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「終わったぁあ」

「さすがに少し疲れましたわね」

 医療科のテストを終えてすぐうーんと伸びをした私の隣で、おねえさまがくすくすと笑う。だってずっと薬品練ったり分量量ったり大変だったんだよ。腰が痛いです。

 無事に塗り薬を作り終え、医療科のテストはこれで終了。筆記試験も自信があるし、塗り薬に至っては得意分野だ。小さい頃母にならった薬とほとんど変わらないテスト内容に自信満々で作り終え、今期のテストはばっちりいい手応え。

 多くの医療科の生徒はテストからここで解放され、明日からの試合の治療役にこれから班を組んだりするらしい。

「お疲れ様、アイラ、ラチナ」

 笑顔のフォルが私達に合流する。私達はどこの班にも所属する予定がないからだ。参加者だからね。ただ、どうやらそれは知られていなかったらしい。私達の傍にフォルが来た瞬間すごい目つきで私とおねえさまが睨まれた。もちろんご令嬢達に。


「フォルセ様! よろしければ私たちと班を組みませんか?」

 真っ赤な顔でふわふわの金の髪の少女がフォルに話しかける。フォルが振り向く前にぎっと私達を睨んで牽制する事も忘れていない。だが、その声が聞こえたらしい医療科の教師が、あ、と叫んだ。

「特殊科兼任の三人は参加者だから班に入らないようにねー!」

 先生の声に、「ええ」と大きな声を上げたのは女子だけではない。男子も「まじかよ!」と叫び、医療科の教室は騒がしいものとなる。

 だがそこは逞しい医療科の女性達は、すぐにフォルに向き直ると「怪我をされましたらお任せくださいませ!」と意気揚々と告げていく。

 ……今度は先生突っ込まないのか。

「三日目からの試合の治療は先生方なんですけどねぇ」

 小さな声でラチナおねえさまが苦笑する。そう。兵科の勝者と騎士、特殊科の戦う三日目以降は治療が難しいレベルになる可能性の考慮、そして確実に治しきるためにも教師や本物の医師が治療にあたるのだ。

 医療科の上級生で凄腕がいれば借り出されるらしいが、一年目の生徒はまず治療室にも入れないだろう。たぶん混乱を防ぐ目的もあるはず。

 なんにせよ、明日からは王都中が盛り上がる学園生徒の試合開始だ。もう既に今日のうちから街はお祭り騒ぎで、兵科に友人がいる人たちもわいわいと明日を待っている状態だ。重く考えず、大会だと思えばそれも頷ける。

 私はここしばらく医療科のテストより特殊科のテストの為に時間を割いていたので、予定していた武器も準備はばっちりだ。実は今日、アーチボルド先生に武器を見てもらう約束をしていて、他人の目から見る弱点などを教えてもらおうと思っている。

 ガイアスとレイシスに普段なら頼むのだが、あの二人は純粋に武器を見る前に、まず間違いなく心配から入るだろうし。それにあの二人とも試合が当たるかもしれないのだ。今回は特別に先生に見てもらう約束をしていて、この後の予定に少しどきどきしている。

 準備はばっちりのはず。さて、お腹も空いたしそろそろ出よう。そう思った時、ふわっと青い世界が目の前に広がった。


「フォル様」


 珍しく私達以外にフォルを愛称で呼ぶ生徒。柔らかそうな青灰色の長い髪に、小柄お人形のような可愛い顔立ちの少女。

 ローザリア・ルレアス公爵令嬢だ。

「ローズ」

 これまた出迎えたフォルも愛称で呼び、きゃあ、と、私やおねえさまがフォルと話しているときとは違う黄色い声が周囲からあがる。誰しもがまるで二人の存在を認めているかのように、頬を染めその様子を見守っているのだ。

 その様子に少しだけむっとした。なんでおねえさまや私の時は睨みつけるのにローザリア様はまったく逆の反応なのか。まるで私達がフォルの隣に立つのを認められていないようである。まあ、確かにローザリア様とフォルの二人が並んでいるのはまるで物語の王子と姫みたいで綺麗だけど。

 本物の王子は少し目つきが悪いしなあ。おっと怒られそうだいかんいかん。

「気をつけてくださいね? フォル様はすぐに無茶をしてしまいますから」

「大丈夫ですよ」

 心配そうに、だが口元には穏やかな笑みを浮かべて可愛らしい声で言うローザリア様に、フォルも笑みを返して答えている。うわあ、可愛い。二人とも可愛い。確かにこれなら私も周りと同じ反応に……

「こらアイラ。何であなたまで頬を染めているんですの」

 つんと背中をつつかれて、慌てて手で頬を隠す。え、染まってましたか。涎は垂らしていませんでしたか! 危ない危ない。

 しかし呆けた状態から脱出して見て見れば、フォルにほんの少し違和感を感じる。……あれ?

「おねえさま。フォルどこか具合でも悪いんでしょうか?」

「うーん。そう見える?」

 にこり、とおねえさまに笑みを向けられる。なんだ? そう思っていると、教室の扉の方から「ラチナ!」とおねえさまに声がかけられた。

「お兄様!」

「おにいさまですと!?」

 なんと、話には聞いた事があったけどおねえさまのおにいさま!(ややこしい)

 くる、と振り返って見ると、なるほど、おねえさまによく似た、だが背が高く男らしい体つきの男性が立っている。

 おねえさまと同じ薄青色の髪はかなり短めで、蜂蜜色の瞳はきらきらと宝石のようだ。にこにことおねえさまに手を振っているが、彼に気づいた医療科の少女達はきゃっと小さく声を上げ頬を染める。

 おねえさまのお兄さんは確かフリップさんだったか。フリップ・グロリア。グロリア伯爵家の嫡男の筈。我が領地のお隣さんである。確か父がグロリア伯爵家にはかなりお世話になっていると言っていた筈。

 フォルはローザリア様が用事があるみたいだし、先に出てご挨拶させてもらおう。そう思っておねえさまにお願いすると、なぜかフォルが「アイラ」と困ったような声をかけてきた。

「なあに? フォル」

 何か用事だろうか、と思ったのだが、ローザリア様がすぐにフォル様実は、と話を始めていたので、邪魔するといけないと思い視線ですぐそこまでだからとフォルに伝えておねえさまにくっついていく。

 扉から離れ廊下で待機していたフリップ様のところにいくと、にこりと微笑んだフリップ様から声をかけてくれた。

「君はアイラちゃんかな。妹がいつも世話になっているね」

「とんでもないことです。グロリア伯爵様にはいつもお世話になっております」

 ぺこりと頭を下げ、制服のスカートをつまみ礼をとると、ふわっと頭に何かが触れる。……手?

「噂どおり、いい子みたいでよかった。これからもラチナをよろしく頼むよ」

 かっと顔が熱くなる。なん、な、撫で撫でですか!

 気持ちいい。つい、ふっと目を細める。頭撫でられるのって気持ちいいですよね……っといかんいかん。

 慌ててもう一度礼をとったが、何を言ったかあまり覚えていない。おねえさまもよく撫でてくれるが、私は頭を撫でられるのに弱いのである。気持ちよくてつい気が緩む。まったく油断しました。


「フリップ!」

 たたっと走り寄る音が聞こえて顔を上げると、急いで走ってきたらしいフォルが私の顔を見てぎょっとしたあと、「何をしたんだ」と彼に詰め寄った。

「別に頭を撫でただけだよ?」

 フォルが来た瞬間、にやりと笑うフリップ様。……あれ、仲いいのかな? と考えつつ、とりあえず頬をぱたぱたと仰ぐ。余程顔が赤いんだろうか。暑いしな、廊下……。



「お嬢様!」

 少し離れた位置で声をかけられ振り向くと、ガイアスとレイシスが迎えにきてくれていた。

 手にはランチボックスがいくつか。どうやら先に屋敷に行った王子とルセナと手分けして私達の分も購入してきてくれていたらしい。

「飯いこーぜ」

 ガイアスが嬉しそうに声を上げたが、私達の後ろにいる背の高い人を認めると、はっとして姿勢を正した。

「フリップ先輩!」

 ぱっとレイシスと二人で右腕を胸の前に出し騎士の礼をとる。先輩、という台詞からすると、もしかしてフリップ様は騎士科の生徒なのだろうか。

 浮かんだ疑問そのままに顔を上げると、目が合ったフリップ様は頷いて笑う。

「俺も騎士科なんだ。試合であたったらよろしくね」

「……お手柔らかにお願いします」

 間違いなく強そうだ。そういえばよく見たら騎士科の制服着ているじゃないか。

 そういえば試合では学年は関係ないんだった。……今更ながら思い出して気を引き締め、先生との約束もあるしと私はガイアス達の傍へ駆け寄った。



「ふーん」

 にやっと笑った先生が私の武器を見て笑う。

 ここは屋敷の二階の空き部屋だ。先生と私以外はいない。ここで一通り武器の出来を見てもらったのだ。

「さすが、紙は相性がいいな。いいんじゃないか? 弱点は自分でよくわかってるんだろ?」

 先生が指さすのは、私が今手にしている、日記帳。買い求めてすぐだからまだ見た目も新しい。ただ、中にはびっしり魔法文字が書き込まれているのだけど。もちろん日記なんて書いてない。ノートより厚さがちょうどいいからこれにしたまでだ。

「では、これで武器登録しますわ」

 にっこりと先生に笑い手にした私の魔法書グリモワを閉じる。

「怪我する前にヤれ」

「それ教師の発言ですか」

 先生の発言に苦笑しつつ、しっかりと本を抱えてお礼を言う。


 明日から夏最大の祭りが始まる。

 


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