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主要メンバーが戦いに出る前なので一話にと書いていたら、字数がいつものほぼ二話分に…
分けるか悩みましたがそのまま。長いです、読むの大変だったらすみません。
「うわーすっごい人!」
見渡す限り、人人人である。
大きな競技場をぐるりと囲む観覧席は人で溢れ、満員御礼なのか立ち見の姿も見られる。
今日はどうやら一般のお客様が多いのか、エプロン姿の女性や風船を手にした子供の姿もある。
私達がいる場所は学生専用、しかもその中でも特殊科専用の為の席なので、教師達が近いせいかそこまでごちゃごちゃとはしていない。かなりいい席である。
私達の引率よろしく前の席に座っているアーチボルド先生の頭が揺れて、くるっとこちらを振り向くと静かにしてろよと告げた。後ろの席の方が座席が高くなっているため、見えるのはほぼ後頭部だ。
だが、大人しくしてろと言われても気になるのが競技場内を練り歩いている販売員である。
酒、おいしそうな匂いを漂わせている肉に、ジュース、パン、そしてつめたいお菓子を持ったベルマカロンの制服を着た店員達もいる。どうやらうちも参戦していたようだ。カーネリアンが上手くやっているのだろう。
見ているだけじゃなくてちゃっかりさっぱり果実のジュースにお肉、お菓子もゲットした私はガイアス達とそれを分け合い完全に観戦モードだ。
これ、フライドポテトとかフランクフルトがあったら売れるかも。競技場の外に屋台出してたこ焼きお好み焼き、わた飴にチキンステーキ……おっとわた飴はだめだ、作り方わかんないや。
完全に脳内で商売の事を考える。後でカーネリアンに話してみるといいかもしれない。あの子なら私以上に素敵でおいしい食べ物を思いつく筈。しっかり利益も考えて。
今私が座っている位置は右がおねえさま、左がフォルに、後ろにルセナとガイアス、レイシスがいる。後ろの方が護衛しやすいかららしい。おねえさまの隣は区切りの壁になっていて人はいない。
王子は王族の席があるらしくここにはいない。少し残念だが仕方がない。それになんと今ここには私達以外の特殊科がいる。そう、上級生だ。
フォルの隣に座っているのは、フォルの知り合いらしいハルと呼ばれている女性……に見えるのだが、特殊科はおねえさまと私が女性初らしいので男性なのだろう。
非常に細くすらりとしていて、色が白い。優しげな表情で、雰囲気まで柔らかく言われなければ完璧女性だと思い込む容姿をしている。長い白銀の髪を高い位置で一つに結わえているのだが、無駄に色っぽい人である。首が!
ちらちらと見ているのがばれたらしい。ふと目が合うと、その綺麗な青い瞳がすっと細められ、花が咲くように微笑まれる。
「ハルバート・ランドロークです。よろしく」
「あ、ああ、アイラ・ベルティーニです!」
慌てて挨拶を返し頭を下げる。勢い余ってフォルの肩にぶつかった。痛い。
「ご、ごめんフォル」
「大丈夫? アイラ」
銀の瞳が覗き込んできて、思わず仰け反る。だいぶ慣れてきたと思ったけれど、今は隣に座っていて席が近いので少々びっくりする。フォル、相手の顔を覗き込むの癖だよね?
「お! 今自己紹介か!? 間に合ったー!」
突然後ろから大きな声が降ってきてびっくりすると、空席だったガイアスの隣にどすっと座ったのは知らない男性だ。
ルビーみたいに真っ赤な瞳に、短い赤い髪。騎士科の制服を派手に着崩していて、耳にシルバーのピアスが何個も付いている。肌は日に焼けていて健康的だ。
他にも目立つアクセサリーの中に間違いなく特殊科のバッジがあるので、上級生なのは間違いないのだろうが……こんな目立ってる人がいたのか。
「もしかしてファレンジ先輩ですか?」
ガイアスが隣を見て首を傾げる。するとそれににかっと嬉しそうな笑みを浮かべた先輩はおうよ! と胸を叩いた。
「ファレンジ・フォレスだ。騎士科の二年、そこの白いハルと同じだ、よろしくな!」
「白いは余計」
「うわあ、よろしくお願いします!」
さらっと突っ込みも入ったが、それをかき消す大声、そしてきらきらとした目で挨拶を交わしたのはガイアス。名前も知っていたようだし、ガイアスのあの表情を見るにもしかしたら憧れていたとかそういった感じなのかもしれない。騎士科では有名、なのかも。
これでこの周辺は席がほぼ埋まった状態だ。ガイアス達の後ろはずらっと先生達が座っているし。先輩達は二年のようだけど、他に特殊科の先輩はいないのだろうか。
とりあえず、ファレンジ先輩はフォレス伯爵家の人間だろう。ハルバート先輩の家名ランドロークは公爵家。ランドローク公爵家は確か男の子が三人だった筈、と最近さらに詳しくなった貴族名鑑を思い出す。ちなみにこの貴族名鑑は母のお手製だ。商人たるもの顧客の情報をいち早く引き出せるようにせよ、の教えの下実家から送られてきたのである。母よ、私は商売ではなく勉強に来ているのであるが……。
それにしても学園に入ってからこんなに高位貴族と知り合いになれるとは思わなかった。母ではないが、人脈は商売に有利だ。私が公爵家の人間と知り合いだなんて知ったらベルティーニの商売人たちは大喜びするに違いない。もっとも押し売りは迷惑なのでするなが社訓なのだけれど。
わっと場内が沸いた。どうやら試合が始まったらしい。
今までお偉いさんの挨拶だったのでまったく聞いていなかったのだが、既に競技場には二組の試合参加者がそれぞれ地面に引かれた白い枠の中におさまり礼をとっている。
最初の兵科の試合では、広い競技場内を二つに分け、それぞれ引かれた白い長方形の線の中で同時に戦うらしい。これが明日のある程度実力が試された頃には取り払われ、競技場全体を使った試合になる。
競技場は広いので二つに分けた程度で戦うに狭いといった感じはないが、同時進行だとどちらに視線を向ければいいか悩む。ちなみに観覧席には防御魔法がかけられているので魔法攻撃が届くことはないらしい。所々に大きな魔法石が壁に嵌められているのが見えるので、それが防御魔法の核になっているのだろう。
ふと、あの土の地面はどうなのだろうと考える。乾いた土の足場は戦いに申し分ないが、魔法はどこまで通るのだろうか。まあ気になるのなら自分がフィールドに上がったら確かめればいいか。どちらにしろ、緑のエルフィの力を存分に使っていいのなら土は非常に助かるが、今回の試合でその力を使う予定はない。
『それでは試合、開始です!!』
どこからか女性の声が響く。まるでマイクとスピーカーが場内に設置されているようにこの競技場の誰の耳にでも入るように響く声。この装置は恐らく入学した時にも学園のホールで使われていたものだろう。魔道具科もどうやら夏の競技大会では大忙しのようだ。
「生徒会のやつら張り切ってんなー」
にしし、と白い歯を見せながら笑ってファレンジ先輩が言った台詞に驚く。あったのか生徒会! なんとなくイメージで言うと特殊科が入りそうだと思ったのだが、そもそも確かに特殊科に在籍している今、そんな話は聞いた事がない。先輩二人もここにいる。普通に立候補制なのかもしれない。
つまりこの張り切って解説を始めてる女性は生徒会の人間なのだろう。ふむふむと聞きながら試合を観戦する。
今出ている四人の武器は全員剣のようだ。ただ一人だけとても大きな両手剣を振り回すように戦っている。決して小柄なわけではないが、剣に振り回されているようにも見えるのだが……。
対戦相手は普通の長剣だ。確実に大剣を振り回している相手の隙をついている。
「奥の方で戦ってる二人は勝負あったな。手前は力量が同じくらいみたいだけど」
後ろから呟くガイアスの声に同意する。手前で戦ってる二人はたぶん時間切れで先生がいい動きをした方を勝者とするだろう。奥の方は……
「あっ」
ぱっと大剣使いの腕から鮮血が散る。離れて見ていなければ目を閉じてしまっていたかもしれない。大剣使いは慌てて腕を押さえるが、あれではもう剣を握れないだろう。
『おーっと一年ポジー・バクス少年膝をついた! だがなかなか降参を口にしないようです!』
遠くから見ても、腕を押さえた少年は闘志をいまだみなぎらせ、傷ついた腕で握る剣を放そうとしない。すごい気力である。傷自体はそこまで深くないだろうが、あの傷をつけられたのは大きなマイナスだろう。時間がきてしまえば先生がどちらを勝者にするかは目に見えているのに、諦めない。
武器さえしっかり選んでいればもう少し上にいく少年なのかもしれない。そう思っていると、後ろからあの子やっぱり、と声が聞こえた。
「ルセナ?」
「あの子この前の補習でも大剣を諦めろって言われてた……」
「そうでしたの?」
おねえさまも驚いてルセナの話を聞く。なるほど、騎士科は兵科の補習を見るから、知り合いなのだろう。ルセナは手前の試合をまったく気にすることなく奥ばかり見ているので、心配なのかもしれない。
ピー、と無情にも笛の音が鳴る。試合は終了し、大剣使いの少年はその場に崩れ落ち遠目にもわかる悔し涙を流すのであった。
試合は順調に進んでいく。何人もが悔し涙を流し、それと同数の喜びの声もあがる。
なんと中には女性もいた。純粋に女騎士を目指す人というのは少なからずいるようで、今では侍女科の人間も戦いを学ぶというのにあえて男の方が多い兵科を選んだ女性達というのは、強かった。今のところ私が確認した女性で負けた人間はいないのである。
兵科の試合で勝利し、私達と試合することになるだろうか。私も小さい頃から努力した分負けるつもりはないが、私の攻撃スタイルは非常に魔法頼みだ。つまり簡単に予想がつく事だが、接近戦が弱い。
ゼフェルおじさんが具現化魔法を中心に教えてくれたのも、弱点を補うためではあるが本物の戦士にどこまで通用するのか。三日目になって、何度も戦いを勝ち抜いた戦士達と戦ってすぐ負けました、では特殊科としてよろしくないだろう。
グリモワはきちんと実戦で役立つだろうか。……その為に準備したものであるが。
試合は勝ち残りのトーナメント方式である。一度負けたら次はない。それでも戦い方を見て負けたほうにもスカウトの声がかかることもあるようだが、勝って進まなければたった一試合で自分の見せ場が終わってしまう。
試合が進めば、去年成果を残した上級生達がシードで参戦しはじめ、空気がだんだんと熱の入ったものに変わってくる。女性達もぱらぱらと負け始め、見ているお客さんもタオルを振り、応援に熱が入る。たまにちらちらと観客席に医療科の制服が見えるのは、熱くなりすぎて具合が悪くなった観客の治療の為かもしれない。
そんな中、突然雄叫びが競技場に響く。どうやら声が大きすぎて、生徒会の使うアナウンスの道具に声が入ってしまったようだ。叫んでいるのは今競技場の私達から見ると手前の枠で試合前の気合を身体全身で表現している大男だろう。
「お、今年もやってんねぇ」
「まったく煩いですね」
先輩二人が、一人は面白そうに、一人は迷惑そうに口を引きつらせて手前の枠の中に視線を向けている。
「お知り合いですか?」
「うん、あれは兵科のやつだけどね、去年一年生で唯一三日目まで進んだ男」
なるほど、去年の実力者らしい。見るからに筋肉隆々で強そうである。武器は……槍だ。しかも大男の高い身長に合わせて、長い。あれでは少し踏み出せばあの男の間合いに入ってしまいそうである。
強そう。そう思うと聞こえた開始の笛の音。
勝負は、私が思っていたような展開にはならなかった。
にやりと笑った槍の大男が、その大きな体躯から繰り出す力強い技……ではなく、目を疑うすばやい動きで相手の行動を止めたのだ。槍の刃が、男の背の後ろできらりと光に反射する。
男は刃を使わず、反対の石突きの方で対戦相手の男を突き倒していた。私は、見ている位置もあるだろうが相手がどこを突かれたのか正確に把握できなかった。だが、とりあえずわかる事は、突かれた対戦相手はそのままその場にひっくり返って動いていないという事。
「はや……」
思わず呟く。あんな長い得物で、あんなすばやい動きをされたら魔法使いはひとたまりもないんじゃないか。私はあの人とあたったら負ける。
一瞬でそこまで考えて、はっとして首を振る。戦う前から負けてどうする。私は特殊科だ。一年でも、関係ない。私はのし上がると約束したのだ。試合で既に諦めていてはいけない。目指すのはもっと先だ。
ちらっと後ろを見ると、ガイアスとレイシス、ルセナが真剣な表情で手前の枠を見ていた。もっともルセナは普段から表情があまり変わらないが……。
少し奥も見たが、奥の試合は普通に剣の打ち合いだ。そちらには申し訳ないが、会場の視線を集めているのは間違いなく槍の男。
勝者を教師が宣言すると、男はまた大きな声をあげた。よっしゃあああ! という歓喜の声に観客達は沸いたが、私達の周囲は真剣な表情の人間が多い。皆考える事は同じだろう。
腕を上げたな、と、ファレンジ先輩が笑った。嬉しそうに。私はあの人と戦うと決まったら、笑えるだろうか。
一日目は特に難しそうな治療もなく終え、二日目を迎える。
二日目の試合は、競技場を二つに分ける事はなく、皆同じ選手達に注目した。
昨日と明らかに違うのはそれだけではない。観客席の一部が貴族席となり警備が増えた。ドレスを着た貴婦人や、ワイン片手の男達。いや、競技場でワインってどうなんだ。
そして何より、私達の席から少し離れた位置に騎士科の席が特別に設けられた。そこの雰囲気は決して試合を楽しむものじゃなかった。明らかに明日の敵の観察である。
こんな雰囲気だとせっかくのベルマカロンの新作、サシャの一押しアイスが食べにくい。いや、食べてる場合じゃないのかもしれないけど……緊張したら逆に食べたくなるじゃない。
「むー」
「どうしたの、アイラ」
横でフォルが小さく笑う。どうやら見られていたようだ。
「いや、なんでも……みんな強いね」
もぐもぐと(結局しっかり)アイスを食べながら視線を競技場に向ける。今戦っているのは女性の弓使いと小柄な男性の剣士だ。剣士には分が悪いかもしれない。
正確に何発も矢を打ち込んでくる弓使いに、速さに自信があるのだろう小柄な少年が必死にそれをかわし攻めようとしているが、なかなか上手く行かずに苦戦している。
懐に潜り込んでさえしまえば剣士にも希望はあるのだろうが、初手で誤ってしまった剣士は距離を取られそのままだ。明日からは時間制限がないが、今日の試合は制限がある。このままでは……あ。
笛の音に、少年ががっくりと膝をついた。先生はまだ何も言っていないが自分で負けを理解しているのだろう。
「あの剣士、今年の兵科で期待されている一年なんだ。レイシスが何度か模擬試合の相手をしてる」
後ろのガイアスからの情報で、もう一度少年を見る。話を聞くと、どうやら騎士科は何度か兵科とも模擬試合をしているようで、彼は貴族ではなく庶民らしい。よくガイアスとレイシスに相談を持ちかけてきていたそうだ。
相手の女性は三年生。兵科、騎士科は三年制だ。最終学年のすごさを十分に発揮していた。
弓……うう、弓も、魔法使いには厳しい相手だ。まずいな。
そう思いながらもぐもぐと口を動かしていると、フォルが横でおいしい? と声をかけてきた。頷いて、どうぞとクッキーにアイスを載せてフォルの口元に差し出す。
そういえば今日の朝には領地から父達が王都に到着している筈。社交界のシーズンだというのに領地に篭っていてグロリア伯爵に怒られたよーとか軽いノリの手紙が来ていた。会えるといいな。
ぱく、とフォルがアイスを食べた気配がしたのでぱっと横を見て、おいしいか尋ねる。こくこくと何度も頷くフォルを見て、もしサシャに会えたらアイスの感想を伝えねばと一人頷き返していると、ふっとひらめく。
「ガイアス、レイシス。今日ゼフェルおじさんって来てるの?」
「ん?」
「父は来ている筈ですが」
試合に夢中だったガイアスの代わりにすぐにレイシスが答えてくれる。慌てて二人にごめんと中断させた事を謝りつつ、どうしたのかと尋ねてくるレイシスにおじさんに会いたい旨を伝えると、この後用事があるようでお嬢様を案内することになっているという意外な答えが返ってきた。ラッキーである。
わっとまた会場が沸く。見れば、昨日の槍使いの男。
どきどきしながら見ていると、またしても勝負は一瞬だった。これでは相手が魔法を使うかどうかはまったくわからない。
まあ、あちらも明日から参戦する私達の情報なんて無いに等しいのだから、わざと自分の手の内を見せない戦い方をしているのかもしれない。だとしたら、非常に怖い。すでに試合は手に汗握るような戦いばかりなのに、そんな中余裕を持って戦っているという事なのだ。なんであの人騎士科じゃないんだろう。
とにかくあの人と当たったら距離をとらなければ。間合いに入ったら一瞬で終わる。誰と当たるかは完全なくじ引きらしいが、どうなったとしても、そう、あの人に当たらずとも私は対戦相手に勝つのが目標だ。
ふと、ここにいない王子はどうしているのかなと思う。王子の事だからいつも通り不敵な笑みを浮かべ観戦しているに違いない。
ああ、そういえば私は特殊科のメンバーと戦う可能性もあるのだった。テストなのだから当たり前だ。
できれば序盤で当たりたくないな、なんて甘いことを考えながら観戦し、二日目の試合は兵科から九名の勝利者を選ぶと、午後のお茶の時間の前には一度その幕を下ろしたのであった。
「お久しぶりですお父様、お母様!」
試合が終了し、ガイアスとレイシスに連れられて向かったのは王都内の大きな呉服屋だった。ベルティーニの店だ。
どうやら実家の家族達はこの呉服屋の二階に滞在予定らしい。広いし、綺麗だし屋敷や宿でなくても十分だろう。ちょうど試合が終わった後に城に上がる予定もあるという父は仕事に使うらしい資料をせっせと纏めている。
久しぶりに会えた父と母に嬉しくなって抱きつくと、優しく頭を撫でられてほっとする。カーネリアンとサシャは社員何人かとベルマカロンの視察に今出ているらしい。
「アイラ、元気だった? どう、授業は楽しい?」
にこにこと笑顔を向けてくれる母に、嬉々として学んでいる事や授業の楽しさを伝える。手紙のやりとりは頻繁だが、やはり会って話すのは楽しかった。
父も傍で嬉しそうに話を聞いてくれている。その間にガイアスとレイシスはゼフェルおじさんのところに行ったようだ。私も後でおじさんのところに行かなければ。
「そうだ、これ、頼まれていたのだけど」
母が何やら一旦奥に下がり、私に布で包んだ何かを手渡してくる。なんだろう、と中を広げてみると、真っ白なスカート……いや、キュロットスカート?
「試合で風歩も使うでしょう? 薄手だから制服の下に着用できると思うわ。使って?」
こてんと首を傾げて言う母の言葉で、なるほどと納得する。スカートでも気にせず試合できるようにか……これはいい。
医療科から参戦する私は、スカートなのだ。兵科の女性たちはすらっとしたパンツタイプの制服であったが、なるほど盲点だった。
ありがとうとお礼をいい、そういえばおねえさまはどうするのだろうと、これと同じものがもう一着あるか尋ねると、母はふふっと笑って首を振る。
「グロリア家のお嬢さんなら大丈夫。実はあちらから相談されて、これに似ているものを贈ってあるわ」
そこで漸くこの品物がグロリア伯爵家からの依頼であったことに気がついた。よく父から良くして貰っているという話は聞いていたが、どうやら本当に仲がいいらしい。
うちに相談したのは同じ特殊科の娘がいる事と、うちが服飾品の商人であるからだろうが、助かった。ピエールくんはこれ以上増えなくていいです。
しばらく父と母といろいろな話をしていると、戻ってきたカーネリアンとサシャに抱きつかれる。う、カーネリアンまた大きくなったんじゃないか。
二人と話すベルマカロンの話は面白く、今日のアイスの感想を述べるとサシャは嬉しそうに頬を染め、カーネリアンは屋台の話に興味津々だった。あ、お好み焼きはお菓子じゃないよカーネリアン。
二日目の試合が早く終わってよかった。話は尽きそうにない。
しかしさすがに暗くなる前には寮に戻ったほうがいいと促され、試合が終わったら一度外泊届けを出してガイアス達と一緒にこちらに来る約束をし、私は慌ててゼフェルおじさんのところにむかう。
ガイアスとレイシスが私の両親に挨拶に行くと言って離れた隙におじさんに明日の試合に関しての自分の武器と不安を述べると返ってくる的確な指導を、感激しつつも頭に叩き込む。先生にも聞いたが、やはりおじさんは戦う人間の目線だった。
最後に緑のエルフィだとばれないようにするように注意を受け、しっかりそれを心に刻みつつ家族に手を振り寮に戻る。
明日は試合だ。早めに休んだほうがいいだろう。
そう考えてすぐ食事とシャワーを終え、グリモワの最終チェックをしている時だった。
「お嬢様」
ノックの音で扉を開けると、表情を硬くしたレイシスがいた。
部屋に招きいれ、ホットミルクを勧める。彼は一口それを飲み込んだ後、あの、と言い辛そうに切り出した。
「明日ですが……間違っているとわかっているのですが。どうしても厳しい相手に無理はしないで欲しいんです」
「……降参?」
レイシスはたぶん怪我する前に降参してくれ、といいに来たのではなかろうか。
そしてそれは間違っていると、理解している、と。
どう答えるべきかと悩んで、私も椅子に座りミルクを飲んだ。ほっと息を吐く。
言いたいことも、悩んでいることも、理解はした。
私もガイアスとレイシスがあの槍使いと戦うと思うと、心配だ。もし駄目なら、すぐに降参してほしい、と思う。そしてそれをガイアスとレイシスに言うのは、たぶん本人に辛い思いをさせるだろうと、理解もした。そのせいか、私は同じ事を言われてもそこまで感情が揺れる事はなかったが。
「レイシス、それでもこれは特殊科の試合だわ」
「わかっています。……すみません」
レイシスが珍しく私から視線を外す。でも、顔を見れば苦笑が漏れた。
レイシスの顔には、心配で心配で仕方が無いと書いてあるようなものだ。まるで兄が妹を心配するようなその表情。それに私は医療科の生徒で、いくらゼフェルおじさんから戦いを習っていたとしても戦士じゃない。
私は彼の心配を当然のものとして受け止めることが、自分でもできるのだ。これが戦士なら「信用していないのか」と怒る事になるのかもしれないが。
「レイシス、私はテストを投げ出したりしない」
「はい」
「でも、気をつける。ありがとう」
言い終えると、立ち上がったレイシスの手が私に伸びた。ぎゅっと抱きしめられて、少しびっくりする。こうして心配で抱きしめられるのはどれくらい振りだろうか。小さな頃は、よくされていたくらい私はお転婆娘だったけれども。
最近アルくんの姿を見た時、つい昔のようにレイシスにしがみついた事はあったが、さすがに相手にされると驚きと共に顔に熱が上ってくる。慌ててわたわたと手を動かしてもがいてみたが、相手の腕の力が強くなるだけだった。これは私が姉の立場ですか? それともやっぱり妹? レイシス、落ち着いて! いや、私が落ち着いて!
「怪我をしたとしても治るとわかっていても、心配です」
「うん」
「本当に」
「でもレイシス。それ、私もだからね?」
苦笑して話せば、少し離れたレイシスの目を見開いた表情が視界に広がる。
「でもガイアスもレイシスも。二人なら無茶しないって信じてるからね?」
顔を覗き込んで言うと、レイシスはもう一度ぎゅっと腕に力を入れた後、ゆっくりと離れた。その表情はいつものレイシスで、ほっとする。
「負けません、お嬢様。お嬢様に心配かけることなく勝って見せます」
「……初戦私だったりしてね」
ぴしっと固まったレイシスに笑って、明日から頑張ろうと声をかけて。
「あたっても手加減しないから」
「……お手柔らかに?」
珍しくレイシスが笑う。柔らかい笑み。嬉しくなって手を握る。
「頑張ろうね!」
「はい」
こうして私は試合当日を迎えたのである。
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