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「アイラ? おい、何言ってるんだ?」

「お嬢様、兄上がどうしたのです」

 ガイアスが不思議そうに、レイシスがぎょっとした様子で私の顔を覗き込んでくる。

 そこで漸く気がついた私は、ばっと目の前の二人に抱きついた。

「よかった!」

「ええ!? ああ、うん、それは本当ごめんっていうか、ってかアイラどうしたんだよ」

「お嬢様、あの、……フォル? レミリア? いったいなにが?」

 がっしりと離れない私から話を聞く事を諦めたらしいレイシスが頭を上げた気配がするが、もう私はそれどころじゃないからと二人にぎゅうぎゅうと抱きついて説明を放棄する。

 なんで、なんで精霊がにいさまなの。あれか、私二人を心配しすぎて、疲れちゃったのかもしれない。もしかしたら魔力で自分の好みの精霊でも生み出したのか? いや、そんな技術はないけれど! あまりにもオタクには夢のような技術だけど!

 ガイアスが、ちょっと待ってろ、と言って離れたので、レイシスに正面から思いっきり抱きついて目を瞑り、周囲を視界に入れないようにする。

 先程から精霊が困惑したように傍を飛んでいるのはわかってる。

 覚えたての魔法探知は、意識しないようにと思っている筈なのにしっかりと精霊を捉えている。本当はこうしていないで、もう一度精霊を見なければと思うのに、その姿が先程と同じでも困惑するし違っても辛くて、暖かいレイシスの胸に顔を押し付ける。……ん?

「あーっ!? レイシスごめん! 痛かったよね!?」

「いえ、大丈夫ですけれど」

 いや、私、力のあらん限り全力でしがみついてた気がする!

「あ、あれ、ガイアスは」

「ガイアスは先に手当てです。フォル、どうですか?」

「うん、深くはないからすぐ……よし、もう大丈夫」

「ええ!? ガイアス怪我したの? ごめんさっき大丈夫だった?」

 慌てて見れば、フォルに右腕を差し出したガイアスが大丈夫だってと手を振って見せる。

 それでも心配でガイアスの腕をあちこち見てみるが、腕に巻いていたリストバンドはぼろぼろであるが確かに傷口らしきものはない。

「風歩移動の時に引っ掛けただけだ。大丈夫だよ」

「ほ、ほんとに?」

 他にも怪我がないか探し出した私を安心させるようにガイアスの手が私の頭をぽんぽんと軽く叩く。ほっとして息を吐いたところで、フォルが顎に手を当てて感心したように呟いた。

「なんか……三人兄弟みたいだね」

「そりゃなぁ、俺ら兄弟同然に育ってきたし。あ、俺らの下に妹と、アイラにも弟いるけどな」

 フォルの言葉に、あっけらかんと答えるガイアスとは対照的に、レイシスは目を細める。

「それよりフォル、なんでこんな真夜中にお嬢様の部屋にいるのでしょうね?」

「それは、君達が連絡なしに帰らないからだろう? 自分達の家のルーツをベルティーニに話すというのはジェントリーとの約束なのに、なぜ話さない?」

 フォルの言葉に目を剥いてた二人だが、一瞬早く立ち直ったレイシスが「喋ったのか!」とフォルに詰め寄った。

「でなければアイラは君達を探しに出て行った筈だ。アイラは君達の敵にとって最高の餌だ、それを本人に自覚させずに守り通せるとでも?」

「それを言うべきはフォルではなかった! お嬢様に無理に心配をかける必要はなかったんだ」

「言わないから、帰ってこない事を心配した。それで彼女に何かあったらどうするつもりだったの、レイシス」

 少し熱くなるレイシスに、冷静なフォル。その間に入ったのは、ガイアスだった。

「あー。レイシス落ち着けよ。こうなる前にアイラに話せってずっと父上にも言われてたんだし、俺らが悪いって。フォルごめんな、でも、どうして俺らが言ってないと思ったんだ?」

「前に君達のうちに行った時、ゼフェル殿に聞いた。まだ言っていないんじゃないかと思って確かめにきたんだよ」

 あーなるほど、とガイアスは苦笑すると、ほら、とレイシスの背中を叩く。

 レイシスは一度はぁと息を吐いた後、気まずいといった様子ながらフォルの傍で小さく何か言うと、フォルが苦笑を返す。

 私がちゃんと二人から話を聞きたいという話をすれば、今度はしっかりとガイアスもレイシスも頷いてくれたので、ほっと笑みを返した。

「ところで、アイラがさっき言っていたのはどういう事? 猫が、精霊のようなんだけど、にいさまっていうのは?」

「あ! アルがいねぇ! え、やっぱ精霊に戻っちまったのか!?」

「……どうやら君達は初めから精霊である可能性があったと知っていたみたいだね」

 フォルの言葉で漸く自分の失言に気づいたガイアスが、あっと口を押さえた。

「ガイアス、いい加減にその癖直せよ」

「わるいレイシス、つい……」

 ガイアスは素直だ。そもそも、隠し事しようとするほうが間違ってるのかもしれないが……私は二人の隠し事には気がつかなかった。

 どう説明するべきかとレイシスを見た時、レイシスの傍でレイシスをじっと見つめるそっくりな精霊に気づく。やはりどう見ても、精霊はにいさまにしか見えなかった。

 何をしているんだろう、とその精霊を見ると、彼はにいさまによく似た顔で、笑う。


『この人間僕にそっくりだ!』


 どくりと心臓がうるさく音を立てた。

 その一言で、私がしてはいけない期待をしていた事がわかり、私はその場にがっくりと膝を落とした。



 自分が、転生時の記憶を持っている癖に、私は彼が精霊に転生して傍に来てくれたのならいいと願っていたのか。

 それも、私の目の前にこうして現れたのだから、記憶を持って、私の為に来てくれたんだと、そんな期待を。

 

 生まれ変わったら、あれになりたいこれになりたい、なんて、話のネタではあるかもしれないが、私はにいさまに、それを私で縛り付けることを望んだのか。


 愕然としていた私の視界が、ぐらぐらと突然揺れた。視界に琥珀色が映りこむ。

「お嬢様!」

「にいさま」

「……違う! 俺は」

 レイシスの表情が悲痛な表情で叫ぶ。はっとして慌てて首を振った。

「ごめんなさい、レイシス。……精霊が、にいさまと同じ姿なの」

 肩に触れていたレイシスの手の力が漸く少し抜け、きょろりと周囲を見回す。

「精霊が兄上に似ている?」

「おいおい、まさか心配して出てきたのか?」

「ガイアス、それ、なんか幽霊みたいな言い方なんだけど……」

 フォルが呆れてガイアスに忠告しつつ、みんな周囲を見渡しているが見えないみたいだ。精霊はテーブルの上にちょこんと座ってそれを見回しているが。

「あー、なんで俺らは見れないんだよ」

「というか、なんでアイラは見れるの?」

「え! そこから!?」

 もう私がフォルに自分のことを言ってしまったと思っていたのだろう、ガイアスとレイシスの二人がぎょっとして私とフォルを見比べた。

 フォルは首を傾げただけだが、私はもういいの、と苦笑する。

「私が、言っちゃったようなものだしね。フォル、私、精霊が見えるのよ」

「……エルフィ?」

 うん、と返事をして、テーブルに近づく。

「精霊さん、私の魔力を少し渡すから、姿現しの魔法使ってもらってもいいかな」

『うーん』

 精霊が口を尖らせて悩むように腕を組み、目を閉じて俯く。

 姿現しは、普段普通の人に見えない精霊が人の前に姿を現す事ができる魔法だ。もっとも、どの精霊も使えるが、どの精霊も殆ど使わない魔法。

 それこそこうして人間に頼まれなければやらないだろう。そして、頼む場合は魔力を出すのも、エルフィと精霊の間では当然の話だ。

「何も怖いことしないよ。ただ、きみはずっとアルくんだったから。何か理由があって猫になってたんでしょう?」

『怖いことしない?』

 もちろん、と頷いて見せると、ふわっと羽を動かして彼は立ち上がる。

 ん、と手を出してくるので、その手に魔力を渡してやる。

 一歩私がテーブルから離れると、じっと全員の視線がテーブルに集中した。

 テーブルの上でゆらゆらと魔力が集まり、魔力探知をしなくてもその存在が確認できる程集まった時、淡い光がその姿を形作る。

「わぁ……」

 誰かが感嘆の声を上げた。テーブルの上には、私達の手の大きさ程しかないような小さな精霊が姿を見せている。

 金色の髪に、琥珀の瞳。ガイアスにもレイシスにも似ている容姿に、薄い緑と茶色の服を纏い、透ける美しい羽。

 少し離れた所にいたレミリアも、口に手を当ててすごいと呟いた。彼女は侍女になってから、私がエルフィだと打ち明けてあるのだが、さすがに精霊を見せた事というのは私もないので驚くのも無理はない。

「ほ、本当に兄上そっくりじゃないか」

「僕には、レイシスによく似ているように見えるけど……」

「レイシスは雰囲気も兄貴に近いからな。ってか、精霊初めて見た。すごいな、小せぇけど、魔力が濃いし」

 それぞれがじっと精霊を見るものだから、精霊が慣れない状況にうろうろとテーブルを飛び回る。

 ふっと、ガイアスは昔サフィルにいさまの事を「にーちゃん」と呼んでいたのを思い出す。兄貴、と聞きなれない呼び名で、それがすごく昔のように感じて、ぐっと顔が勝手に強張った気がした。

「それで、きみはお名前なんていうの?」

 フォルの言葉に、精霊が少し目を見開いた後首を傾げた。

『僕の名前は、あーるふれっどるるぐっ! んー? ……もう、アルだもん。デューク、ひどいよ。あんな長い名前覚えにくいし言えないじゃないか』

「あ! そうか、名前デュークがつけたのか」

「それまで名前はなかったのかな」

『僕はずーっと名前なかったよ! 初めて名前貰ったの嬉しかったのに、長いんだ』

 むうと口を尖らせる精霊は、くるっとテーブルの上で回るとアルだからね! と念を押す。

「……兄上じゃ、ないんだな……」

「とりあえず、君はどうして猫になっていたのか聞いてもいい?」

 にいさまを知らないフォルが、何かを言いたげに口を開くくせに、そのまま口を閉ざしたりを繰り返す私達の代わりにアルくんに問えば、精霊は胸を張って得意げに答えた。

『とっても大きな魔力を感じたから、面白そうだから見に行ったんだ。それで、仲間みたいに魔力を貰ったらどうなるのかなと思ってこっそり貰ったら、大きすぎちゃって』

「ああ、あの水晶の魔力検査の時か」

『エルフィじゃない人間が強い探知の魔法を使いながら近づいたから、怖くなって逃げたんだ。でもおねえちゃんはエルフィだろ? だから見つかっちゃう前に猫に変身したの!』

 強い探知の魔法? なんだろうと思ってガイアス達を見ると、皆同じように首を傾げている。誰だ? とガイアスが声に出したところで、レイシスとフォルが同時に納得の声を上げた。

「わかった。先生じゃないかな」

「うん、あの時水晶に近づいて探知を使える可能性があるのは先生かな」

 頷いた所で、アルくんはうんうんと頷いて、その後は初めて貰った魔力の制御が上手くできなくて鳥に襲われた時助けて貰ったから一緒にいるのと語る。

 いつの間にか小さい子と話すように屈んで近づき、うんうんと大きく頷いて見せながら話を聞いていた三人は、聞き終わるとほっとした様子で立ち上がった。

「やっぱ魔物じゃなかったな、よかったよかった、一件落着!」

「や、まだまだ気になる事はあるような……でも明日これを特殊科でどうやって説明しようか。アイラはエルフィだという事はあまり言ってはいけないんじゃないか?」

 フォルが気遣わしげにこちらとちらりと見る。

 確かに、あまりぺらぺらと話す内容ではないのだが、特殊科のメンバーなら言ってしまってもいいのだろうか。うーんと唸っていると、私が悩んでいる内容に気がついたレイシスが眉を寄せて注意する。

「お嬢様。いくら特殊科のメンバーでも、簡単に複数に話すべきではありません。エルフィの力は特殊なんですから」

「そうだね、聞いてしまった僕が言うのもなんだけれど、まだ隠していても誰も怒らないんじゃないかな」

「俺も今はやめておいたほうがいいと思うぞ、別に、言わなきゃいけない秘密じゃないし。明日、精霊じゃないかって仮定で話せばいいじゃん」

 皆に言われて、少し悩んだ私は「そうする」と頷く。上手く思考が纏まらなかったのだ。そこで、酷く疲れていたのだろう、急に私はぐらりと頭が揺れた気がした。

 うーん、これは……

「眠い……」

 だよな、おいもうこんな時間だぞ、真夜中じゃないか! とガイアスが叫ぶ声が遠くで聞こえたが、私は二人が帰ってきた安心もあってか強い眠気に抗えそうもない。

 お嬢様! と駆け寄ってきたレミリアに体を預け、皆にごめん寝るね、と声をかけて寝室のベッドに身体を投げ出すと、すっと夢の世界へと意識を手放してしまった。





『ごめんね、アイラ』

 夢でにいさまは、悲しそうに笑っていた。

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