を探っているようだが確認を取るようにレイシスに声をかけると、レイシスはしばらく目を閉じていたがゆっくりと首を振る。

「獣の気配はありますが、群れと言うほどではありません。普通に森の中に住まう獣ではないでしょうか」

「こちらも特に異常な魔力は感知しないな。アイラはどうだ?」

「……何も"見え"ませんね」

 私に聞いたのは闇魔法の事だろうとそう答えれば、王子は視線を森へと向けた。

 既にあたりはだいぶ薄暗くなってきている。森の中はもう真っ暗に近い状態だと言っていい。正直に言うと、私が魔力を識別できるのはあくまで色だ。つまり、暗くなるほどわからなくなる。王子のように光るような白であれば別であろうが、闇の中で黒色を認識するのは難しいだろう。

「明かりを灯すわけにも行きませんし、どうしましょうか」

 レイシスが不安そうに口を開く。

「グーラーであるという確認をしなければならないということですの?」

 私たちが「見えない」という事を問題視していることに気づいたおねえさまが首を傾げる。

「そうだな、得られる情報はなんでも欲しい。群れるグーラーがいるとすれば、研究者が動くことになるしな」

「そうですわね、グーラーは絶対一匹でうろついているものだと思っておりましたわ……」

 頬に手を当てておねえさまが森の奥を見つめる。王子が上手く誤魔化してくれた事にほっとしつつ周囲を見回し、はあとため息をついた。

「アルくん、つれてくればよかった……」

「ああ、そういえばあいつは前回大活躍だったな」

 ガイアスがそういえばといいながらちらりと今は少し離れた王都の外壁へと目を向けた。

 確かに前回アルくんは敵の武器を封じるという活躍ぶりだったし、アルくんは精霊だ。もしかしたら闇の魔法が動けばその気配を感じてくれたかもしれない。

 うーん、と悩みつつ森を眺めていたとき、ふと視界にふわりとした淡い光が目に入った。

 ――あ。


「王子、一度二手に分かれて周囲を探って見ませんか」

 王子を見ながら提案する。ん、そうだな……と悩んでいた王子だが、私が無言でガイアスとレイシスの二人の傍に歩いていき再度王子の目を見た時、わかった、と頷いて見せた。

「ガイアス、レイシス、アイラと行け。……あー、フォル、お前もだ」

「デュークについたほうがいいんじゃ?」

 フォルが少し眉を寄せた。ここは外だ。王子の護衛は今日は姿を見ていない。私もそのほうがいいのでは、と思ったのだが、王子は首を振った。

「こっちにはルセナがいる。何かあっても防御は問題ないだろう。何かあれば合図は伝達魔法を使え」

「了解」

 待ち合わせ場所は森の外であるこの場ということにし、二手に分かれた私達は風歩でその場を離れた。

 十分距離をとったところで浅く森に入り、合図をして三人を止める。

「精霊に聞くわ」

「なるほど、それで二手に分かれたのか」

 納得した様子を見せたガイアスが、周囲を警戒するように見回した後二歩私から離れた。それに倣い、レイシスとフォルも少し下がる。

 私はそれを確認して一歩前に出ると、近くを飛ぶ淡い光を確認して手のひらに魔力を溜め、呼び止める。

 ふわっと一瞬光が大きくなり、私のちょうど目の高さの辺りにやってくる。なあに、と幼く可愛らしい声が聞こえた。

「この辺りでグーラーの群れを見たことがある?」

 率直に尋ねれば、精霊はその場でくるりと回り、桃色のスカートを翻した。どうやら女の子のようだ。

 答えは、「いつも夜光花が咲く頃に我が物顔で森を通るのよ!」と少し怒ったような口調で告げられる。

 夜光花は、その名の通り月の明かりで咲く花だ。美しいが、数が少なくあまりその辺りに生えている花ではない。魔力が高く、夜の闇の中で淡く光るのも特徴の花である。

「それは、いつ頃からかしら? 何か魔力に操られているとか?」

 そう口にすると、精霊の声は聞こえないであろうが内容を察したらしい後ろの三人がかさかさと足元の草を揺らした音がした。

 精霊は、うーんと悩むような仕草をした後に、言ってもいいかわからないわ、と言う。

「わからない……?」

 言ってもいいか、わからない。それはつまり、何かを隠されているということで。

「対価は?」

 ふわっと手のひらにもう一度魔力を集める。精霊の少女はくるくると私の周囲を飛び回り、目の前に戻ってくるとにっこりと笑う。

 曰く、私夜光花の精霊なの、と。だから魔力はいらないわ。でも、あなた、光のエルフィとお友達ね? と。

「……え?」

 光のエルフィとお友達ね?

 首を傾げる私の事など気にした様子もなく、精霊は楽しそうにスカートを翻しながら笑う。

 会わせてくれたら教えてあげる、と言いながら。


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