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 控え室にいた教師に次の試合を見たいと頼んでみたが、許可していては控え室が溢れ返ってしまうと言われ大人しく戻る事にする。

 控え室を出ようとしたところで小さな声に呼ばれ振り返ると、若い女性が治療をしていくように、と言い私に回復魔法をかけてくれる。たぶん、教師。見たことがない人だけど、教師の腕章をつけている。破けた服は仕方がないが、傷は消え魔力もかなりの回復を見せた。

 お礼を言い、席に戻る途中にある更衣室で持って来ていた制服の予備に着替える。この制服はもう駄目だろうか。時を戻す魔法とかがあれば制服を元に戻せそうだが、生憎魔法は万能ではないので無理そうだ。

 一応直るかどうかあとでベルティーニの人間にでも聞いて見ようと考えつつ、選手に宛がわれた鍵つきのロッカーに戻し鍵をかける。

 さて戻ろうか、と思った時、がちゃりと更衣室の扉が開いた。


 ぞろぞろと無言で、四人の女生徒が現れる。生徒だとわかったのは、侍女科の制服と医療科の制服を身につけていたから。だが医療科の二人を見たことがないところを見ると、あちらは上級生だろうか。

「単刀直入に言いますわ。あなた次の試合を棄権なさいませ」

 言われた言葉に思わず眉が寄る。まったく、どいつもこいつも、と文句を言いたくなるのを許して欲しい。

「いやです」

 すっぱりと言い切る。特殊科、そして騎士科や兵科にとって試合はテストだ。成績に影響するのだ。どうして棄権しなければいけないのか。

「あなた、私達が学年が上だと言う事をわかっていらして!?」

 怒ったように医療科二人が前に出て、侍女科の生徒がそうだそうだとはやし立てる。まあ、陰口よりはマシか……。

「あなたたちこそ、上級生なら下級生にテストを受けるな、と言う権利があると?」

「テスト……?」

「お忘れかもしれませんが、これはただの大会じゃありません。私達にとっては学園のテストなんです」

 真正面から言い返せば、四人が怯む。しかしすぐに立ち直ったらしく、上級生が再びぎっと私を睨んできた。

「あなたが出場していると、迷惑なんですの。次はルセナ様との試合ではありませんか。彼のためにも辞退すべきですわ!」

「……は?」

 少し考えてからやっと言われた事を理解した。そして思わず怒りで唇を噛む。私の表情になぜか満足したらしい彼女らは笑みを見せた。馬鹿だ。

 この人たち、ルセナのファンだろうか。やっていることは最低だけれども。

 そして次ルセナとあたると断言したということは、私が治療したり着替えたりしている間に彼は勝利したのだろう。そこだけにほっとする。さて。

「お断りします」

 きっぱりと断言する。いつもなら微笑んで撃退するところだが、今の私はあまり余裕がないらしい。全身に力が入る。

「なっ」

「あなた方がどうしたいのか知りませんが、私が棄権してルセナが不戦勝して喜ぶと? 彼を馬鹿にしているんですか?」

 かっと顔を赤くする四人。私はそのまま口を開く。

「正々堂々勝負している人間に失礼です。あなたたち、裏でこんなことしないと彼が勝てないと言っているようなものです」

「ち、違う! 私達はルセナ様がお怪我などされないように」

「それが失礼だって言ってるんです。私達、真剣に戦ってるんです」

 まったく上手い言葉が思いつかない。こんな時王子なら一発で黙らせてくれるんだろうなと思いつつ、私の目指すところはとても遠いのだと思い知る。そもそも、王子ならこんな状況にすらなっていない筈だ。

「あなたなんて!」

 顔を赤くした医療科の上級生が、近くの小さな花瓶を投げつけながら何かの詠唱を口にした。逃げようとしたが、花瓶の花に精霊がいたことに気づいた私は咄嗟に精霊に魔力を投げ渡した為逃げ遅れた。ひゅっと私の頬を魔力が掠める。

 ちりっとした痛み、そして揺れた髪。ふわっと床に数本髪が落ちたのを見て、魔力が風の刃であったことに気づく。

 ゆっくりと視線を戻した時、ひっと、魔法を使った少女が怯んだ。失礼な、そんな怖い顔してないつもりなのだけど。

 精霊が、心配そうにふわっと私の周囲を飛ぶ。

 大丈夫、恐らく目の前の少女達は私が魔力を精霊に渡していたのなんて気づいてすらいないだろう。渡したのはごく少量だが、一時的に力を得た精霊は風の刃をちゃんと防いだ。

 精霊は魔力を使う。つまり、魔法攻撃は当たるのだ。もちろん人の目に見えない彼らは巻き込まれないように普段常に精霊独自の高位の防御魔法を使っているのだが、この精霊はどうやら非常に魔力が枯渇しているようで、防御魔法の証でもある淡い光がなかったのだ。

 精霊が無事であった事にほっとしつつ、指を頬に当てた。ひりひりとした痛みに、ぬるりと手に触れるもの。切られたようだが、そこまで深くはないだろう。

「あ、あなたが悪いんですのよ!」

 魔法を使った少女が顔を真っ赤にして踵を返す。

 残り三人はどうやら怪我を気にしたらしく、後を追おうにも二の足を踏んでいるようだ。私に怪我をさせるつもりはなかったのかもしれない。

 医療科の生徒が悪意を持って相手を傷つける、か。さっきの人、大丈夫かな。あとで後悔しそうだけど。

 どうすべきかと一瞬考えて、投げられた花瓶は割れてしまったので花だけを拾い上げる。そうか、この精霊はこの花にずっとついていたのかもしれない。もう枯れ行くしかない花から魔力を分けてもらいにくかったのだろう。

「あっあの」

 後ろにいた侍女科の生徒が、手を伸ばす。その花を生けなおします、と。確かに侍女科の生徒なら上手くやってくれるだろう。

 手渡すと、ふわっと暖かい魔力が頬に触れた。残っていた医療科の少女が、ぶっきらぼうに「悪かったわよ」と言いながら回復魔法をかけてくれていたのだ。

 びっくりして目を合わせた時、慌てたように視線を泳がせて少女達は部屋を出る。最後に、きちんと応援するわ、と決まり悪げに呟いて。

 頬に触れる。ぬるりとして指先は赤くなったが、痛みはもうなかった。ロッカーに戻り、適当に布を取り出し傍の洗面台で簡単に血を洗い流して拭う。小さな鏡で血がしっかり流れ落ちたのを確認して、ロッカーの隅にある掃除用具で割れた花瓶を掃除する。

 急がないとルセナが先に戻ってしまう、とすばやく掃除を終え、更衣室を出て軽く走る。途中、先ほどの侍女科の生徒二人が掃除用具と、新しい花瓶を持って歩いているのにすれ違ったが、彼女達は頭を下げすぐにパタパタといなくなった。

 彼女達も頭に血が上っていたのかもしれない。あまり悪い人たちじゃなさそうだったのだけど、となんとなく一度止まって振り返り彼女達の後姿を確認した後、私はもう一度走った。早く戻ろう。そう思ったが、既に遅かったらしい。


「お嬢様!」

 戻った私に駆け寄るレイシス。既にルセナが戻ってきていて、酷く心配をかけてしまっていたらしい。今にも探しに行こうとしていたようで、レイシスとガイアスだけ席を立っていた。王子とおねえさまはすでに次の試合の準備のためか、いない。初めに集まる控え室と、勝負を終えた生徒が集まる控え室は反対方向にあるので顔を合わせる事はできなかった。

「よかった」

 心底ほっとしたように笑みを見せたレイシスが、すぐにどうしたのかと詰め寄る。それに、着替えていて、制服がぼろぼろなのをどうしようか悩んだだけだ、と伝え謝ると、ぎゅっと手を握られた。

「レイシス、お前アイラに何か飲み物買ってこいよ。お前のほうが売ってるもの詳しいだろ?」

 ガイアスが突然そう声をかけると、頷いたレイシスが走り出す。席に戻るのかと思ったが、ガイアスはレイシスが立ち去るのを確認すると、小さく何かを呟いた。

 ガイアスの手が、肩に触れる。なんらかの魔力を感じて首を傾げると、彼は怖い目で「何があった」と呟いた。

「え?」

「肩に、血。着替えたんだろ、血がついてるのはおかしい。レイシスは髪で気づいてなかったみたいだけど」

 えっと思わず確認しようとしたが、ガイアスが短く「消した」と答えた。

 そんな魔法があったのか、と目を見開くと、暗部じゃよく使う魔法だといわれた。そうか、血の痕を消せるのか。水魔法かな? ……じゃない、ガイアス、気づいてる!

「ま、レイシスに今言わないのは正解かな。試合どころじゃなくなりそうだし。ただ、アイラ次から一人で行動禁止な」

「うっ」

 ガイアスがぽんぽんと肩に軽く触れながら言うが、たぶん間違いなく怒ってる。

 どうしよう、と口を開くが、ガイアスは苦笑した。

「ま、仕方ないっちゃないんだろうけど。俺もなんか上級生に呼び出し食らったし」

「えっ」

 思わず大丈夫なのかとガイアスを見るが、ガイアスはその様子を見て、ほらそれ、と呟いた。

「俺らも同じなの。心配するから、無茶はすんな。怪我するなんて論外。アイラがその辺の生徒に怪我させられるってことはなんかあった?」

「……精霊が巻き込まれそうになって」

 そっか、とガイアスは言うと、私の頭をゆっくりと撫でる。

「アーチボルド先生も言ってたぞ、一年が勝ちあがるとどうしたって絡まれたりするから気をつけろって」

「そう、なんだ」 

 なんとなく、私が絡まれたり呼び出しされたりする理由は別な気がしたが、それを知られてなくてよかったと逆にほっとして息を吐く。

 本当に大丈夫かもう一度確認され、一人になるなよといわれて頷いた私は席に戻る。ルセナが不安そうにしているので、大丈夫だと笑う。

 ふと、グラエムが最後にお嬢さんたち怖いぜ、と言っていたのを思い出す。頼まれていた、とも。

 何を頼まれていたのかはわからないが、グラエムはもしかしてあの少女達に私に勝つようにいわれていたのだろうか。

 いや、あの少女達は私本人に直接ぶつかってきた。別な人、だろうか。ふと、彼女達の名前も知らないな、と気づく。攻撃してきた上級生はともかく、残りの子たちはたぶん悪い子たちじゃないような気がした。……仲良くできたらいいのに。

 なんにせよ、気をつけたほうがいい。


 スクリーンを見ると、次はハルバート先輩の試合だと表示されていた。ルセナはやはり無事に勝ち進んでいる。つまり本当に赤の三回戦最初の試合は私とルセナの試合なのだ。

 緊張しつつ見守っていると、お嬢様、と声をかけられて戻ってきたレイシスから飲み物を受け取る。ありがとうといえば、彼は嬉しそうに笑みを見せた。

「怪我はもう大丈夫ですか?」

「たいした怪我じゃなかったし、すぐに治療してもらえたから」

 一瞬どきりとしたが、それが試合の事であるとすぐ気がついて首を振る。ほっとした様子のレイシスにを見て少し胸がちくちくとしたが、私は顔に笑みを浮かべた。


 すぐに試合開始の笛の音が鳴る。

 ハルバート先輩はどんな戦い方をするのだろう。席にいる特殊科一年のメンバーが食い入るようにそれを見つめる。

 武器は、少し長めの細い剣だ。珍しいな、と思ってみていると、ハルバート先輩は武器の長さを利用して容赦ない攻撃を加え、相手の騎士科生徒を追い詰める。

 美しい、と思った。

 あんなに刃が長い武器を扱っているのに、荒っぽさがなく洗練されている。きっと想像できないほど修行を積んでいるのだろう。

 だが、魔法を使う気配がない。彼もまた、次の試合を見越して手を見せないのかもしれない。

 魔力を注いでいるのか、どうやら相手が生み出した魔法をもハルバート先輩は切り捨てている。


 試合はすぐに決着がついた。騎士科一年の生徒が打ち合いに負け剣を弾き飛ばされた時、降参を口にしたのだ。三日目では初の、降参宣言。だが、誰しもがあれは仕方ないと納得できるほどの力を持っていたと思う。

 自然と私とルセナは目を合わせ、ぐっと手を握った。私達のどちらかはあの人と戦うのかもしれないのだ。


 あ、今更だけど、ピエール勝ち進んでるじゃん。先にハルバート先輩と戦うの、ピエールだ。


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