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 ルブラとは、この国にある裏組織らしいと聞いてまず眉が寄った。

 その言葉だけで、デラクエルも暗部と繋がってはいるがそれとは違う何かを伝えたいのがすぐにわかってしまったからだ。

 ルブラは、王家を至上とする組織らしい。といっても王家はそれを容認しているわけではなく、勝手に王家を崇拝している宗教組織に近いもののようだ。

 むしろ父の話では、王家はルブラにあまりいい感情を持っていないらしい。どうやら、『勝手にやりすぎる』組織のようだ。そして、王家ですらその全貌を掴んでいるわけではないそうだ。

 いつの間にか現れて、いつの間にか活動している組織。その活動内容は、噂ではあるが非常によろしくない。

 まず、ルブラは王家を至上としているが、要は特殊な血を崇めているようだ。王家といえば、神に授けられたといわれる光魔法がある。少々特異ではあるが、あれが血筋が関係しているのは間違いないだろう。

 他に有名なものは間違いなくエルフィだ。エルフィは遺伝による体質のようなものだし。精霊と会話し、仲間にする種族。他に吸血族ブラディア獣人セリアンが有名ではあるが、エルフィ程ではない。

 ルブラは、儀式と称して『選ばれた血の子』を攫うらしい。その話の途中で、過去に私が一度誘拐されたときは本当に心臓が止まるかと思ったと父に言われ、申し訳ない気分になる。私を誘拐したのは当時の子爵(変態)であったが、まず先にその裏組織を想像したのは間違いないだろう。

 誘拐された子はどうなるのですか、とふと気になり尋ねると、父は苦い顔をしその明確な答えを避けた。

 そこまでわかっていたら捕まえることができないのかという疑問は、当然ながら無理だと返された。

 そうだ、最初からわかっているならば、誘拐組織なんていつまでも野放しにしないだろう。つまり確証がないのだ。

 極稀にエルフィやブラディア、セリアンの子が誘拐される事件はあるが、そもそもそれらの種族は堂々と自らの血筋を公言しておらず、一般の子が誘拐された事件と区別するというのは難しい。それに、ルブラが動いたのではと疑われる誘拐事件は十数年に一度と非常に少ないそうなのだ。

 もちろん王家はそれを把握していたとしても、情報が少なすぎて犯人を特定できずにいると。

 裏組織には裏組織を。一番詳しいのは、デラクエルも関わる暗部らしい。つまり、ジェントリー家が中心となって犯人特定のために動いているが、それでもまだ捕まらず。わかっているのは、蛇、剣、烏を使用した紋章と、特別な血を崇める組織という事だけ。


「……それってつまりほとんどわかってないんじゃないですか」

 思わずそう突っ込んでしまうと、申し訳なさそうにしたのはゼフェルおじさんだ。

 ……前から気になっていたけど、ゼフェルおじさんって間違いなく暗部から手を引いてるって感じじゃないよねえ、しかも結構お偉いさんって感じがする。

 どうしてベルティーニにいてくれるのか不思議である。以前マグヴェル子爵に誘拐された時にゼフェルおじさんの戦いを見たが、次元が違うように思ったし。

「つまりその紋章を見かけることがあれば警戒すればいいのね?」

「見かけた時点で危ないかもしれないが、そうだね。そうなればすぐガイアスとレイシスに報告して欲しい」

「わかりましたわ」

 返事をしながら、考える。特殊な血を崇める組織、ルブラ。特殊な血か……。

 ひっかかるのは、フォルだ。王子ももちろんだが、さすがに崇めているらしいのに王子を堂々と攫うようなことはないだろう。だが、フォルは。

 光魔法を使える王家を崇めているとしたら、相反する闇魔法を使うフォルは……? ジェントリー家ではどう考えているのだろう。

 お父様に聞いてみたい気がするが、フォルが闇魔法を使うというのは言えない。


 ――王家がその血筋を把握する闇を使う一族。

 たしか王子はフォルの事をそう言っていた。ということは、確実に「特殊な血筋」に入っているのだ、ジェントリー家は。それを、暗部のデラクエルは把握しているのだろうか。


 さまざまな疑問と不安が浮かんでは積みあがっていく。

 母は色が見えるエルフィなのだろうかとか、エルフィとはいったいなんなのだろうとか聞いて見たい気がしたが、エルフィの情報を共有するのは親子であっても難しい。そもそも、色が見えるエルフィについては王子から詳しく聞いた話だが、それを親に話していいのかがわからない。

 今はだめだ。王子に確認しておくべきだった。母に尋ねるのはまた今度のほうがいいだろう。

 難しい顔をしていたのだろう、父の手がふわりと頭にのった。

「アイラ、あまり難しく考えなくてもいい。とりあえず、ルブラという組織について気をつけるようにしなさい。と言っても、彼らの活動は頻繁ではないけれど」

「あの、お母様とカーネリアンは大丈夫なのでしょうか」

 気になって尋ねれば、母が嬉しそうに笑う。

「私は大丈夫よ、ゼフェルたちがいるし、精霊たちが怪しい人間は近づけないわ。カーネリアンは、残念だけど緑のエルフィの力はなさそうね。お父様に強く似たみたい。経営の才能はありそうだけど」

 そうか。小さな頃からカーネリアンは魔法を苦手としていたけど、緑のエルフィの力をもたなかったらしい。本人は魔法より経営に興味があるようで大して気にしていなかったし、ほっとして、頷く。大丈夫、私にはガイアスとレイシスが傍にいるのだから。



 夕方になり、カーネリアンとサシャが戻ってきた後は、子供だけでたくさんの話をした。学園の話をサシャが楽しそうに聞いたり、カーネリアンはパーティーで新作ケーキのどれが好評だったのかなど真剣にメモしている。

 私も二人の今後のベルマカロンの企画に参加したり、品種改良している果物などの出来を確認したりと、こうしているとまるで実家にいた頃のようだ。

 思い出して、サシャにマシュマロはあるかと尋ねると、サシャはすぐに用意してくれた。レイシスが微妙な表情をしているのを見て笑いながら、紅茶を淹れる。

「これにマシュマロ浮かべて」

「まあ、可愛らしい!」

 サシャが喜んで紅茶に浮かぶマシュマロを眺める。暖めたミルクやコーヒーでもいいと思うよ、と話しながら人数分用意して、まずカーネリアンがそれを口にし、いいねと呟く。

「甘くておいしい」

「ほんとだ、結構甘いお菓子だと思ってたけどこれはいいな」

「マシュマロを使ったレシピの募集を職人達にしてみてもいいかもな」

 ガイアスとレイシスにも好評で、カーネリアンが真剣にマシュマロをもう一度力を入れて売り出すべきかと考えだしたので、ここぞとばかりに「キスの感触」って話があるよと呟くと、サシャがぴくりと反応した。

「いい、いいですねそれ! それを宣伝で使えばきっと売り上げ倍増ですわ!」

「キス、ねぇ。姉上、キスしたことあるの?」

「ない! でもたぶん近いでしょ!」

 自信満々に答えれば、呆れた目をしたカーネリアンがマシュマロを掴みふにふにと指先で押し、自分の唇に当てると首を傾げた。

「違う気がする……」

「ん? カーネリアンなんかキス知ってるみたいな言い方するな」

 けらけらとガイアスが笑ってからかえば、カーネリアンはぱくりとマシュマロを口にいれると、そんなの、と呟く。

「まあ、姉上がないって言った時点でなんとなくわかるけど、ガイアスもレイシスもないのがむしろ不思議」

 そんなことを呟きながら二個目のマシュマロを手に取ったカーネリアンが、サシャの口に押し付け「似てると思う?」と聞く。サシャまで、うーん違うかもしれませんとか言い出したから、サシャの兄二人ががたんと立ち上がる。

「ど、どういう、おい! カーネリアン!」

「とりあえずキスの感触かもしれない、で売り出すかなー」

「おい待てカーネリアン!」

 飄々とした態度で部屋をさっさと出るカーネリアンをガイアスとレイシスがばたばたと追い、取り残された私とサシャはなんとなく顔を見合わせお茶をごくりと飲んで。

「なんかわからないけど男の子って元気だよねぇ」

「私、アイラお姉さまに兄がついてくれていてよかったってすごく思いました」

 



 楽しい時間はあっという間で、外泊届けは一泊分しか出していないので、サシャと一緒に新しいお菓子の企画案などを考えて過ごした休日はあっという間に終わりを迎えた。

 さて、そろそろ戻ろうかと話していた夕方。

 私達がベルティーニの店を出る前に、私達にお客様が来たといわれて驚く。なんでこの場所に? という疑問は、訪れた客を見てすぐにわかった。

「なんですかその格好」

 確かにその姿じゃわからない。わからないが、逆に怪しい。

 綺麗な金の髪は深くかぶったフードが覆ってしまって見えないし、口元まで布で隠している。全体的に黒っぽい服の上に顔をそこまで隠せば立派な怪しい人である。

 彼はぺらりと手に持った紙を私の目の前で振ってみせる。見覚えのあるその用紙に、はっとした。

「任務ですか、デューク様」

「そういうことだ」

 唯一見えている青い瞳が細められ、声の調子からしてまた笑っているんだろうと思いつつはあとため息をつく。それにしてもその格好じゃ逆に目立ったんじゃないか。

「内容を確認させてください」

 レイシスがすぐに用紙に目を通し、私は王子の後ろをちらりと見る。同じく黒っぽい布を被っている後ろの人物は、ちらりと銀の髪が見えているのでフォルだろう。

「なんですか、これ」

 レイシスが内容を見て眉を顰めた。なんだろう、と覗き込んで、私もぎょっとして読み直す。

「え、これ、外に出るの?」

 外、とは王都の外、である。なんと、王都の前の通りにある獣の退治が依頼だと書かれているのだ。

「いいんですか? デューク様外に出ても」

「王が許可してるから問題ない」

 あっさりといわれて、もう一度依頼用紙に目を通す。獣の種類も、どれくらいいるのかも何もかかれていない。魔法をある程度使えるのであれば、獣を倒すくらいわけないであろうが。

 この世界では能力があれば十歳以下の子供でも狩りに参加するのだが、獣の退治に王子が出るというのは逆に違和感がある。

「このメンバーで?」

「いや、今回はラチナとルセナもだ。待ち合わせてある」

「わかりました」

 とりあえず頷いて、獣を倒すのであれば夜だろうと考えて少しの間だけ待ってもらい準備をする。確かに羽織るものがあったほうがいいだろう、夜は少し冷えるかもしれないし、と母に頼めば、さすがベルティーニの店舗である、すぐに三人分用意してくれた。

「行くぞ」

 王子に言われて、家族にまた顔を出すからといえば、若干心配そうな顔をした父に見送られて外に出る。


「さて、この依頼だけど」

 王子が歩き始めてすぐ、布にこもった小さな声で私達に告げた言葉は。


「闇魔法が関わってるかもしれん。ラチナとルセナには言わなくていいが気づいたら知らせてくれ」

 やはりそうか、という台詞だったのである。


マシュマロのおいしい食べ方を報告くださった方ありがとうございました。

さっそくマシュマロ買って来ました。おいしかった食べ方ベルマカロンで出してもらおうかな!

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