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「が、ガイアスすごい!」

 ラチナおねえさまと手を取り合ってガイアスの勝利を喜ぶ。

 ルセナも目を輝かせているし、王子も不敵な笑みながらガイアスを祝福していた。

 レイシスとフォルは控え室に向かった為に、ガイアスの試合を一緒に見れなかったのが残念だ。まさか、武器魔法を使えるなんて! 私は大きな魔法を使うのは得意だが、武器の扱いがてんで駄目なので武器魔法は使えない。

 いいよね、いいよね! 剣を振り上げるとどかーんと土が盛り上がって敵が吹っ飛んだり、切りつけた時に風が巻き起こったり、雷が落ちてきたり! 漫画とかでは主人公あたりが使いそうな、あれである。

 ガイアス習得してたんだ、魔法と違って何発も打ち込めるから、すごかったー!

「やるな、ガイアスはもっと上まで行くんじゃないか」

 王子が頷きながら言うと、ハルバート先輩と、ガイアスと同時に席を離れたが先に試合を終えて戻ってきていたファレンジ先輩が嘆息した。

「一年生がこれほどとは。私達上級生は弛んでいるのかもしれないですね」

「まったくだぜ、兵科鍛えなおすか」

 そんな事を言っているが、正直この人たちの強さも相当だ。ふと、そういえばここまで特殊科三年の先輩を見ていないことに気づく。

 この席にも来ないし、どんな人なのだろう。他の科から参加しているのは私とフォル、おねえさまだけらしいから、恐らく騎士科だとは思うのだけど。

「あの、特殊科の三年生の先輩って、お忙しいんでしょうか?」

 ふと傍にいる二年の先輩二人に尋ねると、二人は一瞬眉を寄せて微妙な表情をした。

 え、聞いたらまずかったのか。

「一人は仕事という事にしてこの試合自体逃……休みをとっています。もう一人は……」

 ハルバート先輩の言い回しが非常に微妙である。仕事という事にして、って何ですか。

 微妙な発言に突っ込みを入れることが出来ずにファレンジ先輩を見上げると、彼は彼で笑っていた。

「あー、なんっつーか、まあ見ればわかるよ!」

「ま、そのうち会える」

 王子まで流して、なんだかこれ以上聞けない雰囲気に首を傾げつつ視線を戻すと、おねえさまとルセナも不思議そうな顔をしていた。どうやら彼らも三年生を見た事がないらしい。

「そんなことより、レイシスが来たぞ」

 そんな事呼ばわりされた特殊科三年生は、まぁまだ出てないところを見るとこの最終グループに出るのだろうと諦めて視線を下に移す。レイシスの相手は、騎士科の二年生だった。

 

 開始されてから三分。勝負はまるで動かない。

 騎士科の先輩は、武器を一度出しただけでその後は何も起きていない。そう、何もないのだ。

 なんと、開始早々一度レイシスに向かって投剣のようなものを投げつけた後、自分は魔法の強固な殻に篭ってしまったのである。

 アナウンス曰く、防御魔法に自信がある生徒だったらしい。レイシスが軽く攻撃しても出てくる事なくそれを防ぐ。だがしかし、自分も攻撃してこない。

 防御魔法の中にいる相手に勝つには、相手の防御魔法を越える攻撃魔法を繰り出せばいいのだが、彼は防御魔法が得意らしいから簡単な事ではないだろう。下手に大魔法を使って魔力が尽きたが最後、レイシスに勝ち目はない。

 レイシスは特に動くことなく、一、二度ほど攻撃を当てた後そのままだ。ある意味、このまま壁魔法を使い続けているほうが魔力消費してレイシスの勝ちになりそうだが、相手も上手くレイシスが魔法を使おうとすると部分的に強化したり弱めてみたりと、防御魔法に長けているというのはどうやら本当らしい。なんだかエコな人である。

 レイシスなら魔力で押し切ることが出来そうだなあとは思うのだが、レイシスは防御の様子をじっと見たりたまに魔法を唱えようとしてやめたりとどうやら相手の反応を見ているようである。

 どうしたんだろう、と思った時、レイシスがぴたりと動きを止めた。

 にこりと笑い、何かを言った瞬間、相手の男が身構える。なんだろう、何があったんだろう。それは実況しているアナウンスですら口にする前に、一気に状況が変わる。

「あっ」

 レイシスが急に魔力を高め、詠唱を始めたのだ。

 速い。相手が焦って防御魔法の壁を厚くした。あちらは最初から展開していたのだから、どうしても先に防御を完全なものにした、のだが。

 レイシスが唱えた魔法は、風のチェイサーだった。だが、私が使った同種の魔法とはわけが違う。チェイサーの数は、私の倍。それがレイシスの周囲に生み出されたと思った時には、もう相手の防御壁に突撃した。

 凄まじい風が吹き荒れているのが、レイシスのはためく制服をみてわかる。玉が一直線に相手のちょうど顔面辺りの壁に向かって何発も突撃していき、男が必死でそれを防御している。

 男の防御は厚かった。やはり強固だった。チェイサーが見る見る弾けて消えていき、最後の一発が突撃した時、確かに防御する男が喜びの笑みを浮かべたのだと思う。なぜなら。

 ぱあん、と、まるで風船が針につつかれたように、男の防御魔法が消えていく。その時笑みを浮かべていた顔が何が起きたかわからずそのまま曝され、口元は笑みを浮かべたまま目だけが見開かれた。

 終了の笛の音が鳴る。

 え、勝負がついたのか、と思った時には、防御魔法を使っていた騎士科の男はうつ伏せに倒れていた。両腕と両足の裏側が、まるで鋭利な刃物で切られたのではという程赤く斜めに染まっている。

 会場内が騒然とした。そんな時倒れた男に治癒魔法をかけ始めたのが、アーチボルド先生である事に気づく。そういえばいないと思ったが、あの腕章を見るに今の勝負の審判をしていたのだろう。

 たぶん、だが。

 レイシスは派手なチェイサーを相手の眼前の壁にぶつけることで視界をそこに留めさせ、自然と前方の防御壁を厚くした相手にあたかもチェイサーを防ぎきったと思わせておいて、得意の見えない刃……破裂する風の玉からおきた吹き荒れる風の中に紛れ込ませていた風の刃で後ろから切りつけたのではないだろうか。

 チェイサーの威力は強力だった。それも何発も襲ってくるそれを防ぐ為に、どうしても前方に集中してしまったのだろう。薄くなった後方の壁を狙い襲ってきた風の刃に、気づけなかったのも仕方はないかもしれない。レイシスは、魔力を操るのが本当に上手い。

 観客席は非常に盛り上がっていた。

 そんな中、アナウンスが二回戦を終えた段階で今日は終了すると告げる。よかった、それならフォルの試合も見れる。

 ルセナと、明日だね、と会話をしながら試合を見守る。間に騎士科三年と兵科三年の試合を挟んで、フォルの名前が呼ばれた時には気づけば日も傾き始めていた。確かに後二試合ならちょうどいいだろう。

 一回戦はグラエムさんに騙されて早く席を立っていたので、フォルの試合を見ていない。どきどきと開始の笛の音を聞く。

 相手は騎士科の二年だった。明らかに様子がおかしい。剣を持つ手がかたかたと震えていて、なんだか怯えているような。……フォル、一回戦でどういう戦い方したんだろう。

 王子が「決まりだな」と呟いた。えっと思った時に気づく。相手の男が足からじわじわと氷り始めていることに。

 早くあの氷を溶かさないと、すぐ負けるぞ!? と思っていると、フォルの相手の選手はがたがたと震えながら氷に炎の魔法をかけ溶かし始める。しかし、なんだか遅い。混乱して集中できていないのかもしれない。氷の速度が勝っている。

 腰の辺りまで氷りついた時、フォルが腕を振った。手に現れた氷の剣が、まっすぐに相手の心臓に突き出され、寸前で止まる。勝負が決まった。

「静かな試合だ」

 王子の言葉に、こくんと頷く。フォルらしい、気がした。とても静かに、でも確実に。

「ここまでだな、簡単な試合は」

「そうですね。もう、ある程度力がある選手に絞られましたから」

 ファレンジ先輩とハルバート先輩の会話。ただ、まだ二回戦が一試合残っているのに、ここまでだ、というのが不思議な気がした。

 あっ、と、次の試合が二回戦ラストなら、特殊科三年の試合は次なのだろうと気がつく。トーナメントの名前を見るが、一回戦を勝ち上がった人も、シードに書かれた名前も知らない相手だ。シードに書かれている名前は、ヴィルジール・パストン。簡単な試合が終わったと言うからには、一回戦を勝ち上がった騎士科の生徒も余程強いのだろうか、そう思った時選手が現れる。

 きびきびとした動きで前に進み出る生徒と、制服の上になんだか黒いマントをつけて身体を包み込んでいる生徒。どちらが一年か、というのはその見た目で十分わかった。まるで、大人と子供が並んでるみたいだ。もっとも、大人に見える背が高い黒マントの男は髪がつんつんと逆立っていて、随分若々しい姿だったけど。


 ピーっという音で、ばさっとマントが宙を飛ぶ。現れたその姿に驚いた。制服が……制服じゃない!

「な、何あれ」

 思わず体が引いた。な、なんだあれ。制服が、なんというか……きんぴかだ。

 騎士科の制服がやたらとぴかぴかぴかぴかしている。金糸で刺繍でもされているのかもしれない、が、他にも制服についているわけがないのにフリンジがきらきらしてたり、やたらと宝石がついていたり、とにかく派手だ。

「す、すごいですわね」

 やはりおねえさまも見るのが初だったらしい。表情が引きつっている。ルセナなんて、手にしていたサンドイッチを落とした。ハルバート先輩はため息をついているし、ファレンジ先輩は相変わらずすっげーなと笑っている。しかも今かっこいいなって言った。ファレンジ先輩も少々派手だとは思ったが、そうか、あれがかっこよく見えるのか。ファレンジ先輩、今がちょうどいいと思います。

 王子は、視線が完全に空を見ていた。

「うわ、すげぇ」

「あ、ガイアスおかえり」

 頭上から声がして振り返ると、よっ、とガイアスが手を上げて席まで戻ってきた。

「あれが三年の先輩か」

 うん、と返事をして私も下を見る。

 やっぱ、派手だ。


 試合は、騎士科一年の生徒が攻めていた。小さな身体からひゅんひゅんと繰り出される剣を、難なくかわすヴィルジール・パストン先輩。……パストン?

 どこかで聞いた。誰だったっけ……パストンは、確か……ああ、王都からかなり離れた位置の、伯爵家だ。ベルティーニで取引があったような気がするが、ベルマカロンではない。うーん、どこで聞いたっけ……。

 ひゅっと先輩が両手をまっすぐ上にあげた。指先までまっすぐだ。そのままその場でなぜかジャンプした先輩は……いや、ジャンプじゃない。

「飛んだ!」

 両手をあげて、手を伸ばした姿勢のまま、上にまっすぐ飛んで行く。ええっ、おかしい待て待て。この世界の魔法は何もなしに空を飛べたりしない。風歩で跳ぶか、それこそ魔女のほうきみたいなのに魔法をかけるとか、魔法のじゅうたんみたいに布に魔法をかけるとか。それでも、飛ぶにはほうきの柄や布自体にたくさんの魔法文字を刻まないと……あ、れ?

「あの服の刺繍、魔法文字?」

「だろうなあ」

 空を見ていたのに視界に先輩が入ってきたらしい王子が微妙な返事をしながら額に手を当て俯いた。返事が投げやりである。先ほどの王子の様子から、知り合いなんだろうなと考えてつい苦笑した。王子がこんな態度を取るのも珍しい。

 そのままひゅんひゅんと空中をポーズをとったまましばらく見せ付けるように飛んだヴィルジール先輩は、ちょうど会場の真ん中辺りに止まるとその場に留まり、両手を真横に伸ばした。またしても指先までまっすぐだ。

 なんのポーズ……と思ったが、魔力が急速に高まっていく。遠目にも色が見えた。赤。真っ赤だ。大きな炎の魔法が、来る。

「フレイムラッシュ!」

 叫び声がここに届いた。ラッシュ。私が使った魔法と同じ系統の上級魔法。だが、おかしい。あれはこんな、会場の空を覆うような範囲の広い魔法じゃない。


 炎の雨が降る。


 フィールドの範囲にだけ、炎の雨が降り注ぐ。いや、雨なんてものじゃない。

 ひょうだ。

 恐ろしい炎の塊が下に降り注ぐ。

 慌てて騎士科一年の生徒が防御魔法を展開したようだが、すぐにそれを突き破り始めた。焦りの表情を騎士科の生徒が見せる。

 あれはまずいのではないか。なんだこの魔法!


 雹はすぐに止んだ。ゆっくりと先輩が下に下りて行き、地面に足がついたときには飛び出したアーチボルド先生の防御魔法の中でうつ伏せに倒れ制服が焼け焦げている騎士科の生徒が目に入った。

 威力が、違いすぎる……。


 簡単な試合、ではなかった。こんな派手な魔法を見る事になるとは。

 はっとして、トーナメント表を見る。

「次……フォルが」

 今の試合で、次のフォルの対戦相手が決まったのであった。



「疲れたなー!」

 特殊科一年生全員でゆっくりと歩きながらいつもの屋敷に戻る。

 夕飯にはまだ早いかと、屋敷で少し話そうということになったのだ。

「……僕も寮に入ろうかな」

 ルセナが少し寂しそうにこぼす。

 特殊科のメンバーで寮に入っていないのは、ルセナ、おねえさま、フォルの三人。王子は最初は城から通ったらしいが、今は普段寮にいるらしく、休みの時だけ城に戻っているそうだ。

「そうだね、僕も寮に行こうかな」

 フォルまでいいだすと、おねえさまが「ええっ」と声を上げた。

「私だって行きたいですわ。でも、寮は駄目だって言われていまして」

 おねえさまの言葉に、ああ、となぜか王子は笑った。

「なら、特殊科の屋敷を使えばいいんじゃないか。ある意味あそこは俺達にとって一番安全な場所だからな」

「え!」

 王子の言葉にびっくりして皆が注目する。すると、王子はにやりと笑って口を開く。

「本当は冬からの予定だったんだがな。諸々の準備をしても秋には寮として使えると思うぞ」

「え、冬からの予定って?」

 フォルまでもが、驚いた様子で王子に尋ねる。王子はまるで手品の種あかしをするように楽しそうに皆を見た。

「特殊科の三年が大会に仕事を持ち出して一人休んでるだろ。まあ、特殊科にくる依頼っていうのは基本難しいし、この前みたいに時間も遅くなる。だから特殊科は寮に入らないことが多い。迷惑だからな」

 王子の説明に、頷く。この前は真夜中もいいとこの時間で、寮の管理人が嫌そうな顔をしていたのだ。

「で、俺達一年の特殊科は例年にないほど人数が多い。アーチボルド先生がどうやら寮の管理人になんとかしろと怒られたみたいで、あの屋敷を寮として使う案を出していたぞ」

「わ、それ、楽しそうだな!」

 ガイアスがきらきらした顔で身を乗り出した。完全に合宿か修学旅行を楽しみにしている男子学生のノリである。

 でも、確かにあの屋敷は元は寮だったらしいし、設備は整っている。想像してみると、少し楽しそうだった。

「えっと、上何部屋あったっけ」

「確か十二室はあったと思ったけど」

 フォルが首を捻りながら答えてくれ、王子がそれに頷く。次に王子はおねえさまを見ると、笑った。

「あそこはもともと寮だからな。各部屋の防犯対策も、屋敷自体の防御も完璧だしあそこならフリップも認めてくれるんじゃないか?」

「そうかしら」

 うーんと難しい顔をしながらおねえさまが思案している。どうやらおねえさまが寮に入れないのはフリップさんが反対しているからのようだ。まあ、おねえさま綺麗だし心配なのかも。

 男女同じ建物でいいのかなんて疑問がわきそうだが、そもそも今いる寮だってそうなのだ。騎士が巡廻してるけど。ただ、各部屋護衛もいるので、事件が起きたなんて話は聞いた事がない。

「ま、詳しい話は試合が終わってからだな。アーチボルド先生もその為に今許可とって回ってるらしいし」

 王子がそういって、見えてきた屋敷を見上げる。

 そうだ。とにかく明日の試合に集中しなければ。

 トーナメント表を思い浮かべながら、私は皆といつもの屋敷に入る。ほっと体から力が抜けたのに気がついて、自分が緊張していたのだと漸く気づいた。

 すごい濃い一日だったな。でも、試合は明日で終わる筈。

 いつもの椅子に座って、皆で笑いあう。明日この中で、何人が仲間と試合するのだろうか。

 とりあえず最初は私とルセナ。ちらりと彼を見ると、彼はふにゃりと微笑む。

「おねえちゃん、明日は頑張ろう」

 うん、と返して、そうだ、手を抜くのは失礼なんだと、今日私が自分で棄権しろと言って来た少女達に告げた言葉を思い出す。


 皆が今日の感想を言い合うのに相槌を打ちながら、私は明日の試合で使うであろうグリモワの背をそっと撫でた。

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