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「なんかすごいなあ」

 王子の試合での盛り上がりに、ガイアスがわくわくと周りを見ている。

 私はベルマカロンアイスをもぐもぐと食べながらそれに相槌を打つ。今日はブルベリ味だ。名前が微妙に違うがしっかり味はブルーベリーである。おいしい。

 後で他にもおいしそうなのあったし、みんなの分買って来ようかな。

 おねえさまの試合は、もう少し先。

 次は騎士科一年と兵科三年の試合だった。

 さすが勝ちあがってきた兵科の生徒は強く、序盤は防戦を強いられていた騎士科の生徒だが、試合中に相手の特徴を捉え対処を考え出し、それを実行に移すことができる目に見える成長に目を見張る。

 ほんの二十分ほどで見違える動きをするようになり、白熱した試合となる。

 中性的な容姿だ、とは思ったが、ガイアスがさっすが強いなミリアは、と呟いたことでまさかと尋ねると女性であると発覚。

 すごい。あんなに状況に合わせてすぐ対処法を編み出せるなんて。一度お話して見たいなぁと思いつつ観戦。いつの間にか手に汗握る戦いに会場全体がのまれている。

 しかしやはり経験の差か、最後には息を切らし始めたミリアさんを、持ち前のすばやさで追い込んだ兵科三年生が急所に武器を突きつけた事で試合終了。観客席は大きく盛り上がりを見せ、私達も興奮を隠しきれず直前の勝負を語っていた時だった。

 アナウンスが入り、次の選手を見た瞬間、周囲の空気が変わったのを肌で感じた。

 次の試合も兵科と騎士科の試合だ。だが、騎士科の男子生徒は見るからに青ざめていて、開始の笛の音は鳴っていないが逃げ腰である。

 対し相手はその大きな体に合った長い槍を一度ぐるりと頭上で振り回し、石突きをどんと地面についてにっと笑う。あの、初日と二日目を盛り上げた槍使いであった。


『次の試合は、ついに出ました! 兵科最強の男と噂されるヴァレリ・ベラー選手対、その小柄な身体をどう使うのか!? 騎士科一年ジル・イラスタ選手です。試合……開始!』

 ピーっという笛の音と同時に、騎士科のジルと呼ばれた生徒は敵の速さを警戒してか大きく後ろに跳んで距離を稼いだ。

 どうやらこちらも速さを売りとするタイプらしく、その動きは十分な速さだった。剣は長剣二本。二刀流だ。剣二本を扱うのは非常に難しいと聞く。ぜひその剣技を見たいものだが、槍の長さを考えるとリーチの差がありすぎる。近づいて戦うのは不利だろう。

 魔法が得意なら、距離さえ取れれば可能性があるかもしれない。そう思って見つめつつ、私はちらりとトーナメント表を確認した。

 おねえさまは23番だ。もし一回戦を勝利し、二回戦も勝利すれば……この槍使いと、当たる可能性が出てくる。おねえさまがどのような戦いを得意とするのかまだわからないが、以前皆で風歩移動で遊んだことがある。おねえさまは、あまり風歩が得意では、ない。

 こっそり騎士科のジルさんとやらを応援しつつ、試合に集中する。

 槍の男は逃げ回るジルさんを余裕な表情で放置し、時折目を疑う速さで近づいては逃げるジルさんを目で追う。それだけ見ればなんとも小動物を弄ぶ肉食獣で、あまりいい性格とは思えないが、逃げるジルさんを追う目線が真剣だ。あれは楽しんでいるというより、何かのタイミングを見ているのではないか?

 緊張にこちらまで手をぎゅっと握る。

 その時ジルさんが動いた。

 今まで逃げ回っていただけだった彼は、どうやら詠唱も同時に行っていたらしい。

 ひゅっと彼の振り上げた剣から魔力が吹き上がる。緑色……風だ。

 風の刃となった魔力は、一気に槍使いに切りかかる。非常に速く、数が多い。槍使いはこの刃から逃れられないのではないか。観客席にも緊張が走る。


「おらああ!」

 次の瞬間私達が目にしたのは、槍男が大きく槍を横一線に振り切った姿だった。

 左から右へと一気に三角錐状の槍頭が大きく移動し光を反射する。形状を見るに突きに特化したタイプに見えるのだが、それが横に振られた時私達が目にしたのは、何が起きたのかわからないといった表情で、細かな傷だらけになり膝をついた騎士科のジルさんの姿だった。

 そのままばたりと、膝を折ったまま仰け反って、妙な体勢で倒れこむ。

 は……?

 よくわからず呆然と競技場を見下ろす。ばたばたと近づいた先生の持つアナウンスの魔道具が、槍使いの声を拾った。

「なんだ、結構簡単だな、鏡返しとやら」

 と。


「は?」

 思わずわけがわからないと声が出て、周囲を確認する。ぱちりと目を覚ましたルセナは珍しく真剣な表情で下を見下ろし、そしてフォルは私と目が合うと、その表情に驚きを貼り付けたまま、言う。

「あれ、鏡返しじゃないよね」

「……少なくとも私達が知ってる水魔法の鏡返しではないと思う」

「どう見ても気合で魔力で押し返した、だろうな」

 急に後ろから声をかけられて振り返れば、試合が終わったため戻ってきたらしい王子がそこに立っていた。

 その表情は少しの呆れを含んでいて、後ろに座るガイアスとレイシスの隣まで来るとどんと腰を下ろし、なあそう思わないか、とレイシスに話を振った。

「……そう、でしょうね、たぶん本人は鏡返しのつもりだったんでしょうけど。たぶんあの風の刃を上回る魔力で押し返したんでしょう」

「可能か、そんなこと」

 愕然とした表情でガイアスが言えば、それまで沈黙していたファレンジ先輩が、弾かれたように笑い出した。

「可能だな! 完全に相手の魔力を上回ればの話だが!」

 それにつられるようにため息をこぼしたハルバード先輩が、勝利宣言とばかりによっしゃあと声を張り上げている槍使いを見ながら煩そうに耳を手で塞ぐ。

「あれで筆記がもう少しできて、自覚を持って魔力をコントロールできていたら、間違いなく騎士科だったでしょうに」

 そうぽつりと言いながら。


 ま、魔力制御できないんかい……!

『やりました兵科最強の野生児! ヴァレリ・ベラー選手の勝利です!』

 アナウンスの生徒が先ほどと若干違った言葉をつかったようだが、私はそれに全面同意して恐怖に身体を震わせたのだった。



「頑張れよ!」

「ガイアス、あの賭け忘れるなよ」

 特殊科の面々に声をかけられて、次の黄色グループ一回戦出場者であるガイアスが、おうよ! と答えて立ち上がった。

 レイシス、何か賭けでもしてるのか。楽しそうにしてるからまあいいけれどと様子を見守りつつ、私もガイアスに頑張ってと手を振る。

「任せとけ! アイラに心配かけさせたりしないで勝ってやる!」

 にかっと笑うガイアスを見て、つい笑みが浮かぶ。

 さすが双子。雰囲気も口調も、聞いた場所も違うが、同じような台詞を言うとは。

 昨日の夜の事を思い出しつつ、手のひらを見せたガイアスに私も手を上げ、ぱんと合わせて音を立てる。

 すると、近くがざわざわと騒がしくなった。

「げえ! ガイアスおまえ、黄色だったのかよ!」

「おい、何番だよ何番!」

 駆け寄ってきた騎士科の生徒に囲まれて、手を見せ合っていたようだが、一人がうああと悲痛な叫び声をあげた。

「ガイアスと戦うの俺じゃん! 俺終わった! もうだめだ! 一回戦敗退だああ」

「お前くじ運わっりーな!」

「おいまだわからねーって! ま、負けないけど」

 わいわいと騒いでいた騎士科の生徒達は、ふとレイシスに気づくと、お前はまだなのか、と肩を組む。

「緑なんだ」

「いや、どっちにしたって俺らはガイアスに一網打尽にされるんだー」

「レイシスお前勝ちあがって俺らの代わりにガイアスを倒せ!」

 あははと笑い合って、ガイアスはもう一度私に手を振り上げた後立ち去っていく。

 ガイアスとレイシス、楽しそう。

 つい嬉しくなってその後ろ姿を見つつ、一瞬羨ましい、と感じた気がしてそれに思考が囚われそうになった時、後ろから楽しげな笑い声が聞こえた。

「ガイアス、黄色か」

 笑っていたのは、ファレンジ先輩だ。そして首を傾げた私ににやりと笑って、その左手の甲を見せる。

「……黄色!」

「そ。まあ当たるのは黄色最後の試合だけど」

 楽しそうに笑いながらトーナメント表を見るファレンジ先輩は、まるでどちらも勝ちあがって、黄色グループの最終戦で戦うのを確信しているような口調だ。

 それを見ていると、ファレンジ先輩はもう一度私に視線を戻し、にやっと笑う。

「アイラもルセナも気をつけないと、やられっぞー、こいつに」

「え?」

 名前を呼ばれたルセナも顔を上げたのを確認すると、ファレンジ先輩は前に座っていたハルバード先輩の腕を掴み上げる。

「ファレ!」

 抗議の声を上げたハルバード先輩。だが、私とルセナはその手を見て固まった。

「あ、赤……」

「ま、君達は二人が先に当たるから、どっちか勝った方だけどね」

 まるで自分が勝ち進むのは決定しているかのような発言であるが、それが違和感ないような、美しい微笑みを向けられて、思わず息を呑む。

 ガイアスも、そして私かルセナのどちらかも。勝ち進むにはたった二人しかいない特殊科二年の先輩と戦うことになるらしい。残り一人、ここに姿を見せていない特殊科の三年生は、まだどのグループかすらわかっていない。


『さてさて次の試合は、特殊科一年魅惑の美女の登場ですよー!』

 アナウンスがおねえさまの登場を告げる。

 全員が視線を競技場に向ける中、私もそれに倣い身体を前に戻しつつ、手を握り締めるのだった。


 おねえさまの勝負は騎士科の生徒が相手だった。

 開始前に優雅な礼を取り、美しく微笑むおねえさまに、観客席の男性陣がわっと沸く。

 開始の笛の音。相手の騎士科の生徒は、ふっと笑って手に何も持っていないおねえさまに接近戦を仕掛けるためにすばやく動いた。

 騎士科の生徒の武器は大きな斧だった。バトルアックス……? 木に振り上げる類の斧とは違い、美しく装飾され、左右に広い範囲で刃が光り、頂端が槍のように尖っている。このような形は武器百科の斧のページに小さく載っていた気がするが、正式にはなんという武器だっただろうか。重そうであるが、難なく手に持っているところを見ると、力自慢タイプなのかもしれない。


 ふと思い出す。水晶玉の魔力検査の時、私は三人、色を見る事が無かった。

 一人は王子だ。だが、彼は魔力がきらきらと光っていたのを覚えている。王家の人間だ、あれは得意な魔法が光魔法だという事だったのかもしれない。

 そして、残り二人はルセナとおねえさま。

 ルセナは暖かい魔力だと感じただけだし、おねえさまに至っては非常に重く渦巻く、息が苦しくなるような魔力だった。それだけだ。この二人は色が見えなかった。

 どんな戦いを?

 そう思いながら、おねえさま怪我しないでください、と願いつつ見守る。

 おねえさまの眼前に騎士科の斧が迫る。

 おねえさま、と強く手を握り、目を逸らさないように耐えていた時、おねえさまがふっと笑った。

 口元が微かに動く。

 舞うようにふわりと動いたおねえさまの横で、斧が空を切る。ぎょっとした男がすぐにおねえさまの方に斧を構えなおそうとしたが、おねえさまはもうそこにはいなかった。


 ズン、と不可思議な音が場内に響き渡る。

 おねえさまが踊るようにふわりと手を持ち上げた。その手に、美しい色合いの扇子。あれ? おねえさまの武器って、針じゃなかったのか?

 疑問は言葉に出る事はない。くるりと舞ったおねえさまに観客席は魅了されていただろう。

 ゆっくりと、羽根が舞い落ちるように振り下ろされた扇子。気がついた時には、騎士科の生徒は地面につぶれていた。いや、騎士科の生徒の周りの地面ごと、へこんでいた。

「無属性魔法……重力系か。さすが、グロリア家のご令嬢だ……」

 フォルが驚いたような声を出す。おもしろい、と後ろで王子が呟いた。ルセナが目を輝かせている。

 無属性魔法は対処が難しい。想像がつきにくい魔法が多いのだ。だがその扱いは武器の具現化並に難しく、発動条件も厳しい筈。それに重力系は自分も巻き込む人が多数のため使い手は少ないと聞く。

 振り返ってレイシスを見る。レイシスは唖然としていた。いや、観客席の誰もがそうだ。おねえさまの舞うような動きに目を奪われているうちに、試合が終わっていたのだ。男は、ぴくりとも動かないのだから。


『こ、これは……! 特殊科すごいぞ! 美の女神ラチナ・グロリア、勝利ぃいい!』

 わっと沸く場内。

 優雅に礼をとって微笑むおねえさま。か、かっこいい!

 その微笑みに惚れそうです、なんぞ考えながら、私は盛大に拍手して勝利を喜んだのだった。



「レイシスはカツサンドね、私はお菓子買って来る!」

「あ、お嬢様!」

 おねえさまの勝利を見届けた後、そろそろお昼も近いしとお昼ごはんの調達に出た。みんなで行っても邪魔になるだけだからとレイシスと二人できたのだが、お昼を見越して多数の販売員がいるものの買い手も多く、二手に分かれたほうがいいだろうと、見える範囲で分かれる。

 レイシスは少し渋っていたが、人は多いもののここは学生専用の観戦席だ。巡廻している騎士もいるし学内と変わらない。見える範囲で、と約束しての判断だったが、巡廻している騎士でも防げない悪意があるというのを、おねえさまの試合で興奮していた私はすっかりと忘れていた。

「ほんとう、ムカつくわ、アイラ・ベルティーニとラチナ・グロリア!」

 聞こえてきた声に、えっと固まっていると、それに同意する声がいくつも上がる。お菓子を買い求める人の列の前の方だ。どうやら、後ろにいる本人に気づいていないらしい。

 ちらっと見ると、制服を着ている。侍女科だ。

「我が物顔で特殊科の皆様のお傍にいて。とくにアイラ・ベルティーニ! ガイアス様やレイシス様もあんな女の護衛なんて必要ありませんのに」

「本当、幼馴染か何か知りませんが、おかわいそうに!」

「見ましたか? あの品のない戦い方! あんな女、たいした魅力もありませんのにね」

 きゃはは、と笑い声。言葉は武器だ。油断していた私にぐさぐさと突き刺さる。我が物顔も何も、私も特殊科なのに。た、確かに品は……な、なかったけど。

 魅力……?

 ふと、私の周囲にいる人たちの顔が過ぎる。

 皆魅力溢れる人たちだ。いいところをあげだしたらきりがないと思う。

 でも幼馴染だからって、と言われても、小さい頃から兄弟のように育ってるんだ。そんなこと言われても……あ、れ?

 急に胸が苦しくなった。なんだこれ。

 ガイアスとレイシスが傍にいなかったら、なんて考えたことがなかった。ずっと一緒にいるものだと思ってた。思い込んでいた。でも、何の魅力もない人間の傍にいつまでも人はいてくれるものだろうか。

 ちらちらと頭に先ほどの同級生との楽しそうなガイアスとレイシスの姿が浮かぶ。

 そして、仲間だと言ってくれた王子を思い出す。力を貸してくれと言う王子。王子の求める力とやらが、私になかった、ら?


 ふと顔を上げると、ちょうどこちらを振り向いたレイシスと目が合う。彼は少し首を傾げた。いけない。

 慌ててにこりと笑みを浮かべて、先にゲットしていた串にささったお肉の入った袋を振ってみせる。楽しみだねと。

 レイシスは笑って頷いて、視線を列の前の方に戻した。ほ、と息を吐く。少なくとも、今不安そうな顔をしてレイシスに心配をかけてはいけない。

 なんで今日はこんな嫌な気持ちになったんだろう。いつもならちゃんと言い返せて……あ。

 相手は私がいるのに気づいていない。これは陰口だ。面と向かって言われたり、聞こえよがしな言葉より、どうやら陰口の方が苦しいらしい。

 魅力、か。

 とりあえず、買い終わった先ほどの侍女科の少女達が私に気づいて顔を青ざめさせたのを見て、平気な顔をして口元に笑みを浮かべた。ただの強がりだ。

 いいかアイラ。笑う門には福来たるって言うじゃないか。前世の言葉だけどね!


 目の前で商品を広げるベルマカロンの制服の女性が、十二個セットだとお得ですよとか笑顔で言うのでついそれで、と答えて重たい袋に少し後悔しつつ、まだ列に並ぶレイシスのところに笑顔で駆け寄る。

 ガイアスの分は取っておこうと話しながら、たくさん食べ物を購入して席に戻り、買いすぎだろと王子に呆れられつつ皆で分けて、戻ってきたおねえさまにおめでとうございますと抱きついて。


 アナウンスが、ガイアスのいる黄色グループの試合の開始を告げる。

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