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「はーい騎士科の二年と三年はこっちねー!」
肩までの髪を外巻きにした女性がぴょんぴょんとジャンプしながら元気に声をかける。
参加者が集まった学園のホールはざわめいていて、参加者と関係者以外は立ち入り禁止だというのにホールの外に張り付いている生徒達のざわめきも合わさって、収集をかけている女性は大変そうだ。
女性が着ている制服は錬金術科のものだ。腕に実行委員と書かれた腕章もあることだし、おそらく生徒会なのだろう。大会三日目のトーナメントを組むためにくじ引きを生徒会が担当していると聞いているので、あちこちで人を纏めている生徒はほぼ生徒会なのかもしれない。
「何人参加するんだろ」
「今年は昨日までの試合で兵科から九名、騎士科は一年が二十名、二年が十一名、三年から五名、騎士科に属さない特殊科三名を合わせて全部で四十八名だそうです」
私の疑問に答えてくれたのは、レイシスだ。さすが、詳しい……というか、四十八人もいるの!? 大会は明日で終わりの予定だ。そんなにはやく終わるのだろうか。
きょろきょろと周囲を見回して見るが、なんだか全員強そうに見えてきた。うう、どうしよう。あ、兵科の槍の人見つけた。うわぁ、近くで見るとやっぱり大きい……っといけない、くじ引く前から気合で負けてる。
「大丈夫かアイラ」
後ろから聞こえた声は決して心配しているものではない。むしろ挑発に近いそれにくるりと振り返れば、やはりそこには不敵な笑みを浮かべた王子がいた。
「おはようございますデューク様。デューク様は緊張しないんですか?」
「すると思うか?」
にや、と笑みを返される。いや、ちょっとくらいしてくださいよ。そのほうが人間味があります。
「僕は結構緊張してるな。普段戦いなれてる兵科や騎士科ばかりだしね。アイラ、ラチナ、僕達だけみたいだよ、他の科からの参戦」
フォルが困ったような笑みを浮かべるが、フォル、たぶん相当強いと思うんだけど。私は忘れないぞ、あのうちの実家でガイアス達と試合した時のこと!
「二年の特殊科は二人とも騎士科所属ですし、三年の錬金術科の方は今日お仕事でいないそうですわ」
「……逃げたな」
ぼそっと王子が何か言ったようだが、そうか、三年生にも特殊科の人がいたのか……錬金術科とは、会える機会があればぜひ会ってみたい。
ところで少し気になる事がある。
「ねえ、誰と試合するかは完全なくじ引きじゃなかったのかな」
「そう、聞いていたんですけれども……」
私とおねえさまが首をかしげ、ガイアスとレイシスもうーんと唸る。
先程から騎士科の二年と三年を呼び集めては箱に手を入れさせている生徒会。そして、それ以外の生徒は別の列に一列に並んでいるのだ。
「ああ、今年から時間と人数等の都合で少しトーナメントが変わるらしい」
王子が思い出したように話し出し、びっくりして皆がそちらを見る。私達一年特殊科は皆まとまって並んでいるのだ。ちなみにレイシスが眠気でふらふらしているルセナを支えている。ルセナ、試合前にはちゃんと目を覚ましてくれるといいんだけど。
「騎士科の二年、三年はシード扱いだ。必然的に全体にばらばらに配置される。つまり一回戦は特殊科、騎士科の一年と、昨日の試合で勝ち上がった兵科だ」
「なるほど」
ガイアスがふむふむと頷いて、よっしゃやるぜ! とやる気をみなぎらせる。私はいきなり一戦目で騎士科の上級生に当たらなかった事を喜ぶべきかと一瞬考えたが、つまり昨日まで試合を見ていたあの槍使いと当たる可能性が高くなったのでは、とすぐに落ち込んだ。試合回数も多いしね……。
「言っとくが、お前らこの中のメンバーと当たっても手を抜くなよ?」
「もちろん」
王子の言葉に、皆視線をあわせながらすぐに頷く。そして、にっと笑う。負けたら罰ゲーム? と。
「いいね、しばらくお昼のランチボックス購入係でもする?」
「げっ、俺絶対負けねーから!」
ガイアスが顔を顰めて言うと、皆がどっと笑った。緊張が少しほぐれて前を見ると、先頭にいたルセナの前に箱が突き出されている。
「ん……」
ルセナが眠そうな目で箱に手を突っ込み、じゃらじゃらと音が鳴る箱から何かを取り出す。続いてレイシス、ガイアスが取り出し、私の前に箱が出された。
「一個だけとってくださいね」
にこりと、生徒会らしい緑の髪の男性に言われて、左手で心臓の辺りを押さえながら箱に手を入れる。
手に触れるものはてっきり丸いボールかと思ったのだが、どうやら四角く小さいもののようだ。硬いそれを一つ選んで取り出し手を広げると……宝石?
「……ルビー?」
手の中に赤くきらきらと輝くひし形の石。
首を捻っていると全員が引き終わったらしく、特殊科のメンバーで集まる。
「あれ、色違いますね、おねえさま」
「うわあ、嫌な予感。これ同じ色が同じグループって事かしら」
私とおねえさまがそれぞれの宝石を見せながら言う。
私の他に赤い宝石を持っているのはルセナ一人。他は王子とラチナおねえさまが青い宝石、レイシスとフォルが緑の宝石、ガイアスは一人だけ黄色の宝石を握っていた。
「ええ、俺だけ一人ぼっちかよ!」
「ガイアス、それってたぶん君だけしばらくこのメンバーと当たらないって事じゃない?」
フォルの発言で漸く理解した。トーナメントで赤組、青組など色でグループ分けしているのならそういうことだ。ガイアスは勝ち進むまでこのメンバーとは当たらない。
そしてそれはすぐ、会場内に『トーナメント表が完成いたしました!』と響き渡った声と、どこから出したのかスクリーンのようなものに映る表を見て確信に変わる。
「わっ」
突然手の宝石が光ったかと思うと、それはひゅっと浮かび上がり、そして左手の甲にぴたりとくっついた。まるで吸い込まれるように手に馴染む宝石にぎょっとする。どうなってるんだこれ!
「その宝石は我が錬金術科の今期最大の発明品です! 負けたら取れちゃいますから、頑張って最後まで貼り付けておいてくださいね!」
ま、負けたら取れる……呆然と手の甲を見ていると、中央に数字が浮かび上がっている事に気づいた。私の手の甲に描かれた数字は、3。
「お嬢様、見せてください」
すっとレイシスに手を取られて、その数字を覗き込んだ特殊科の面々が「アイラはやいな」と呟く。えっとみんなの数字を見せてもらうと、ルセナが5、他のメンバーは王子が14、おねえさまが23、ガイアスが35、レイシスが39、フォルは45だ。
見事にばらけてるな、と王子が呟いたが、それどころじゃない。
これってつまり、私かなり試合が早いんじゃないか。びくびくしてスクリーンを見上げて、愕然とした。
「一回戦はシードをはずした番号順に進みますよー! 最初は赤です!」
元気よく解説する生徒会の女性。
トーナメント表はずらりと1から48まで数字が並んでいるが、12人ずつで大きく色分けされている。左から赤、青、黄、緑に分けられたその中で、シードがそれぞれ四人ずつ。赤を勝ち抜いた一人が、青を勝ち抜いた相手と戦い、黄色を勝ち抜いた人間が緑を勝ち抜いた一人と戦う。
赤の1番はシードだ。つまり、最初の試合は。
「うそ……2と3の試合って……」
私じゃん!
がやがやと競技場に移動した私達。赤グループの一回戦メンバーだけが控え室に呼ばれた為に、皆と別れてルセナとその部屋に足を踏み入れた私は、はあとため息をついた。
なんで……なんでよりにもよって最初なんだ。
「おねえちゃん、だいじょうぶだよ」
こてんと首を傾げて言うルセナに力なく笑みを見せる。正直緊張の針が振り切っている気分だ。
ルセナは番号が近いが、一戦目を勝ち抜いてもシードと先に戦う事になるので、お互い二戦勝ち抜かないと当たることはない。顔を上げて見回してみると、昨日見た兵科の三年生、弓を使う女性を見つけた。あの人はたぶん相性が悪い。当たったら、きついかも。自分が誰と当たるのだろうとどきどきしていると、わけがわからない叫び声が聞こえた。
「我が女神! あなたと戦える日が来る事を夢見ておりましたああ!」
「ぎゃー!?」
突進してくる何かの気配に咄嗟にルセナを抱えて横に逃げると、ひゅんと風を切って何かが通り過ぎた。そして壁にぶつかった。
後姿にはっとして、見なかったことにしようと決心する。が、無駄だった。
「ひどいです、そんなところも素敵です我が女神!」
「少し声を落としてくださいませ!」
咄嗟に口調を言いつくろえた自分に感激だ。というか、なぜここにいるんだ。
「ピエール……」
「はい!」
にこにこと笑みを浮かべる彼にがっくりと身体の力が抜けた。壁にぶつかったダメージはないらしい。
彼の手の甲にはしっかりと赤い宝石がはまっている。こいつ、同じ組だったのか……そういえば騎士科だった……。
まさか初戦は、とどきどきして手を見せてもらうと、嬉々として出された彼の手に書かれた数字は9。違う、よかった。できれば戦いたくないこの人。
ほっとした私とは逆に明らかに落ち込むピエール。だがここで、少し静かにしてくれ、と、上級生らしい男の人に怒られた。ここにいる上級生ということは、昨日までの試合で勝ち上がった生徒なのだろう。覚えてないけど。
ぎろりと睨まれて、慌てて謝罪し部屋の隅にルセナと逃げる。ピエールが追ってきたようだが、とりあえず視界に入れない努力をしつつトーナメント表を見つめた。
トーナメント表は一回戦が終わったら名前が表示されるらしく、まだ数字ばかりが並んでいる。すると、ルセナがぽつりと小さな声でおねえちゃん、と呼んだ。
「僕の対戦相手、あの人だ」
「え?」
ルセナの視線の先は先程の上級生。手に4って書いてた、と呟くように言うルセナは、珍しくふにゃりと笑う。
「僕勝つね。おねえちゃんも勝って、戦おうね」
僕と、と言う言葉は続けられなかったが、しっかり伝わった。どうやら自信があるらしい。
ふう、と深呼吸を繰り返す。自分がここにいるのは、試合の為。テスト。これは大会なのだ。負けるわけには行かない、のし上がる為に。……よし。
「頑張ろうねルセナ!」
「うん」
ほやっとした笑みを向けられた私の耳に届く、呼び出しの声。
「赤2、3の生徒は前へ!」
動いたのは、騎士科の制服を着た男性。じっと私を見て、にやっと笑う。あ、馬鹿にしたな、あいつ。
女だと思って……なめないでよ?
「ルセナ、勝って来る」
「いってらっしゃい、おねえちゃん」
こっそりとルセナに挨拶をして、ぴょんぴょんと私の前を跳んでいたピエールをはいはいと言いながら横に押し、前に進む。
一人ずつ扉を出た先の小部屋に教師がいて、武器の登録をする。私の武器を見てぎょっとした顔をした先生は、簡単に武器を説明すると「がんばりなさい」と声をかけてくれた。
「はい」
答えて、促されて外に出る。わっと、選手が現れた為だろう、競技場が騒がしくなる。
先に出ていた騎士科の生徒が奥の方に立ち、こちらに挑戦的な笑みを向けていた。武器は恐らく長剣。対し私は今、手に持つ武器を大きめの布で隠している。
向かい合って、一礼。先生の指し示す位置に立つ。
『それでは三日目最初の試合は、騎士科一年サンジ・タール選手、対、注目の特殊科初の女生徒、アイラ・ベルティーニ選手! 両者向き合いました、試合……開始!!』
ピーーーっと長く聞こえる笛の音の鳴った瞬間に大きく風歩で後ろに跳ぶ。
同時に手に持っていた布をかぶせた日記帳にすばやく魔力を流し込み、地面に足をついた時覆っていた布はふわりと地面に舞い落ちた。
瞬時に距離をとられた事で一瞬相手が顔を顰めるのが見えた。やはり私を魔法タイプと判断して間合いを取らせずに戦いたかったらしいが、そうはいかない。
そして次の瞬間相手の視線は私の前に大きく浮かぶコレに釘付けになる。
魔法書。
『おっとー!? これは、アイラ選手の武器はグリモワだー!! まさかまさかの、大魔法かー!?』
いい感じに生徒会の司会が入り、自然と口元に笑みが浮かぶ。
なんてことは無い普通の店で購入した、表紙が可愛い日記帳。
表表紙と裏表紙にそれぞれ青い石が装飾されていたので、魔力を注ぎ魔力石とした私は、一つに浮かびやすくする細工、もう一つに自分の魔力を再度流し込んだ時その姿を大きく変えるように仕込んでおいた。それくらいなら始めから本物の武器を作るよりよっぽど簡単である。これで見た目は完璧だ、大変満足! もちろん見た目変更には重要な役割はあるけれど!
私の前にふわりと魔力で浮かぶ日記帳は今や先程手に持っていたものの二倍の大きさとなり、辞書のよう。元の美しい飾りもあって武器百科に載っているような魔法書そのものだ。使用者の少ないグリモワは、つまり情報も少ない。この騎士科の生徒にどう映ったか。
実はこれ、グリモワの使い方なんて、しないんだけどね。
相手はグリモワを見て動揺した。すぐに戦闘に入れないのは弱点である! それを確認した私はすぐさまこの手作りグリモワを本物と思わせたまま別の使い方をする作戦に変更する。私はこの戦い以降も勝利しなければならない。こんなところで油断する相手に手作りグリモワの本来の使い方をしていては後半すぐにやられてしまう。
決定、ここでの目的は、『これをグリモワだと思わせる事』!
それらしくグリモワに手をかざした私は先手必勝と言わんばかりにすばやく詠唱を始める。
はっとした騎士が防御呪文を唱えだしたようだが……遅い。
「雷の花!」
私の前で浮かぶグリモワの表面から、手を振り上げた瞬間ひゅっと生まれた光の玉が高速で騎士科の生徒に突っ込んでいく。
防御魔法が間に合わないと判断した相手はすぐさま横に大きく跳んでそれを避けた。その瞬発力はさすがであるが、その際もともと唱えていた筈の詠唱を中断してしまったのを確認して、私は逃げた先にさらに手をかざし着地地点に大量の水を作り出す。
「うわっ!?」
無詠唱の、攻撃性も何もないただの水であろうが、足元を狙えば相手のバランスを崩すには十分だ。
剣士が足をとられた。そんなおいしい状況を逃す手はない。
すぐさま詠唱しながら風歩で近づいた私を見て、はっとして水の塊から足を抜き構えようとしたようだが、既に私の操るグリモワの硬い背が、そのこめかみ目指して突撃した。
「くはっ」
鈍い音と、おかしな声を上げて後ろに仰け反る男。当然だ。辞書のように重いものがこめかみに直撃したら、視界が揺らぐ。
「油断するからだよ」
ぼそっと呟き、勝利を確信して笑みが浮かぶ。ここに近づく間に発動呪文は唱え終わっている。じわじわと身体が冷えた事に、痛みで気づいていないかもしれないが。
ガランと音を立てて剣が地面に落ちた。私の目の前には、水の蛇で首から下を縛られ身動き取れず、呆然とした表情で私を見下ろす騎士科の男。
ガイアスとレイシスより、全然弱い。
「私の勝ちです」
私の発言はきっとここにいる彼と審判の先生にしか、聞こえていないだろう。
『ええええ!? 一瞬です! アイラ選手、試合時間一分ちょっと!? 最速で終了させました、勝者はもちろん……アイラ・ベルティーニ選手ー!』
白星スタート!




