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今日は朝からレミリアとせっせとお弁当作りに勤しんでいる。
大きな重箱のようなお弁当箱に、たくさん作ったサンドイッチや色とりどりのおかずを詰め込んでいく。ちなみに、重箱に似たお弁当は私の故郷の辺りでよく見られるもので、大人数で動く商人達に家の者が用意するお弁当箱だ。砂漠ではないが、前世で言うならキャラバンのようなもので、より確実に、安全に商品を遠地に運ぶために商人達は団体で行動する。そして、その親や妻は無事に帰ってきますようにと願いを込めて地元の花々が描かれた重箱にたっぷりの食べ物をつめて持たせるのだ。下の段が上の段より少し小さめにできているので、食べ終わると三段や四段あったお弁当は一つに纏められ邪魔にもなりにくい。
最近では特産品としても作られ始めているらしく、蓋や側面にはもともとの大人しい絵だけではなく美しく派手な植物の絵が描かれるものも増えた。それがいい事なのか良くない事なのかはわからないが、売り上げは上々らしい。
彩りを気にしつつ、レミリアに相談してバランスよく肉や野菜、魚も詰め込んでいく。レミリアはさすが実家が食堂なだけあって、とても手際がいい。
今日は授業がお休みの日だ。ではなぜ朝からこんなにたくさんのおかずを作ってお弁当に詰め込んでいるのかと言うと、特に旅に出るとかそういったわけではない。今日は私が待ちに待ったチャンスの日である。
ガイアスとレイシスは、実は今日既に部屋にいない。どの科も休みの日であるのだが、一番厳しいという噂に違わず兵科には補習授業というものが存在する。
もちろん優秀であるが為に騎士科に選ばれた二人が補習授業に参加しなければならないというわけではないのだが、兵科で先生が掲げた目標に到達せず補習となった生徒は、騎士科の生徒が持ち回りで担当して指導にあたる。
今日はその指導担当にガイアスとレイシス、それにルセナが当たっているのだそうだ。
二人は傍にいることができない今日、私が部屋を出る事を嫌がったのだが、私が無理に「フォルと医療科の勉強をしたい」と押し切った。そうでもしなければ、私がフォルと二人きりで話すチャンスはなかなかないだろう。
あの、火種の魔法が使われた事件から二週間。なかなか話をするタイミングがつかめず、フォルに「色」の事を話せずにいた。
そのままにしておいたほうがいいのだろうが、既に「エルフィは色を見ることができる」と書かれている書物もあるのだ。彼があの本に目を通す日があるかどうかはわからないが、ずっと知らないということはないだろう。私達特殊科が学ぶ範囲は多岐にわたる。
それに、どうしても早く言ってしまいたい事があるのだ。
あの日ガイアスとレイシスの二人が話してくれた、王がエルフィに協力を求めたという殺人事件。
あれから被害者は増えていないが、どうやら事件がおきたときに魔法を調べろというのがエルフィへの依頼ではなく、事前に闇魔法使いを探し出せというのが依頼だったらしい。
それは非常に難しい。水晶に魔力を注いだ時に色が見えたのは、どうやらあの水晶が魔力を検査する為のものであるからという特徴がある為で、全力を注ごうとした時初めて魔力が得意な属性を呼び寄せる為に色づいたようだが、普通に魔力を手に溜めたからと言ってそれに色はついていない。
詠唱し、発動呪文を口にしたときにその属性の精霊と契約がなされ、魔法は発動する。これは、この二週間の間に開き直ってアーチボルド先生に尋ねた時にもらった答えだ。
つまり闇魔法を唱えはじめなければ、特殊な状況でない限りエルフィと言えど闇魔法使いであると断定できない。この二週間私も周囲の人間(私の場合は学園から出る事はないので、学園内だけであるが)を観察してみたが、やはり闇魔法使いどころか身体を巡る魔力を見るだけではどの属性を使えるかなんてわかるわけがなかった。
だが、私は一人闇魔法使いの可能性がある人間を既に知ってしまっている。
フォルだ。
だが、彼は事件の調査の指揮を執っているジェントリー公爵の実の息子である。王が闇魔法使いを探している事など知らない筈がないし、それをエルフィが探しているという事実を知っているのかはわからないが、早急に彼と話したほうがいいだろう。
その為には、ガイアスとレイシスの二人に説明する前に、彼の許可が欲しい。秘密にしているならばそれなりの理由がある筈だ。もっとも、あの時見た暗く重い、黒と表現できる魔力が、私の勘違いであればそれでいいのだ。彼はもう私がエルフィだと知っているのだから、問題ない。
そう思い、フォルに休日の約束を取り付け、二つ返事で了承を得て、ガイアスとレイシスには「特殊科の屋敷から出ない」と約束して今日を迎えた。この学園の中で一番安全といっていい、特殊科の為の守護の魔法がかけられた建物だ、ガイアスとレイシスも文句はない筈。ちなみに、フォルがこの後迎えにくる予定だ。
昼は屋敷にガイアスとレイシスが一度昼食をとりに来るので、こうして大きなお弁当を準備している。ランチボックスは休日も販売しているが、たまには、と思いこうして作り始めたのだが、レミリアのおかげかボリュームも彩りも、栄養もばっちりなお弁当を見てこの後の予定は憂鬱ではあるが少し心が弾む。
さて、とお弁当を大きな布に包んだところで、部屋の呼び鈴が鳴った。
「おはよう、フォル」
「おはようアイラ。今日はよろしくね」
レミリアと一緒に玄関に向かい、にこりと、いつも通りの笑みを浮かべてフォルが挨拶を返してくれる。足元で、にゃあとアルくんが鳴いた。今日は、アルくんも一緒だ。この後レミリアには休息をとってもらおうと思っているので、部屋にアルくん一人残すのも忍びなく、あらかじめフォルに許可をとっておいたのだ。
今日のフォルは、休みの日であるから私服だった。と言っても、高位貴族であるフォルはそこまでラフな服装というわけではなく、黒のズボンに上はシャツと、黒のベスト。ベストには銀糸の刺繍が施されていてフォルにとても似合っているが、暑そうだ。もっとも、フォルは汗一つかいていないけれど。
対し私はふわりと広がるロングスカートの白地のワンピース。薄いピンク色の糸で裾に花が刺繍されているお気に入りで、風通しも良く半そでだ。これでも暑いと感じるのだけれど。
「重そうだね、これは何?」
レミリアが持つお弁当を、僕が持つよと受け取りながらフォルが聞いてきたので、素直にお弁当、と中身を教える。
「ガイアスとレイシスがお昼に屋敷にくるから、皆で食べようと思ってレミリアと作ったの。ちょっと多すぎるかもしれないけど……」
「そうなんだ、楽しみだな。ありがとう」
にこりと、お礼の言葉と笑みが私とレミリアに向けられる。レミリアは頬を染めて嬉しそうだ。ふむ、そういえば以前も二人は相性がよさそうだなあと思ったことがあったが、今度フォルを部屋にも誘ってみよう。
「さて、行こうか」
フォルがお弁当を抱えてくれたので、私はアルくんを抱き上げる。
寮を出ると、じりじりと日差しが照りつけ、少し肌に痛みを感じる程だ。腕にふさふさもこもこのアルくんを抱いている状態ではすぐに暑さにダウンしてしまいそうだと判断して、そっと水の魔法を使う。
肌に触れる空気中の水分がひゅっと温度を下げたため、ひやりとして気持ちがいい。下げすぎないように注意しつつ歩いていると、くすくすと笑い声が耳に届く。
「アイラ、器用だね?」
「バレたか」
どうやら私が魔法で身体を冷やした事に気づいたらしい。
すると、フォルもふむ、と頷いた後、同じような魔法を使って見せた。
「僕は氷の魔法の応用かな。得意だから。アイラは、水が得意だよね?」
「うん、そう」
答えつつも、やはり闇ではないか、と思ってしまうのは仕方ない。そういえば、あの暗く重い魔力を感じた時、肌がひやりと冷えたのを思い出す。氷魔法が得意なのは間違いないのだろう。
身体を冷やせても、日差しを遮る事はできないので、なるべく二人で日陰を選びながら歩く。
私も黒いわけではないが、フォルは肌がとても白い。身体の線も細いので、色白な肌を見ると病的に見えそうだがそうではなく、フォルはどちらかと常に生き生きとして見えるから不思議だ。
強い日差しが彼の銀のさらさらした髪の毛を照りつけ、きらきらと輝く。日が当たると少し虹色に見える。彼の髪は、とても綺麗だと思う。
「アイラ、そんなに見つめられると、さすがに照れるな」
「えっ」
つい、彼を見すぎてしまった事に気づいて、慌てて目を逸らす。もっともそれでくすくすという笑い声が収まることはなかったのだけど。
「アイラがじっと見ているのは今に始まったことじゃないけれど。覚えてる? 君の屋敷にお邪魔した時の、最後の夜」
「……うん」
あの日、サフィルにいさまを思い出した私は夜部屋を抜け出して、思い出の木の傍に行った。その時、フォルが一瞬にいさまに見えて驚いたのを覚えている。
記憶の中のフォルは、あの時まだ私との会話がかたかったように思う。今では、いまだに他の生徒と話すときは敬語が多く見られる彼だが、特殊科の生徒と話すときはだいぶくだけているように思う。ずいぶんと、関係も変わった。
「あの日、君に桜を見せると約束したんだけれど」
「……あ」
そういえば、と思い出す。そして、適度に冷やした筈の頬が僅かに熱くなった。
君の髪はとても綺麗な桜色だね。
そう言われた時、確かに彼がいつか桜を見せてあげると約束してくれたのだ。
「今年は、ガイアスとレイシスに先を越されてしまったな。けれど、来年は僕とも一緒に見に行こう?」
微笑まれて、思わずこくりと頷く。
来年。私はいったいどんなことをして、どんなふうにものを考えているのだろう。何を、目標にしているだろうか。
来年には、自分が何をしたいのか、ちゃんと見つけだしているだろうか。
ふと隣を見ると、あの時月のようだと思った銀の瞳に、私の桜色の髪が映る。
「ねぇフォル」
「ん?」
「話したいことがあるの」
少し緊張しながら、言葉を探す。
彼は歩きながら、私がどう話そうか考えている間も急かす事なく待っていてくれた。
屋敷の入り口がもうすぐ見えるという頃、私は漸く口を開いた。
「フォル。エルフィはね、その人の得意な属性が、見えるの」
一気に言い切った時フォルは、私とレミリアが作った大きなお弁当を抱えたまま、私の言葉に歩調を乱した。
明日ちょっと忙しいのでもしかしたら更新が遅れるかも……
なるべくいつも通りできるように頑張ります。




