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ホールについたとき、私達は想像以上に注目されていた。
おそらく、漏れ聞こえる会話が「なぜローザリア様が」というものが多いところを見ると、こちらのメンバーが原因のようだ。
うーん、ローザリア様は微笑んだままで特に気にしていないようだけど、と見ているとき、そのローザリア様が僅かに視線を動かした。思わずちらりと見ると、駆け寄ってくる人物を見つけて私は思わずそちらに身体を向けた。
「おねえさま!」
慌てた様子で駆け寄ってきたおねえさまは、傍に来ると手を引いて微笑んだあと、くるりと私の体を自分の背の方へと動かした。
「えっ」
そこで視界に入ったのは王子とルセナだ。二人もなんだかちょっと驚いた顔をしたまま私と目を合わせた後、はあと息を吐いた。
随分派手な登場をしたなと王子に呟かれて、うっと呻く。私のせいですか。ルセナがいつもの笑顔で「こんばんはおねえちゃん」と微笑んでくれるのがすごい嬉しい。
「それでは私は失礼いたしますわ」
振り返ると、ローザリア様が微笑んで離れていくところだった。え、なんだったんだろう、と思わず考えたが、なんだかほっとしたのでとりあえずこちらも見送る。
うーん、仲良くなれるかなぁとも思ったけれど、なんだか緊張する人だった。会話がかみ合わないし。
自分は友人を作るのが下手なのかもしれないと少しへこみつつ考えていると、おねえさまがひょいと私の顔を覗き込んだ。
「どうしてまた、こんなことになりましたの?」
今日のおねえさまは薄い黄色のすらっとしたドレス、大きめだが派手ではないアクセサリーに、結い上げた髪を薔薇の髪留めで留めている。なんだか試合中に美の女神と言われていたのを思い出すほど、美しい。遠巻きに見てる男子の多いこと……。
「寮を出たところにいて、アイラと一緒に行きたいって言い出したんだよ」
ガイアスが説明すれば、おねえさまはその美しい眉を寄せた。それでも美しさが損なわれることはないのだから、すごい。素敵です、おねえさま。
「こら、ラチナをうっとり見上げてても仕方ないだろ」
ぱこんと頭を軽く王子にはたかれて、はっとする。いかん、涎はでていないだろうか!
念の為手の甲で口元をぬぐいつつ、慌ててガイアスの先ほどの説明を肯定するようにうんうんと頷く。おねえさまはまだ難しい顔をしていたと思うと、フォルにくるりと向き直った。
「何をしておりますの、恐らくあなたに用事があったのでは?」
「……アイラと一緒に行く、と言われただけで特に何かあったわけじゃないけれど」
フォルは目を合わせる事なくおねえさまに答える。なんだか、咎めるような口調だ。それにしてもおねえさま、今のフォルに話しかけることができるなんてすごいです。でもどうして機嫌悪くなったんだろう、とフォルを見ていると、おねえさまに何か言われたフォルがはっとしたように顔を上げる。
少しして、フォルはいつものように微笑みを見せると、とりあえず行こうかと皆を促す。
確かにここは入り口付近だ、と皆が奥に向かって歩き出すと、フォルが横に並んだ。
ほんの少し勇気を出して、じっとフォルの顔を見る。
「あ、あの。フォル、私何かしちゃったかな、ごめん、わからなくて」
「え? ううん、何も。こっちがごめんね、アイラがローズとばかり話すからやきもちやいちゃったかも?」
「や、きもち?」
ふっと思い返すと、あっと気づく。私この道中ローザリア様に手一杯でみんなと全然話せなかった。
数人で歩いているのに、その中の二人だけ話しているというのは他の人はなんとも面白くない気分だろう。普段はそんな事にならないけれど、どうやら私は随分と周りが見えていなくなっていたらしい。気をつけないと、と肝に銘じつつ、もう一度フォルを見上げた。
「ごめんねフォル、気をつける」
「あー、うん、うん?」
フォルは少し驚いたような顔をしていたけれど、とりあえずもう一度失礼な態度をとったことを詫び、皆である程度奥に進んだところで止まると七人で向き合った。
今回もまたホールの中心は広く開かれ、壁際にいくつものテーブルと料理が多数用意されていた。会話を楽しみましょう、というのが学園が訴えたいことなのかもしれないが、先ほどのローザリア様の事も考えると少し始まる前から緊張する。
また失敗して周りを不快にさせないようにしなければ。今日を終えて、明日テストの結果が出された後は数日学園はお休みだ。もっとも数日しかないが、貴重である。この間に、ガイアス達と一度まだ滞在している両親のところに外泊届けを出して遊びに行こうと話しているので、少し楽しみだ。
生徒会が壇上に立ち、夏の試験終了を宣言すると、一気にホールがわっと沸いた。開始の合図で、主に若い男子が料理へと走る。
「アイラ、知ってるか? 今日ベルマカロンの新作がかなり出てるらしいぞ」
「え!? 何それ、知らない!」
サシャが驚かせようとしてたからな、と笑うガイアスに、そうなの、と返事をしつつ視線はもう壁際のテーブルだ。お菓子、お菓子はどこだ!
「アイラ、よかったら案内するよ」
そっと手を引かれて、振り返るとフォルが微笑んでいる。
「フォル、ベルマカロンのお菓子どこかわかるの?」
「うん、見つけた。だから行こう?」
おおお! フォルすごい! ぜひぜひ食べに行きましょう、あ、みんなの分も持ってこれるかな。
「大きめの皿もあるし、皆でおいしそうなの持ち寄って食べようぜ」
「ああ、そうするか」
ガイアスとレイシスもそう言って離れ、私はおねえさまに「おいしそうなの探してきます!」と宣言してフォルとその場を離れた。わくわくと、視線は色とりどりのテーブルだ。
あ、甘い匂い。お菓子発見! と思ったところで、フォルが呼び止める。
「アイラに用事じゃないかな?」
「え?」
なんだなんだとフォルの視線の先を追うと、そこにいたのは。
「あ、アニー様!」
一人こちらに困ったような顔で向かってきていたのは、普段おろしている赤茶色の髪を綺麗に上にまとめ上げ、アイボリーのふわりとしたドレスに身を包んだアニーだった。
私と目が合うと一瞬びくりと身体を震わせたが、ぐっと口を引き彼女は私の前にくると、急に頭を下げる。
「えっ、あ、アニー様?」
「今までのご無礼をお許しください、アイラ様」
「ごぶれい? え、何の?」
言われて首を傾げる。アニー様になんかされたっけ私。少し考えるが、覚えはない。
わけがわからずきょろきょろして、フォルを見れば彼は苦笑していた。
「私、初めて会った時ローザリア様に立派に挨拶されたアイラ様を見て、勝手に次元の違う人だと判断して萎縮してしまっていました。それからも挨拶すらまともにできなくて」
頭を下げたまま震える声で話し続けるアニー様に、えっと、いや、とか微妙な言葉しか返せず手のひらを相手に向けたままおろおろする私。
「でも、アイラ様は昨日、私を呼んでくださいました。誰も私の治療なんて受けたくないだろうって言われていた私を、呼んで、信頼してくださってとても嬉しかったんです。このままではいけないと思ったんです」
そこで漸くまともに思考が働いた私は、あっと叫ぶ。
「そういえば昨日、助かりました! 勝手に呼んでごめんなさい、試合、まったく見れなかったですよね。でもありがとうございました」
正直私が呼んで来てくれるか実は不安だったのだ。ローザリア様も、試合を見たかっただろうに来てくれたんだからお礼を言うべきだった。今度言う機会あるかな、でも本当来てくれて助かった。
しかし私がお礼を言うと、アニー様は顔を上げたものの目に涙をいっぱいに溜めだした。え!? 泣かせた!?
「うわわわわ、泣かないで!? え、ごめんなさい泣かせちゃった!」
「落ち着きなよアイラ」
フォルが苦笑して頭を撫でてくれたので、ほっとしつつ息を整える。
というか、誰も私の治療なんて受けたくないだろうって言われていたとかアニー様が言っていたけど、何の話だ? アニー様は一年医療科の中でかなり優秀な成績のはずなのだけど。
「あー、呼んだのは私の勝手な判断だったのだけど。でも、来てくれて本当に嬉しかったんです、アニー様」
「はい、はい」
「それで、萎縮……とか、私そんな大層な人間じゃないので、できれば仲良くしてくれると嬉しいなあ」
つい、そう願う。最近気づいたのだけど、私随分と周りを見ていなかった気がする。悪く言われる事が多いのは知っていたけど、貴族社会なんてそんなものだろう。覚悟していたはずだったのにできていなかったのか。
それでも、おねえさまやフォルみたいに、医療科でも仲良くできる人が増えたらいいと最近は思う。きっとアニー様が萎縮したという原因は私にあると思うのだ。
私がなるべく笑顔を心がけてそういうと、アニー様はとうとう涙を零した。
なんてこった、可愛い女の子を泣かせてしまった、私極悪人じゃないか!? というのが、どうやら頭で考えただけではなく口に出してしまっていたようで、フォルが途中から笑い出す。
「アイラは面白いね、相変わらず。とりあえず、お菓子を選んだらどうかな」
「あ、そうだ! アニー様、うちの……ベルマカロンの新作が今日いっぱい出てるみたいなんです。よかったら」
そこまでいいかけて、あ、アニー様も友達のところに戻るかもしれないと思い至り、語尾も小さく「お時間があればで……」と付け足す。
アニー様は一度きょとんとした後、涙を指で拭い、とても可愛らしい笑顔を向けてくれた。
「よろしければ、ぜひ」
心がぽっと温かくなる。
ありがとうと笑って、フォルに行こうと笑顔で声をかけ、三人で歩き出す。
お菓子のテーブルにたどり着けばあちこち見て回って、あれもおいしそうだね、とフォルが指差したほうをアニー様と見に行って、その場でちょっとだけ食べてきゃあきゃあと笑い、フォルにも食べてもらいつつおねえさま達のところに持ち帰るお菓子を選ぶ。
新作が多い為にフォルにもアニー様にもお菓子の紹介がなかなか出来なかったけど、食べながらこのケーキはあの果物を使ってるんじゃないかとか、こっちのクッキーは木の実入りだとか、まるで宝探しのように選ぶのはとても楽しくて。
選び終わった頃、アニー様がそろそろ、と言って離れてしまったが、嬉しくなってフォルを見ると、フォルも微笑んでくれていた。
「さて戻ろうか。選び終わった?」
「はいっ」
さて戻ろう、と向きを変えたとき、私はしまった、と思った。おそらく、フォルも。
「フォルセ様、私達にもお薦めを教えていただけませんか?」
「いいえ、フォルセ様、こちらに」
「フォルセ様、こちらなんてどうでしょう!」
目の前にいたご令嬢達に、思わず一歩足がひいた。
と、何かが背に当たる。見上げると、背の高い男の人がすぐ後ろにいて、「すみません!」と慌てて声をかける、が。
「アイラちゃんだよね。ねえ、俺にもおいしいお菓子教えてよ」
「いやいや、あっちにすごいおいしい料理があったんだ。よかったら一緒に」
「試合見たよ。すごかった。よければ魔法について話をしないかい?」
ええ、誰だこの人たち。ぎょっとしている間に、後ろにいた人が私の両腕にそっと手を当ててきたので、慌てて離れる。
「アイラ、急ぐよ」
フォルが耳元でささやいたと思うと、ぐっと先ほど男に触れられた腕がフォルの手に掴まれ、引かれてフォルに少し密着する。
「フォル?」
「すみません、僕達、友人を待たせているので」
フォルはそう宣言するとさっさと私の横に並ぶと腰に手を回し歩き出す。慌ててお皿を落とさないようについていき、おねえさまが見えてくるとなんだかほっとした。
確かに仲良くしたいが、さっきみたいに急に引っ張られるのはびっくりする。
うーん、友達作るのって難しいと悩みつつ、ちょうど戻ってきたガイアスとレイシスの料理と私の持ってきたお菓子を皆で分け合って、結局いつものメンバーで食事を進める。
もちろん、今日もささやかれる「成り上がり」などの言葉は聞こえるが、なんだかいつもより気にならないな、と思ったところで、今までだってそう思っていた筈なのに、実は気にしていたのか、と自分で驚く。
アニー様と、仲良くなれるといいな。そう思いつつ食べた新作のケーキは、とてもさっぱりとしていておいしかった。




