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 ルセナと一緒に休憩所として貸しきられていた観客席から飛び出す。

 突然走り出した私達に、先生が「ちょっとあなたたちまだ休んでなさい!」と叫んだようだが、それどころじゃない私達は走った。

 いつもは座席に戻るために歩いていた通路を逆走し、試合を終えた生徒が集まる控え室の隣の救護室に飛び込む。

「おねえさま!?」

 飛び込んだ先で目にしたのは、真っ白なベッドにくたりと横になるおねえさま。顔色が悪く、頬に怪我もしている。いや、ところどころ細かい傷だらけだ。今運ばれたばかりのようでまだ室内はばたばたとしていた。

「こら、生徒は出ていなさい!」

 年配の教師に怒られたが、すぐに別のところから「アイラか!」と呼ばれる。

「アーチボルド先生! おねえさまどうしたんですか!」

「魔力の使いすぎか、打った衝撃が強すぎたか。極力動かさないように運んだがお前全身検査できるか? 今教師で細かい検査できるやつがいない」

「任せてくださいっ!」

 状況を聞き、急いでベッド脇に走る。一度手を開いて握ってと動かして自分の魔力の流れを確認した後、おねえさまの頭に手をかざす。

「アーチボルド先生!」

「こいつは医療科一年のトップです。少なくとも今の俺らより役に立つ!」

 どうやら私がここにいることをアーチボルド先生が年配の教師に咎められたようだが、すぐに説得してくれた。

 それよりなんで治癒してくれる先生がいないんだ。

 ……私達を診てくれていたあの女の先生が離れていたから? でもまさかあの人しかいないわけじゃないだろうし。

 だめだ、集中しなきゃ。

 ゆっくりと頭のてっぺんから下へ下へと、足の先まで、おねえさまの魔力の流れを探知する。

 非常に魔力が少ない。頭の部分で溜まっているような感じはないから、打っていたとしても安静にしてればいいだろうけれど、おねえさまの体内を流れる魔力がどこか少しおかしい。だんだん減っている。

 どこかに原因があるはず。どこ、どこ、と慎重に手を当て探す。

「ラチナ!!」

 ばたんとドアが乱暴に開けられて、誰かが飛び込んできた。誰か、ではない。この声は。

「デューク様、診察はできますか!?」

 顔を見ずともわかる相手を呼べば、うっ、と妙な声。

「お、俺は治癒系統の魔法は……」

 あ、そういえば王子前に任務で出た先でも治療に苦戦していたんだった。

「ラチナ」

 駆け寄ってきた王子の顔が視界に入る。とても心配そうな顔。何もできないのが悔しい、とありありとわかる顔。

「僕が」

 私の向かい側に誰かが立つ。すらりと長い手が出てきた。剣を持つ者の手だ。

「フリップ先輩」

 ちらりと確認して、ほっとしてそのまま手伝いをお願いする。妹の怪我に駆けつけてくれたのだろう。

「君の見立てでは?」

「魔力漏れです。強い魔力に当たって、魔力がどこか体内で漏れています。頭は確認しましたが、どこで漏れているか……」

 魔力漏れは、大きすぎる魔力に当たったときに起こる現象だ。怪我をすれば血が流れるように、稀に強すぎる魔力にやられて血が流れずとも魔力だけ流れ出てしまう事がある。

 そしてそれは、外にでていればまだいいのだが、内出血のように体の内で溢れていれば見つけ辛い上に危険。溜まりすぎた箇所が魔力暴発して吹き飛んだりするのだ。

 私の言葉で王子がさっと顔を青ざめたのが、足からもう一度頭のチェックに戻ろうとした私の目に映る。

 ラチナ、と呟いて王子がおねえさまの右手を握る。そしてすぐ眉を潜めた。

「デューク様?」

「アイラ、ラチナの右手、なんか熱くないか」

 言われて手に触れて、すぐにはっとして詠唱を開始する。

「見つけました、右手親指の付け根に一箇所。他にありそうですか?」

「いや、見つからない!」

「でも魔力の減りからみると後一箇所は!」

 私とフリップ先輩の会話で、王子がおねえさまの頭からぺたぺたと触りだす。普段であればひっぱたく所業だが仕方がない。触れて熱く感じるのは危険だ。破裂する寸前である。

 ルセナも加わり、左手から慎重に探り出す。私は右手の治療をしながら皆を見回し、ルセナがぴくりと手を止めたのを見ておねえさまの右手から離れた。

「応急措置はしましたのでフリップ先輩は右手の治療に。ルセナ変わって!」

「うん!」

 ルセナが離れ、先ほどルセナが触れていた左腕に触れ急いで治癒を始める。やはり熱い。

 応急措置を終え皮膚の下に溜まった魔力は勿体無いが吸い取る。アーチボルド先生に魔力回復薬を持ってくるように頼み、私は再度見逃している魔力漏れがないか全身を調べる。

 と、扉が開く音。

「あー、忙しそうだな」

 現れたのは肩を押さえたあの槍使い。彼を見た瞬間、フリップ先輩が「おまえ!」と眉を寄せある程度終えたらしい治療を切り上げると距離をつめた。

「何もあそこまで!」

「おいおいなんだよ、俺だって必死だったんだ!」

 その場で言い争いをはじめる二人に、最初に私を注意した年配の教師が近くでおろおろとしている。止めろよ!

 王子がそちらに向かったので、任せて治療に入ろうとすると、怒鳴り声が増えた。

「だが、お前が最後にラチナにぶつけた魔力は明らかにでかすぎただろう! 急所は禁止だというのにあの高さを飛ばされたら普通死ぬぞ!」

 ええええ、王子まで参戦しちゃったよ何してるんだよ王子ぃいいい!

「静、」

「うるさい!!」

 静かにしろ、と声をあげようとしたら、ルセナが涙目になって叫びどうやら例の壁を三人に張ったらしく、急激に静かになった。ぐっじょぶですルセナ。

 三人はほうっておく事にして、魔力の減りが止まったのを確認してから先生に魔力回復薬の投与をお願いする。次は傷の治療だ。おねえさまは細かい傷だらけ。美しい肌のいたるところに傷があり、顔まで切り傷があるのだから急がなければ。

 丁寧に傷を治していくと、傷の治療なら少しできるとルセナも腕を治療し始める。

「悪かった、僕もやる」

 落ち着いたらしいフリップ先輩が戻ってきたので、おねえさまの足の治療をお願いし、私はアーチボルド先生を見上げた。

「どうして治療する先生がこんなにいないんですか」

「あ、ああ。実は昨日街の酒場で揉め事があったらしくて、頼んでいた外部の医師がこれなかった。それに加えて観客席で貴族の何人かが熱にやられて倒れたみたいで」

「なるほど、貴族を医療科の生徒が見るわけにもいかず先生が借り出されたんですね」

 まったく迷惑な話だ。どうせこの熱いのにコルセットで締め上げたドレスなんて着てきたせいで、観客席は少し温度を下げるようにと気を使っている筈なのに倒れるやつが出たのだろう。

「貴族専属医はどうしたんだ」

「それが、酒場でもめたのが貴族だったらしい。結構巻き込まれたからそっちに出払った」

「……もういいです」

 王子の質問に先生が答えた内容に呆れる。なんだそれ、まったく役に立たないじゃないか。どれ程の怪我かしらないけれど、どうせ一人の患者に一人医師をつけているのだろう。まったく使えない!

 少し思案して、治療に回れそうな生徒を思い浮かべる。医療科上級生は今日も観客席を見回っている筈だから捕まえにくいし忙しいだろう。どこまで治療できるかわからないし。

 一年医療科である程度の怪我なら治せそうな人、といっても、そんなにいない筈。

「医療科二年、三年は一般観客席を回ってるんですよね。一年医療科のローザリア・ルレアス様と、アニー・ラモン様を呼んでください。彼女達ならかなりの怪我でも治せます。フォルがいたらいいのだけど、フォルは試合を控えているし」

「わかった。ローザリアとアニーだな」

 さっきからうろうろしかしていない年配の先生に言ったつもりだったのだが、王子がすぐに動いて出て行った。じっと年配の先生を見ると、「ああ忙しい」と言って出て行く。……使えない。

「あの先生紳士科の教師なんだ。治療できる教師じゃないから見逃してやってくれ」

 アーチボルド先生が苦笑しながらおねえさまが飲み終わったのを確認して小瓶を空いた小瓶がたくさん入っている箱に投げ入れる。割れそうであるが、がちゃりと音は立てたもののしっかり箱に収まったそれは割れてはいない。器用だな。

 おねえさまの傷は大きめなもの、ほうっておいたら痕が残りそうなものはほぼ綺麗に治した。あとをフリップ先輩とルセナに任せて、私は立ったまま無言でこちらを見ていた槍使いに向き直る。

「肩見せてください」

 ぴくり、とフリップ先輩が反応したようだが、ここは救護室だ。仕方ない。それに彼の肩のダメージも相当なものだ。

 理由なくおねえさまをあんな風にしたのなら治しはしないが、試合だったのだ。私も確かに複雑ではあるが、槍使いが素直に肩を押さえていた手をはずしたので患部を見る。

 針が深く刺さった箇所が、火傷のようになっている。こちらも魔力漏れだ。ただ穴が開いているせいで外に血と共に流れているので、おねえさまほど酷くはない。

 いくらか防御しようとしたのだろう。思ったより酷すぎる怪我ではなかったことにほっとして、見上げるのに疲れて椅子に座るように指示し治療を開始すると、槍使いがその低い声を出した。

「いいのか」

 意味がわからず、治療したまま顔を見る。

「悪かった。あそこまでやる気はなかったんだが、俺はどうにも……制御ができん」

 ああ、おねえさまのことか。魔力制御が苦手だというのは本当だということだろう。

 治療しながら、その傷口の大きさに対して流れる魔力を見て、ふうと息を吐く。

「あなたはたぶん元々魔力が多いんだと思います」

「……そうか」

 槍使いの顔は近くで見ると強面……というか、はっきりいっていかつい。体格も相まって、常に威圧されている気分になる。

 それが、今は眉が下がり明らかにしょんぼりとしている。

 魔力は生まれながら多い少ないとあるが、成長につれて増えたり修行で増えるのが普通だ。もちろんその人によって限界もある。

 それが、生まれた時からかなり多い子で、親に気づいてもらえずそのまま成長と共に更に増えると、稀にその扱いが出来ずに困る者もいる。

 私はもともと多めだったらしく、小さい頃から母やゼフェルおじさんにその制御の仕方を教えてもらっていた為に普通に使えているが、知らずに育てば持て余す人間がいるのはありえる話なのだ。もっとも、そこまで魔力が多いのに親に気づいてもらえない子というのは、珍しい。

 それはやはり、魔力が多い者を好む貴族が小さなうちに目をつけて養子に迎え入れたりするためだろう。

 そして魔力が多い人間を自分の血筋に入れることで、大抵の強い魔力の持ち主というのは貴族に多い。

 槍使いの名前は確かヴァレリ・ベラーとアナウンスで言っていた筈。ベラーは貴族家ではない。珍しいことだが、高魔力保持者だったのに気づくのが遅れたのだろう。


 治療を終え、いいですよ、と声をかけると、意外な程丁寧に礼をされた。

 もう一度頭を下げて立ち去っていく槍使いを見つつ、さて、とおねえさまのところに戻る。

 顔色はよくなった。もう一度念入りに全身をチェックして、ほっと息をつく。

「さて、男性陣は出て行ってください」

 カーテンを引き、渋るフリップ先輩も追い出して、おねえさまの制服のボタンを外し胸やお腹の傷を調べる。

 風の魔法を利用し身体を傾け、背中も確認しながら、特にひどい怪我がないのに安心して治療を終え制服を元に戻すと、ばたんと扉の開く音。

「アイラ、ラチナは」

 戻ってきたデュークがカーテンに飛び込んできたので、歩いて近寄りべしっとそのおでこをはたく。

「治療は終わりました。でも、女性の身体を治療中にわざわざ閉めてるカーテンの中に入ってこない!」

「う、す、すまん」

 情けない声を出した王子をルセナがずるずると引っ張って下がると、遅れて扉の向こうから、青灰色のふわふわした髪を靡かせローザリア様が、そしてその後ろをアニー様が走ってやってきた。

「アイラ様、どうされたんです? デューク様は先に行ってしまわれて」

 ちらっと王子を見ると、顔を引きつらせてそっぽを向かれた。どうした王子、らしくないぞ。

「実は、諸事情で治療の手が足りないらしいのです。お二人なら、今日の試合の怪我の治療も任せられるのではないかと」

「まあ」

 少し驚いたローザリア様は、すぐにふふ、と笑みを浮かべてわかりましたわと言ってくれた。後ろにいたアニー様は、「私なんて」と少し青ざめていたが。

「アニー様。アニー様なら、かなり難しい治療もできると思うのです。私は試合があるのでここにずっと留まれません。お願いできませんか」

「あ、私は……」

 このアニーという少女、私が一番初め学園に来た時の医療科の試験前にも会った事がある少女だ。

 先に治療を了承してくれたローザリア様が率いていた集団の後ろの方にいて、着ている服をきつめの女性……確かリドット侯爵令嬢に、私と比較されていた少女。

 ラモン男爵家のご令嬢だが、どうにも爵位が低いことで医療科でも少し身の置き場がないような不安そうな顔をしている事が多い少女だ。爵位がない人間も医療科にはいるというのに、本人がいつも一緒にいる人たちが高位貴族が多いのだからだろう。

 だがその腕は確かで、医療科ではかなり成績がいい。

「わかり、ました。お役に立てるかわかりませんが……」

 おずおずと頷いてくれる少女に、ありがとうと笑みを返す。ローザリア様も相当の腕だ。彼女達がいればこの後もなんとか……。

「すいません! 治療お願いします!!」

 ふたたびばたんと開かれた扉の向こうから、担架に乗せられたあちこち血だらけ状態の生徒が運ばれてくる。制服も赤く染まっているが、恐らく騎士科。おねえさまの次の試合だとすれば、ファレンジ先輩と騎士科の三年生の試合だった筈。

「ひっ」

 血だらけの騎士科の生徒を見て、アニー様が一瞬息をのんだのだが、それは一瞬で。

 すぐさま怪我人に近寄ると診察に入り、ローザリア様も反対側から治療を開始する。

「悪い、相手が急に魔力切れになってやりすぎた!」

 慌てた様子のファレンジ先輩が飛び込んでくる。そんなファレンジ先輩も肩にひどい怪我をしていた。

「どうしたんですかこれ」

 傷跡を見るに、武器の怪我ではないと推測して治療を開始しながら聞けば、どうやら急に魔力切れを起こした騎士科の生徒に自分の放った魔法攻撃が当たるのを防ごうとして一発当たってしまったらしい。

 例えば、チェイサー系の魔法だと、出した後魔力を注ぐ必要はないが、術者ですら自分の意思で消すことができなくなる。それから守ろうとしたのだろう。

「ん」

 引いたカーテンのむこうから微かに声がし、アーチボルド先生におねえさまの様子を見るように頼む。

 ある程度傷が塞がったのを確認してルセナにファレンジ先輩の治療を変わってもらい、急いでカーテンの向こうへ行く。

「おねえさま!」

「アイラ」

 私を見て微かに笑みを浮かべるおねえさま。だが、まだどこか辛そうだ。

 王子が外でやきもきとした様子で声をかけてきたので、おねえさまに確認を取って中に入ってもらうと、王子が辛そうではあるが目を開けているおねえさまを見てほっとした様子を見せた。

「しびれますか」

「そう、みたい」

 魔力漏れを内部で起こすと、その箇所が治療をしても痺れが残る事がある。そこまで長い間ではないはずだが、辛いだろうと和らげるために再度魔法をかける。

「ラチナはまだどこか怪我をしてるのか?」

「いいえ、少ししびれているだけですぐよくなると思います」

 王子がよかった、と呟いて、はっとすると、長居して悪かったといって、ルセナをつれて戻っていると離れた。

 ファレンジ先輩達が来たということは、たぶん今はもうガイアスの試合の筈。見に行きたい、と思うものの、この状態でおねえさま達を残していくわけにもいかない。

「すみません、急患です! ちょっと生徒間で揉め事があったみたいで!」

 疲れているラチナおねえさまがまた眠った頃、またしても乱暴に開けられた扉から怪我をした生徒が四人ほどなだれ込んできた。あの扉そのうち壊れるんじゃなかろうか。

「医療科の二年三年はどうした!」

「それが、後七人程怪我をしていて、そちらの現場に向かってもらいました」

「揉め事ってなんだ、人手が足りないのに!」

 アーチボルド先生が怒りながら、怪我人を連れてきた生徒に指示を出し救護室の空いているベッドに寝かせ始める。

 うわ、レイシスとフォルの試合間に合うかな。

 そんなことを一瞬だけ考えてすぐ治療に入った私が、アーチボルド先生にもう戻れと救護室を出されたのは、レイシスの試合相手が運ばれてきた直後だった。

「ほら」

 先生が投げてきたのを慌ててキャッチする。それは、ピンクの液体。魔力回復薬。

「治療、助かった」

「先生これ、こんないい物じゃなくてもそこまで魔力減ってません」

「いいから飲んでおけ」

 ひらひら、といつものように手を振って救護室に戻るアーチボルド先生。

 この回復薬、すごい高いのに。


 きちんと飲み干し、救護室の外に既に山盛りになって出されていた使用済みの小瓶をいれていた箱の横にそっと置く。

「よし!」

 頑張ろう! 気合を入れて、歩き出す。

 今一年の特殊科で勝ち残っているのは、私、王子、そして恐らく怪我人として現れなかったガイアスとレイシス。

 考え事をしながら直接選手控え室に向かっていると、ちょうど笛の音。


『勝者、フォルセ・ジェントリー!』


 高らかに宣言された言葉に、思わず喜び、そしてはっとして走り出す。次、私だ!


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