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 フォルが語りだした内容は、突飛な話だった。

 曰く、デラクエルは元々ジェントリー公爵家と親密な関係である暗部組織のトップの家系だ、と。

 少し前になぜかベルティーニを無二の主としデラクエル本家が仕えるようになった為、本家直系は第一線からは引いたものの、今もなお暗部組織に強い影響力を持つらしい。

 暗部って何だとあんぐり口を開けていた私にフォルが説明したのは、とても重い話だ。


 かつて王家に、四人の優秀な王子がいた時代があった。

 王子達の母親は全て別の女性だった。当時の王は、愛した女を正妃にしたいと側室達がいくら王子を産もうが正妃にすることはなく、母親達はいつか自分が正妃に、いつか我が子が次代の王にと争い、後宮は悲惨なものであったらしい。

 そして、一番上の王子が六歳、一番下の王子が四歳の頃、漸く『年齢』が適齢期を迎えた王の想い人が後宮に入り、あっという間に正妃となり五番目の王子を儲けたらしい。

 当然、正妃の子である五番目の王子は優遇され、五歳になる頃には他の王子を差し置いて王太子となった。しかし、その時点ですでに後宮の争いに疲れてしまっていた正妃は体調を崩すと一気に拗らせ、帰らぬ人となる。

 王太子となれど、後ろ盾を失った王子は弱い。それを心配した王が、当時のジェントリー公爵に王子を守るように頼んだ。そしてジェントリー家は、王子を守る為に表で動き、裏では暗部組織を作り上げ徹底的に害をなそうとする者を排除したのが始まりらしい。


 なぜ、当時のジェントリー公爵がそこまでしたのかわからないが、裏の仕事をしたのは彼の親友であるデラクエル家の人間だったそうだ。

 そこから何代かジェントリーとデラクエルの付き合いが続いており、デラクエルは暗部組織として優秀に成長を続けていたそうだが、少し前に何かの縁でデラクエルの本家が暗部のリーダーを分家に渡し、急にベルティーニに仕えるようになったらしい。

 そして、ジェントリーもなぜかそれを許した。だが今でもデラクエルは優秀な血筋を引き、魔力も武術も秀でた者が多く、ジェントリーから依頼された仕事をこなす事がある、と。


 正直フォルの話は伏せられている部分も多く、納得がいかない話でもあるのだが、思い当たる節はある。

 ただの商人の護衛にしては強すぎるゼフェルおじさんにその息子達。たまに私が参加できない双子だけの稽古の時もあったし、ゼフェルおじさんが指導していた『大人』達は明らかに隠密に向いた人たちが多かったように思う。幼い頃は、忍者みたいだと思ったものだ。

 あの、フォルと初めて会った日に彼を狙った刺客を『大人』が処理した時も、確かに正面から堂々と捕まえたのではない。森の奥でひっそりと捕まえ、騎士に差し出される事なく処理された筈だ。どう、処理されたかは聞いていないが、今考えるとなぜ今まで私が気づかなかったのかと思うくらい思い当たる節がある。

「そ、それ、ばらしてよかったの……?」

「ガイアスとレイシスはいなくなる前に父親に頼まれた仕事と言っていたのでしょう? そもそもベルティーニの姫が知らない方がおかしい。ベルティーニの人間がデラクエルの囲いから出る時は真実を話すのが約束の筈だから」

「……ひ、姫?」

 聞きなれない単語は、話の流れから見ると私のようなのだが、違和感に鳥肌が立った。なんですか、それ。

「ああ、デラクエルはベルティーニを何よりも大事にするからそう呼んでいるんだ」

 苦笑したフォルが、それで、と話を促す。

「実は僕が前にアイラのうちにお邪魔した時に、アイラが暗部の事を知らないのではと感じてゼフェル殿に尋ねていたんです。そしたら護衛は双子に頼む事になるから、話は彼らに任せていると。ガイアスとレイシスは君に説明しなければならなかったのに、まだ話していないのが悪いんです」

「は、はぁ……」

 はっきり言ってよくわからないのだが、詳しく聞くのは後で二人が帰ってきてからにしようと思いとりあえず頷く。

「それで、今の二人の仕事って?」

「内容はわからないけれど、予想はつく、かな。この前の女性の仲間を追ってるんじゃないかな」

「え! それって、危険なんじゃ!」

 この前の女性というのは、間違いなくあの私達を襲ったイムス家の元侍女の事だろう。それの仲間を追ってるって、どう考えても危険な感じしかしない。なにせ、薬剤を使ってでも私達に攻撃を仕掛けてきた相手だ。

 椅子をひっくり返す勢いで立ち上がった私の腕を、がっちりとフォルが掴む。思わずフォルを睨むように見て、叫ぶ。

「フォル、離して!」

「僕がここに来たのは、アイラを寮から出さない為だ。アイラはあの女性に何らかの理由で狙われている。それに、デラクエルが動いているのなら尚更ベルティーニの人間は動いてはいけない」

「なんで……っ!」

 じっと見つめてくる紫苑色に、はっとする。傍でおろおろとしているレミリアが目に入った。彼女は私と視線が合うと、強く口を引き結び首を振る。まるで、絶対外に出てはいけないと言わんばかりだ。

「でも、フォル……」

「自覚するんだアイラ。君は、弱点なんだ」

 弱点……?

 理解できず呟いた。混乱と、ガイアスとレイシスの所に行きたいという焦った頭でその答えに行き着いた時、かっと体が熱くなる。

「足手まといにはならないわ!」

「アイラ」

 私とは対照的に冷静なフォルが、じっと私を見る。

 わかってる、そういう事ではない。でも、認められずにぐっと見つめ返すと、フォルが顔を伏せる。

「この前の女性、本当の狙いは僕だったのでしょう?」

「え……?」

「この前も、初めて会った時も、君を巻き込んでしまってごめん」

 辛そうに潜められた眉、ぐっとかみ締めた唇、伏せられた瞳。

 フォルは普段にこにこしている事が多くて、こんな表情をされると戸惑ってしまう。

「いや……でもあの女の人が私に殺意を持っていたのは間違いないと思う、し」

 それに……フォルは優秀だ。医療科の授業でも間違いなくトップだし、魔力探知の練習だって特殊科の七人の中で一番早くに習得した。水晶玉を一番砕いたのもフォルだ。そのフォルですら悔やんでいるのに、私が二人の足手まといにならないなんて……いえるわけがなかったんだ。

「フォル、その……今回の女の人の狙いは、私の可能性も捨てきれないけれど……どうして、あの時も今もフォルは狙われているの?」

「差し向けた相手は別人だと思うよ。それ以上は、言えないけど……崖には僕は行くべきじゃなかった」

「そんな、ことは」

 フォルの言葉に、自分がもし今ガイアスとレイシスを探しに飛び出した場合の事を考えると、何もいえなくなる。

 取りあえず落ち着いた私は再び椅子に腰掛ける。それでも、いまだ胸に何かが詰まっているみたいに落ち着かない。ガイアスとレイシスは無事なのだろうか。

 どうしよう、という沈黙の中、フォルが小さく「あ」とその空気を変えた。

「ねぇ、もう、猫に魔力探知してみた?」

「え? ああ、ううん。なんだかんだでまだ……」

「やってみない?」

 フォルがそう言うと、離れたソファに座っていたアルくんの傍に行く。今まで丸まっていたアルくんは、ばっと立ち上がると尻尾を逆立て、逃げようとした。

「あ、こら」

 慌てて私も向かって猫を抱き上げる。珍しくばたばたともがくので、どうしたのかと顔を覗き込む。その時、フォルが叫んだ。

「え!? 人!?」

「ええ!?」

 私の腕の中にいるアルくんに魔力探知をかけたフォルの言葉が信じられず、前足の付け根に手を沿え抱き上げてみる。

 魔力の流れが目に留まるように集中しながら、アルくんを見た私は、ぎょっとしたもののすぐにその正体を確信した。

「えっと……あれ? 最初見た時は頭に手と足みたいなのが見えて小さい人の形に魔力が見えたんだけど……でも小人がいるとは御伽噺でしか聞いた事ないしなぁ」

 フォルが戸惑うのも無理はない。今、アルくんは自分の体の魔力を膨らませて形を探知されないようにしている。

 普段見えないフォルには、あれが小さな人に見えたのだろう。でも、間違いない。という事は、この猫は。

「君……精霊だったの?」

「え?」

 呆然と呟いた私の言葉に、フォルが驚いたような声をあげるがすぐ「そうか!」と納得したようだ。

「精霊の可能性か……でもそうだとしたら、なぜ猫に? そんな話は聞いた事ないな」

「あれじゃないかな、ルセナが言ってた、自分の体より大きな動物に変身する魔法」

「そうか……きみ、そうなの?」

 フォルがアルくんの顔を覗き込んで声をかけると、体を小さくしていたアルくんは諦めたように全身の力を抜く。


『黙っててごめんね』

 突然聞こえた、脳内に響く透き通るような小さな声。その声を聞いた瞬間、ありえない何かを聞いた気がして私は思わず息を呑む。

 そして目の前の精霊が、植物の精霊なのだと確信する。あの日、水晶玉に注いだはずの私の魔力を奪って逃げ、猫の姿になったのだろう。

 黙って様子を見る。まさか、まさかと。すると、今変身を解くよ、と続けて聞こえて、手の中の猫がふわりと暖かくなった。



「おい! アイラ、おきてたのか! 悪い、俺ら遅くなって……!」

「あれ、フォル……!?」

 ガイアスとレイシスが戻ってきたのだろう、すぐそばで彼らの声が聞こえた。それにほっとする暇は、私にはなかったのだが。


「なんで……」

 呆然と手の中の光を見る。

 さっきまで猫だった、今は精霊の姿のその淡い光。

 さらさらの金の髪は猫の毛と同じ色で、その紅茶にレモンを足したような琥珀色の瞳がじっと私を心配そうに見つめている。

 そう、この色彩は最初から私に彼を思い起こさせていた筈だ。

「……お嬢様?」

 私の前に、不思議そうにしたレイシスが立つ。

 そう、彼にそっくりな。


「なんで、サフィルにいさまが」


 猫だった精霊は、私が忘れる筈がない人の姿だった。

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