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「揃ってるなー、授業始めるぞー」

 今日も少しやる気のない声で現れたアーチボルド先生を迎え、ぱたぱたと散らばっていた私達も集まり席に着く。

 ちらっと私達を見た先生は、あー、と妙な声を出した。

「夜中の事は聞いたぞ。おつかれさん、よくやった」

 ああ、なるほど。本当にあの依頼は学園を通したらしい。しかしとくに詳しいことは話さないまま、先生はいつも通り机に鞄を載せる。

「さて、今日は夏のテストの話するぞ」

 なんてタイミングがいい。ついさっきまで試合なんてどうしようと悩んでいたところである。

 ガイアスとレイシスは故郷でやっていたガイアス達との稽古試合と変わらないと言っていたが、私はあの時エルフィの力を存分に使っていたのだ。それ以外で試合するとなるとまったく未知の世界であるし、少しでも情報が欲しい。


 淡々と説明する先生の話では、どうやら医療科のテストの次の日から兵科はテストを開始するらしい。最初二日、一組十分程で兵科が試合を行う。勝負は先生が審判につき、完全に勝敗は決まったと先生が判断したらそこで終了。相手に参りましたと言わせても終了。異例事態も先生が判断。

 急所は寸止めが基本だが、防御も試験の範囲であり急所以外は直接攻撃も自由だそうだ。それを聞くと少し身体が震えた。足に剣が突き刺さろうがあくまで防御は自分で、なのだ。ただし切り落とすのは禁止とか言われても慰めにはならない。

 その為に医療科の一年の試験で塗り薬を大量に用意し、試合の間医療科は治療担当も行うらしい。

「あ、そうだ。治療だが、フォルセとラチナ、アイラは免除だ。参加しなくていい」

「え、なんでですか?」

 つい尋ねてしまったが、すぐに「あ」と声が出た。私達は、参加者だからか。

「ん、まあそういうことだ」

 私が気づいたことに気がついたらしい先生がうんうんと頷いて、話を続ける。

「んで、二日かけて全学年の兵科から毎年十人前後の勝利者を選んで、騎士科と特殊科が相手をする事になる。本番はここからだな。貴族の観客もぐっと増える」

「へえ」

 ガイアスがわくわくとした表情をする。純粋に強い人間と手合わせする機会を楽しみにしているのだろうが……私は少し怖い。

 何せ、故郷で稽古していた相手はガイアスとレイシスや、ゼフェルおじさん。所詮身内なのだ。ガイアス達は他の人達ともやる機会を設けていたらしいが、私は違う。

 それこそ足に剣が刺さるのなんて嫌だし、切られるのも嫌だ。でもここはもともとそういう世界でないのも理解はしている。剣と魔法の世界なのだから。

 マグヴェル子爵をあれだけ派手に魔法でぼろぼろにしておいて今更何を言うのやら。自分で自分に呆れてはあと息を吐く。

「で、アイラは何悩んでるんだ?」

「うえっ!?」

 小さく息を吐いたつもりが、どうやら先生にしっかり見られていたらしい。

 怖いです参加したくありません。……というわけでもなく、どこかに参加してみたいという気持ちもどうやらあるらしい私は思わず「いや」とか「えっと」とか微妙な反応をしつつ、首を傾げた。

「えーっと……それ急所が寸止めにならなかったら?」

 とりあえず思いついた疑問を口にすれば、ふむ、と難しい顔で先生が頷く。

「とりあえず意図的に殺そうとした、もしくは殺した場合は退学、プラス騎士にしょっ引かれる。相手を殺すのは禁止だ、相手がわざと死んだんじゃない限りな。決勝戦まで進んでいたとしても未来がない。その為に警備の騎士はかなり配置されるぞ」

「へえ……」

 まあやろうとは思いません。みんないい就職先を見つけたくて頑張るのだからそんな事したら元の木阿弥である。それにしても今の先生の説明が妙に具体的だったのは過去に何かあったんだろうか。

「話を進めるぞー。で、例年と同じように兵科の勝利者、騎士科、特殊科の試合では時間制限がない。他のルールは一緒だがな。いいか、お前ら短期決戦だ。めんどくさいから長引かせるな」

「それは先生の都合じゃ……」

 どこかから突込みがあがったが、先生は軽やかにそれをスルーするとにっこりと笑う。

「俺も審判の一人なんだ。いいから短期決戦な。且つわかりやすく。お前らならできるだろ、先生信じてるぞ」

 そんな信頼要りません。


「あ、そうだ」

 話も終わりかな、と皆が気を抜き始めた頃、先生が思い出したように私とラチナおねえさまを呼ぶ。

「おまえら武器はあるか?」

 と。

 どうやら、試合の直前に武器の登録が必要らしい。

「魔法ではいけませんの?」

「魔法が最大の武器のやつでも、変な昔の風習で何か武器を持つようにって決まってるんだ。武器を持たぬ者には手を出さないって騎士道精神から来てるやつ。ちなみに降参は武器を手放して参った、っていう発言で決まる」

 成程。……でも私は魔法ばかりで武器なんて使った事はない。

 先生は、武器は直前まで登録する必要はないからゆっくり考えろ、と言ってさっさと机に戻り、今日はあと自習にするらしく書類の処理を始める。


 さてどうしよう。

 そもそもほんの少し感じる恐怖については、怖いのは私だけではないだろうしここは仕方がない。やられたくなければ、やらせなければいいだけの話だ。難しいけど。

 でも私はそれこそその為の修行を、ゼフェルおじさんに習った筈だ。ここがそういった世界であるのはわかっていた筈である。

 なるべく自分も怪我をせず、相手にも大きな怪我を負わせないで短期決戦で終わらせる。先生の言う理由ではないが、やはり長引けばそれだけ両者共に力を消耗するのだ。早いに越したことはない。

 それにしても問題は武器だ。

 問題、と言いつつも、私はどこか少しわくわくしている。脳内では前世で好きだったゲームや漫画の知識がフル活動だ。

 やっぱりかっこよさで言ったら剣の二刀流! ……だめだだめだ。私はガイアス達に比べて身体能力がない。そんな長いもの振り回したら逆に弱点になる。

 ならやっぱり魔法使い王道の杖? ……いや、長いものは以下略である。自分の杖に自分の足を引っ掛けて転ぶ可能性が高い。

 なら、にょろっと長い杖より短い杖はどうだろう。ステッキと呼ばれる種類の。……うーん、持っているの忘れて落としそうだな。

 うんうん唸っていると、どうしたんだ、とガイアスが私を覗き込む。

「武器、どうしよう」

「お嬢様は魔法一本でしたから武器は扱った事がありませんね……」

 レイシスも首を傾げつつ傍にくる。どうやら一緒に考えてくれるようだ。

「おねえさまは、どうされるのです?」

「私はこれがあるから」

 ぺらっとスカートを捲ったおねえさま。白い生足が一瞬だけ見え、そこに何かくくりつけられているのを見て……そして驚いた。

「は、針……」

「得意なんですのよ?」

 ふふ、と晴れやかに笑うおねえさま。だがしかし、足に一瞬だけ触れたおねえさまの手に瞬時に長さ十センチほどの針が三本移動している。王子が若干その笑みに引いているのが見えます。おねえさま、その針どう使うのかわかりませんが、怖……じゃない、素敵です。

 そうか、おねえさまは武器があったのか……あれ、そういえばフォルはどうなんだろう。

 そう思ってフォルを見ると、フォルはひゅっと一瞬で手に氷の剣を出現させて見せる。

「魔法の剣でも登録可能なんだよ、アイラ」

「そう、なんだ」

 それかっこいい。そうか、私も剣を出して……いやいや、振り出しに戻るである。私が長いものを振り回せるとは思わない。逃げるのに邪魔なだけである。

 うーんうーんと唸っていると、下手な鉄砲ではないがガイアスが次々と武器の名を挙げだした。

 槍……論外である。重たい。

 斧、言わずもがな。弓、使った事ない。じゃあおねえさまみたいに針? 忘れて自分の手足に刺しそう……

「……アイラってあまり戦闘向いてないよな……」

「そんな、お嬢様はちょっとうっかり、じゃないおっちょこちょい、いえ」

「レイシス、そういうのは鈍臭いっていうんだ」

 散々な言われ様である。

「魔法使えばある程度身体能力はカバーできるもの!」

「馬鹿か。付け焼刃の殆ど使えない武器のために無駄に魔力を使ってどうする」

 王子の容赦ない突っ込みにうーと唸るも、正論である。

 ならばやはり短剣等邪魔にならない武器をとりあえず登録しておくべきか。というかそれしかないか……

「グリモワ……」

 ふと思いついたような声がルセナから上がる。

 グリモワ……本、だ。正確に言うと、グリモワとは魔方陣や長すぎる呪文などを記している魔法書で、非常に難しい魔法を使う際に用いたりする……らしい。使い手は非常に少ない。

 本自体の攻撃力は言わずもがな、無しに等しく、純粋に魔力や魔法攻撃力向上が目的であるが、とりあえず使い手が少ない理由は一つ。そう、邪魔なのである。

 ただ単に魔法を使うだけならば、魔法攻撃力向上の石でも嵌めて杖を持っていればいい。殴れば物理攻撃もできるのだから。グリモワが有益なのは非常に長い詠唱を必要とする強力魔法や、ここ数百年ではいまだ成功を聞いた事がない魔方陣を介する召喚術などであろうが、まあロマンである。

 そう、ロマンなのである。(大事な事なので二回言いました)

 それはなぁ、といった空気が部屋を支配している。それはそうだ、私はそんな大呪文も召喚魔法も使えない。

 周囲が再び「やっぱ短剣か」「いざとなったら身を守れるしな」なんて会話しだしたが、私の脳内に繰り広げられるものは違っていた。


 風歩を使いふわりと空中を移動する私。そしてその手にはかっこいい装飾の施された、グリモワ。

 風の魔法を使い私の前にふわりと浮かんだグリモワから、強力な魔法が放たれ…………か、かっこいい!!

 なんかRPG鉄板の召喚士って感じ! 素敵! そういえば私が好きでプレイしてたゲームにも本を持っているキャラクターっていたなぁ。詠唱は長かったけどあれが決まると雑魚は一瞬だったり。

 いいな、グリモワかっこいいな、持ってるだけなら私だってできるんだけどな、邪魔だけど。完全な見た目装備である。


 そんな考えは、ほれアイラ、とガイアスから渡された護身用の短剣を見て霧散した。

「なんかアイラ、よからぬこと考えてるだろ」

 やっぱだめですか。



 結局第一候補は短剣で、他にも何か自分にあった軽い武器を模索しつつその日を終えた私は、部屋に戻ってからもあーでもないこーでもないと武器百科事典なんて開いて見たが、グリモワのところで目が止まる。うん、いつかグリモワ使うような大魔法を覚えよう。

 そう決意しつつぺらぺらと捲った私はいろんな武器の知識を得ることが出来た。普段医療科にいる私にとってこれは有益な情報である。

 ふんふんと読み進め、ふと気づく。魔法の剣が登録可能なら、魔法で作った他の物だっていいよね……?

 そもそもなぜ皆は魔法ではなく本物の武器を使うのか。それは、例えば剣であっても魔力を想像通りの形にとどめるのが非常に難しいからである。

 攻撃魔法の類などの、決められた発動呪文がある魔法と違い一から作り出すものというのは難易度が高い。魔力を大量に使うのではなく、技術的に難しいのだ。つまり会得してしまえばかなりの強みである。小さい頃は、ゼフェルおじさんが普通に使っていた上に、おじさんは具現を中心とした魔法の使い方を指導してくれていたのでまったく違和感なく受け入れていたがそんな楽なものではない、らしい。

 その点を考えるとフォルはすごい。具現化した魔法の剣を維持し続けられるのだから。氷の剣は名前だけ聞けばなんてことはない魔法に聞こえるが、非常に難易度が高い魔法だったのだ。

 それでもそれを使うのはもちろんメリットがあるからであろう。氷の剣のメリットはわからないが、わざわざ作り出してでも使う価値があるのは間違いない。

 にっと思いついた案に笑みが浮かぶ。私がすぐにそんな魔法を会得するのは無理だ。だけど、これなら、なんとかなるかも。なんたって私は妄想(想像)力には自信がある。

 そう思い至った私は早速思いつく参考図書を漁り、練習に励んだのであった。


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