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 朝早くからじりじりと日が照りつけ、部屋の中にいてもじわりと肌に汗が浮かぶ。冷房なんてないこの世界の初夏はそれなりに辛い。

 もっとも、私の場合他の令嬢が持つようなお洒落な扇子でそっと扇いだりする程度では我慢できず、本格的な夏がくるとこっそり水の魔法で身体を冷やしてみたりするのであるが、そこまでやる必要があるかどうか悩みつつ、例によって地味に繰り返される嫌がらせに応戦しつつ午前の医療科の授業を終えた私は、フォルが医療科の先生に呼ばれたので、ラチナおねえさまといつも通りランチボックスを手に特殊科の屋敷に向かおうとしていたのだが。


「アイラ・ベルティーニ殿!」

 突如呼び止められて後ろを向くと知らない男の子が口元にうっすら笑みを浮かべながら私に挑むような視線を向けつつ近づいてくる。

 海を思わせるような深い蒼色の長い髪の毛をさらりと横に流し一つに纏めていて、少し垂れ目気味だが髪と同じ色の瞳、すっと通った鼻筋と薄い唇が絶妙な配置というべきか、美形だと思う。もっとも、私より背が頭一つ分高いのに、口元だけに笑みを浮かべているせいかまるで嘲笑うような表情で見下ろされているような気がして、まったくもって台無しである。

 男は私の傍に立つと、ますますじっと私を見下ろし、顔、首、胸、お腹とだんだんと下がっていく視線が検分するような目つきで不快だ。たぶん恐らく男のほうが私より年上だろうが、これはないだろうと怪訝に思っていると、下から戻ってきた男の視線がぴたりと胸元で止まり……くすりと笑みを零された。


 むっかああああ!


「あの、なんですか!」

 つい、ぎっと睨んで応戦する。いいか、これから育つんだ! っていうか年下の女の子になんという態度だ、こいつ! 身長だって、まだまだ成長期だから伸びるんだからね!? 私絶対お母様より大きくなるんだから! お母様身長百五十ないけれど!

「いや、すまない。見惚れてしまって……君に、これを」

 見惚れたぁ!? 胸見て笑ったくせになんと嘘くさい。にこりと笑みを浮かべる男に背筋に鳥肌が立った気がしたが、なんとか受け取ったそれは……手紙?

 なんだろう、誰か先生からの知らせでも届けてくれたんだろうかと思ってひっくり返してみるが、表にも裏にも名前はない。首を傾げた私に、目の前の男は微笑みつきで「待っているよ」と告げて、とっとと去っていく。なんだか周囲に無駄に幻の薔薇が見えるような、漫画に出てきそうなやつである。

 去り際、彼の友人らしい男性に、「本気で勝負挑んだのかよ」という声をかけられている。勝負……勝負?

「あらあら」

 ラチナおねえさまが頬に手を当てて笑う。私は、手紙の端をほんの少しぐしゃりと握りつぶした。


 アイラ・ベルティーニ、初めての果たし状を貰ったようです。



 屋敷について部屋に入ろうとした瞬間、私達が扉を開ける前に勝手に開いた扉から飛び出してきたのはレイシスだ。その後ろに、苦笑したガイアスもいる。どうやら今日の午前は騎士科の授業が早く終わったらしい。

 ふと彼らの服装を見て、先程の男が二人と同じ騎士科なのだと気づく。似ているが、兵科の生徒は制服のラインが白、騎士科は黄色だ。あの男は確か黄色だったはず。

「お嬢様! ジャン・ソワルーに会いましたか!?」

「誰?」

 部屋に入りながら聞き覚えがない名前を問えば、室内にはルセナと王子も既にいた。

 ルセナは本から顔を上げ、眠そうな目ではあるがじっと私を見つめ、王子は面白そうな表情でこちらを見ていて、どうやら注目を浴びている事に気づく。

 しかも、質問してきたレイシスを見れば、顔を青くしてぱくぱくと言葉を出せずにいるし、いったい何があったのか。……まさか。

「え? ジャン・ピエールって、敵!?」

「ジャン・ソワルーだ、アイラ」

 王子に突っ込まれたが、もしやガイアスとレイシスの『家の仕事』関連で絡んでいる敵なのかとレイシスの顔を覗き込めば、ゆっくり首を振ったが視線が一点を見つめている。彼がどうやら見ているのは私が握り締めていた手紙らしい。

 そこで漸く、この手紙を渡してきた相手か? と気づく。

「もしかして、これ?」

 手紙をひょいと持ち上げると、レイシスの顔色がさっと変わり、何か言いたげに口を開くが、あの、とかその、といった言葉で内容がつかめない。が、話題の相手がどうやらこの手紙の送り主であるのは間違いないようだ。あいつ、名前くらい書いておけよ……。

「レイシス? この果たし状がどうかした?」

「ぶふっ」

 今、明らかに吹き出した変な笑い声をあげたのはラチナおねえさまだ。

 ぷるぷる身体を震わせながら、私の持つ手紙を指差す。

「それ、果たし状でしたの?」

「え? うん、だって勝負挑んだのかーとか言ってたし、中身だってほら」

 ぺらりと中の便箋を開いてみせる。

 そこには流麗な文字で、「コアの花が閉じる頃、噴水の傍でお待ちしております」と書かれている。噴水は恐らく桜のある公園の事で、コアの花というのはちょうど空が赤くなる夕暮れ時に花びらが閉じる、薄桃色の花の事だ。つまり、夕方公園で勝負しろという事だろう。

 でも、騎士科の生徒が医療科の生徒に勝負を挑むとは、いったい何の勝負を望んでいるのだろうか。……いや、もしかして、医療科の私ではなく特殊科の私に勝負を挑んでいるのか。私を倒せば特殊科に代わりに入れる制度なんてなかった筈だが、と考えていた時、肩を震わせた王子が、コアの花、と呟いた後に大爆笑した。

「……デューク様?」

「あい、あいつ、ガイアスとレイシスに負けたのによく直接行く勇気があったな」

 デュークが身体を震わせながら告げた言葉で、確信する。

 なんとあいつ、既にガイアスとレイシスには勝負を挑んでいたらしい。 これはやはり、特殊科の生徒より強さを証明して特殊科になりたいに違いない。しかし、同性の男に勝てなかったからといって、医療科で女の私なら勝てると思われるとは……舐められたものである。

「ガイアス、レイシス。二人は、勝ったのね?」

「当たり前じゃん」

「え、ええ、騎士科の授業で今日模擬試合が……」

 ガイアスが胸を張って答え、レイシスが今日の授業の事を教えてくれる。模擬試合とは実際に敵に遭遇した場合に備えた試合で、今日は一対一でそれが行われたらしい。

 勝ち抜きなどではなく、数人と戦って勝利数で上位を決めたようで、ガイアスとレイシスの二人はあの男との試合で見事勝利したようだ。

「ルセナとデュークは?」

「俺が負けるわけないだろう。俺は優勝だ」

「僕も……負けてません。でも、デュークとレイシスにだけ、負けました。ガイアスとは試合が当たりませんでした」

 ふぁ!?

 尊大な態度で優勝を威張る王子は置いておいて。

 視線を少し下げ、口を尖らせて悔しそうに言うルセナが、私と視線が合った瞬間唇をきゅっと引き結ぶ。ほんの少し潤んだ茶色の瞳が揺らぎ逸らされた。

 ……か、可愛い!

 思わず幼い頃のカーネリアンを思い出し、ルセナの傍に寄るとその若葉色のふわふわの髪をゆっくりと撫でる。ルセナはカーネリアンより一つ上のはずだが、容姿も性格も幼い……いや、年相応か。カーネリアンなんて父親に似て背が高くなるのか、既に私とほぼ同じ身長だが、ルセナは私より目線が少し下だ。

 そのふわふわの髪を堪能していると、驚いた様子で顔を上げたルセナの表情がふにゃりとやわらかく笑みに変わる。ああ、癒しである!

 ここには美の女神ラチナおねえさまに天使のようなルセナがいて、ちょっとうるさい王子もいるが楽園である。なんという目の保養。

 ……とまぁ脱線するのはこの辺にしておいて、今わかっている情報を纏める。

 あの男の名はジャン・ピエール。ん? ソワールだっけ? まぁ、ジャンとやらは騎士科の生徒で、どうやらなんらかの理由で特殊科に勝ちたいらしい。

 皆の情報によるとあの男は特殊科所属の騎士科生徒全員に負けたわけだ。だから私のところにきたのか……舐められてる!

 ぐっと手を握り締め(果たし状がくしゃくしゃになったが)気合をいれた私の前で、なぜか大爆笑した王子が、夕刻はついていくと言い出し、レイシスも立候補する。それに釣られるようにラチナおねえさまもルセナもガイアスも次々予定を組み始め、いいのかな、こんな仲間連れて行って……なんて思うが、レイシスが譲る気配がなさそうである。護衛だし心配してるのだろう。

 まぁ勝負はもちろん一対一でしますけれども!

 その後急いでやってきたらしいフォルが、事情を聞くとにこやかな笑顔でついていくと言い切った。さすがに対戦者に悪いので、しばらく説得に時間を費やし、双子以外は遠くにいるようにとなんとか話をつけ、食事を取る。

 今日のランチボックスの中身は、大好物のハムサンドにからあげだった。特にこの世界のからあげは少しぴりっと辛い香辛料がはいっていて、じゅわっと肉汁が口内に広がりおいしいのである。好物も出たし今日の勝負は勝てそうな気がすると根拠のない自信を抱き、私は午後の授業に望む。

 ちなみに、授業はあの一ヶ月程前のテストの後から、かなり普通の授業に変わった。先生曰く「面白いのが浮かばなかったわ」らしい。面白さで授業を決めるな。

 最近開発された新しい魔法と薬の融合だったりとか、ずっと研究され続けてる召喚魔法の最新情報だとか、まさに医療科でも騎士科でもまだ習わないような少しレベルの高い授業で、大変面白い。特に召喚魔法とか、夢だよね! RPGゲームの召喚魔法大好きでした。精霊召喚とかできないのかなぁと思うが、そもそも精霊は呼び出さなくても見えないだけでその辺にいるので、エルフィは声をかければ手伝ってもらえるのである。召喚ではないな……。

 医療科で受けた授業の復習が夜にしかできなくなるが、元々今の授業は家で母から習っていた内容の復習に近いので問題なく特殊科の授業を楽しんでいる。先生、ずっとこんな感じでお願いします。


 そして先生が颯爽と「俺、今日ベルマカロンの新作予約してるから!」とお茶の時間には帰ってしまったので、私は果たし状をもう一度広げ、夕方の為に使えそうな魔法を脳内でリストアップしていく。ちなみに、既に戦ったガイアス達に相手の魔法の特徴を聞いたりはしない。正々堂々勝負して勝ってやろうじゃないの!


 はらはらと心配そうにしているレイシスに大丈夫よと余裕の笑みを見せつつ、私はジョン・ピエールとの戦いに備えたのだった。ん? ジュンだけ?



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