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「魔力眼鏡の材料はな、実は王都内で採取できる」

 先生が考え付いた授業というのはこうだ。

 魔力眼鏡は、間違いなく貸し出しは厳禁。であれば、特殊科の生徒であるのだから、『自分達でそれに近い何かで猫の魔力の有無を調べてみろ』と。

 そもそも特殊科というのは、自分達が所属する科の他に広く知識を得る為の科であり、それが魔道具が対象であっても同じ事であると。

 軽い口調でそう語ってくれたが、その内容はひどく難しい。

 そもそも私達は魔力の大きさで特殊科に選ばれたようなものである。魔力が大きい人間程、魔道具からは縁遠い。例えば、魔法油に火石を入れるだけのランプだって、魔力を使わないようであるがあれは厳密に言うと魔道具ではない。

 あれは、人間が持つ魔力に反応している火石が、魔法油に入れられた際にその魔力反応で一瞬内部が発火し点灯するのだ。つまり魔力がない者の手ではランプは点かない。点いてしまえばその後は魔法油の力を借りて光を持続しているのだが、これは魔道具とは言えないだろう。

 魔道具は、魔力がまったくない動物ですら使えるものだ。まず、この世界にいる人間で魔力がまったく存在しない人間というのは極少数なのだが、大抵の人間が魔力が少ない、もしくはあっても上手く使いこなせない。

 その為存在する魔道具だが、これがまた高価でなかなか買えるものではない為に、魔力がある人間がわざわざ使うという事はほとんどないのだ。

「期間は一ヶ月。その間に魔力眼鏡、もしくはそれに近い何かで調べて結果を報告しろ」

「ちょっと待ってください。授業って、そんなヒントもなしに? 専門である魔道具科の新製品である魔力眼鏡と同レベルのものを?」

 私達は普段それぞれの科でも授業を受けている。その授業についていけないという事はない、むしろ特殊科の生徒達は余裕を持って授業を受けれる知識と魔力だからこそ選ばれたのだと科の教師に聞かされたが、それと平行してやるにはさすがに難しい難題を今提示されているのではないだろうか。そもそもまず、授業内容を今思いついたのはどういうことかと突っ込みたい。


「というか、先生、その間猫どーすんだ」

 ガイアスが呆れたような口調で言う。

 確かに、猫の魔力を早く調べたほうがいいと判断したからこそ王子も物騒ではあるが忍び込むとかちょっと荒っぽい案を出したのだ。

「それなら、気にすんな」

 先生はふっと笑うと猫を見つめる。レイシスの腕の中にいた猫は、びくりと体を震わせて尻尾をぺとりと自分の体にくっつけ、小さくなる。

「あら先生、この猫ちゃん怖がってますわ」

「ま、そうだろうな。ちなみにその猫に魔力があるかどうかも、猫であるかそうでないのかも、俺わかってるから」

「……はぁ!?」

 ガイアスが思わずといった様子で素っ頓狂な声を上げた。続けて、だったら、と言いかけたのを、先生はにやりと笑って止める。

「いいか、これが特殊科最初の授業でテストだと思え。『自分達で魔力眼鏡もしくはそれに近い何かで猫の魔力の有無を調べろ』が、テストだ。もう言わないぞ、しっかりやれ。猫に関しては一ヶ月後に結果がわかったとしても問題ない」

 ちなみに授業だからな、質問された事が答えていい範囲だと判断したら答えてやる、と先生はそういうと、さっさと椅子に座り先程持ち込んだ本に目を通し始めた。なんとも適当である……。


 どうする……?

 誰が最初にそう呟いたのか。

 先生の机から少し離れた位置にある大きなテーブルを中心に置かれたソファに腰掛けた私達は、まずこの予想もつかない無理難題に近いテストとやらをどうクリアすべきか悩む。

 まずレイシスが鞄から教科書を取り出し調べ始めた。ルセナも、自分の持っていた本を置き教科書を取り出す。

 教科書といっても、私達は騎士科、医療科の生徒ばかりであるので、魔道具に関しては何も記載されてないと言っていい。ただ、何かヒントがないかと開いたのだ。

 医療科はたくさんの医療に使える動植物、金属他自然にあるものについて書かれているが、騎士科はどうなのだろうと思ってちらりと見ると、レイシスが見ていたのは王都内の大雑把な地図だった。

 どうやら有事の際の防衛地点などを、自分達の予測で作戦を立てる為のもののようだが、そもそも詳細な地図というのは出回りすぎると防衛に穴が開くので、随分と適当な地図である。これをレイシスは何に使うのだろう。自分の教科書を出しつつ首を傾け覗き込めば、レイシスは見やすいように少し私の方へ教科書を寄せてくれた。

「お嬢様の教科書も見せてください。できれば王都内で手に入る植物、鉱物がわかるところを」

「……ああ!」

 そこまで言われて漸く、先生が材料は王都内で採取できると言っていたのを思い出す。急いでぺらぺらと本を捲り、目的の項目を探し出すと、全員がそのページを覗き込んだ。

「眼鏡の材質はなんだろうな? レンズ部分はもしかしたら特殊な鉱物なんじゃないか?」

「レンズは普通で、何か植物の汁を塗りこめてあるのかもしれない。植物は魔力を宿しやすいから」

「あら、そもそも魔力眼鏡って、どういう形かしら。とりあえず、それを通して見たものの魔力が見えるという認識でいいのかしら? どなたか、試験中見まして?」

 それぞれが意見を出し合い、それをルセナが紙に書き付けていく。

 もし、植物が関係しているのならもしかしたら私が調べる事ができるかもしれない。そう思いこの後の予定に精霊と会う時間があるかどうか考えていると、いつの間にか室内をうろうろしていた猫が戻り、テーブルにその小さな体をとんと載せた。

「アイラ、そういえばこの猫ちゃん、名前はなんですの?」

「え?」

 思わず本から顔を上げ、テーブルの上で丸くなっている猫を見る。名前……名前? そういえば考えていなかった。そもそも、飼う予定があったわけでもないのだが。

 じっと猫を見て、こうなったら飼ってしまおうか、どうせレミリアが昨日猫を飼う為の道具は一式揃えてくれているしと悩んでいると、ガイアスがにかっと笑って後押ししてくれる。

「いいじゃんアイラ、懐いてるみたいだし、どうせ魔力についてわかるまで外に放り出すわけに行かないし」

「そうなんだけど」

 別に飼いたくないわけではなくて、むしろ傍に……とは思っているのだが、生き物を飼うというのは半端な覚悟ではいけないと思う。

 その金の毛に、レモンを足した紅茶のような色の瞳を見ながら、躊躇った私は少し皆から視線を外す。

「うん、とりあえず、魔力の有無がわかるまで考えてみる」

 その答えに、ふにゃーんと猫が悲しげに声を出したのは恐らく偶然ではない、のだろう。



 私達が魔力眼鏡について調べ始めてから三週間がたった。期間は一ヶ月と言われたのだから、後一週間しかない。だが、成果はこれと言ってなかった。

 それと猫であるが、あの日部屋に戻った時に半狂乱気味でレミリアが「猫さんがいないのですううう!」と泣きついて来たのを機に、居場所がわかる魔法入りの首輪をつけ、絶対にここから出るなと言い含めてからは、大人しく私達の帰りをレミリアと待つようになった。ちなみに名前はなぜか王子が「アールフレッドルライダー」と妙に立派な名前をつけてくれた。長いので王子以外はアルくんとしか呼んでいない。


 私はすぐ精霊に、魔力を調べられるような植物があるかと聞いてみたものの、答えは知らない、だった。つまり精霊が知らない用途で植物を使っていない限り、魔力眼鏡に植物は関係していない事になる。

 なんとも曖昧な答えなのは、そもそも人間は急に思いつきもしない用途で植物を摘み取っていく人もいるからだそうで、例を聞くと最たるものは子供がアカラという木の実を玩具と持ち去る事だそうだ。

 アカラという木は、親指と人差し指で丸を作ったくらいの大きさの緑色の実をつける大樹なのだが、実はとても苦く人間が食べる事はない。だが、鳥達には好まれる実のようで、人間が採る事のない実を存分に楽しんでいたらしいのだが、どうやらアカラの実は木にぶつけて割れると実の色を赤く変える性質があるらしく、最近は玩具として王都に住む子供達に採られているらしい。

 つまり、精霊が思いつかない使い方をされていたらわかりませんよ、という事だ。


 先生からもちょくちょくヒントはもらう。

 例えば、図書館のどの辺りに重大なヒントになる本があったぞ、とか、考える方向性があっているか尋ねると「もう少し着眼点を変えてみろ」だとか。

 実はほぼ毎日いろいろ質問してはそれに対して答えて貰っているのだが、まったく近づいている気がしない。

 おかげで空振りなものの、鉱物や植物だけではない、地形や、滅多に使わないであろう抜け道になるような細い通りまで、王都の知識が深まっていく。


 植物に当たりがなさそうだと私の様子を見て感じ取ったらしい王子が、動物もしくは鉱物に絞ろうと皆に指示を出した為に、今日は三組に分かれてそれぞれ気になるものを採集に出ていたのだが、夕方前に特殊科の屋敷に最後に飛び込んできたガイアスとルセナのペアが、手に握り締めていた紙を私達のいるテーブルにばんと叩き付けた。

 見覚えのある用紙は、王都の出入り口付近にあるジリオ斡旋所の依頼専用の用紙だ。王都内の何箇所か回って精霊に話を聞いている際に見つけたのだが、まぁ前世のオタク知識で言うなら間違いなく、クエスト掲示板とか冒険者ギルドとかそう言った場所だよなぁとわくわくして見学した。目的を忘れていたのは言うまでもない。

 学園を卒業した後、騎士科や兵科、錬金術科や医療科の一部の生徒は、ここの斡旋所で経験を積んでから社会に出る人も多いと聞いて、一緒にいたガイアスも私とわくわくとその日は依頼を見ていたのだが、今日そこに行く予定はなかった筈なので、間違いなく好奇心に勝てず今日も行ったんだろうと思ったがそこはとりあえず置いておいて、依頼用紙を見る。

「王都北西の崖上部に埋まった色ガラスを持ってきてほしい……?」

「なんだこれ?」

 我が国の王都は昔の名残らしく、ドーム型に見えない魔法の防御壁を張るようになった今も基本的に高い外壁に囲まれているが、一部北西の方角に、北のジェントリー領に繋がった山から崖となっている城壁のないむき出しの場所がある。山の上から少し先に広がる整備されていない森が所謂魔物が蔓延る死の森であるのだが、魔法の壁がある今は、そのむき出しの壁がない崖は放置されているのである。

「なんで崖にガラスが?」

「初めて聞いたけれど……ガラスって地面に埋まってるものでもないでしょう? なんでしょう、この依頼」

「あーもう、そうじゃないって! 依頼者だよ!」

 ガイアスがじれったいと言わんばかりに依頼書の下の方を指差す。そこを読んだ私達はみんな、ぴしりと固まった。

「クラストラ学園魔道具科!!」

「魔道具科の依頼ってことはまさか……そのガラスが、眼鏡の材料……?」

 今私の頭の中にある想像は、言葉となって王子の声で全員に浸透していく。


「明日早朝、ここに集合だ」

 不敵に笑う王子の言葉に、全員が一斉に「了解!」と頷くのを、後ろの机でにやにやとアーチボルド先生が見ていた事なんて、後日私が精霊に知らされるまでは誰も気づくことがなかったのである。


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